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はれあたまダイアリー

いつも楽しく読ませていただいてきました。ちょっと自分でもやってみようかと思いました。

お久しぶりです

2008年12月05日
お久しぶりでございます。

はれあたまです。

私のブログですから当たり前ですね。

先月の16日にケガをしてしまいまして
今日まで病院におりました。

左ひじの骨折でして
今だ左手に副木がついており
思うに任せません。

来週の火曜日に副木がとれるので
それまで自重しようと思っていたのですが
むずむずして
書き出してしまいました。

ファンクラブさん、ぴいすけの母さん、
ありがとうございます。

涙が出そうになりました。



年末にかけてのこの時期に
みなに迷惑をかけながら
病院で、
不景気だリストラだと
繰り返すニュースを見ているのは
微妙でした。

退院できて
少し肩の荷が下りました。

これからまた
よろしくお願いします。



林真理子

2008年12月06日
入院中 持ち込んだ本もあったのだが
そうもそうも細かい字ばかり
読めるものでもない。

談話室というのだろうか、
そこの本棚に雑誌が置いてあり
自由に読めるようになっている。

いつも新潮と張り合う
エゲツない
新聞の見出し広告は
たいがい見逃さず
細かいところまで読んでいるのだが
中身は久しぶりに見る
「週刊文春」だ。

いつの間にか350円になっている。

おもだったタイトル記事を見たあと

必ず見るのは
林真理子のエッセイ。

次に阿川佐和子の対談記事。
文春の対談が
彼女の力を一番感じる。
相手を引き立て
かといって
自分を貶めるでもなく
いつでもさわやかだ。
見合いを重ねながらも
今も独身ということも
彼女の魅力の一つ。

一方、エッセイの林真理子は
林真理子は

全てを手に入れた、

という感がある。

最初は
コピーライターだったはずだ。
エッセイスト、
小説家になり、
直木賞を獲得。
今は審査員でもある。
結婚し
出産も果たした。
努力を重ね
ずいぶんとほっそりし
美しくなられた。

富も名誉も地位も友人も、
サクセスストーリーはたくさんあるが、
私の中では
林真理子が筆頭なのだ。

以前の彼女のエッセイは
きらきらの世界を夢見、
そして足を踏み入れ、
私たちと同じ感覚の人が
代わりに体験報告してくれているようで
身近でドキドキした。

しかし、彼女の憧れた世界は
今や彼女と並列にある。
彼女の憧れた人々は
お友達として、また、お友達のお友達として
さらっと登場するようになった。
久しぶりに文春を見て
今さらながら林真理子の今のすごさを思う。

立場の変化に連れ
面白みがなくなった感はあるが
それでもなお
他の人のページより真っ先に見てしまう。
彼女のページに比べると
劇団ひとりのなど
ただ文字が並べてあるだけのようなものだ。

しかし、
彼女の手に入れてきたもの、
手に入れようとしているもの、
何というのか、俗っぽいのだ。

その本音っぽいところに
いつも惹きつけられているのかもしれない。

昔はたくさん読んだが
今は買わないけど読まないけど
それでも
今後も気になる林真理子なのだ。











舌に残る幸せの塩味

2008年12月07日
突然の入院で
とまどうことはいっぱいあったが
つまりは休んでいればいいわけで
たいがいはOKなんだけど
ざっくり言えば
困ったことは2つだった。

ひとつは病院食の「薄味」、

もうひとつは「就寝9時」だ。

病院食がまずいというわけでない。
いろいろ工夫されているし
がんばってるなあと思う。
ひとつひとつは合格なんだけど
さすがに病院、
全体としては
「薄味」なのだ。

薄味は
完全な満腹感をもたらさない。
お腹はいっぱいだが
どこか穴が開いているような
満たされない感じが残る。

なので
同室の方から
差し入れの大根の漬け物の
おすそ分けをもらったときは
ほんとうにうれしかった。
色も付かず、しっかりと塩の効いた、
シンプルな家庭の味。
2度いただいたが、3キレいただいたのを
1度には食べず、
一食一切れと決め、
食べ始めに漬け物を見て安心し、
ちびちびとご飯を一緒に終わるように食べた。

今でもその味が舌にしっかり残っている。

ですので、
食べ物に制限がなければ
そういうお見舞いも悪くないと思うんですよ。

ほんとにどうも
ごちそうさまでした。




マタニティブルー

2008年12月07日
薄味よりさらにやっかいなのが
「9時就寝」だった。

普段は夕飯を食べるのも
9時をまわることが多かったりの日常なのに
その時間に眠れるわけがない。

2時間ぐらいは
アームスタンドをつけて
本を読んでいるが
腕も疲れて心も疲れてくる。

灯りを消し、眠ろうとするが
眠れない。

手術直後は家族もいたわってくれたが
一週間も過ぎると
夫もハハも娘も
それぞれに
「いつごろ帰れる?」と
私に尋ねる。

内臓の病気と違って
いっときを過ぎると
同情されない。

こんなことに遭う前は
わたしもそうだった。
「骨折なんて時間が経てば治るじゃん」
と、軽く見ていたと思う。

しかし、実際に
重たい左腕を抱えていると
家族が思っているほどに
すぐに現場復帰できないように思う。
そりゃ
私の不注意でこうなったんだけど。

周りとのギャップに
心が沈んでいく。
約20年前、
子供が生まれて
日常が始まった時
母親としてがんばらなきゃという気持ちと
そんなにできないという気持ちと
ぽろぽろ泣けてきた
あの時の気持ちを思いだした。

昼はなんとんないのだが
夜になるとあんなことこんなこと
にわかポジティブ人間の
化けの皮がはがされていくような
病院の夜とは
そういうものだった。

しかし、退院が近くなってから
ブログに
何を書こうか
あれこれ考えてしのぐことができた。

これからは
暗闇はこの手で行こうと思う。


単なる読み違い

2008年12月08日
オバマ次期米大統領が
6日のラジオ演説で、
250万の雇用創出のための
政策を発表した。

公共事業が柱になっているので
財源について危ぶむ声も
当然あるようだけど

「250万人分の働き口を創ります」
とはっきりと目標を示されるのは
うらやましい気がする。

みんな働きたいのだ。

働き口が心配なのだ。

定額給付金より
高速1000円より
みんな働けるようにしてよね、
と思うんだけど
雇用創出なんて難しいことだから
はっきり言えないんだろうね。

今日の新聞に
麻生首相の支持率が
小沢さんより下がったと伝えている。

就任からまだ3ヶ月経っていないのに
早い。

漢字が読めなかったことを
記者から指摘されて
「単なる読み違い」と
言い切ったのはすごかった。
自分の弱点を認められない
人間の小ささがでてしまった。

「フリガナをふっておくべきだ」
と、ジミン党のササガワ某かが
テレビでまじめに語っていた。

あれ以来、麻生首相が何を語ろうと
にこやかな笑顔だろうと
「フフン」と
鼻で笑ってしまうのは
私だけでないと
今朝の新聞の支持率は語っている。

それと

ぶら下がり記者への
ひと言対応だけは絶妙だった
小泉総理のあとは
誰が何を言ってもうまくいかなくなった
気がしてならない。

こうなったらもう、
ぐちゃぐちゃになった方が
新しい若きエースの
誕生を見られるかもしれない。

国会攪拌機のスイッチが
早く入ってほしい。

請求書

2008年12月09日
今日、腕に添えてあった板がとれた。
さっそくリハビリが始まり
お湯で温めた後
ひじ曲げが始まったんだけど
「イテテ!イテテ!」
と思わず叫んでも
知らーん顔して曲げ続けられる
医学療法士の先生は
「プロ」という感じがした。

リハビリは痛いと聞いていたけど
そして痛いけど
今はほとんど曲がらない左腕が
だんだん曲がっていくと思うと
先の明るい痛さで
ガマンできる。

これからしばらくお世話になります。

病院は予想以上に混み合っていて
お昼をまわったんだけど
最後に料金を払う時
請求書を見ると
「田中幹夫」「田中幹夫」「田中幹夫」
一枚の請求書に
市長としての田中さんの名前が
3つも書いてある。
田中さんが市長になられたんだと
この請求書を見てしみじみ思った。
一枚の請求書に3つ。
混み合っている病院で
「田中幹夫」が数限りなく行き交っている。
病院だけでなく
ありとあらゆる場に
市長「田中幹夫」と書かれている
用紙が飛び交っているのを想像する。

改めて大変な重責だと思うけど
名前を拝見するだけで
張りのある声とにこやかな笑顔が
思い出される。

田中さんの名前の後に
簡単な似顔絵なんかつけては
どうでしょうかね。
お金がかかりそうだからダメかな。

入院費用は
だいたい思ってたほどだけど
思ったより「少し」高かった。

その「少し」が痛いのよ。
でもきりがないですね。ハハ。

今日は聞き忘れまいと思っていて
先生に尋ねた。
「アルコールはOKですか?」

「OK!OK!」
と軽く答えてくださったけど

考えてみればまだ
周り中に迷惑をかけながら暮らしているので
今手を出すと
家族のひんしゅくを買いそうだ。
家族の顔色を見ながら
解禁日を考えたい。









習慣は第二の天性

2008年12月10日
入院中にタダ読みした
週刊文春の10/2号に
法人税脱税の罪で服役した
K−1の石井館長こと石井和義氏の
記事が載っていた。

「石井和義 獄中生活とK−1を語る」

獄中記は普通にそそられる。

読んでみると、内容は至って真面目で
おもしろかった。

抜粋

「本を読み思いついたことを
 ノートに書きながら
 これまでの自分の人生を振り返ったり、
 自分の内側と向き合うこともできました。
 『人間は習慣で生きている』
 ということです。
 習慣は第二の天性であって
 よい習慣を作ることが
 よい人生を作ることにつながる。
 だから出所後も、
 塀の中と同じ生活パターンを続けていきます。

 中略

 よい習慣をつければ
 よい人が集まってくるもの。
 これからはそっちの仲間入りをしたいと
 つくづく思います。」



数年前、本田武史というスケート選手がいた。
パッとしない成績から
ある時
飛躍的に上達した年があった。

それを当時、佐藤有香さん
(中野友加里さんのコーチである佐藤信夫氏の娘)
が解説をしていて

「彼は私生活が全て変わるほどの
努力をしたのだと思う。」

と表現していた。

石川僚君は
8時以降はテレビを見ないと
週刊誌の見出しにあった。

郷ひろみは夕方5時以降は食べないと
島田紳助が深イイ話で言っていた。

「習慣は第二の天性」とは
うまい表現だなと思う。

しかしながら
いつビールが飲めるか
心待ちにする私は
館長の話がほんとうには届いていない。
なかなか、
館長にも、本田武史にもなれない。

ましてや僚君は郷ひろみのまねはできない。

でも、なるべくきれいな毎日を送りたいと
心動かされるひと言であった。



失せ物

2008年12月11日
私は片づけがとても下手で
年に何回かは
大切な物を無くして
真っ青になる。

今日がその日だった。

なくしたかもしれないと
気付いた瞬間から
さっきの平穏な世界は失われる。
見つからないのは
人が書かれた書類だ。
どうしたって
代わりの物はない。
どうしよう。
どうしよう。

とてもブログを書く余裕はないと思ってたけど
(ブログを書き出してからは
 一番のあわてた日だった。)

おかげさまで

見つかった。

探し出す前と何も違わないのだが
大切な物が見つかって
今の私には
世界がとても平穏に見え
ウグイスの鳴き声が聞こえ
ハープの静かな音色が
聞こえるような
そういう心持ちである。

なくし物をよくする方なら
わかっていただけると思う。

物がなくなったら
仏壇に手を合わせたらいいと
いとこが教えてくれて
この前の時はそうやったら

ほんとうに見つかった。

たぶん
冷静になれと
いうことなんでしょうが。

それより
日々の整理をきちんとする方が
もっと合理的なのだと
頭ではわかっている。

わたしの
永遠の課題だ。



男って

2008年12月12日
きのう午後からリハビリに行ったが
2時半をまわると
急に混み出した。

やはり高齢の方が多く
自分の先を見ているようで
勉強になるし心配にもなる。

リハビリの先生方は
見た感じ
20〜40代と
比較的若い方が多いのだけれど
高齢者の皆さんと
上手に会話をなさる。
時には自分の子どもの相談をされたり
うまいなと感心する。


ひとり明るい雰囲気の
おじいさんが入っていらした。
声も大きいのだけど
「カンノンマチ」と
何回も繰り返す声が聞こえた。

枯れて見える方の多いリハビリ室の中で

際立つ老人であった。

自分のつれあいが
この年でこうだと
どうだろうかと
ふと考えてしまう私だった。




NHKのドラマ

2008年12月13日
今日、NHKの夜9:00からのドラマ
コマーシャルを見て
母が楽しみにしていたんだけど
期待はずれでおもしろくなかったようだ。
「篤姫みたいが ないわ」
と、嘆くきながら
チャンネルを変える。

私もちょっと見たけど
暗い場面、夜のシーンなどが多く
それだけで高齢者は見づらい。
新しい作品づくりの意欲はわかるが
この枠は結構おもしろいドラマが多いので
よけいにすべり感がある。


うちのように
高齢者が大方の夜の食卓で
テレビを見ていると
民放は見られる番組が
ほとんどない。
東京フレンドパークと
ナイナイの自腹のあれぐらいだ。

NHKがつまらないと
アウトなのだ。
なんと言っても
高齢者の牙城なのだ。


うちはテレビ朝日も見られないので
スケートのグランプりファイナルも
見られなかったけど、
パソコンで
真央ちゃんの優勝がわかった。

NHKスポーツニュースで確かめよう。
おやすみなさい。


喜び力

2008年12月14日
昨日テレビをザッピングしてたら
ヤクルトからデビルレイズに移った
岩村の特集をやっていた。

画面には墓前報告をする岩村選手。
墓の主はお母さんだ。

弱小チームだったデビルレイズが
今年あれだけの活躍ができたのは
岩村選手の力が大きいと報道されていた。

お母さんが生きていらしたら
どんなにか喜ばれたことだろう。

どれだけの愛情であったのか
でわかるくらい
少し涙で潤んだ目でお母さんのことを
話す岩村選手の表情は遠くて優しい。

子どもの活躍を喜んでやれる力は
親が一番持っている。
親ほど心底喜んでやれる人間はいない。

どんなにくしゃくしゃになろうが
喜び力をして
親は子どもにとって
価値がある。

そしてたとえ亡くなっても
親の、そしてじじばばの喜び力は
子どもを強く支え続ける。

入院中に読み返した「赤毛のアン」

数々の試練を迎えるアンを
いざという時支えるのは
マシュウの愛情だ。

ピンチに立った時
アンの胸に浮かぶのはマシュウだ。
「愛してくれるマシュウのために」

その思いがアンを奮い立たせる。

何度読み返しても
アンとマシュウの場面が好きで
先に拾い読みしてしまうのだ。

人を支える愛。

子どもが受験で親としては
何とか支えてあげたいと思うけど、
わたしのは
何かうす汚れていて
アンの全てを受け入れ
穏やかな愛情を注ぐ
マシュウのようにはいかない。

でもなるべく
ほめてほめて
ほめてほめて
そうしたいと思っているのだよ。






決められる人

2008年12月15日
今日 教育委員会の送別会があった。
教育長が4年の任期を終えられ
去られることとなった。

先日「鶴瓶の家族に乾杯」という番組で
スマップの中居君がゲストだった。
この番組は日本のいろんな地域を
ぶっつけ本番でまわるという番組だ。

中居君はある小学校に入っていく。
そこで外にいたのが
実は教頭先生だったのだが、

「学校に入ってもいいですか?」
と、中居君が尋ねると

教頭先生はまじめな顔をして

「校長先生に聞いてみます。」
そして
「教育委員会にも聞いてみます。」
と答えていらした。

もうひとつ
先日のたけしの教育について語る番組で
給食が食べられないので
弁当をもたせていいか担任の先生に相談したら

担任の先生は校長先生に相談し、
校長先生は地域の教育委員会に相談し、
地域の教育委員会はは県の教育委員会に相談し、
県の教育委員会は文科省に相談し、
結局誰も決められなかったという

たぶんこれは作られた笑い話だと思うんだけど。

今の教育界というのは
いろんな心配があって
決める事がなかなかできないという
そういう側面があるのが現実だと思う。

それから言うと
教育長は
「決められる人」だった。
しかも素早く。

新しい市ができて
20ものそれぞれ地域性がある学校があって
教育長の手腕は必要欠かざるべきものだったと
思っている。


強面なイメージが強かったが

ご一緒していて
子どもたちへの愛情が
ポーカーフェイスから
ちらちらのぞいていて
おもしろかった。

おもしろかったというのは変かしら。

でもそんな感じだった。



お見舞いのお金

2008年12月16日
入院して困るのが
見舞いを持ってきてもらうこと

親戚などはつきあいで
入院したと聞いた以上
ほっておけないので
来てくれる。
申し訳ない。

職場の皆さん
ご迷惑をかけている上に
申し訳ない。

習い事のお仲間。
あら、ひとりずつ、
こんなにいいのに。
申し訳ない。

年下の友達。
申し訳ない。

骨折した直前まで
一緒にいたお仲間、
グループと個人と別々に。
申し訳ない。

仲のいい友達が来てくれた時
やっぱり金一封を持ってきてくれて
「いらないから持って帰って」
と言ったら
ほんとうに持って帰ってくれて
うれしかった。
「気のおけない」
というのはこういうことよね。

でも、みなさん楽しいお話しは
とてもうれしかったです。

ありがとうございました。

張り付く板ゴム

2008年12月16日
リハビリが始まって一週間
思っていたのと全然違う

思っていたようにはかどらない
ひじはまだあまり曲がらないし
曲げるたびに筋が痛む

ひじの周りに板ゴムが張ってあるよう
あの年賀状とかに使う
あの硬いゴム板
曲げ伸ばしの度に
ギューッと引っぱらないと
伸びないの
ときどき引っぱがしたくなる


リハビリが始まる前は
「こいよリハビリ!」とか言っちゃって
威勢がよかったのよ
先生にも
「それだけポジティブなら
すぐ治りますよ」
とか言われ
「やっぱりわたし」
とか思ってたけど

朝になるとうずく
思わず知らず
ひじばかり触っている

指先が口に届かないので
ご飯粒が拾えなかったり
ちょっと手についた汁を
なめられなかったり
そんなことも不便

でも先日
その手で
自分の髪を
ちょっと触る事ができて
今日は
髪の地肌を触る事ができた

これって下からじゃなくて
上からゴリラポーズというか
そういう届き方です
下からはまだ全然遠い

この治りのゆっくりさに
付き合ってかなきゃ

このゆっくりさが
今のところ一番大変





見舞い その2

2008年12月17日
私は4人部屋だったんだけど
ベッドは一つずつ
カーテンで仕切られている。

たいがいみんな
半分以上カーテンがひいてあって
あまり顔を合わせないようになっている。

でもお見舞いの人がいらして
お話しをしていらっしゃると

たいがいまる聞こえ。
えーと、
聞くともなく
しかし聞いてしまう。

病院に来るまでのいきさつ、
互いの近況報告など。

どの見舞い者さんも
金一封が出てくるのは
ほんとうに最後
ぎりぎり最後になってから。
帰るちゃあ、
と言いながら
体が横向きながら
封筒が出てくる感じ。

傍から聞いていると

(やっと出た)

と、ほっとするような。
これからまた始まるぞ、というような。

「あらー、そんなことしてもろたら弱るがいぜー」
「なーん、気持ちだけなが」
「誰にも言わんとそーっときとるがにー
 こんなことしてもろわれんわー」
「ほんまに気持ちだけやさかい」
「あら、よーないわー」

抑揚のついたやりとりが繰り返される。


わたしの親戚のおばちゃんが
来てくれた時
おばちゃんとバカな話をしてたら

いったいどんな人か
顔を見たくなったと
はす向かいのベッドの人が
カーテンを開けて
おばちゃんの顔を見に来てくれて
結局
部屋中で話したことがあった。

あのおばさん
またおいでんかね。

とも言われた。

心やさしい同室者に恵まれ
楽しい思い出ができた。


一日も早い回復を心から願う。







しゃれた還暦祝い

2008年12月18日
ちょっとしたご縁なのに

「2008X’mas コンサート」
と題したコンサートのご招待をいただいた。

見開きのカード形式になっていて
内側には

「わがままQ介(お名前)の
本卦還を祝う実行委員会」

とある。

実名で書いていいと
おっしゃってくださったので
書きますが、
いろいろな方面で
いろいろな意味で
お元気であらせられる
松本久介氏の
還暦を祝う会である。

ジャズをこよなく愛していらっしゃるので
ジャズの生演奏は頷ける。

それに

そば研城端道場の
ウェルカムそば

あのブログでもよく拝見する
そば研
憧れのそば研
う、心が動く。

その上
富山、金沢の大和のシェフを
つとめられるという
川本紀男氏の
フランス料理

フランスだよ
フランス!

「フランス料理」

しばらく聞いていない響きだ。

楽しそうな雰囲気が
見開きのカードからあふれている。


これが還暦祝いなんだから
今どきの還暦は
びっくりしちゃう。

こんなしゃれたことをできる人は
そういないかもしれないけど

それにしても
団塊の世代は
4,50代より
雰囲気はむしろ
若いかもしれない、
と思うこともよくある。

最近
元気がないとか
顔色が悪いとか言われるので
元気を分けていただきに
参加させていただくのを
楽しみにしている。






首相に捧げる

2008年12月19日
今日城華で
「羞恥心」を踊るんですが
歌詞を聞いていたら
2題目で
麻生首相の顔が浮かんできました

この曲 子どもたちが踊ってくれるのを
見ていると とても元気になるんですよ。


「羞恥心」2題目

 隠し通せやしない
 嘘で固めた言葉 
メッキ剥げても当たり前なのさ 
ありったけの自分を 
さらけ出してみせるぜ 

知識ないと言われてもいい 

生まれたことを喜劇だと 
笑い飛ばせば 笑顔がよみがえる 
ドンマイドンマイドンマイドンマイ 
泣かないで 
ためらいなんていらないぜ 
俺の胸にさあおいで 羞恥心羞恥心
 俺たちは 打たれ強さは 
どんなときも負けやしないさ 


最近
打たれ強くなった感のある麻生さん。

それより
桝添さんを最近またよくテレビで見るようになった。
雇用問題での登場だ。

桝添さんのよく見る度は3回目。

1度目は 社保庁問題
2度目は 医療崩壊(医師不足)
3度目 
今度は 雇用問題での登場。

厚生労働省って
くくりが大き過ぎないか?

総理大臣より大変そう。


では踊りに行ってきます。


すべったかな

2008年12月20日
きのう城華で踊りに行ったんだけど
ある会社のクリスマスパーティーに
呼んでいただいたのだ。

ときどき
こんなふうに会社がらみで
踊らせていただくことがある。

そうすると
なるべく気のついたところで
その会社を褒めた方がいいかな
などと
次の営業につながらないかと
めいっぱい気を回してしまう。

それがうまくいった時はいいんだけど
気の回し具合で
いやらしくなることもある。

きのう、わたしたちが踊る前に
会社の方のカラオケがあった。

その中で「千の風になって」
を唄った方がいらした。
ほんとうに素晴らしいのどで
うっとりしたんだけど
その方が会社のとてもえらい方だとわかった。

それで
踊る前のチーム紹介のときに

「先程は素晴らしい歌声を
聞かせていただきました
とくに「千の風になって」は
うっとりしてしまいました」

というようなことを言ったんだけど
ほんとうに素晴らしい
歌声だったんだけど
何となく
えらい人って聞いていて
褒め方がいやらしくなったような。

客席の反応を見て
そう思ったんだけど。

あー。
自分の頭の中から
一生懸命消しゴムで消すんだけど、

営業ってむずかしい。

無料マッサージ機

2008年12月21日
しばらく前
休日の高岡イオンに行った時
展示されている
マッサージ機に
多くの人が横たわっておられ
びっくりしたことがあった。

あまりマッサージ機には
縁がなかったが

今年から
城端屋内グランドの
トレーニングルームにある
マッサージ機が
以前は16分200円だったのに
無料になった。

無料になったので
やってみたら

今どきのマッサージ機の
威力に驚く。

ワンパターンの繰り返しなんか
ほとんどなく
いろんなパリエーションで
気持ちよく
全身のツボを押さえてくれる。

ああ、アッという間の16分。

ここまできてるのね。

年会費4000円で
トレーニングルーム使い放題、
(テレビもあります)
施設は格安に借りられるし
それにマッサージ機までついてきて

ないものはないけど
あるものは利用しましょうね。

クラブjoy理事長の水口さんが
熱心に関わって育てられて2年、
いい雰囲気の屋内グランドが出来上がっている。




冬のほうれん草

2008年12月21日
天気がいいので
畑の野菜たちは青々している。

とくに
ほうれん草は
冬場になると
平たく太くみどり濃く
どっしりと腰を据え
落ち着いている。






入院していて
気付いたことの一つ。

病院は室温が完全にコントロールされていて
暑さ寒さがない。

暑さ寒さを感じないことは
病院生活をさらに
平坦にする。

寒さがあって暖かさがある。
冷えがあってぬくもりがある。
寒さがあるから
ほうれん草はあき竹城のようにがっしりとする。

とは言え、
一度痛んだひじは寒さに敏感で
冷えるとうずき出す。

だども
寒いと言っては
ストーブに当たり
風呂にじっくりつかる
シャバの暮らしの方が
ずっといい。

60本のバラ

2008年12月22日
この前書かせいていただいた
Q介さんの還暦のお祝いの
ジャズコンサート。

市長他多数の有名人がお見えになり
さすがQ介さん。

ジャズ、クリスマスソングの
名曲の数々は素晴らしかった。

なんといっても生の音は
他に変えられない。

とは言ってもそんなに聞いてる訳じゃ
ないんですけどね(^_^;)

最後にお仲間から
Q介さんに
60本のバラがプレゼントされ

それが奥さまにプレゼントされ

奥さまが参加した客に
プレゼントしてくださり

今うちのテーブルにある。
正しいルートを通ったバラ。



スターの威力

2008年12月22日
今日、保護者会は三者面談。

余計なことを言うなと
娘に言われていたのだが

気を遣っていろいろ質問したら
結果的に長くなってしまって
娘におこられた。

先生も看護士さんも
医学療法士さんも
みんなみんな
質問すると どえらい ていねい。

ありがとうございます。

きのう バドミントンの試合に
オグシオが来て
それを見に行ったいとこが
一部始終を語ってくれた。

特にオグラさんの足が長くて
実物はさらに美しく感じたという。

とにかく人でいっぱいで
立ち見も出ていたらしい。

アリーナ席はカメラマンで
埋まっていたらしい。

それが
オグシオでない試合になると
さっと人がいなくなってしまったという。

そしてオグシオが出る試合になると
またカメラマンも人ももどって来たのだそうだ。
スポーツと言えども人気商売。
厳しい。

宝塚だってそうだ。
入り待ちでお目当てのスターを待っていると
多くの劇団員が入っていく。
ファンが付いて
入り待ちをしている団員はごく一部。
多くの歌劇団員は
それを除けるように
誰も待つ人が無い中を
足早に楽屋口にはいっていく。
厳しい世界。

男子ゴルフだって
この前まで
女子に押されっぱなしだった。
それが
石川 遼の登場で
私でさえゴルフ中継を見るようになった。

スターの登場で
地図が塗り替えられる。
ある時は
理不尽なくらいに。

でも、年をとると
そういうのを
単純に受け入れやすくなる。
若さにクラッとして。

でもわたしは
オグシオより
スエマエを応援してるけどね。

麻尋しゅん宝塚退団

2008年12月23日
宝塚のホームページに
星組退団者が発表されていて
最後に「麻尋しゅん」
の名前があった。

富山市出身で
2年目で
新人公演準主役を射止めるなど
早くから目立つ生徒さんだった。
今年は宝塚小ホールのバウホールで
「アンナ・カレーニナ」の主役も務めた。

涼風真世、剣幸につづいて
富山県出身のトップスターが
誕生かと期待も高かった。

トップを目指している
真っ最中に
普通はやめない。
いったい何があったのかと
しばらくは
ヅカファンの間で
噂が飛び交うはずだ。

宝塚は
全てが
「トップ」のためにある。
脚本、音楽、衣装、組の団員全てが
トップを引き立てるために存在する。

劇団四季を見ると
四季はその演目のために
全てが存在し
出演者もそのコマである。

しかし、宝塚は違う。
「トップ」のために全てがあるのだ。

トップを経て辞めるのと
そうでないのでは
全然違うのだ。

今ここで辞められるのは
富山県人としては
ほんとうに残念だ。

どれどれ
関連ブログをのぞいて
噂を見てみるとしよう。


クリスマスにあふれる品々

2008年12月24日
今日砺波のスーパーに行ったんだけど
さすがクリスマス、
すぐに食べられる
オードブルが華やかに並ぶ。

目に付くのは何といってもお肉、揚げ物。
食べ盛りの子どもがいれば
1パックは手が出るだろう。

生協の商品も
年々
出来合いの食品が増えている。
食品材料より
そっちの方が売れるんだそうだ。

食育が叫ばれるようになったが
売る方、作る側には何の規制もない。
便利な安い商品が
目の前に広がる。
ついつい手が出る親はバカなのか?

子ども向けに開発される
携帯電話。
かわいらしいコマーシャル。
安全のために持たせよう
(ほんとは守ってくれないけどね)
便利だし
と思う親はバカなのか?

携帯の料金体系が変わり
パケ放題、つなぎ放題で
携帯使用時間が段違いに
長くなった。
大人も。それから子どもも。


ここにきて
中3以下携帯不携帯と言っても
どれだけ実行力があることなのか
わからない。
すでに多くの学校では
建前「持ってきてはいけない、
授業中は使わない」
になってると思うし。

子どもをねらった
さまざまな商品を見ていると
ため息が出てくる。

保護者を啓蒙するだけでなく
作る側との
企業側との話し合いもなければ
垂れ流すだけ垂れ流しでは
なかなか子どもは守れない。


歌い手

2008年12月25日
さっきテレビを見たら
美空ひばりが
立っていた。

ただ立っているだけに見えた。

どこにも力が入っていない。

ところが

「柔」の歌が聞こえてくる。

アップになって
やっと
美空ひばりの口が動いていて
やっぱりこの人が唄っているのだと
わかった。

どこにも力の入らない
自然な立ち姿。

それでいて
全身から出てくる声。

すごい人だ。

その前の藤山一郎も
唄う姿が美しい。
美しい魂しか入れないような
清々しい立ち姿だ。



それにしても
TBSは
安住 紳一郎に頼りすぎ。



トレーニングルーム

2008年12月25日
クリスマスイブの昨日の夜
屋内グランドのトレーニングルームは
いつにも増して
混み合っていた。

若い男の子たちのグループ、
夫婦2組、
その他私を入れて14人、
クリパー関係ねえの人は
思ったよりたくさんいると思った。

痩せたい人
鍛えたい人

たくさんいる。

私もその一人。

運動している時は
みんな自分に夢中。

自分に夢中の人ばかりで
何となく
気味が悪いと思うことがある。

同じ思いで集まっているのに
つながらない感じ。

まあ、こんなところまで来て
気を遣いたくないと言っちゃ
私もそうだけど。

ヒザが痛くなって
そんなに走れない私は
ランニングマシーンで
小気味よく走っていらっしゃる方が
うらやましい。

わたしは
自転車マシーンで
漕ぐ。
一日20分だけど。
これをやるようになって
階段の上り下りが
楽になった。

腹筋とストレッチは
続かなかったけど
これだけは性に合ってるみたい。




麻尋しゅんの退団

2008年12月26日
どうして退団まで
してしまうのか
本当にもったいない。

しかし、宝塚歌劇団は
一度退団者名簿に名前がのってしまうと
小沢民主党党首のように
やっぱりもう一度やります、
と言うわけには行かない。

引き返せないのだ。
女の道は一本道なのだ。

どうして辞めてしまうのか、
考えてみるのだけど

でも、正直に言って
私は彼女のファンになれなかった。
かわいらしすぎて
「男」を感じられない男役だった。

しかし、「男役10年」
というぐらいで
男役は年月と共に作られていくものだ。
ある日突然化けて
ぐっと持っていかれることもあるのだ。


娘いわく
(娘は私よりもっとよく知ってるのね)
変に若い時から
小賢しく男っぽい男役より
麻尋しゅんはまっすぐで
才能豊かでずっと良かったという。

宝塚は関西の劇団なので
関西人が多い。
しゃべりがうまいのだ。
そのなかで
麻尋しゅんは「富山県人」だった。
まじめ一直線だった。

もったいないけど
でも
わかる気もする。

でも、ダンスもうまく
歌も歌える
(歌劇団だけど歌える人は実はあまりいない)
才能豊かな人だったので
いつか
ショウビジネスの世界で
またお目にかかる日を楽しみにしている。







冬の風景

2008年12月27日
雪が降って
柿の実にカラスが集まってくる

それが普通に歩いていると逃げないのに
カメラを向けると逃げる
本当はこの倍ぐらいいた




カラスもえさを探すのに必死

この間からのニュースで
職や住む場所を失う人たちの
映像がすり込まれてしまって
カラスたちに重なる

ほそみちさんが先日
日本が貧困国世界第2位だと
詳しく書いていらして
拝見していたのだが、

紹介する本は
アメリカに関する貧困事情
についてのルポだ。

ルポ「貧困大国アメリカ」

   堤 未果 岩波書店

プロローグの最後に

 「『教育』『いのち』『くらし』という、
 国民に責任を負うべき政府の主要業務が
 『民営化』され、市場の論理で回される
 ようになった時、はたしてそれは『国家』
 と呼べるのか?
   (中略)
  単にアメリカという国の格差・貧困問
 題を越えた、日本にとって決して他人事
 ではないこの流れが、いま海の向こうか
 ら警鐘を鳴らしている。」


とある。

「起きていることは全て正しい」
と勝間和代が言うように
全ては自己責任で
人生は変えられると
ノウハウを示し
力強い自己啓発の意見もあるが

この本で
アメリカでの
市場原理主義の流れを見ていると
ごうごうと音を立てて流れる
滝のようなすさまじい勢いで
今まであった個人の権利が
奪われていくのがわかって
無力感を感じる。

とは言え
日本はまだまだ踏みとどまっている
ところもあるし、
戦争はないし、
みんないい人だし
がんばっていかねばね。

最後に
雪の中で力強い
畑のネギたち。





老醜を隠さず

2008年12月28日
きのうNHKで
「人間60年ジュリー祭り」
と題した
沢田研二の還暦コンサートが
放送された。

夏から酒をやめたという。

昔ファンだった人間にすれば
信じられないくらい。
コンサートに賭ける
本気度具合がわかる。
でも、その割にお腹の出具合は
そう変わらない気もしたけど。

小太りのおっさんが
ジュリーが
歌いながら
よたよたと
ステージを動き回っている。

松任谷由実だって
SMAPだって
サザンだって
広いところでやる時は
仕掛けがあって
ダンサーがいっぱいいて
いろんな工夫があるのに。

ただ歌だけ。

ジュリーだけ。
何の計算もない、
ただせいいっぱいの歌に

ただ感動する。

そして
会場を埋め尽くす
38000人。

へたくそなしゃべりを聞いていても
不器用に
まっすぐ
正直に生きてきたんだなと
いい人生を
うらやましく思った。







年末に年賀状のなかりせば

2008年12月29日
う、目上の一年間一度も会ってない
儀礼的な方。

どうしよう。

ぱたっと筆が止まる。

だーっと気持ちがだらける。

「お元気でお過ごしでしょうか」
「またお目にかかる日を楽しみにしております」
「暖かな冬で過ごしやすいですね」

さっきから
だいたいこんなようなのを
使い回している。

この〒番号細かくて読めない、
メガネメガネ。

今年老眼鏡を使い出したら
いっぺんに目が甘えて
見えなくなってきた。
生活必需品ベストファイブに
躍り出たメガネを探す。

遠方でずっと会っていない友達。
電話もずっとしてない。
「いつか会いたいですね」
このフレーズも何回書いたことだろう。

あ、ずっと前
PTAで一緒だった遠方の人。
どうしよう。
微妙。

去年喪中だったこの方。
あえて今年復活すべきか。
微妙。

様子見。

来たら出そう。

今年は遅くなったので
よけいに疲れます。



在所の火事

2008年12月30日
1時近く
年賀状も一段落で
休みずらずら起きもいい加減にして
寝ようかと
トイレにはいると
「ウーウーウー」という
救急車だか、パトカーだか
の音。

何かあったのかなと
用を足しているうちに
音がだんだん大きくなってくる。

だんだん大きくなってくる。

え、この辺?

玄関の戸を開けると
右前方が
明るく
火が上がっているのがわかる。
300m?
400m?

おばちゃんの家の方向なので
あわてて
「おばちゃんのうちの方に
火があがっとるがいけど」
と父と母を起こす。

父がおばちゃんちにすぐ電話したら
電話がつながって
隣の家が燃えているとのこと。

父がすぐ行ってこいと言う。
え、こんな夜中に?
と言うと
「なん言うとるがい、親戚やぞ!」
と、どなる。
親戚はわかるけど
夜中だけど。

火事=即 見舞い
というのが
火事の時の振る舞いらしい。

歩いて出かけたが
すごい車の数。
そばに行くと
やはり臭いがすごい。

おばちゃんちに行くと
おじちゃんも来てたし
その後、ぞくぞくと
火事見舞いの人が
名刺を置いて行かれる。

幸い、延焼はなく
一時は
逃げる準備をして置いてくれと
消防署の人に言われていた
おばちゃんたちは
ホッとしていた。

近所のおばさんがおいでて
「今から明日の9時まで
炊き出しせんなんさかい、
その相談に集まってくれやと。」

これから朝まで
ずっと炊き出しらしい
大変。

帰るとうちの玄関にも
すでに火事見舞いのハガキが。




火も沈静化し
暗闇に浮かび上がる
焼け残りのシルエット。




沢田研二還暦コンサートの最後のあいさつ

2008年12月30日
全部で80曲を歌ったわけですが
78曲目のあとの
万感こもった
あいさつがありました。
以下に書きましたが
字にすると普通のあいさつです。
わたしより先にファンになったカオルちゃん、
高校時代いっしょに騒いだミチヨさん、
私をはるかに上回る追っかけだった
名前を忘れたせんぱい、
ブログに書いてくださったあさぎりさん
に捧げます。
よかったらご覧ください。


本当に
お付き合いくださいまして
ありがとうございました。
(3方向に×3)

昭和41年に上京しまして、
昭和42年にザ・タイガースとして
デビューしました。
そのザ・タイガースの時代というのは
私にとっても
本当に
たからものです。(客席から拍手)

まさに
「夢」
でした。(拍手)

僕は夢見る男ではありません。
でもみんなに
夢の中に連れて行ってもらいました。(拍手)

それから
今も
ずっと
夢の中にいます。(拍手)

夢の中にいましたから
僕はその上に夢を見ることはできませんでした。
現実を
少しずつ
見つめてきました。

現実を
見ることだけを
しっかりやろうと思って
やってきました。(拍手)

そして
日常を
日々の生活を
一歩一歩歩んできたら
また今日
夢の中に連れて行ってもらいました。(拍手)

本当に
みなさんのおかげで
夢が見れました(語尾は声が震える)

60にもなって
3万人(少しつまる)
3万人もの人の前で歌えることは
本当に
うれしさの
極みです。(拍手、涙と拍手)

また明日から
しっかりと
日常を暮らしていきたいと思います。

一日も長く
歌っていたいと思います。

今日は本当にありがとうございました。
(×3)
















ブログってすごいのね

2008年12月31日
10月14日に

「もうやったらあかんで、がんばりや」
(裁判官爆笑お言葉集 幻冬舎新書)
というタイトルの文を書いた。
(あの、前のページの7を押したら
 ご覧いただけます(^_^;)

杉田宗久裁判官の判決に関する
ページだった。
この本を通して一番印象的な
裁判官だった。

メールは
杉田裁判官と大学の同級生である
三重県在住の方だった。

このブログって
なんと以外でも読まれてるのね…。
県外でも読まれるのね…。

ブログってすごい!

と、それは置いておいて

メールによると
杉田裁判官は
大学の時から
人間味あふれる方であられたらしい。

そして
この杉田裁判官が
今度、小室哲哉氏の裁判を
受け持っていらっしゃるのだという。
過去の判例にとらわれない
そして人情味あふれる
希有な存在である
杉田裁判官が
どのような判決を下されるのか
楽しみです。


ブログのダイナミックさに
ますますはまりこんでしまいそう。

来年もブログとの距離感を保つことが
私の大きな課題です。

皆様ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
作者 : はれあたま

 かなり生きてきて、でも、生きてきた中で今が一番楽しい気がしています。ブログに参加することでもっと楽しくなればいいなと思ってます。

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