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はれあたまダイアリー

いつも楽しく読ませていただいてきました。ちょっと自分でもやってみようかと思いました。

婦人会が好きだ

2009年03月01日
婦人会が好きだと言っても
毎年走りがやりたいほど
好きなわけじゃなく

数年に一度まわってきて
すわってて
参加しない人に文句言い
あれやこれや文句言いながらも

手を動かし、口を動かす
女の人たちを見られる
婦人会が好きだ。





一年間が終わり
天国気分の旧役員と
これから始まる
一年を思い
地獄気分の旧役員の
潮目がハッキリしていて
総会では
うず潮のようにまざりあう。

それを見るのが楽しいくらいの
ベテラン会員に
いつの間にかなってしまった。




オフ会

2009年03月02日
ほそみちさん、

「都合のいい時間だけ参加して、
さっさと切り上げる勇気が大切で〜す。」

確かに。

しかし、
そんな上等なことが出来るぐらいなら
もっと別な人生になっていただろう。

あっちでよろよろ、
こっちで座り、
たいがいは長っ尻で
本体以外のところで
時間を使ってきた。

次の話題が気になって
なかなか席が立てない。

「のりしろのある仕事」
ののりしろは
いい意味だけど
それとはちょっと違って
でも、
そう悪いものでもない
ふちっこの多い
過ごし方でした。


オフ会って
ドキドキする。
自分の振るまい方がわからず
ハイテンションになりそう。

想像とまったく違ってた
って人も
かなりの確率でいらっしゃるのだろうな、
と、
参加するかも決めていないのに
仮想オフ会を
頭の中で開催する最近である。

半分残ったカレーライス

2009年03月03日
今日は娘の卒業式。

おかげさまで
体育館はそう寒くもなく、

画期的なことに
来賓の祝辞は
県の教育委員会の祝辞の
読み上げだけだった。
すっきり!


校長先生のお話しは
3年間、いつも、
気取りがなく
親しみやすかった。
愛らしい校長先生で
生徒たちに人気があった。

今日の式辞の中で
ご自分の大学の入学式の日を
振り返られた。

遠方の大学に入学され
入学式の日
いらしていたお母さまと
デパートで
遅い昼食をとられた。
お母さまが召し上がったカレーライスは
半分残ったまま
減ることがなかったという。
18年間暮らした
息子さんとの別れの日。

この話で
保護者席は
ハンカチがいっぱい取り出された。

わたしも乗じて
いっぱい泣いてきた。

楽しそうだった
高校生活3年間に乾杯。


雛祭り

2009年03月04日



ひな祭りの日だけ
テレビをガマンして
おひな様の前でみんなでご飯を食べます。

きのうは
卒業式でもあったので
結構しみじみ
話が弾みました。

すし桶にいっぱいご飯粒が
付いちゃってるのが
うちらしいです。

大学入試付き添いで
うろうろしててデパートで買ってきた
虎屋のようかん。
きれいでしょ。




味にうるさいわけではありませんが
虎屋のようかんは
いつ食べても美味しいと思います。

立ちはだかる壁

2009年03月05日
今日 リハビリに行ってきたが

死ぬほど痛かった。
もうリハビリに来たくないと思うほど
痛かった。

今ひじは90度ぐらいまで
曲がるようになったんだけど
ここ1ヶ月ほど
ずーっと足踏み状態で
なかなかそれ以上曲がらない。

相変わらず
左手は口まで遠く
お茶碗はゴリラ角度でしか
とどかないし、
顔は洗えないし、
電話の受話器は持てないし。

先生に伺うと
90°前後が山なのだそうだ。
これ以上になかなか
曲がりにくく時間がかかるらしい。

それにしても
ぐっと力を入れて
曲げられると
体がひじに全部ついていく。
痛い。
今まで経験したことのない痛み。

歯医者だって最近は
ほとんど痛くない。

NHKの「プロフェッショナル」で
柳家小三治さんが
ひょうひょうと
リウマチになって
「痛みを体験できてよかった」
とおっしゃっていた。

わたしもこの間までは
痛みを体験できるのも
悪くないと思っていたが
今日の痛さは特別だった。
もう行きたくないと思う痛さだった。
所詮このぐらいなのだなと
思う。

踏み込む力

2009年03月06日
「あんた 月に4万ほどももろとるがけ?」

「7万ほどもろとるよ。月に20日ほど
いっとるさかい。」

「月に7万あったら食べてけるないけ。」

「わたしこさ、つましーしとるがいぜ。
 ほしいものも買わんと。
 まっで我慢しとるがいけど、(お金が)要るわー。
 今月末もむすめ帰ってくるし、
 そしたら刺身のひとつも買わんなんし…」

椿の湯に行って
露天風呂にあとで入ってらした
60〜70代ご婦人二人の会話。

月にいくらもらっているか、
単刀直入に
踏み込んで聞けるのはすごい。

4万円に、少しムッとされたのか、
すぐに7万円が出てきた。
少な目に言ってムキにさせるのが
コツなのか。

実数字が入った話は
おもしろい。

先日もこのお風呂の脱衣所で、

隣の家が
新築の家を建て
それが5000万円で
道路の拡張でお金が入り
ほとんどそれでまかなえて
(あたる人にはあたることになっとるがいちゃねえ、
 と言うあいのてが随所に入る。)
家の間取りがどうでこうで
じいちゃんは年金6万の他に
どこたらに勤めて6万ぐらい入り、
ばあちゃんも年金があたり、
お父さんもお母さんも勤めが良く、
あたる人にはあたるように…。

と、自分の家より
よくご存じの様子で
隣の家を語っておられる
ご婦人があった。

お風呂では
よく
じっと耳を澄ます。

発表前夜

2009年03月06日
発表前の一週間、
時間の流れが
いつもと全く違っていた。

恐ろしくゆっくりにも感じられるし、
あと、何日で、
あと、何時間で、
と思うと、
その時だけ逃げ出して
みんな決まった後で戻ってきたい
とも思った。

もしダメでも、と、
ダメだった時の
心の持ち方や話し方を
心の中でシュミレーションした。

生きているようで
生きていないような
時間だった。

落ち着いて考えれば
「合格」と「幸せ」とは
関係ないんですけどね。

でも、
知り合いには
みんな受かってほしいです。

吉報を待ってます。

岸辺一徳

2009年03月07日
大学どうのこうので
大騒ぎしている今だが
長い目で見ると
どこの大学へ行ったがどうかなど
人の幸せには
あまり関係ないと
50才の同級会に出ていると思う。

NHK「白州次郎」
白州次郎を演じる伊勢谷友介の
英語の流暢さはどうだ。
ドラマ初出演主役の伊勢谷、
正子役の中谷美紀、
2人とも伝説の人物を
よくがんばっている。

近衛文麿役の
岸辺一徳。
どの役で見ても味わいがある。
朝ドラにも出ているし
いいなと思うドラマの
端っこに必ずいるような
役者になった。

もともとは
グループサウンズのタイガースの
ベーシストだった。
タイガースの中では
一番地味で
人気の順位は低かったと思う。
だから解散して
役者になった時には驚いた。

ところがどうだ、
今は押しも押されもせぬ
りっぱな役者だ。
元タイガースの中で
一番活躍しているのが
サリー(岸辺一徳の昔の愛称)
になるとは夢にも思わなかった。

野村のよっちゃんだってそうだ。
トシちゃんとマッチの間で
一番沈んでいたが
今はベーシストとして
一番テレビにかっこよく出ている。

二十代で光る人
三十代で光る人
四十代で光る人
五十代で光る人
六十代で光る人
七十代で光る人
八十代で光る人

むしろ遅く光り出した方がかっこいい。

わたしだって遅くないと
言い聞かせる。





明かりのおかげで

2009年03月08日
夜の茶事の
お茶のお稽古があった。
(何か名前があったような気もするが
 思い出せない。)

手燭を持ってのお稽古。
お茶を点てられる方の
顔に陰影がくっきりと映り、
明るい場所より
色っぽいというか
訳ありに見えて美しい。





しかし、
2時間をまわると
暗いのが
苦痛になってくる。

とにかく、
手燭の明かりでは
よく見えない。
お茶碗もお菓子も
お花もお道具も。

見えないとつまらなくなって
眠くなってくる。

「暗い」は不便なのだ。

昔ってたいへんなのだ。

夜も煌々と照らされる
私たちの毎日の夜。
情緒はないが
やっぱ便利だわ。

省エネって難しい。

姜尚中「悩む力」

2009年03月09日
受験で東京へ行った時に
「紀伊国屋」があったので
入ってみたくて入った。

結局買ったのがこれなんだけど(^_^;)
仲間由紀恵風に
まとめて言えば
現代人よ もっと悩め
ということで、
目新しい視点ではありませんが
これが50万部も売れたのは
タイトルの力と
姜尚中さんのスマートさが
全面に出ていて
フレームワークの勝利ということでしょうか。

ああ、
自分で何を言ってるのか
わからなくなってきました。

ただ、夏目漱石の作品を軸に
話を進めてあって
漱石の作品を読みたくなりました。

教科書に出てきて
いちばん衝撃を受けた読み物が
「心」だったという人は
ダントツに多いのではないでしょうか。

衝撃を受けたことだけ覚えていて
「心」の詳しいあらすじを
忘れていましたが、
むすめに教えてもらって
改めて心が沈んでいきました。

「それから」「門」
「道草」
など、今なら
若い時よりもっと楽しんで読めそうです。

4月になると
とってもヒマになるので
読もうと思います。

消費者金融のコマーシャル

2009年03月10日
おもしろいCMを作っている
クリエイティブディレクター、

箭内道彦(やないみちひこ)

テレビ番組「情熱大陸」の中で

「いい作品を作るために
 現場がピリピリして誰かが怒鳴られたり
 叱られたりするくらいなら、
 (現場の雰囲気が良くて)
 出来上がった作品がイマイチの方がいい。」

と語っていた。
こう書いてしまうと普通なんだけど
作品は先鋭的なのに
本当に雰囲気の柔らかい人で
魅力的だった。

「情熱大陸 箭内道彦」は
HDDに保存してあって
疲れた時は彼の顔を見ると癒される。
すくなくとも6回は見ている。

今はNHKのトップランナーの司会など
テレビでの露出度もさらに高くなった。

情熱大陸の中で語っていた
彼がやりたくない
CMの業界。

ひとつは銀行。
小さい頃
商売をされるお父さんに対する
銀行員の態度が
彼を銀行業界嫌いにさせたらしい。

もうひとつは消費者金融。
これも彼の感覚からいって
当たり前と言えば当たり前。

ここからはあたいの思うことだけど、
若い女の子が
消費者金融のCMにでているのを見ると
痛々しい。
桃井かおりや竹中直人など
いい大人なら引き受けたそれぞれの
責任だと思うが
若い女の子だと
事務所に来た仕事を
やれと言われれば断れないのかもしれないな、
などと心配してしまう。

露出度の高いグラビアより
痛々しい。

若い子を使わず
年寄りでやってください。

目配り 気配り 花札配り

2009年03月11日
久しぶりに見る
金賢姫元死刑囚が美しい。
凛とした
精神的なたたずまいが
周囲を圧倒しているように見えた。

しかし、
いつまで
「死刑囚」の呼称が付くのだろうか。
普通の「金賢姫さん」で
ダメなのだろうか。
とってあげたい気がするが。

話は変わって

HDDに残る消せないビデオ編その2

数年前
平高校郷土芸能部が
NHK中部放送局で
特集を組まれたことがあった。

郷土芸能部の栄光の陰には
長年に渡り
地元の坂本義明さんの
17年に及ぶご指導があること
しかし残念ながら
病気のために
取材の中で亡くなられた。

彼が高校生たちに
伝えていらしたのが
「目配り 気配り 花札配り」

周囲によく気を配って
かつ、民謡は
花札、賭け事のように
楽しむことも忘れてはいけない
というような意味だったと思う。

「目配り気配り」だけでは
説教臭くていやらしいが
最後に
「花札配り」があるところが
深イイ。

高校生たちが心から
坂本さんを慕っているのが
よくわかったし、
長く生きた賢い方の知恵が
若者に伝わっていく様子が見て取れ
テレビを見ていて
気持ちよかった。

「祭り」というのは
知恵の伝承として
本当に大切なシステムだと思った。

民謡だけでなく
人生だって
目配り気配り花札配り。

楽しんで生きていきたい。

なまはげの○んこ

2009年03月12日
「なまはげの○んこ」
と言う麩菓子が
秋田にあるようです。

実物を見ると
「う」を入れても
「ち」を入れても
ちょっと違うような気がしますが、
思い切った名前で
話のタネにはなります。

今日のリハビリも痛かったです。

今も痛いです。
どのぐらい痛いかというと
ぎりぎり
ブログは書けるけど
夕飯を作るのは無理、
ぐらいの痛さです。
はははははは…。

でも
明日はオフ会で
また作らないし

今日は
無理やんこ
何でも作っちゃおう。

やっぱ、鍋かな。

毒舌でたい焼きゲット

2009年03月13日
まだ2次会は賑やかに続いているのだろう

オフ会はがっかり会かと思っていたが
そうでもなかった。
自分ががっかりされる分
わたしもするのかと思っていたが
そうでもなかった。

となりにとてもかわいらしい
お嬢さんが座っていらした。
もしかしてと思ったが
やっぱり
つばきさんだった。
こんなに
チャーミングなお嬢さんだったとは。

最後まで
初々しい雰囲気はそのままで
魅力的な方であった。

「もっときたない方と思っていたら
かわいらしい方で
びっくりしました。」

「かわいらしい方」を
強調するために
つけた形容詞だが
少し表現がきつかったのだろうか。

わたしより年上なのは
ほそみちさんとあさぎりさん
と申し上げたのも
初対面では
失礼だっただろうか。

有吉ではないが
毒舌が功を奏したのか
いのさんのたい焼きをゲットした。
うれしかったです。

お酒が進むと
ブログの雰囲気がさらに出てきて
アウェーと感じることもなく、
ご近所でご一緒させていただいた
曜変天目さん、よっちさん、
あさぎりさん、MIKIOさん
キタムラさん、源助さん、アネダさん、
その他みなさん、
お世辞でなく
ステキな方ばかりでした。

吉祥天さんは
包み込まれたいジョーゼットのような
ふんわりとした方でした。

とちのみさんがあの方とは。

悪くなかったですよ。
オフ会。



ツバキの湯 褒められる

2009年03月15日
ひじの具合が思わしくなく
つばきの湯に
温まりに行った。

少し動かすだけで
ぎくぎくするひじが
お湯の中ではうそのように
スムーズに動く。

一日中
一年中
お風呂に居たい。

温まって
脱衣所で着替えていると
後から上がっていらっしゃった、
私より少し若い美しい女の方が
親しげに従業員の方と
お話になっている。

今日のお風呂は
色がついていてよかったね。

そう、
今日のお風呂は茶色かった。

あの茶色は鉄分だそうで
肌からも鉄分は吸収されるので
女性にはとてもいいらしい。

ここのお風呂に入るようになって
体質が変わったんですよ。
私だけじゃなくて
夫も。

冬も冷え性がなくなりました。

だからここのお風呂に
病み付きになって
40分かけてドライブをかねて
来るんです。

聞けば
呉羽方面からいらしているとのこと。

うれしいではないか。

お風呂の入り口では
中3の子供たちが
携帯電話について
話が咲いていた。

中学から高校への
大きな変化が携帯だよね。

あたいは
みずぐちコーヒー牛乳を飲んで
帰ってきた。





消えちゃった記事

2009年03月16日
さっきまで
書いたのが
どうしてだか
消えちゃって残念です。
でも、
ご縁がなかったんでしょうね。

最近
娘がうちにいるので
パソコンに向かうのが
ついつい遅くなります。
もう遅いのでさっきのは
書き直せないですが
いる時は毎日更新を目指したいので
書きます。

きのうは
家具の量販店に行って
ベッドと机と布団を選ぶのに
2時間かかりました。
結局安さで選びましたが…(^_^;)
一応
「迷う」過程が必要なんです。

住むところを一度も見ていないのに。
決めた時はまだ前任の方が
住んでいらして見られませんでした。

こっちで買えばいいもの
向こうで買えばいいもの
よくわかってなくて
うろうろしています。

あと、10日余り。
うちにいるの。

ネコと姉妹

2009年03月17日
2ひきいるネコのうち
1匹は
わたしの母を親だと思っている。
だから
そのネコとわたしは姉妹になり、
娘のおばさんになる。

母がいないと
探しに外へ出ていって
夜も帰ってこない。

母が泊まりがけで留守になると
ネコがかわいそうで
母にはあまり家を空けてほしくない
とも思う。

圧倒的な愛情。
この人でないとダメっていう。

娘が小さい時
ネコと同じように
わたしを
圧倒的に必要としてくれた。
こんなに愛されたことはないと思った。

もっとも
心をとろけさせる思い出の一つ。

何か後ろ向きの思いが多い今日この頃。



立つ場所を変える

2009年03月17日
「残念ながら、居間のわれわれの力では、
母ぎみの病を治すことはできません。
どことはいえないが。からだの釣り合いが
くずれてしまってます。
だいたい人間が二本の足で歩き、
二本の腕でなんでもできるということは、
考えてみたら大変なことなんです。
その釣り合いがなんらかの理由でくずれてしまうと、
こういうわけのわからない病気になってしまいます。
病気がわからないんじゃない。
人間のほうが、それがどういう病気なのか、
わからないということ。
わたしたちにできることなど、
ほんのわずかなことでしかないんです。
できることより、できないことのほうが
何百倍も多い。
だが、病は治せなくとも、
人として生まれてきた以上、
生まれてきてよかったと思える生き方はできます。
母ぎみにはそういう生き方をしてもらうよう
心がけてあげなさい。」

「みのたけの春」志水辰夫 集英社

ひじ痛があるので
どうしても
こういう健康関係の
文章に目がとまる。

「治そう」と
面と向き合うより
「つきあっていく」っていう
スタンスが大事なんだろうね。

知ってはいたけど
実際わかるのには
時間がかかる。

反面教師

2009年03月18日
今日のニュースで
東京のある大学が調査したところ
1割がまわりに薬物に関係した人を知っている、
半数が手に入れようと思えば入れられる
と、答えていて
これから大切な一人娘を
その東京に出そうとしているわたしは
かなりショックであった。

しかし、
そう言えば、
この間主任児童委員の研修で
講師の先生が
薬物って言うと
新宿とか歌舞伎町とか
都会の話だと思っちゃうでしょう?
今はネットで薬物が
簡単に手にはいるようになっちゃって
地方も都会も変わらないのよー。
と、おっしゃっていたのを思い出す。

コンパに出れば
お酒も飲まないと
いけないかもしれない。
などと
いろいろ思い悩んでいる。

親が二人とも
飲むのを見ていて
酒飲みの情けなさを知っているので
できたら
酒飲みになりたくないと
娘は思っている。

ずーっとそう思っていてほしいのだが
そううまくいくだろうか。
がんばってくれたまえ。

話は変わるけど
主任児童委員の研修会の講師の先生のお話
もうひとつ。

千葉の新興住宅地にお住まいとのこと。

昨今の不景気で
住宅ローンを返すために
母親たちも
働きに出るようになった。
子どもたちは
夕飯代にともらったお金で
コンビニでスナック菓子を買い、
塾へ行く。
おとうちゃん、お母ちゃんが
帰ってくる、
塾が終わる
夜の11時台が
今や駅前がいちばん賑やかなのだそうだ。

あさぎりさんが
おしゃれより大切な何か、
と書いていらしたけど、

わたしも
ちょっと考えてみたいと
思いました。


初心者マーク

2009年03月19日
藤原紀香と陣内孝則の離婚話で
もちきり。

ここへ来ての
陣内の「前向きな話し合い」と
紀香事務所の「離婚届提出」の
すれ違いが悲しい。

さんざん「格差婚」と騒がれた
結婚だっただけに
願わくばもう少し保ってほしかった。

井戸田のように
離婚ネタで食べていくのだろうか、
今後は。

と下世話な話の書き出しだが

今日の福光東部小学校の卒業式、
校長先生は
式辞の中で
七十数名の卒業生の名前を
あらゆる活動を通して
全て盛り込まれた。
とても暖かい式辞だった。

市長メッセージに
2年の国語の教科書に出てくる
「スイミー」の話があった。
このメッセージもなかなか秀逸。

しかし、
何より心打たれるのは
子どもたちの歌う顔。

どうしてあんなに心を込めて歌えるのだろう。

人の心を動かさずにはおかない。


夕方スーパーに行って、
車を止めようとして
出ようとする車を見ると
娘の同級生のチカちゃんが
運転してる。
あ、免許とったんだ。
となりの座席にはおばあちゃんが
乗ってらして、
おばあちゃんの買い物に
チカちゃんが
運転手としてついてきたんだね。
緊張の面持ちのチカちゃん、
道路に出る時も
左右の安全をしっかり過ぎるほど
確認してた。
おばあちゃん
うれしそうだったな。

いろんな方向に
少しずつ歩き出してる。

まじめな富山人

2009年03月20日
スーパーに来ている百均で
わりばしを買って
お金を払うと
ポリ袋を出されたので
「いりません!」
と結構キッパリ断った。

レジのおにいさんは、

「他の県では袋どんどんわたしてるよ、
 富山県は(エコバッグが)進んでる方だよ、
 たぶんいちばん進んでるよ。」

「富山県てまじめなんですよねえ。」

「そうだね。まじめだね。」

またたく間に
徹底されたエコバッグ。
わたしなどよく忘れるので
とりどりなエコバッグを
準備していらっしゃる
皆さんにひたすら感心する。

えらい。

ゴミの分別だって
きちんとしている。

えらい。

富山県の中でも
砺波地区は
特にそのきまじめな
その気質がよく出ていると
聞いた気がする。

だから
そんなまじめなとこから
ときどき逃げ出したくなっても
当たり前かもしれない。

あなたも
わたしも。

今まで何とか過ごしてきた自分にはなまる。





グリーングリーン

2009年03月21日
 はたけ 
 去年の白菜から
 新しい葉っぱが吹き出す
 
 


 もういっちょう




 大根も負けてない




むかし、
教科書に「グリーングリーン」
という歌があった。
メロディは明るいのに
歌詞は深刻な感じで
結局
よくわからなかった。

グリーングリーン 片岡 輝 作詞

1 ある日
  パパとふたりで 語り合ったさ
  この世に生きる喜び
  そして 悲しみのことを
  グリーン グリーン
  青空には 小鳥が歌い
  グリーン グリーン
  丘の上には ララ 緑がもえる

2 その時
  パパが言ったさ ぼくを胸に抱き
  つらく悲しい時にも ラララ 泣くんじゃないと
  グリーン グリーン
  青空には そよ風ふいて
  グリーン グリーン
  丘の上には ララ 緑がゆれる



ところが
ズーッとたったある日
この歌が
7題目まであって
この歌が
反戦歌だとわかる。



3 ある朝
  ぼくは目覚めて そして 知ったさ
  この世に つらい悲しいことがあるってことを
  グリーン グリーン
  青空には 雲が走り
  グリーン グリーン
  丘の上には ララ 緑がさわぐ

4 あの時
  パパと 約束したことを守った
  こぶしをかため 胸をはり
  ラララ ぼくは立っていた
  グリーン グリーン
  まぶたには なみだがあふれ
  グリーン グリーン
  丘の上には ララ 緑がぬれる

5 その朝
  パパは出かけた 遠い旅路へ
  二度と 帰って来ないと
  ラララ ぼくにもわかった
  グリーン グリーン
  青空には 虹がかかり
  グリーン グリーン 
  丘の上には ララ 緑がはえる

6 やがて
  月日が過ぎゆき ぼくは知るだろう
  パパの言ってた
  ラララ 言葉の意味を
  グリーン グリーン
  青空には 太陽がわらい
  グリーン グリーン
  丘の上には ララ 緑があざやか

7 いつか
  ぼくも 子供と 語り合うだろう
  この世に生きる喜び
  そして 悲しみのことを
  グリーン グリーン
  青空には かすみたなびき
  グリーン グリーン
  丘の上には ララ 緑がひろがる



最後まで書いてないと
わかんないよ。
教科書のバカ。


こんな明るいグリーングリーンな日に
平・上平中学校のお別れの日。
新しい出発、芽吹きに明日を託して。

なぜ結婚したのですか。

2009年03月22日
「谷川俊太郎 33の質問」という本があります。
ちょっとひとひねりある質問が
33あります。

たとえば
金、銀、鉄、アルミニウムのうち、もっとも好きなのはどれですか?

とか


女の顔と乳房のどちらにより強くエロチズムを感じますか?(女の方であれば、男の顔と身体。)

とか

アイウエオといろはの、どちらが好きですか?

とか

現在の仕事以外に、以下の仕事のうち、どれがもっとも自分に向いていると思いますか? 指揮者、バーテンダー、表具師、テニスコーチ、殺し屋、乞食。
バーテンダーか表具師。

とか、

嫌いな諺を一つあげてください

とか。



その中に

「何故結婚したのですか?」

というのがあって、
それで考えてみたんですが
わたしの場合は

・30間近であせっていた。
・名古屋で知り合ったが、出身地が近かった。
・許してくれるような気がした。

など、書ける範囲ではこんなことですが、
その時は
どうしてうちの人と結婚したのか
わからなくなっている時だったので
そうやって考えてみると
結構
必然的な出会いだったのかな、
などと、
見直すことにもなりました。

子どもが巣立つと
否が応でも
つれあいの存在が大きくなります。
どうやって
夫婦をやっていくか、
子どもの話題で一段落つくと
この話になります。

今まで築いてきた関係を
ご破算にするほどでもないし、
かといって、
今さら仲良くするのも難しい、
身動きの取れないような
話もよく聞きます。

とにかく
ひと言でも多く話すようにして
地道にやっていくしかないかな、
と思っています。

つれあい

2009年03月23日
昨日のいのさんのコメントに
息が止まりそうになった。

こういうことをおっしゃる方が
ドラマの外に、
しかも南砺市にいらっしゃるとは。

かっこいい。
うらやましい。

しかし、
「それにひきかえ自分は」
などと、
自分を卑下したり
つれあいを恨んだりせず、

「あたわり」だと
思えるようになったのは
年の功だろうか。

仕事、ボランティア、子ども、趣味、
いろんな世界があり
いろんな人間関係がある。

しかし、その中でも

「つれあいを心から信頼できて尊敬できる。」

それほどの幸せは
二つとないように思う。

すでに手に入れていらっしゃる方に
心よりお祝いを申し上げます。
って、きみまろみたいになっちゃった。






手に入らなかったもの

2009年03月24日
娘は18の誕生日の日
とても残念がった。

「17才」が
期待に反して
何の色恋沙汰もなく
終わっていくことを。

「17才」というのは
娘にとって胸がときめくにふさわしい
大切な1年だったのだ。

18も半ばを過ぎ
高校も卒業してしまったが
入学する前は
ひとりでに彼氏ができると思っていたらしい。
ところがどっこい、
現実は厳しい。
誰にかすることなく、3年が過ぎた。


「中学生とか高校生で
 好きな人ができて
 両思いになるなんて
 ごく一部の
 恋愛能力に優れた
 恵まれた人たちだけやわ。
 たいていの人は
 せいぜいで片思いやちゃ。」

同様に
恋愛能力に恵まれなかった
母は
彼氏がほしいと娘がつぶやくたびに
そう言ってなだめた。

大人の恋と十代の恋は全く違う。
きらきらのダイヤモンドのような
経験を持っていらっしゃるあなた、
うらやましいです。

妻と私

2009年03月25日
「慶子は無言で語っていた。
 あらゆることに関わらず、
 自分が幸せだったということを。
 告知せずにいたことを含めて、
 私のすべてを赦すということを。
 四十一年半に及ぼうとしている
 二人の結婚生活は、決して無意味ではなかった、
 いや、素晴らしいものだったということを。
 
 私はそれにもまして、やはり、
 無言で繰り返していた。
 有難う、わかってくれて本当に有難う、
 ということを。
 君の命が絶えても、自分に意識がある限り、
 君は私の記憶の中で生き続けていくのだ、
 ということを。
 
 中略

 それが一段落してホッとした二月初旬のある晩、
 突然何の前触れもなしに
 一種異様な感覚に襲われた。
 自分が意味もなく、只存在している、
 という認識である。
 このままでいると、気が狂うに違いないと思い、
 とにかく書かなければ、と思った。」

 「妻と私」 江藤淳 

 江藤淳氏は慶子夫人が亡くなられた翌年、
 六十六才の時、自ら命を絶たれました。
 江藤淳をそんなに知っていませんでしたが、
 その時の江藤淳の自死について
 新聞でも報じられる中で
 あれだけ夫人を愛していた人だから
 しかたがない、
 致し方のないことだ、
 といった書き方で書いてあり、
 印象に残ったのを覚えています。
 「一卵性夫妻」と呼ばれた江藤夫妻、
 「妻と私」には
 夫人の発病から葬儀まで
 割に淡々と描かれています。
 城山三郎の
 「そうか、もう君はいないのか」
 より、もっと感情が抑えられていて、
 かえって迫るものがありました。

 ウィキペディアによると
 江藤氏の遺書の一節

 「脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は、
  形骸に過ぎず、
  自ら処決して形骸を断ずる所以なり。
  乞う、諸君よ、これを諒とせられよ。」

 は名文といわれているようです。

 江藤淳さんの他の本は難しそうですが
 これはとても読みやすかったです。

 
 
  

 

恐怖のリハビリ

2009年03月25日
胃ガンの手術をなさった方が

術後が大変に痛くて
もし、同じ病気になって
もう一度手術といわれても
もうしない、
そのまま死んだ方がいい、

とおっしゃるのを聞いて

いくら何でも大げさではないか
いくら痛くても
命とひきかえにはできないだろう
と思った。

しかし、
もう一度ひじを骨折して
もう一度リハビリが必要となれば
曲がらなくでもいいから
そのままでいいです。

といいたくなるくらい、

ひじのリハビリは過酷だ。

特に90度を過ぎてからの
曲げられる痛さは
言葉に尽くしがたい。

痛くて涙が自然と出てくるのだ。

わかります?

泣こうと思ってるんじゃないのよ。
ひとりでに涙が出てくるのよ。

リハビリの先生が山登りにたとえて
これからは谷川岳を登るぐらい大変です、
とおっしゃっていたのは
曲がりにくいともうひとつ、
「痛い」のが大変だったのだ。
今になってみれば
これからが大変とおっしゃっていた
あの時の深刻な顔が
実はこういうことだったのかと
納得がいくのだ。

リハビリが終わった後も
無理やりに曲げられた筋は
ずきずきと痛み、
夕飯など作る気になれない、
ブログなら書けるけど(*^_^*)

もうしばらくこの痛さは続くらしい。

ひじの骨折だけはしてはいけない。

未来へむかって

2009年03月26日
WBCというより
韓国とのリーグ戦のようだった。
原監督は大きなプレッシャーの中で
よくがんばられたと思う。
わたしだったら
とっくの昔にイチローを引っ込めちゃうね。
しかし、
相変わらずイチロー一辺倒の報道は
どうだろう。
あまりに偏っていて
ちょっと胸焼け気味。

持ち上げたり、こき落としたり
マスコミって
昔からこんなだったっけ?

ワイドショーの2番手のニュースは
藤原・陣内の離婚。

藤原さんは
どうして男がこんなひどい生き物かと
びっくりしたに違いない。


みんなあまり口にしないが大事なことがある、
『男選びは最初の一回で成功することはまずない』


勝間和代さんが、
ある本の中で
ておっしゃっていました。

最初の一回は失敗のことが多いんですね。
わたしもそう言われるまで知りませんでした。
見る目なんてみんな無いんですね。
ただ、たいていの場合、
別れるのも大変なことが多いので
何とかしのいでいくので、
それでまた違う世界が広がることもありますが、
藤原さんのように別れられる人は
新しい人生を送られるのもいいと思います。
うらやましい気もします。

ただし、
美輪明宏さんがおっしゃっていましたが

いい男なんて
1万人にひとり。

それも頷けます。

でも、女なんてうそつきで計算高くて、
大嫌いともおっしゃっていました。

結局、どっちもどっちなんですけどね。



最後の一日

2009年03月27日
ブログにもいろいろ書かせていただきましたが
いよいよ娘は明日旅立つこととなった。
ご飯を食べる、話す、笑う、
ご飯を食べる、話す、笑う、
ご飯を食べる、話す、笑う、

その繰り返しで今日も一日過ぎていった。
わたしたち夫婦は
東京までついていくからいいけど
父と母は淋しいだろう。

でも
そう騒ぐことなく
静かに最後の日を味わっていた。

娘がいなくなると
うちの笑顔率が
80パーセントぐらいダウンしそうなんだけど
とにかく
がんばるしかないわな。

利賀は中学卒業と同時に
みな、家を離れられることを
思い出す。

15の春に子どもを出すって
大変やと思うわ。
みんなえらいわ。

自分のことだけでなく
社会がよくなることもいつも考えて
勉強していってほしいと
おもってます。
作者 : はれあたま

 かなり生きてきて、でも、生きてきた中で今が一番楽しい気がしています。ブログに参加することでもっと楽しくなればいいなと思ってます。

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