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はれあたまダイアリー

いつも楽しく読ませていただいてきました。ちょっと自分でもやってみようかと思いました。

北山先生とベトナム民主共和国独立宣言文

2009年01月01日
娘の高校の世界史の

北山先生はすごい。

授業がおもしろくて
よく娘は
先生のまねをしながら
授業を再現してくれる。

知識量がハンパでない。

とにかく
娘も私も尊敬している。

その北山先生が
入試準備の真っ最中の
授業で
模試の試験問題の
一部だけど

感動的な文章なので
とにかく
読んでおいた方がいいですと
いただいてきたもの。

どう感動的なのか
間口が大きすぎて
掴めなかったのですが

北山先生を大好きなので
これを書かないと
次に行けない気がするので
書かせていただきます。

良かったらお付き合いください。


「ヴェトナム民主共和国独立宣言文」

「全ての人間は平等に造られ、創造主によって一定の奪いがたい権利を付与され、そのなかに、生命、自由、および幸福の追求が含まれる。」

 この不滅の言葉は、1776年のアメリカ合衆国独立宣言からの引用である。この意味を広くとると、この文章は次のような意味になる。

「地上の全ての民族は平等に生まれている。各民族は生きる権利、幸福の権利、自由の権利を享受すべきである。」
 フランス革命の人および市民の権利の宣言は、1789年にやはりつぎのように宣言している「人は、自由かつ権利において平等なものとして出生し、かつ生存する。」

 このことはまさに否定できない真理である。

 しかしながら、80年以上のあいだフランスの植民地主義者たちは、自由・平等・博愛の旗を濫用し、われわれの国土を占領し、われわれの同胞を圧迫してきた。かれらのすることは人道と正義の理想とは正反対であった。

[中略]

 1940年の秋、日本のファシストたちが連合国に対する戦闘の目的で、新しい軍事基地をつくるためインドシナに侵略してきたとき、フランスの植民地主義者たちは彼らの前に膝を屈し、われわれの国土を彼らに引きわたした。

[中略]

 日本人の降伏ののち、われわれ人民は国家の主権を回復し、ヴェトナム民主共和国を樹立するためにこぞって立ち上がった。

 真実は、われわれ人民はその独立をフランス人の手からではなく、日本人の手から奪いかえしたということである。

[中略]

 以上の理由によって、われわれ臨時政府構成員は、われわれは今後フランスとのあいだにいかなる植民地的関係も持たないこと、フランスがヴェトナムに関して調印したすべての条約を破棄すること、そしてフランス人がわれわれの国土でほしいままにしてきたあらゆる特権を廃止することを、全ヴェトナム人民の名において宣言する。

[中略]

 われわれは、テヘラン、サンフランシスコ両会議において民族平等の原則をみとめた連合国が、ヴェトナムの独立を認めざるを得ないと確信している。

 80年以上にわたるフランスの支配に対して、ねばり強く抵抗してきた民族、そして最後の数年間をファシズムに抵抗するため、決然として連合国とともに戦った民族、この民族は自由の権利をもったのだ。この民族は独立の権利をもったのだ。

    出典:「人権宣言集」 (岩波書店)




麻尋しゅんちゃんからの年賀状

2009年01月01日



かっこいい写真でのせたかったのですが
考えてみると
何かに触れそうなので顔は外しました。
ざんねん。


宝塚の生徒さんに
一度ファンレターを出すと
よほど人気のある生徒さん以外は
年賀状や暑中見舞い、
公演のお知らせなどが
送られてきます。
とても身近に感じられて
ファンクラブに入ったりして
命取りになっていくのです…。

表には






「新年明けましておめでとうございます。

 皆様にとりまして
 
 素敵な1年でありますように…。
 
 最後の舞台…。

 ぜひ見に来てください。
  
      星組 麻尋しゅん」

 と

 ていねいな直筆で書かれています。

 おうおう、見に行きますとも!
 1つ1つの仕事がまじめでていねいで
 未来は君のためにあるよ!
 と言いたくなります。

 がんばってくださいね。

ぼやぼやですが
家族写真の一枚をいただいたのですが
右上端が元巨人の宮本投手でした。




まわりまわって
いろいろなご縁があるものです。





 

小室ホール

2009年01月02日
ついつい箱根に目が行って
半日が過ぎていく。

東洋大の「スーパー1年生」
(日テレのアナがそう呼んでいた)
柏原の活躍で山登りの5区の
記録があっさり塗り替えられた。

きのうまでの「山の神」今井さんのファンと
しては複雑な心境。

明日も結局ずるずると往路に
ひきずられそう。


先日メールをいただいた
杉田裁判官の大学の同窓生の方に
小室哲哉氏の小室ホールについても
教えていただいた。

小室氏は2001年、
出身校である早稲田実業高校に
ポンと10億円を寄付し
それをもって造られたのが
このホールであり
ホールの横には小室氏の右手の
モニュメントもあるらしい。

人がいいのだよね。

彼の力はしばらくの間にあまりにも膨らみ、
しぼむのについていけなかった。

最近のコマーシャルで
加山雄三がパチンコになっている。
そういう時代なのかもしれないけど
往年の加山雄三を知る世代としては
なんとなくさびしい。

小室さんにとって
まだ今は
パチンコ小室哲哉はつらいし
できなかったのも当たり前だと思う。

でも、人をだますのはいけない。
彼はギアを切りまちがえた。

私は大丈夫なのだろうか。

テレビでは
誰も予測できなかった事態になった、
時代は変わっていくというけど
どのギアを選んで
どうすすんでいけばいいのか
不安な気持ちになる。

ときどきね。

まあ、明日の箱根を見て
また元気をもらおう。








ささやく河

2009年01月03日
「スーパー1年生」じゃなくて
「スーパールーキー」のまちがいだった。

9区、10区、
東洋と早稲田の選手の
上半身が揺れない。

下位チームに画面が切り替わると
選手の体中が揺れている。
上位チームの選手のフォームは
なぜあんなに美しいのだろうか。

美しいことでいうと
今の選手のまゆ毛は
たいがいきれいに整備されている。
タレントまがいの選手も少なくない。
きれいに整備された今どきの
青年たちが区間新を出していく。
でも、新「山の神」の柏原さんは
優勝決定後に写る時でも
整備前の感じで初々しかった。

正月用に借りてきた
(5冊借りてきたけど結局読めたのは1冊(^^;)
藤沢周平の一冊
「ささやく河」

捕物帖形式で殺人犯を追う
手伝いをする伊之助を中心に話は進む。
犯人および殺人の動機が
わかってくるのはほんとに最後
箱根駅伝の5区当たりの位置と盛り上がりで
うまいなあと改めて感心する。

犯人の動機として
この犯人の夫婦が描かれている。


「欺瞞(ぎまん)が見えていた。
 長い年月に渡って幸右衛門(夫)が
 欺いてきたのは 自分自身の心である。
 
 おたみ(妻)は、明るい気性だから、
 気丈なしっかり者だから、
 亭主の余命が三年と聞いても
 動じないのではなかった。
 はじめからそれだけの夫婦だったのである。

 中略
 
 そのかわりに、お互いの胸の底までは
 立ち入らない夫と妻の間に、
 紙一枚を隔てたほどの隙間があるのに
 気づかないわけではなかったが、
 幸右衛門はあまり気にしなかった。
 当面はおたみのあっさりした性格が
 ありがたいものに思われ、 
 隙間などは月日がたつうちに埋まるものさ、
 とも思っていた。

 その隙間が少しも埋まらないだけでなく、
 いくらか以前よりもひろがったような
 気がしたのは、徳之助が生まれて
 さらに三年もたった頃だった。
 −そして……。
 お互いの胸に踏み込むことも、
 なぐり合うこともなく二十年ほどがすぎて、
 その結果がこれだと思いながら、
 幸右衛門は暗い橋の上に立ちつくしていた。

 それでも夫婦と言えるのだろうか。
 ひょっとしたら、
 ただ夫婦のふりをして来ただけのことでは
 なかったかと、
 孝右衛門は茫然と過去を振り返っている。」

  「ささやく河」藤沢周平 新潮社 市立図書館蔵

この本が書かれた昭和60年、
今から思えば
まだ暖かいものがあった時代のように思えますが
そう感じることもなきにしもあらずと思えるような
夫婦の闇はいつの時代にもあることだと思わされました。
できるかぎり、自分の心からのつながりをもって
夫婦を作っていきたいなと思わされました。

失敗できる力

2009年01月04日
城西大 8区 石川亮
途中棄権で襷をつなげず、
中継所に抱きかかえられ
運ばれてくる。
ひたすら謝り続け、泣き続ける。

東農大 10区倉持貴充
最後2?でシード権を守れず
ゴール後ひたすら泣き続ける。

早稲田大10区2位三戸格
1位になれなかったと
両手で拝んで謝りながらゴール

ゲストで招かれた
優勝校東洋大の選手たちも
ビデオでその様子を見る目は
ひょっとして自分たちが
その立場だったかもと
他人事ではない様子が見て取れる。

失敗。

でも、だいたい箱根を走れることが
どえらいことなのだ。
ここに出られるなんてすごいことなのだ。
失敗できる幸せ。
失敗できる力。
挑戦があるから失敗がある。

今日テレビで
ヒョウの狩りは勝率2割だと言っていた。
先日のプロフェッショナルで
あの武豊が勝率2割だと言っていた。
負けてばかりいた。

あたいも年だけど
もっと失敗したい。
がんばるぞ。


長いだけのお正月

2009年01月05日
さっき召集令状のような
歯医者の予約確認の電話があった。
はい、忘れてません。
ちゃんと行きます。

日曜日にサンドイッチされた
長ーいお正月も終わった。
しかし、長いと言っても

するべきことを後回しにし

結局は
あまり休んだ気のしない
ただ長いだけの正月だった。

一番気持ちが充実していたのは
やっぱりブログを書いてる時なんだよね。
これでいいのか私の人生
と、ちょっと思うけどね。


入院中にいただいた
小さなバスケットとオアシスを
使い回している。
今日でもう4回目。




オアシス(花を刺す深緑色の水を吸い込むブロック)
は穴だらけなんだけど
でも、まだちゃんと刺さる。
あと、2回は行けそう。
背が低いし、
何といっても刺しちゃうので
活けやすいわ。

もうひとつ。
うちの人が貼り直してくれた障子。




あまりきれいな仕上がりじゃないんだけど
ノリがはがれてはがれて
何回もやりなおしてて
ここまで来るのも大変だったのだ。
うちの人の苦労の結晶。
はじっこをきれいに切って
元に収めたら
まったく問題なくOKでした。
おつかれさま。
ありがとう。





歯医者な一日

2009年01月06日
さっきのニュースでも
トヨタの下請けの工場のおじさんが
「先が見えないから不安です」
と、言っていた。

今日歯医者に行ったのは
先日の定期検診で
ムシバが見つかったからだ。

かあいらしい歯科衛生士さんが
見つけてくれたのだ。

浅いといいなと願っていたけど、
継ぎ足した歯の間に見つかったので
奥までいっているのか
そこだけなのか
よくわからなかった。

どうだろう、
浅いといいけど
ずっと深かったらどうしよう
期待は込めるが
不安はずっと続いていた。

そして
今日レントゲン撮影もありーの、
しっかり診てもらったら
………

想像した中で
いちばん悪い結果だった。

根っこまで行っていたのだ。
抜くことも視野に入る
とのこと。

ガックシ。

でも、わかってしまったら
お任せするだけだ。

腹が坐るというか、
やっぱりわからない、
どうなんだろう、
と思ってる時がいちばんいやなんだよね。

あー、でもがっくり。

あー、でも、がんばるぞ!

歯医者のあとは、今日はこの気持ちのくり返し。

歯槽膿漏治療

2009年01月07日
あねださんは
生花に使うオアシスが
穴だらけになったら
ひっくり返して使うと教えてくださった。
そこまでできるとは気がつかなかった。

まさに「裏技」

ムム、奥が深い。
あねださま、
「師匠」と呼ばせてくださいm(_ _)m


奥といえば
歯の歯茎の間の奥の
見えないところ、

今は
麻酔をかけて
歯石を掻き出して
歯槽膿漏の治療を
してもらえるようになった。

ありがたい。

こんな素晴らしい治療がなかったら
私は今ごろ
人前でアホみたいに笑ったり
しゃべったり
できなかったと思う。

お腹も何回も切っているし
いろんな事で
病院でお世話になる度に
今の時代の日本のありがたさを
思うことがあるが

何と言っても
歯の治療の進歩はすごい。
そして
歯槽膿漏治療のおかげで
わたしは
人格を保っていられるのだ。

しばらく
よかったんだけど

この間のレントゲンで
また、この治療の必要があるって言われたよ。

はい、
ありがたいです。
がんばります。

ありがたいんだけど、

歯医者って
歯医者って………………………。



かかる時間

2009年01月08日
定額給付金
一度あげますと言ったものを
もうやめましたとは言えないので
自民党はがんばるだろうけど
時間をおけばおくほど
いろいろな解釈、意見が出てきて
見場が悪くなる一方だ。

長引かせたのは失敗だった。

高速1000円
それを信じてETCを取り付けた人は
いっぱいいるのだ。
正月前に実施するとありがたみもあったろう。

長引かせたのは失敗だった。

福田前首相は
自分では総選挙を戦えないと思い
麻生さんに譲った。
解散しないでずっとやるんだったら
別に福田さんでもよかったのだ。

麻生さんが昨年秋に
選挙をしなかったのは
「弱気」だったからだ。
景気対策がいちばんとか言ってたけど
弱腰なのが丸見えだった。

あれからの麻生首相の発言は
弱腰をごまかす強気の答弁か、
的を得ないKY発言か、
どちらかにしか思えない。

長引かせたのは失敗だった。

思い切りが悪いというか
ずらずらして
なかなか決められない状態。

仕事をしていても
今は「できるかどうか」じゃなくて
「いかに早くやれるか」を
問われるのだ。

こんなに時間がかかって
この状態というのは
どうなのだろう。

「篤姫」でやってた
あの時代の幕府に
重なって見える気もするんだけど、
あの後のような劇的な展開はないのだろうか。

今度の国会は
いつもよりちょっと興味が増してます。






体を張るお笑いベテランたち

2009年01月09日
大晦日にテレビをザッピングしていたら
紅白の裏番で
KNBの「ガキの使い」の
特番をやっていて
しばらく見ていると
 …おもしろい。

ココリコや山崎邦正にまじる
ダウンタウンの
まっちゃんも浜田も
何回も罰則で尻を殴られている。
特別扱いは全くない。

お笑いの世界では
ダウンタウンは
大御所ポジションだ。

「浜田」「松本」
と、呼び捨てにされ
思い切り尻をたたかれているのは
校長先生や部長さんが
尻をたたかれるようで、
何回見ても見飽きない。

まっちゃんの笑いは
ときどきわからないことがあるけど
でも、痛いことを
やり続けているのはすごい。

めちゃイケの岡村さんも
踊り、痛いの、寒いの、
何でもこなしていた。

おもしろい。
岡村さんおもしろい。
矢部さんとの組み合わせが
やっぱりいいし。

お笑いの世界は
たくさん新人が出てきているけど
座を譲らない
笑いの達人たち。

魅力的だ。

今年は紅白をまったく見なかった。
ガキの使いと
ごちと、
つるべえの家族に乾杯と
めちゃイケと
さんたく。

お笑い番組で過ぎたお正月でした。


きのうの「見場が悪い」は変ですね。
「見映えが悪い」が正しいでしょうか。
まちがいちゃいました。


成人式か七五三か

2009年01月10日
成人式めがけて
この雪は何さ。

朝早くから準備のある
お嬢さんたちは大変だわ。
着物の裾が気になるし
式が始まるまで大変ですね。

数年前
ある成人式の会場
女子トイレでの出来事。

トイレの個室から
晴れ着を着た
お嬢さんが出てきた。
個室の外でお母さんが待ちかまえていて
かかし状態の晴れ着のお嬢さんの
着物をお母さんが
一生懸命
なおされる。

本当に成人か。

七五三じゃないのか。

最近の男子成人者の
きんきらの着物。

本当に成人か。

七五三じゃないのか。

着物に着られた若者たち。
これで大丈夫か?

と思うのだが、
いざ、式が始まり

成人者一人一人が
成人の誓いを述べる段になると…、

立派だ。
未来への夢、
周りの人への感謝、
わたしが二十歳の時には
到底思いつかなかったような
心にひびくあいさつが続く。

あら、
みなさん
こんないい子たちばっかりだったのね。
見た目で判断した
おばさんが悪かった。
ごめんなさい。

と、朝とはすっかり
うって変わった心持ちになって
帰ってくるのだ。

ということで
お天気も少しは考えて
雪の手を休めてください。







今年は式辞がひと味違いましたよ

2009年01月11日
今年の市長の式辞の中で
谷川俊太郎
「成人の日に」出典「魂のいちばんおいしいところ」
      (谷川俊太郎詩集 谷川俊太郎)
の詩が
紹介された。

市長が自らアップされているので
ご覧くださいね。

 

成人者へのメッセージでしたが
すべての大人のためのメッセージでもあります。

50を過ぎても

他人の非はすぐに気づき、
自分の醜さはみとめられない。

他人のうちに自分と同じ美しさをみとめ
自分のうちに他人と同じ醜さをみとめ

るのはむずかしいことです。

でも
愚かな自分をあきらめず
突き放さず
一生うまくつきあっていきたいものです。

赤ちゃん返りの成人式

2009年01月11日
わたしはおばさんなので
今の成人式での
お嬢ちゃんたちの
振り袖の出で立ちには
ずっと馴染めない。

遊女ヘアー、
目元が黒く見える濃いめのメイク、
ネイルアート、

着物には馴染まない。

フリフリの襟元も
フォーマルな場は
控えた方がいいと思う。

デザイナーの森英恵さんが

「若い人は皓い歯とぴんと伸びた姿勢があれば
 それだけで十分」

とどっかで書いていらっしゃったのを
思い出す。

若さとは「清潔感」だ。

着物も「清潔感」だ。

もっと、
彼女たちの本体が生きるような
演出はできないものか。

成人式のお知らせとともに
着物を着た時の
歩き方、作法など簡単に書いたものを
同封してはどうか。


せっかくの成人式に幼く見える
お嬢さんたちを見て
もったいなく思う。



 

着物

2009年01月12日
着付けを練習して
自分で着られるようになった友人が
着物を着てパーティに出席した。
その友人の感想は

「どんなおぞい着物だろうと
 ドレスより格が上やと思う。」

わたしもそう思うことがある。

着物はいくら素敵な着物を着せられたときより

自分で着られた時の方が

百倍うれしかった。

私はお茶を習っているので
長い年月の間に
何とか自分で着られるようになった。

着物は多少体形が変わっても
カバーできる。

多少古かろうが、
安かろうが、
ポイントさえ押さえれば
フォーマルな場でも
それこそ洋服より格が上に見える。

お茶会で見る
若いお嬢さんの
小紋、付下げで
お太鼓の慎ましやかな帯結びは
ぞくぞくするほど
かわいらしい。

着物を着慣れておくのは
悪くないですよ。

でも、それをまず
自分の娘に伝えようとすると
それがいかに難しいか
よくわかりますです、ハイ。



感謝できなかった

2009年01月12日
成人式で
感謝って言葉をいっぱい聞いたんだけど
わたしは
人に感謝なんてできなかった。

自分のことで精一杯で

まわりに言われて
おざなりにそれなりの態度は
とってきたとは思うけど

40をまわった頃から
だんだんと
自分の一生も見えてくるし
自然のサイクルというか
全体が見えるようになってくる。

自分のことも
許せるようになるし

がんばっていると
誰か助けてくれたり

それから
子どもを助けてもらったり

ひとつひとつの心のつながりが
得難いものだと
沁みるように思えるようになったのは
40を過ぎてから。

まあ、今は50も過ぎちゃって
体の衰えは感じるけど
こころは若い時より
ずっと豊かで
体の衰えを補ってあまりある。

だから
若い頃なんて
ちっとも戻りたくない。

お楽しみはこれからだ。

感情と汗

2009年01月13日
毎日何を書こうか
迷いに迷う

というか出てこない

でも書き続けたい

病と言えば病

今日は私が今まで聞いて得したな
と思うことを書きます。

「感情はあせやオシッコと同じで
体の中からわき出てくるものだから
無理に止める必要はない」

「きれいだな」とか「うれしいな」
というタイプの感情なら
出しやすいですが

「誰かを殺したいほど憎い」
「おまえなんかどっか行け!」
「うるせーんだよ!」
「こわい」「いやだ」「うざい」
「結婚したけど別の誰かが好き」

などいろいろな感情がありますよね。

特に親しい人に憎悪感情を持つと
自分が悪い人間に思えたり
自責の念に駆られたりしていました。

しかし体から出てくるものは
汗もおしっこもよだれも
どんな感情も出した方が
体にいいようです。

おしっこをがまんすると
体に悪いように
こんなこと思っちゃいけない
などと自分の感情に
ブレーキをかける必要はないのです。


誰かに気持ちを聞いてもらえれば
なおいいですが
もし聞いてくれる人がいなくても
もう一人の自分に聞いてもらえばいいんです。

そうして
どうして自分がそう思うのか
いっしょに考えていけばいいんです。

もちろん
それが行動になってしまうと
何らかの責任をとらなくてはいけません。

行動に出てしまう前に

その前に
どんな気持ちでも
自分の気持ちを認めてあげて
自分でよしよししてあげましょうね。



行動の責任

2009年01月14日
結婚したら
あとは誰にもときめいてはいけない
好きになってはいけない

という気持の方が無理だろう

かといって
気持のままに
まわりを顧みないのは
子どもっぽい。

恋した時こそ
大人の行動をとりたいものだ。

気持だけでなく
行動すると責任を伴う。

今日(1月14日)の読売新聞の人生案内欄(17面)に少し残念な相談と
気持ちの良い回答が載っていた。
ご紹介しよう。


「60代男性 不倫やめたい」

 60歳代の男性。実は10年ほど前から、ダンスサークルで知り合った同年代の女性と不倫を続けています。
 しかし、最近、自分がしていることを嫌悪するようになりました。猛省しております。
 相手のご主人も、私の妻も、本当にいい性格で、一切私たちのことを疑っていないだけに、本当に申し訳ないと思っています。また、私自身に、天罰のようなことが起こり、今さらながらですが、心から反省しております。
 そう思うようになってから、1ヶ月ぐらいになりました。何とか相手の女性に納得できるような話をしたいのです。どうすれば、不倫をやめられるのでしょうか。
 本当に、真剣に、正直な人生、嘘のない人生を歩みたいと思っております。
 厳しい指導をお願い申し上げます。(大阪・B男)


回答  出久根達郎(作家)


 やましいと思うなら、やめなさい。やめる理由は、いらない。相手が納得する理由などいりません。
 あなたの気持ちを、ありのままに相手に伝えればよろしい。あなたが本心から不倫をやめたい、と行動するなら、相手も納得するはずです。
 こういう相談を他人に持ちかけるようでは、あなたはまだまだ本気ではない。心から反省し、出直したいと願うなら、何としても、相手を得心させる気になるはず、要は、あなたの強い決断です。
 本当を言うと、あなたは相手が疎ましくなったのではありませんか?何とか手を切りたいのだが、相手が承知しない。手を切る良い方法がないだろうか。それを聞きたかったのではありませんか?
 10年も続いている、ということが、私を疑り深くさせるのです。
 良い方法なんてありません。あなたが承知で始めたことは、あなたが責任を負って終わらせるしかありません。誰も助けてくれません。


というものでした。


がんばってください。
大阪のB男さん。





                  

大舞台

2009年01月15日
センター試験があさってまで近づいた。

正月以来、ぬるい雰囲気から抜け出せず
これでいいのかと、
辺りをキョロキョロ見回している感じの娘。

そんな娘を見ていて
多少不安ではあるけれど
今さらあまり言ってもなぁと、
知らず知らずのうちに
言葉を選んでいる。

ついこの間まで
たとえどこだろうと
受かったところがご縁のある学校だから
どこでもいいさ
などと言っていたのだが
今はそんなこと思えない。

たった2日間のテストで
ざっくり決まってしまうなんて
理不尽だ!

たとえ点数が悪くても
でも、うちの子はとてもいい子なんだから!
と、世間中の人に叫びたいような

オロオロ感がある。

まだテストを受けてもいないのにね。


去年の3月
一年上の娘の先輩たちの合否を聞いていて
でもうちの子は大丈夫という
根拠のない自信があった。
今から思えば
知らなかったのだ。

この一年で
大学受験というのは
そんな甘いものではないことを
何回も教えてもらった。

そして娘もよくがんばってきた。

ああ、ここを通ってきたすべての人、
親御さん、
尊敬しますm(_ _)m



寒中扱い

2009年01月16日
茶道
素養のない人間でも
年月を重ねれば
それなりにいいものはわかる。
それがあなた、
お道具っていっぱいあって
そりゃもうピンキリ。

いい(高価な)お道具でお稽古させていただくと
自然と緊張する。
先生は
「形あるものはこわれるのだから
もし壊れても気にしなくていいよ」
といわれたけど
そんなわけにはいきませんよね(^^:)

でも茶碗とか花瓶とか
お軸とか
そうやって使ってこそ生きるというか
価値があるような。

美術館へ行って
ぽつんとお茶碗や器を見ると
フリーズされているような
ひとりぼっちで
かわいそうな感じがするようになった。

お茶は20年になるんだけど
あまり上達のない
不肖の弟子ではあるが
ここにきて
20年でやっと
最近 茶道のすごさというか
先人の知恵に
スマートさに
感心することが多い。

先週おけいこした「寒中扱い」

昔はファンヒーターも
エアコンもない。

1年でいちばん寒い時期なので
お点前や道具も客人を暖かくもてなす
工夫がさりげなく組み込まれている。

釜は広口釜。
口が大きいと蓋を開けた時に
湯気がなおたって
部屋を暖めるから。

茶碗は筒茶碗。
これは逆に
お茶が冷めにくいよう
口が狭くなっている。

「茶巾」という
お点前の中で
ぬれた茶碗を拭く小さな布巾なんだけど
これをわざわざ
ずぶずぶにぬらしておく。

そうして
茶碗を温めるひと間を長くするために
茶巾を絞る手間が加えられる。

相手が気づくか気づかないか
わからないぐらいの
細やかな気遣いが
いくつも重ねられる。

押しつけがましさのない
やさしさ。


こんなふうに
まわりを気遣ってあげたいものだ。

特に夫は。

それがむずかしいから
人生は人生なのだろうか。















不安の海

2009年01月17日
えーと、
入試からは離れて
別のテーマですまして書こうと
思ってましたが

娘のことが心配で心配で。

不安の海にひとりぼっちみたいな。

さっきから食事の支度をしていても
冷蔵庫を開けるのはいいんだけど
開けたあとで
何しに開けたのか
忘れちゃうの。

そんなことはよくあるんだけど、
きょうはひどいの。

いけないいけないと
振り払おうとするんだけど
時間が経てばたつほど
なんか
心配になってくるの。

娘が帰ってきたら
ブログを書くゆとりが
なくなったらどうしようと
早めに書いて

今日はブログとはお別れ。
お休みなさい。



娘 一日目の様子

2009年01月18日
一日目のテストが終わって
娘は普通の顔で車に乗り込んでくる。

「わかった?」

待ち合わせの場所がすぐわかったかと、
娘に聞いたら

「わかったよ。
 問題はわからんかったけど」

わたしはドキッとするが
受験生の母の先輩さんがおっしゃったように
なるべく平静を装って
声のトーンを変えないようにして

「へえー、むずかしかったが?」

と尋ねる。

「むずかしかった」

しばらく沈黙があったが
あとはいつもどおりの
親子の会話に戻っていった。

思うようにいかなかったところも
あるようだが
割に落ち着いていて
まあ
少しホッとした。

ケセラセラでしたね
あさぎりさん。

未知数の力

2009年01月18日
きのうスポーツニュースを見ていたら
男子ジャンプ競技の岡部選手の
優勝を伝えた後、
女子選手のジャンプを飛ぶ映像が映った。
123mだ。

男子とそんなに遜色ない距離だ。

いつの間にか
女子ジャンプ競技がここまで
レベルが上がっていたのだ。

今から45年前
東京オリンピックの頃
女子が42,195?の長距離の
マラソンを走れるなんて
世間中が思ってもいなかった。

女子が柔道なんて。

女子がレスリングなんて。

女子がサッカーなんて。

女子が重量挙げなんて。

女性には無理だと思われていたスポーツが
次々とオリンピックの正式種目として
認められるようになった。

日本の選手のめざましい活躍によって
それが女子であっても
素晴らしい活躍ができることを
北京オリンピックを通じても見せてもらってきた。

ここ数十年で女性のスポーツの能力への見方は
大きく変わった。
スポーツだけではない。
職業にしても以前は男性の仕事と思われていた
仕事に着実に進出しているし
成果も上げれらている。

女性の力はまだまだ未知数で
発展途上だ。

同様に、
男性にもいろいろな力があって
今度のような製造業からの締め出しは
サービス業その他への転換を迫り
男性の新たな力を見せてくれる
きっかけにならないだろうか。

男の力も、女の力も
まだまだいろいろ
花咲くはず。

楽しみだ。





勝ち取るまでが大変

2009年01月19日
 きのう、女子のオリンピックでの活躍を
思い出しながらブログを書いていて
以前に書いた
小説「サウスバウンド」の中で
でてくる一節を思い出した。

「二郎。世の中にはな、
 最後まで抵抗することで
 徐々に変わっていくことがあるんだ。
 奴隷制度や公民権運動がそうだ。
 平等は
 心やさしい権力者が
 与えたものではない。
 人民が戦って勝ち得たものだ。
 誰かが戦わない限り、
 社会は変わらない。
 お父さんはその一人だ。
 わかるな」

女子オリンピック競技も
簡単にどうぞと
与えられたものではないだろう。
さまざまな積み重ねがあって
はじめて勝ち得たものだろう。

獲得すると当たり前のように
思える権利。
誰かが戦っていたことなんて
忘れてしまいがちだ。

この前待ち合わせで
立ち読みした本

「なぜ君は絶望と闘えたのか」門田 隆将

光市母子殺人事件で妻と子を殺害された
本村洋氏の9年間のルポだ。

5年前、本村氏は
遺族の写真を法廷に持ち込むことさえ
被告を動揺させると
禁じられたのだ。
彼の徹底した闘いは
やがて国をも動かし
被害者救済の法律にも結びついていく。
できてしまうと当たり前だが
壮絶な悲劇と
立ち向かう勇者がいたのだ。


しかし、
結局買いませんでした。
今、アマゾンのレビューを見て
古本で買おうか
思案中。






富山3区が全国版に

2009年01月20日
ほそみちさんのブログを拝見して
えーっ!
相本さんがあーっ!
と、びっくらこいていた。

そしたら
ヤフーのトップページに
「富山3区、民主党が民放アナ擁立へ」
って、全国区だよ。

民主党
いいところに目をつけられたなあ、
自民党が
ずっと割れてまとまらず
ずらずらずらしているうちに
これだもんね。

時代の流れというか
こういう時代が来るとは。

どんなに革新の風が吹いても
びくともしなかった富山。

いつの選挙だったか、
保守地盤で動かなかったのは
全国で
和歌山、佐賀、富山の
3県だけだったことがあった。

ずっと
「おやっさま」の県だった富山県。

衆院選が楽しみになってきた。

地殻変動が起きているようで
ワクワクしてくる。





家族のことを書くと

2009年01月21日
娘が急に心配そうに
私に尋ねた。

「わたしのセンター試験の成績のこと
 ブログに書いてない?」

「えっと、一日目の
 問題がわからんかったと言うたのは
 書いたけど…
 後は書いてないよ。」

実は二日目の様子も
一度は書いちゃったんだけど
すぐに削除した。

人生を左右するような
テストの出来不出来を
自分の知らないところで
書かれるのはやっぱりいやだろうしね。

でも、
ブログを書くのに
身内の恥や失敗、ドキドキ物は
都合がいい。
おいしい。

ほんとはもっと書きたいことが
いっぱいあるんだけど、
南砺市のブログだということが
ブレーキになっている。
4、50キロの運転で
がまんしよう。


相本関連記事 

2009年01月21日
北日本、富山、北陸朝日は
ホームページに項目すら上がっていません。

読売は地方版トップニュースに、
朝日は同じく地方版トップ写真入り。

新聞は
読売と北日本の2紙しか見ていませんが
北日本の方が談話の取り上げ方など
少しおもしろいように思いました。

それで北日本新聞です。

小沢代表は相本氏について
「はじめてお会いしたが、しっかりとした理念、
 哲学を持っている。」

一方の相本氏は
「自公政権は金属疲労している。民主党大会の小沢代表の話には心情的に共感できる部分があった。」
(1面「相本氏に出馬要請」より抜粋)

と互いの感触は悪くない。

一方の自民党萩山氏のコメントは

「民主党は政権交代だけを考え、タレント候補を出して票を稼げばいいと考えているようだ。政策なんてない」(3面「自民 態勢構築急ぐ」より抜粋)

と、息巻いていらっしゃいます。

がんばってね、といいたくなります。

きのうからテレビは
オバマ氏のスピーチ。
朝のテレビでちょっと見ただけですが

世界を視野に入れた
渋めのスピーチを落ち着いて
紡ぎ出す。

いい男だわ。
ほれぼれしました。




スピーチ

2009年01月21日
ほそみちさんが
市長はスピーチが
ずいぶんお上手になったと
書いていらしたのを
ずいぶん前に読ませていただいた
気がするが

先日
ある場所で
南砺市長のスピーチを拝聴して
びっくりした。

声量が普通の人の5倍ぐらい。
言葉と言うより
なんか、
体の中からマグマが
飛び出してくるような
生き物がでてくるような
ふしぎな力強さを感じた。

ことばに実があるというか
演劇を見ているような
別の空間に行ったような
気になった。

南砺市の市長になられたばかりですが
片田舎で納まらないような
ふんいきがあった。



センター試験送迎 親の言い訳

2009年01月22日
数日前の
つばきさんのブログで
みなさんのおっしゃるとおり
わたしも、
同じように思ったと思います。

センター試験の富山大学近辺
違法駐車。
それに伴う警察の
スピーカーでの注意に対する苦情。
親の送迎。
しごくごもっともです。

少しだけ言い訳させてくださいね。

一日目は
9:30〜18:35分まで
最後の教科が英語とリスニングなので
ほとんどの生徒が受験している。

うちの場合のように
城端線乗り換えの場合
混み合って到着が
駅で9時過ぎ、家へは夜9時半前になります。
帰ってきてもたもたしていると
12時近くになります。
娘はみんなで電車で帰りたいと行ったけど
私がきついからやめろと言いました。
次の日も早いのでちょっとつらいと思いました。
ですから、
うちの娘の学校だと
砺波より奥の駅の場合
迎えに行かれた方が多いように思います。

私の場合
富山大学のはす向かいの
ブックスなかたで待ち合わせました。
えーと、本も買いましたよ。
でも、遅くにお見えになった方は
車を止めるところがなくて
路上駐車していらっしゃいました。

それと、
駐車を注意する時間帯が
ちょうどヒヤリングの時間帯と
重なるような気がするんです。

自分の子どもが
進路を決めている時だと思うと
違法駐車してない親は
うるさいと感じるかもしれません。

えーと、
聞き苦しい言い訳ですが
センター試験は終了が遅いので
そういう事情もあることを
ご理解いただけたらと
ちょっと思いました。

大統領を見つめる目

2009年01月22日
ときどき大写しになる
スピーチに集まった人々の表情、
完全に「入っている」感じ。

涙を流す人も多い。
たかだか政治家にここまで
酔えるものなのか。

しかし、テレビで見ていても
酔っぱらってしまう。

数年前、
ドラマ「24」を見た時
(ジャックバウアーのあれです)
黒人大統領が登場してきて
デニス・ヘイスバート演じる大統領が
それがまたかっこよかった。

でも、実際黒人の大統領なんて
まだまだだろうなあ
と思っていたけど、

それがこんなに早く
しかも、こんなにかっこいいとは。

全文はまだ読んでないけど
(いつか読もう、いつかっていつ?(^_^;)
ニュースで見る限り
スピーチは限りなく格調高い。
いろいろな評価はあるけれど

今までテレビで見た中で
いちばん多くの人が集まってるって
思えるぐらいの人々に
十分対抗できた
知的な内容だったと思う。

でも、これからが大変ね。
がんばってね。

おまけがないリハビリ

2009年01月23日
ポイントが倍になるとか
嫌いではない。

買い物をしていて
ポイントカードを
忘れた日は
とても残念だ。

考えてみると
ほんの十数円だったり
たいした額にはならないのだけれど
その、ほんの少しの
おまけがうれしいのだ。

ひじの骨折、
3週間の固定の後
リハビリが始まったが
なかなか思うように動かない。

きずのように
「日にちが経てば直る」
ものでは全くないことがわかった。

曲げる練習をしないと曲がらない。
やったぶんしか進まない。
おまけがない。
ポイントがない。
朝青龍のように急に波に乗ることもない。

しかも、今は寒い時期。
朝になると
夕べはもう少し曲がったのに
また元のがちがちの
ごちごちの腕に戻っている。

骨折って
特に間接の骨折って
こんなに大変だったのかと
経験者の方と
体験談をお互いに語り合いたいような
気持でいます。

痩せる病院食

2009年01月24日
先日友人に
「おしり小さなったね」
と言われた。
「そうけ?」
と尋ね返す。
「うん、あんたのおしり
前もっとでっかかったよ。」

退院から1ヶ月
すっかり自堕落な食生活に戻った私は
お腹まわりが
すこしやばくなってきているのを
自覚している。

でも、病院食での
痩せ貯金がまだ残っているのだ。

たった19日間の入院。
でも、確実に痩せた。
体脂肪が減った。

先日から続けて
ダイエットのための食事を
テーマにした番組を見た。

ひとつは夜早い時間の食事。
その番組では理想は6時とのこと。
病院はそのまま6時ご飯だ。

もうひとつ。
脳に飢餓命令を出さないために
バランスよく食べる。
ご飯も必ず毎食食べるとのこと。

病院のご飯は
主菜はもちろんあるけど
副食の品数が多く
以外にも
おなかいっぱいになるのだ。
薄味なので量も食べられる。

それで
間食にあまり手がでない。

運動はまったくしなかったのに。

運動だと効果が出るまで
半年ぐらい時間がかかったのに。

?なるべく早い時間に
?ご飯、主菜(タンパク質系)は毎食必ず食べる。
 でも、副菜の野菜を多くする。(薄味で)
?野菜を中心におなかいっぱい食べる。

味気ないと思った病院食だったけど
痩せる効果が実感できた今は
また見方が違ってくる。

とちのみさんのブログには
これにぴったりな
おいしそうな副食料理が並んでいる。
参考にさせていただこう。

2月に健康診断があるので
こわい手丸先生に怒られないよう
がんばりたいと思います。





旅は道連れ

2009年01月24日
今年度1年、
月1回の会合でお隣の席に座る方と
やっと親しくなってきて
お話しするようになってきた。

私より十歳ぐらい上の方だろうと思う。

旅行の話になって
彼女はいろいろな国を
旅していらっしゃるようだった。

うらやましい。
ここから4年、
娘を大学に出すことを
中心に考えると
外国旅行は選択肢に全くなくなる。

話は続く。
オーストラリア、
現地のお知り合いが案内される台湾、
いちばん感動したという西安。

聞けば聞くほど
彼女と私の間の間隔が
開いていくような気がする。

話は続いて、
来月もう一度
台湾を旅行されるんだって。

それがはじめての
ご主人との2人きりの外国旅行なんだって。

「いちばん一緒に行きたくない人がだんな。
 でも、いちばん安心できるのがだんな。」

あー、そうかもしれない。

彼女との距離がいっぺんに
もとどおり近くなった気がした。

ぼんぼ

2009年01月25日
きょう 善哉にいったら
あずきベイビーが
ばあちゃんにねんねこでおんぶされて
すやすやと眠っていた。

紅いほっぺをして
何の恐れもない寝顔。

人の子はあまりかわいいと思わないのだが

めちゃめちゃかわいい!

背中に負ぶった時の
ぬくもり。
生き物が自分のすぐそばに
いる暖かさ、安らぎ。

ぼんぼは
子育ての中でも
胸がキュンとなる暖かな思い出だ。

娘がもうすぐ家を離れる。
「さびしいやろ?」
とか、人に言われると
「別に」とか
「ここにおったらしかたないちゃ」
とか言ってるし、
わかっているつもりだったけど、

最近、
娘の小さい頃を思い出す。

おんぶして
背中でお話ししてたこと、
叱られて
理不尽と思いながらも
言い返せず
涙の滲む瞳、

あー、ダメダメ、
離れることは
お互いに必要なことなんだから。

今度、善哉に行った時は
あのあずきベイビーの
ほわほわのほっぺを
指でちょんちょんと触らせてね。

別人格

2009年01月25日
ブログでのお付き合いのある方に
実際にお目にかかると
めちゃめちゃはずかしいのは
なぜだろう。

別な場所で
ブログ読んでます、
とか、お声をかけていただくと、
急に恥ずかしくなって
聞かれてもいないのに
言い訳したくなる。
それでいて
読んでほしいんだけどさ。

あの、あれはそんなつもりで
書いたんじゃないんですよ…。

ブログを書いている時って
お酒を飲んでなくても
ひとつ脱いじゃう
というか、
ちょっと気持がはだかになっちゃう。

ひとつ
たががはずれる。

でも、それはわたしだけじゃなくて
へえー、
この方がこんなことを
あの方があんなふうに
とか、
別人格が現れてくるから
ブログは楽しいんでしょうね。

あなたも。
あなたも。




色気

2009年01月26日
先日の娘との本屋の待ち合わせで
こんなのがあったので買ってきた。






そんなに落語に詳しいわけでないが
志ん朝がずばぬけてうまいことは
若い頃のわたしにさえもわかった。
彼の63歳という
落語家にしたら今からという時期に
亡くなってしまったのは
本当に残念だ。
でも、いまから初心者CDを買うくらいで
ほんとに知っている訳じゃないんです。
落語や志ん朝をえらそうに語ると
どこからかお叱りを受けそうで
びくびくしてしまいますが。

CD付きで
「夢金」「品川心中」の2つが入っている。

「品川心中」は郭話で
持ち味が十分発揮されている。

品川心中の主人公、遊女お染めが
「きれいではないけれど
 男好きのする」
と表現されている。

この中の「男好き」というのは
褒め言葉で、いい意味の言葉だ。
男の本能を動かす、
ぴくっとさせる力のある女性。

憧れる。

昔、いろいろな役も受けて
飲みに出ることが多かった時、
ある男性の友人から
こんなことを言われた。

自分の女房は嫉妬深い。
同じ役員の女性と飲んでいると
いつも勘ぐってくる。
○○さん(彼より20歳近く年上の女性)
でさえ疑う。
そんな中で
はれあたまさん、
あんただけは
女房が全然疑わないただ一人の人だ。

正気の時はこんなことを言わなかったろうが、
この言葉が出てきたのは
彼がぐでんぐでんに酔っぱらい
自制心を無くした後のことだった。

品川心中を聞いていて
このことを思い出した。

たぶんわたしは
そう汚いとまではいかないが
「男好き」のするタイプの
正反対の位置に
坐っていることが
彼の奥さんによって
わかった。

酔っぱらって話した本人は覚えていないだろうが、
私の胸には深く刻まれた。

男の色気

2009年01月26日
朝青龍のバンザイをした写真が
新聞をかざっている。

天真爛漫な笑顔は
きのうのあずきベイビーと
おんなじぐらいの
おおらかさだ。

今までの横綱は
優勝しても
それがうれしいんだか
どうなんだかわからないぐらい
表向きの表情は
落ち着いて
ポーカーフェイスだった。

貴乃花、若乃花、
千代富士、大乃国、
北の富士、
同じ悪役でも北の湖は落ち着いていたし
今から思えば
色気があった。

うれしくても
平然としているところに
「大人」を感じ
今なら
「色気」を感じる。

朝青龍のおすもうって
プロレスや格闘技に見えてしまうんですが
今はお相撲の幅が広くなったんでしょうかね。

相本さんの講演の思い出

2009年01月27日
しばらく前(ずいぶん前?)になるが
母親クラブ関係だったか何だったか
相本さんの講演を聞いた。

相本さんはラジオ番組では
結構高圧的な印象も受ける。
「これはこうです」と
決めつけるような言い方というか。

だから正直言って
講演もあまり期待していなかった。

そして
講演の中身は
彼の子育てであり
家事だった。

相本さんの奥さまが亡くなって
2.3年後の講演だった。

相本さんは
夕飯は仕事の関係で難しいが
子どもたちのために
毎朝
ていねいな朝食を作っていらっしゃること、
また、お子さんの受験の話(不合格も含めて)、
ゴミ出しの話など
共感が持てた。

朝ご飯を早起きして
ていねいに作るのは
並大抵のことではない。

やるよねー、
という感じだった。

お子さんの食を大切にしていらっしゃることが
生きていくことの
大切なポイントを外さない人
という印象を受けたし
見方が少し変わった。

わたしはきのうのテレビは
まったく見てないんだけど
お母ちゃんが
相本さんの見た目が前ほど精彩がない
と言っていたので
がんばってくださいね。

それに民主党、
国会の大切な時間で
漢字遊びをやるのはどうかと思います。
お願いします。



銀行のパロちゃん

2009年01月28日
今日もいい天気
大寒だというのにこの天気
この時期にボケの花がもう
こんなに色づいている。







うちに1日5回は来る
のらねこが
ひなたぼっこしていた。






よく行く銀行で、
週刊誌を読みながら
番号札を持って待っていると
どこからか
さんまさんのひき笑いが聞こえてくる。
テレビでもついているのかなと
見回すと
パロちゃんがひとりで鳴いている。


しょせんはロボットのような。
人手が足りないから
ロボットで癒そうというのが
何だかしっくりこないのだ。


デンマークの老人ホームでも採用されると
ニュースで聞いた気がするが
癒しの効果がどれぐらいあるものなのか
ついつい疑ってしまうのだ。

最近はあまりなでる人もないような。
何回聞いても
さんまさんのひき笑いに聞こえる。

キャッシュコーナーで
お金を引き出して
銀行から出る時、
中にいる銀行の人から
「ありがとうございました」
と声をかけられる。
複数の声で。

いやなに、
ただお金をおろしにきただけなのに
「ありがとうございました」なんて
恐縮です。恥ずかしいです。
気にせずお仕事してくださいね。

先日、支払に窓口に行って
ソファに座り、週刊誌を開こうと思ったら
銀行の人が一人いらして
おもむろに
ガン保険の説明を始められた。

銀行も大変です。

でも、銀行の待合いは
週刊誌を読む貴重な時間です。
ガン保険はわかりましたが、
読みたかった江原さんの話が
読めず残念でした。


生き物はあたたかい

2009年01月29日
ばあちゃんは
1年半寝たきりだった。
おかあちゃんが世話をしてくれて
家で寝ていた。

台所の廊下を隔てた部屋で
寝ていた。
そんなにかまってあげられず、
黙って過ぎることも多かった。

ばあちゃんが亡くなってから
同じ場所をっても
もう気配はない。
冷たく冷えた空間があるだけ。

ばあちゃんが生きている時
その部屋にいてくれるだけで

あたたかい気配を感じていたのだ。

生き物の気配。
熱のある暖かさ。

そこにいてくれるだけで
役をしてくれてたんだと
ばあちゃんが死んでからわかった。


うちにいるネコは
気まぐれなので
だっこしようとするといやがるが

時に
暖かさを求め
すり寄ってくる。

小さな生き物から
暖かさを求められた時のうれしさは
たとえようもなく

ずぶずぶと
ネコの魅力にひきづり回されるのだ。

おとうちゃんも
おかあちゃんも
うちのひとも、
むすめも、わたしも
みんなネコの子分。

ネコはわりにみんなに気を遣って
愛を分けてくれている。

ヘビやねずみを部屋に運んでこようが、
そそうをして部屋が臭くなろうが、
その魅力に比べ
大きなマイナスにはならない。

いつかは消えていく
この暖かさ。
だからこそ価値のある暖かさ。

まわりの人の暖かさを感じて
互いに有効利用しながら
価値のある大切な時間を過ごしたいものだ。






ばち当たりな明るさ

2009年01月29日
富山市で開かれる
会合に出かけるようになった
十数年前、
時間がなくて高速で出かけた日、

高速道の
呉羽山を過ぎた時、

広がる富山市の向こうに
おっ立てられた立山大パノラマに
圧倒された日があった。

何たる景色。
こんな美しいものを
毎日見て過ごす
富山県人がたくさんいるのだ。

薪の音のオーナーが
先日書いていらっしゃったように
私たちの暮らすところは
まったく立山が見えない。

同じ県民税を払うのが悔しいぐらいだ。
立山観覧税を取ってほしいぐらいだ。

立山のある富山県にいて
それだけでもうれしい。

でもそばにある、
医王仙、高清水山系、八乙女、
どれも気品のある美しい山並みだ。

手振れしてますが
2階から見た
アローザの灯り。




窓で切り取ると絵になります。
でも、
最初見た時は
医王仙の山いっぱいに描かれた
光の「て」の字を見て、
夜をこんなに
煌々と照らして
ばちが当たらないかと
心配になりました。

高清水の縄ヶ池のたかに
風車が出来る計画がありました。
最初に聞いた時は
心配になりました。
やはり何か
神に逆らうような
大きく何かを壊すような
心配がありました。

結局実現に至らず
ホッとしています。

しかし、何かかにかで
このような心配はこの後も続くのでしょうね。


公文式

2009年01月30日
日本の活力 最前線は今? 読売新聞1/30 1面

「水を打ったように、とはまさにこのことだ。
 アラブ人の少女たちが一心不乱に鉛筆を走らせる。
計算問題の端には、「KUMON」の文字が見えた。
 ペルシャ湾岸のカタールは、天然ガスと石油の収入で一人当たりの国内総生産が約8万ドルと世界最高クラスの金満国だ。その首都ドーハにある公立のイスラ女子小学校には毎朝30分間、公文式算数学習の時間がある。
 3年前に導入し、翌年には算数でいきなり全国トップ級に。「きちんと席について時間を守る学習姿勢も身についた」とアミーナ・サーディ校長も満足そうだ。歴然たる成果に、近隣2校も追随を決めた。」

後略



どうやったら効果が高まるか、
楽に覚えるとか
楽しんで覚えるとか
レバレッジ効果とか
勉強法もいろいろ
目をひくのがありますが

地道なくりかえしの

わたしは
公文のファンです。

むすめは今も通っています。

私は大人になってから
公文の算数(小3〜高2教材)をやりました。
高校の時にまったく出来なかった数学に
少し復讐できました。

勉強も人生も
近道でもうまくいきそうで
結局
地道に歩けば一番近かった
ということが
何度かあったような気がします。

友達が福野の猿ヶ辻公園のすぐ横で
公文の塾をやっています。
少しぶっきらぼうに見えて
実はとても熱心で
子どもたちにとてもいい先生です。

公文の算数は
おすすめです。






大麻とタバコの間にある境界線

2009年01月31日
大麻を吸うと犯罪で
罪に罰せられる。

かたやタバコは
今でこそ広告はなくなったものの
バンバン売られている。

タバコの害については
年々明らかになってきて
吸える場所は減ってはいるけれど
大麻に比べれば
待遇的にはそう変わらない。

お酒だって
お酒で身を滅ぼす人
依存症患者はいっぱいいるけど
発泡酒あり、
焼酎ありで、
金額的には昔に比べれば
ずいぶんと手に入れやすくなっている。

私は
ずっと
飲んできたし
吸ってきた。

タバコは
10年前にやめたけど
若い時は
いろんな悪いことをやりたくて
お酒もタバコも
手を出したのだ。
偶然
大麻はなかったので
やらなかったけど。

ひょっとして
私もやってたかもしれない。

大麻や覚醒剤での検挙のニュースを聞くと
自分と同類の人たちのような気がして
胸が痛む。

三田佳子も子どもの覚醒剤で
ずいぶんとたたかれた。

いたわしい。
二十歳を過ぎれば
親や所属団体を責めるのは
まちがいだと思う。

親や所属団体を責めて
問題が解決する訳じゃないのに。
誰かを責めて悪者にする記事や
みんなが頭を下げてる映像は
もう見飽きてしまった。

所属団体は謝らなくていいから
薬物からの回復プログラムを受ける
義務や費用を負ってもらいたい。
退学やクビはその後にしてほしい。

薬物は罰せられるべきだが
他の犯罪と少し違わないか、
減らすためには
もう少しあたたかい見守りが必要でないかと
ついつい思ってしまう。

28万円の保証金

2009年01月31日
センター試験が終わって
私立を含め
具体的に学校を選び
願書を出してきた。

この間までは
とにかくどこでも
受けたところを受かってくれれば
と思っていたが

だんだん受験後のことが見えてくる。
国立校の結果発表は
3月2週目当たりなので
浪人はしたくない娘は
私立の入学金の支払も
考えなければならないことに
最近ようやく気づきだした。
(遅い?)

28万円、
その手続きの〆切日が
国立前期の受験日なので

とにかく支払うことになるのだろうか。

うー、
無駄になるかもしれない
28万円。

ここでケチってどうするのだ、
という声と
でも、28万だよ
という声と

両方が心の中に折り重なっていく。

まあ、
4月まで
いろんなことで
こんなせめぎ合いが
続くんでしょうね。

作者 : はれあたま

 かなり生きてきて、でも、生きてきた中で今が一番楽しい気がしています。ブログに参加することでもっと楽しくなればいいなと思ってます。

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