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はれあたまダイアリー

いつも楽しく読ませていただいてきました。ちょっと自分でもやってみようかと思いました。

もって菊

2009年11月01日
先日胎内市に視察に行った時

「もってほか」を買ってくるのが
個人的なねらいだったのだが
うまくそう言うお店に立ち寄ることが出来ず
買って帰れず残念だった。

もってのほかは菊の花

おととし新潟に行った時
道ばたの産直のお店で
菊の花を大量に
安く売っていて
買ってきて茹でて食べたら
歯ごたえが何とも言えず
楽しみにしていたのだ。

新潟では買えなかったけど
東京で
豆大福の群林堂へ
サイクリング中
江戸川公園だっけ、
神田川沿いの八百屋さんの店頭に
もって菊が並んでた。




それで2パック買って帰って
もちろんそのまま2つとも
とやまへ持って帰るつもりだったが
娘が味を覚えていて
ひとパック分けてくれと言うので
置いてきた。
これで100円。




ここら辺で売ってるとこあるでしょうか。
もしご存じでしたら教えてください。

容疑者も被害者もブログ

2009年11月01日
東京で娘と夫と食事をした時
「ブロガーの私としては」
と前置きをして
いそいそカメラを取り出す。

どれがネタになるか
わからないので

あれもこれも
それもこれも
みーんな
撮っておかないと
不安になる。

娘のパソコンで
2度3度と
ブログを書いていたら
「それどうしても今しないとダメ?」

といやな顔をされた。

ブログの他に
大事なことがいっぱいあるのに
ついつい
のめり込んでしまう。

タイトルを何にするか、
文章を考えて…、
結構時間を食っている。

「ブログ」と「他のこと」のバランスが
大きな問題だ。
今も出かける前に
あわただしくとにかくアップしようと
書いている。

前振りが長くなったが
結婚詐欺報道の
被害者、容疑者、ともに
ブログを持っていたのが
同じブロガーとしてはちょっとショックだった。

被害者がこれから婚前旅行に行くと
うれしそうにブログに報告してあるのが
痛々しい。

容疑者も
自分を作り上げて
ブログにアップしている。

今までにない人との出会い
多くの人に読んでもらえる
楽しいブログだけど

なんて言うのか
焼いたお餅が一ヶ所
ぷうっと膨らむみたいに
そこにブログ内の自分がつまってて
どんどん膨らんでいって

あとはそのままなんだけど
そこに中身を吸い取られちゃうというか、

とにかく
私の場合は
気をつけなきゃと思いました。

過去の人

2009年11月02日
迷コーチ
久しぶりのアップですね。
参加者も増え
ますますにぎやかに。

とはいえ
あせるんだよね。

まあ、ぼちぼち。

Nスペがおもしろい。

「権力の攻防」
昔の自民党の偉かった人が
しみじみと昔を語っている。
今日の
野中ヒロムと小沢一郎の攻防を
中心とした話は面白かった。

森政権の官房長官だった野中氏が
志も何もなかった、
ただ政権の維持だけを考えていた、
と、
今だからこその話も結構あって
おもしろい。
よく話が引き出せている。

野中、加藤紘一、山崎拓、
たんたんと昔のことを話す。
過去の人になったからこその
枯れた柔和な表情。

過去の人になってからの
立ち居振る舞いというのも
その人の本性が出てくる。
そういう意味で
この番組はとても面白い。

こんどはいよいよ
小泉時代へ。
どんな話が聞けるのか
また楽しみ。

笑う警官 試写会

2009年11月02日
明日は芸能祭で
城華も出演するので
今晩練習があったのだが

必ず練習に出てください
というリーダーのお達しを聞きながら
すみませんと
サボって

また夕飯におらんがけ
という母の正面切ってのグチも受けながら
試写会に行って来ました。
なぜなら
今の一番のひいきが大森南朋だから。

笑う警官
角川春樹監督の舞台挨拶
ほんとうは大森南朋がよかったけど。


撮影時のこぼれ話などで
結構受けていた。
大森君はすごく女性にもてるんですよ。
KNBのアナウンサーがすかさず
私も大好きです。
テレビでもそうだったけど
宮迫が一番の人気者なので
彼の話題で客席が沸く。

角川監督の話だとすごくおもしろそう。
ホイットニーヒューストンの歌も気になる。

そして
見ました。

PRIMAさんにまた毒舌と言われるだろうが

この映画は
やはり
予想した通り
角川氏のお遊び映画だった。
脚本・監督両方とも角川春樹って
いやな予感はしたんだよね。


あんなひどい大森南朋は初めて見た。
ハゲタカでの美しい立ち姿、
鷲津という一つの型が出来上がっていて
安心してみられたのに、
今度の役は
主役として備わっていないところが
逆に目立って
大河ドラマの武市半平太役が
うまくいくか気になった。

松雪泰子はさすがにうまくてきれいで
ずっと彼女を見ていた。
彼女しか見るところがなかった。

タダで見せてもらったので
感想ぐらい書くべきだが
こんな感想しか書けそうになかったので
やめました。
すみません。

働くということ

2009年11月02日
東京で娘のアパートの近所の
カレーライス屋さんで
お昼を食べる。

夢民」(ムーミン)というお店

野菜炒めカレー味風というか




食べかけてあわてて写真を撮ったので
ちょっと汚くてすみません。
だから写真は小さめ

具はまだ別の器にあるんですよ。

野菜多めで美味しかった。

ここはキッチンが丸見えで
厨房は
ご主人、奥さま、バイト君の3人で。

奥さまは
けっこう厳しく
洗いもの、ごはんの移し替え、
客へのサービスなど
バイト君は
私達がいた1時間足らずの間にも
注意を受けていた。
正直言うと
そこまで言わなくても
と思うところもあった。
でも結局その方が
バイト君のためになるのかも。
叱るって難しい。

一方
このバイト君は
にこやかに
はい、はい、と返事して
ちっともいやそうな感じがない。
体も動いている。

人から注意されることを
こんなふうに聞けるなんて
このバイト君はすごいなと感心した。

娘はまだアルバイト未経験。
お金もほしいが
バイトとはいえ仕事は仕事。
ご時世もあってか
厳しい話を聞いてけっこうビビッている。

このバイト君のように
叱られ上手になってほしいと
親としては
希望する。




かわいらしい外観。

地球のステージ

2009年11月02日
「地球のステージ」

何かというと
桑山紀彦さんという精神科の
お医者さんですが
世界を回って
国際医療救援活動をしていて
彼の撮りためた写真、ビデオに
彼自身が歌う歌で構成されている。

なかなか歌もいいし、透明感のある声もいい。

いろんな訴え方があるけど
やっぱり
「歌える」っていう
武器、芸があるのは強みだね。


上演実績を見ると
今まで富山で20回も上演されているので
多少はご存じの方も
などと思っていると
自分の思いこみで実は
あまり知られていなかったりする。

20回のうち
1回はその開催に携わった。

誘われて他で見せてもらって
是非やりたいと思った。

でも人集めってたいへん。
無理に動員をかけなかったせいもあるけど
広い体育館に
まばらにしか集まらなくて
内容はこんなにいいのに
と、残念だった。

それから どっかで3を見て
私はしばらくご無沙汰だったが
でも
地球のステージの活動に魅せられて
熱心に応援していらっしゃる方々も。

今度
11月28日(土)18:30〜20:30
砺波市文化会館 大ホール
「地球のステージ 5」
入場料大人1,000円 中高300円 小100円
 
があります。
大ホールにしちゃったか…、
とちょっと思いましたが
だからこそ
是非見に行ってください。

ちょっと
新しい世界が広がりますよ。





癒される場所

2009年11月03日
11月が始まったばかりだというのに
雪だよ

屋内グラウンドから望む高清水山系
紅葉に白い山が朝日に美しく輝く




今日は芸能祭で踊るんだ

みんなで準備して
化粧とかヘアスタイルとか。
練習も終わり
舞台を待つまでの
和気あいあいの時間
この時間が好きなんだよね

この間から

きのうは政治家のことなんか書いてたけど
わたしよ、
わたしも「過去の人」かも
と思わされることがあったり
会合を忘れたり
ダメダメ自分が続いて
落ち込みモードだったんだ。

でもみんなといると
だんだんと癒されていくんだ。
こーんな子たちもいるし。





新リーダーの新しい試みで
振付も工夫され
城華全体の出来は良かったと思う。

わたしは東京やら
試写会やらで練習不足が
もろ出てしまって散々でしたが。
落ち込み曲線が
水平線になった
ありがたい一日でした。



群林堂の大福餅 その2

2009年11月03日
群林堂

地下鉄の護国寺駅からすぐ
これは道の向こうから撮った写真だけど
いつもこれくらいの行列






店内はなくて
こののれんの前にショーケースがあって
そこで注文をするの

次の日
買うために並んだ行列の私の前の人
これで20分ぐらいかな






わたしのように
ため買いしていく人も多いんだけど
二人の店員さんの
裁き慣れた対応で
思ったより早く進んでくの





お餅とお餅の間の仕切りの紙は
そういう紙が準備してあるのじゃなくて
その都度必要なだけ
その時に切られるの。
すっ、すって
それも手早くて見事。
結局その都度やるのが
一番早くて合理的なんだろうね。

箱代はかかりますが
私の遠方にもっていく場合は
やわらかいので
ぐちゃぐちゃになりますので
そのほうがいいです。




「国民のために」

2009年11月04日
昔 ニューシネマパラダイス
という映画があって
ちょっと背伸びして見たような
記憶がある。

内容はよく覚えていないのだが
最後のシーンが鮮烈

戦時下の検閲で切り取られた
キスシーンが幾場面もつながった
シネマフィルムが流れ
一度に場の雰囲気が変わるのだ。
美しい昔の映画俳優たちの
キスシーン。
連続すると圧巻だった。

きのうのNスペの「永田町・権力の興亡」
は小泉総理からこっち

主役は2人

小泉と小沢だった。

小泉のあとの総理なんて本編の中では
動く映像さえなく
写真がテレビの下から上絵と
3枚(安倍、福田、麻生)流れただけだった

3日間を通して
主役は 小沢 だった。

今現在権力をにぎっているのが彼だから
そういう作りになるのだろうが
こうやってみると
何度も挫折を味わいながら
あきらめることなく
譲るところは譲り
たゆまぬ努力を続け
政権交代を実現させた
その力はやはり「主役」だ。

おもしろくて
洗濯も何もせず
ボーっと1時間見ていた。

番組もテロップが流れる最後、
歴代総理の所信表明演説が
続いて流されていく。

細川護煕にはじまり
羽田孜、
村山富市、

おや、聞いていると
それはすべて

「国民のために」というセリフ

みんな言ってるんだ。
まあ、当たり前といえば当たり前だが。

「国民のために」は続く。

橋本龍太郎の「国民のために」
小渕恵三の「国民のために」
森喜朗の「国民のために」
小泉純一郎の「国民のために」
安倍晋三の「国民のために」
福田康夫の「国民のために」
麻生太郎の「国民のために」
鳩山邦夫の「国民のために」

みんな聞くと
圧巻だった。

いや、みんなそう思ってやってきたのだ。

本当の大河ドラマだった。

何と読むでしょう

2009年11月04日
先日
新潟への研修途中での写真

何と読むでしょう




????

答えは
「にごろっさ」

屋号 つまり「にごろうさん」が縮まった呼び名

数字に直すと

2563

をローマ数字で書いたもの。

「萬寿鏡」という酒屋さんの蔵元の
美術品収蔵庫の壁面です。

これが「萬寿鏡」のご主人




売る気があるのかないのか
わからないような
淡々とした説明で
いかにも蔵元のご主人といった風格。

倉庫の片隅に
カバーを掛けられた絵が。
それをパッと撮ってくださって
出てきたのは写真。

蔵元の奥さまで
十数年前にアラーキーが撮られた写真とか。




どの美術品より美しい作品でした。

蔵元のそばの居酒屋さんの看板





「ちょい飲み」

ちょっとイクない?
何かに使わせてもらおう。

夫にとアツカン用に一升買ってきましたが
夫がにおいがきついなとかいって
飲まないので
私が飲んじゃうじゃないの!

と再び飲んでいる
理由を終わります。




うんざりサイクル

2009年11月05日
この間
ある中学校の授業を見せていただいたが
学級活動の時間に
PDCAサイクルが使われていた。

PLAN(計画)

DO(実行)

CHECK(是正)

ACTION(行動)か?日本語あってるかしら。

PLAN(計画)

とこのサイクルをずっと繰り返して
研鑽、カイゼンを図るものだけど、

中学生からこのサイクルとつきあうなんて
かわいそうに
と思ってしまった。

これはわたしが
なまけもので使いこなせないため
私だけの感想かもしれない。

中学生のうちから
うまく使っていけば
大人になった時
平気になるのかもしれない。

でも
PLAN、DOはいいのよ。
あとの2つが
苦しいんだよね。
そんなにうまくいかないんだこれが。

こういうサイクルの無かった時代に
戻りたい
戻りたいよ〜!

日本代表選手の母

2009年11月05日
迷コーチのブログを拝見して
ソフトテニスの前田優ちゃんが
アジア大会の全日本代表になったと
わかってびっくり!

わあー、すごい!

前田母にきのう会う機会があった。

私「あんた、優ちゃん
  日本代表やってえ、すごいちゃあ」

母「そうながいぜえ、 
  夢みたい」

前田さんは
笑うと目尻が下がり
とてもかわいい顔になるのだが
なんかとろけるような
ステキな笑顔だ。
「夢のよう」
「夢みたい」
を繰り返している。

18才以下の選手で
6人しか選ばれない
その中に入ったんだから
本当にすごいよね。

前田さんは
前にも書いたことあるけど
いろんな活動を
楽しんでやっている
尊敬する人の一人。

やっぱり日本代表選手を
育てた母なのだ。
今夜も地区の婦人会長として
地区の芸能祭の
準備に精を出す。

「アジア大会見に行くがいろ?」

「そりゃあ、行くわ」

「どこであるが?」

香港か、クアラルンプールか、プサンとか…
娘の応援ていう名目なら
大手を振って
どこへでも何日間でも海外へ行けるよなあ
うらやましい

「三重」

「近いちゃ」

三重と聞いて
うらやましさがちょっと減った。

試合は12月とか。
日本チーム、応援してます
がんばってくださいね!



膝切りの刑

2009年11月06日
海音字潮五郎 「孫子」

長ーいことかかってやっと読み終わった

孔子って言うのは儒学の人で
今でいう知識人、大学教授みたいな感じ?

老子、荀子、孫子
みーんなそんな学者みたいな人ばっかりだと
思っていたら

孫子っていうのは
兵法家、
こんな作戦はどう?
と王にアドバイスする人。

でも中国のこの時代の歴史って
字がだいたい読めないでしょ、
でもって
登場人物もいっぱい出てきて
お、何か強そうでかっこいいな
これが日本だと織田信長ぐらい?
とか思って読んでると
次のページでもう
死んじゃったりするワケよ。
戦って死んで戦って死んで、
いったい誰が主人公?
みたいにわかんなくなって
半ば頃いってようやく
話がかたまってくるのね。

このお話は「孫武」と「孫臏(そんひん)」
の2部に別れている

孫臏はもともと「孫繽」だったのだが
膝切りの刑にあい
復讐の意味も込め
名前の字を膝の意味の臏に変えるのだ。

どうして膝切りの刑にあったのか。

無二の親友と思っていた友人に
嫉妬されだまされ
禁断の地に入り込み
処罰されて膝から下を切り落とされるのだ。

孫臏は復讐に燃える。
これがほんとに終わり頃なんだけど
やっぱここからがおもしろかったね。

それにしても
膝切りって痛そうでないかい?

痛そうな表現て
忘れられないんだよね。
何かの拍子に
そういえばと思いだして
ぶるっとしちゃう。
これも勝手に
記憶されそう…。


新婚旅行で留守にします

2009年11月06日
骨折から1年
南砺中央病院で週2回
リハビリを受けてきた。

1回約30分以上
関節の曲げ伸ばしや
筋肉のマッサージを受ける。

その間黙りっぱなしというわけでなく
時には自民党を嘆いたり
南砺市の病院事情、
娘が行っちゃっいましたとか、
話しやすい先生なので
いろいろ世間話をしてきた。

リハビリの先生は
長谷田先生とおっしゃる男性の方。

金沢から通勤なさっていて
独身でご家族と一緒に
住んでいらっしゃるよう。

年齢は30代後半。
独身。
彼の結婚について気になったが
微妙な問題なので
彼女ネタは一切振らなかった。

この間からのいい天気が続いた時も
先生が
「きのうは洗濯物がよく乾きました」
とかおっしゃって
休みの日に
ひとりで洗濯を干している
少しわびしい絵を想像して
「ああそうですか」
ぐらいしか言えなかったんだけど。

きのう予約を取る時
「来週新婚旅行で僕はいませんので」

と言われ
「えーっ!
 おめでとうございます!
 相手はどちらの方ですか?」

などと矢継ぎ早に
今まで聞きたかった質問をしたわさ。

新婚旅行はヨーロッパだって。

リハビリ受付の既婚数年目のkさんと
「いいですよねえ」
「はれあたまさん新婚旅行どこでした?」
「山陰です。鳥取とか、島根とか」
「kさんは?」
「グアムです」
「いいですよねえ、ヨーロッパ」

と、二人でため息をつく。

封印が解けたんだから
新婚旅行から帰っていらっしゃったら
あれも聞こう
これも聞こう!

手ぐすねを引いて待っています!

嫁姑の闇

2009年11月07日
書き出しから何ですが

「セックスと介護は
 体験したものでないとわからない」

という言い回しを
介護の大変さを例える時
(もう片方の楽しさじゃありません)
よく使われる。

でも介護だけじゃない。

もうひとつ

「嫁姑」

この関係のすさまじさを
最近感じることが多い。

普段は聡明で素敵な人なのに
嫁・姑という立場が人を変える。
一人や二人じゃなくて
もっといっぱいなの。

だいたい私の同世代の4,50代
結婚して20年以上経って
長いこと一緒に住んだからといって収まらない。
若い時の仕打ちが許せない。

少し引いてみれば
相手の立場もわからないでも
と外野は思うが
そういうことが絶対できない
いやなところだけが互いに見え合う
そういう不幸なポジションだ。

母に
姑が許せないと言う友だちの話をしていたら


「おまんにはわからんやろ

 おらはわかるよ」

と言った。
何だか凄みがあった。
ばあちゃんとずっと一緒にやってきた
母の実感だ。

母と祖母も
熾烈なバトルを繰り返し
わたしも度々巻き込まれてきた。

でも実際に体験してみないと
あの感じはわからない。
経験のないものが
えらそうにどうこう口のはさめることでないのだ。

よくがんばってやってるよ
というぐらいしか
できないのだ。




糠(ぬか)三合の会

2009年11月08日
「糠三合の会」という会が
この地元のここにあると
聞いたことがある。
婿養子の立場にある方々が集って
一杯飲みながらお話しをする
という会だった。

「糠三合あれば婿に行くな」

という言葉があるらしい。

つまりいくら食べ物が無くても
婿にだけは行くな

という意味とのこと

男性はプライドの高い生き物であるので
女性以上に他家に入るのは難しいということ
ほそみちさんも書いていらっしゃいましたが。

PRIMAさんのお宅の
実況中継を読ませていただくと
やはり御苦労がしのばれる。
みな、かわいい婿殿を思ってのことだろうが
人数が多ければ
思いも違ってくるし
いろんな思いが交錯して ああ大変。

他人の家にはいるのは
本当に大変なことだと
夫を見ても思った。

家族に当たり前のことが
入ってきた人は目が点。
そんなことが十、二十、
いや、百、二百、
いや、何万何千とあるのだ。
思ったことも我慢する。
おならも我慢する。
ちょっと横になるのも自分の部屋でないと。

隣の家であろうが
外国であろうが
未知なる世界ということでは
どこでも一緒。
大変なのだ。

PRIMAさんはかしこい。
うちの夫にも
これは本当に感謝している。
その割にその気持ちが行動につながらないのは
なぜだろう。

奥さまのさばきはかっこいいですね!
でも
奥さまにいいこと教えます。
それは

奥さまが悪くなること。
仕事と言わず趣味と言わず
出歩いてください。

そうすると
親は婿殿に娘の不出来を申し訳ないと思い
丸く収まるのです
多少婿殿の我慢が必要ですが。

ぐわはははは
私はずっとこれでやってきました。

ではまた。

「ただしい」とたのしい」

2009年11月08日
今日
県の婦人会意見発表大会という
レトロな会に行ってきました。




石井県知事がお見えになっていた
代理のことが多かったと思うんだけど
政権が替わって緊張感が出てきたのか
最近、ご本人さんを見ることが
多いような気がするんだけど
気のせいか。

形式はレトロだけど
中身はおもしろいのもあった。
心が動く。
人の心を動かせるってやっぱりすごい。

地区の婦人会だと
手芸や絵、料理とか
作業も多くて楽しいんだけど

県に来ると
婦人会の形容詞は
「正しい」がぴったりくるお堅い感じに
どうしてもなっちゃう。
ずっとかけ続けてきた看板が
下ろせないみたいな。

高額所得者で名前を知られる
齊籐一人さんの
講演のCDのなかで

「正しい」と「正しい」が寄ると
けんかになっちゃう
「正しい」をやめて
「たのしい」にすると
「楽しい」と「楽しい」が寄っても
けんかにならない

と言うのを聞いたことがある。

まあでも
どこの世界も
その「楽しい」が見つけられなくて
四苦八苦してるんだけどね。

贅沢な一生かどうかは愛のあるなしで決まる

2009年11月09日
最後に残すべき大切なものは「愛」だけだといったら、また歯の浮くようなことを言うと嫌われそうだが、死ぬ時に、人間としてどれだけ贅沢な一生を生きたかは、どれだけ深く愛し愛されたかで測ることになる。愛は恋愛だけではない。男女の性の差も、身分も超えた、関心という形を取った愛の蓄積である。
それ以外のものは大地震の時の陶器のようにぶっ壊れる危険に満ちているから、とてもカウントの対象にならない。
             「自分の顔、相手の顔」

確かに人生では、脅しがきくこともないではありません。しかしそれよりももっときくのは、自分が見守られている、支持されているという実感です。友達も親も兄妹も自分を期待して待っていてくれている、と思う時、さぼっていた心も奮起するのです。
             
             「聖書の中の友情論」



もうひとつおまけ。
性悪説のすすめより

「奥さまが、今日、ボーイフレンドと会っていらっしゃるのを放っておいていいんですか?」
「僕ね、禁じるのが好きじゃないんですよ。僕はほんとうに意地悪だから、禁じられたことほどすてきに見える、っていう心理を知ってるんです。だから僕に不利なことは禁じない」
             「夢に殉ず」


              

「いい人」をやめると楽になる 曾野綾子

2009年11月09日
人が「出社拒否症」や「帰宅拒否症」になるのは、
簡単な理由からなのだ。
つまり原因は、ただただその人が
勝手に持つことにした向上心のせいなのである。
向上心があるからこそ、
職場では立派な業績を上げようと頑張り、
家庭ではいい父親や知的な夫を演じようとする。
だから職場は絶え間ない緊張の場所になり、
家庭でも息が抜けずに疲労が重なることになる。
 出世など考えず、人の侮辱も柳に風と受け流せば、職場も辛いところになりようがない。
家に帰れば風呂に入って鼻歌を歌い、
いそいそと飲んだくれて
低俗と言われるテレビの番組を眺め、
後は雄と雌になる時間を待てば、
心は休まるはずであった。
それができることこそ、才能というものなのである。あるいは、家に帰ってほんとうにうちこむ趣味道楽があれば、家は秘密の快楽の場所になる道理であった。
(中略)
無理してるんだなあ、と翔は思うのであった。
会社でも家でも無理をすれば、
疲れて人間を失うのは当たり前である。
嫌われたら嫌われたでいいのだ。
無能だと判断されたら、
無能な顔をしていればいいのだ。
真実は、真実以上でも以下でもない。
(夢に殉ず)

「いい人」をやめれば楽になる 曾野綾子 

からの抜き書きです。

曾野綾子さんは
新しい郵政会社の取締役かなんかになられたと
名前を聞いたような気がする。
かなり高齢になられたと思うが
最前線に名前が出てくるところがすごい。

読み返してみて
釣りバカ日誌のハマちゃんを思い出しました。
なかなかハマちゃんにはなれない。
いい人をやめる方が難しい。

いいことがいっぱい書いてある本で
お知らせしたいフレーズが
いっぱいありました。

ただ
曾野綾子は

強い。

あんたは強い、と思いました。

茂木健一郎のチョンボ

2009年11月10日
「脳税ひらめかず?」
なんて
産経新聞さんおもしろいじゃないの。
次点は
「脳の限界超えた?」の夕刊フジ。

「脱税」という言い方はされてない。

「無申告」

何億の収入があるのに
自分一人で申告しようとするのは
どうしたって無理だと
思います。

それでどうして頼まなかったというと
「税理士の知り合いがいなかったし
 頼むヒマもなかった」

たいていの人は
税理士の知り合いがいないと思うし、
税の問題は
「ヒマがなかった」などと
ぬけぬけと
言えないのが普通だ。

ところが
茂木健一郎が言うと
何となく
そうだったのか

思ってしまう。

とにかく
悪びれたところが全くない
答え方で
いかにも茂木健一郎らしい。

申告して
税金を払えば
一応のケリは付くだろうが
NHKの「プロフェッショナル」的には
大丈夫なんだろうか。
ひいきの番組なので
気になります。

茂木さんの講演を聞いた時
特に印象に残ったのは
講演の後の
質問者に対する
敬意の払い方。
自分の意見を述べようとする
若い人の意見を
大切に扱っていらした。

これからの活躍も期待したいので
お願いします。

人脈は人脈を使わなかったからできた

2009年11月11日
曾野綾子  「いい人」をやめると楽になる 
                   その3
(前略)

 よく人脈というものが、重要な財産であるかのような言い方をされることがある。そして人脈を作るにはどうしたらいいか、という方法などが特集されている雑誌も見たことがある。
 しかし、これだけははっきりしている。人脈などというものは、それを利用する気がなければ、ほとんど必要ないものなのであろう。それを手づるに商売したり、政治家として票を集めたりすることにでもなれば、確かに人脈と呼ばれるほどのものがいるかもしれない。しかし私たちが、市井の一隅で、普通に自分の力だけを頼んで生きる分には、特に人脈など要りはしない。子供はその成績に応じた学校に入り、その経済によって多少の運・不運はあるだろうが、ほどほどの会社に自分の力で就職もできるであろう。大会社には、大会社の良さがあるだろうが、私の周囲にはまた大会社など入らなかったがために、伸び伸びとした人生を送れた人というのもたくさんいる。
 それでも、私たちは、他に多くのことで「困った立場」に立たされることがある。病気になった時、どういう医者に見てもらったらいいのか。年老いた親の世話が手に余るようになった時、どういう解決の方法があるのか。子供が登校拒否になった時、どうしたら親子の自然な関係を回復できるか。
 たとえばそれらの問題を解決するために手を貸してくれるのは、心理的にも空間的にも私たちの身近にいる友人たちや知人たちであって、けっしていわゆる
「人脈」と呼ばれるような人ではないのである。
 皮肉なことに、おそらく人脈というものは、それを利用しようとすると、人脈そのものもできないのである。人脈は、それを利用しなければ、自然にできる。

(中略)

 友人の本当の出番は、相手が何らかの意味で、不幸に出会った時だと思う。健康で、順調に暮らしている時には、ほっておいてもいい。しかし、相手が肉親を失ったり、病気になった時こそ、友人は出ていくべきなのである。目的はたった一つ、ただその人と一緒にいるためである。時間というものは偉大なものだ。一日、一週間、一年が経つごとに、心の苦しみは少しずつ過酷でなくなっていく。その課程にできるだけ立ち会うことが友人の役目なのである。

         (悲しくて明るい場所)

おまけ。

−どうすれば他人の生き方が気にならないか−
 
他人の暮らしはすべてすてきに思える。しかし、皆ほんとうの生活をのぞけば、円満でも、大して幸せでもない。 
          (自分の顔 相手の顔)

ベルリンの壁崩壊の副産物

2009年11月11日
それにしても
今回の酒井法子も
美しかった。
今まで出てきた中で
一番凛としてて好きだったかも。

お母ちゃんなんて
ノリピーを見る度に
ほんまにきれいな人やわ、
しか言わない。
またそこかよ、
と思うこともあるが、
たいてい、ほんとうにきれいだ。

その男さんが書いていらっしゃる通り
三面記事もたくさん、
今日はいろんな記事がたくさん。
今日じゃないけど
ベルリンの壁が崩壊して20年も
報じられていたし、
吉祥天さん、つばきさんも
書いていらっしゃいましたね。

勝間和代と猪口邦子元少子化担当相の共著の
「猪口さん、なぜ少子化が問題なのですか?」
という
あまりに最近著書が増えすぎて
ひんしゅくを買っている勝間和代の本の中でも
対談をそのまま本にして
ちょっとどうだろう部類に入る中でも
初期の本であるが

その中に
ヨーロッパが少子化にいち早く対策を打てたのは
このベルリンの壁の崩壊があったからだと
書いてあった。
ベルリンの壁の崩壊により
東西冷戦の軍事費が浮いたのだ。
それが社会福祉に割り当てられるようになった。
ヨーロッパの内閣は
日本に較べて年齢が若い。
未来への投資に目を向けられ
少子化、教育費に目が向けられ
予算が動いていったのだ。

一方日本はバブル時代
外国の土地を買うなど
社会資本の充実には向かわなかった。
それが残念だったと猪口さんが言っていた。

ノリピー、
今は溜めの時期ですよ。
気持ちをそこに向けて
また新しい花が開くことを待っていますよ。

ちょっと気を引いた
タオルを干してある
風景。





夫婦

2009年11月12日
廻りで
最近 訃報が多い
寒くなってきたせいだろうか

今から二十数年前の
どうということのない話だが

東京で働いていて
結婚したいとこのYちゃんが
夫君といっしょに里帰りをしていた。
お見合い結婚で
やさしそうで真面目そうな人だった。

Yちゃんの実家に遊びに行くのに
シュークリームを作って持っていった。
その時はYちゃんしかいなくて
シュークリームをとっても
喜んでくれたんだけど
事情はよく覚えていないが
そのシュークリームをまたどっか
よそに持っていくことになって
そうしたら
Yちゃんが自分の分と
もう1個を取ったんだ。
「うちの人の分」と言って。
Yちゃんのお父ちゃんの分も
お母ちゃんの分も
弟の分も取らなかった。
だんなの分だけを確保した。

ああ、夫婦になったんだな。
と、Yちゃんが遠くに行ったような気がした。

穏やかに仲良しの夫婦だったが
数年後のYちゃんの里帰りの時
その夫君が急病と知らせが入り
急きょ帰っていった。
末期のガンとわかり
数ヶ月の闘病の後
34才の若さで
亡くなったのは今ごろではなかったかと思う。

3才と1才だったこどもたちも
一人は大学生
一人は今年堅い仕事に就職。
大変な苦労だったと思うが
そんな顔を見せたことがない。

Yちゃんより
天国にいるご主人の方が
ホッとしていらっしゃるかもしれない。

ISOが終わって気が抜けたせいか
何となくいろんな事を
ふと思い出す。

葬式の役目

2009年11月12日
4年前
ばあちゃんが死んだ時
葬式を家から出したいと思ったが
駐車場がネックになり
実現しなかった。

でもそのとき
家から葬式を出すことを
頭の中で描いてみた。

まず掃除だろう。
突然なので
段取りも何もない。
散らかった家の部屋部屋の
親戚があれをこれをと
捨てたり、片づけたりしていくだろう。

昔の葬式は
交通が不便で
簡単に行き来ができなかったし
親戚が集まって
一族郎党の結束を固める
役割を果たしていたと思うが

もう一つ
「家のそうじ」
という役割も果たしていたのでは。

何でこんなことを思い出したかというと
今日ISOの審査があったんだけど
過ぎてみれば
何であんなに心配してドキドキする必要が
あったのかと
笑ってしまうぐらい
ドキドキしたのだ。

でもその無駄な心配のおかげで
あそこも片づけ
ここも片づけ
ジムショはウツクシクなった。

そのドキドキこそが
意味があったのかもしれない。

葬式や結婚式はもちろんのこと
法事やお祝いだって
きょうびは外でが増えてきている。
「客を招く」機能は
家からだんだんと無くなりつつある。

でも、その分
家を歯周病の根っこの掃除みたいに
深いところから
片づけるチャンスは
減ってるんだよなあ。

いやいや
かといって
まだ葬式は出したくないよ。
とうちゃん、かあちゃん、
もう少し元気でがんばってください。
助けてください。

奥ゆかしい添え書き(漢字訂正)

2009年11月13日
「釣りクラブの会員向けblogです。一般の方への情報 発信ではありません。ご了承ください。」



福福NEWSさんの記事のタイトルの下に
いつもそう添えられている。

まちがえてもいいから見てくれないかな
などと思っている私と違い
何と奥ゆかしいことだろうと


そして
本当にそうかと思って
スルーしておりましたが
拝見しました。

優勝者の方のうれしそうな顔
そしていろいろなエピソード
ふつうに楽しいブログでした。

いのさんの釣果も拝見しました。

釣果は「ちょうか」と読むんですね。
最近はまっている漢字ゲームで覚えました。

インベーダー、麻雀、フリーセル、
少しずつやってきましたが
漢字は知的な雰囲気にだまされて
タチが悪いです。
こんなものを紹介した
マキちゃんを恨んでいます。
うそ。
負けないもんねー。

愛から離れた親にならないために

2009年11月13日
子供に要求されると、専用の部屋、空調設備、携帯電話、トレンディーな小物、何一つ買うことを拒否することのできない親たちこそ最低の親なのである。英国には今でも子供に困苦に耐えさせる伝統はあるそうだ。
        「自分の顔、相手の顔」
             
−不幸を知らなければ幸福もわからない−

 最近の学校では、希望はしきりに教えるけれど、運命の限界は教えない。昔は運命の限界なんか毎日の生活でいくらでも見られた。家庭には老いて死んでいく祖父母がいたし、結核のような死病と言われた病や、今日食べるものもない貧困などを、救ってくれる組織もなかった。しかし今では、社会に救済の制度ができているから、病気が放置されることも飢え死にすることもなく、人の生涯の基本的な姿はいよいよわからなくなる。
 運命や絶望を見据えないと、希望というものの本質も輝きもわからないのである。現代人が満ちたりでいながら、生気を失い、弱々しくなっているのは、多分絶望や不幸の認識と勉強が徹底的に足りないからだろう。
         「自分の顔、相手の顔」

 その毒は時間をかければ、自然に薄めることはできるだろう。誰を許しやすいといったって、子供を許すほど簡単なことはない。しかし、それと裏腹に、子供から受ける残酷な仕打ちほど、濃い毒となって体中に廻るものはない。
          「淋しさの極みの地」

 私は登校拒否には、昔から一つの偏見を持っていた。登校拒否は優秀な感受性の強い子が示す特徴であり、その親は必ず穏和な性格である。そして、たとえどんな深刻な問題があろうと、親と子は別れて生活をすれば必ず治る、という素人の信念でもあった。
(後略)
         「神様、それをお望みですか」
          

    

お金の現実

2009年11月14日



お金という道具

(前略)

 それは、私たちの人生も同じだ。
 流れがすべてだ。その流れとうまくつきあうために
お金がある。

(中略)
  だが、その中で確実なことがある。
「収入以下で生活しなければ、お金が貯まらない」
 これは確実だ。
「努力しなければ、成功はない」
 これも確実だ。
 こんな確実をいくつか確認して不器用にやっていくだけでも、10年やっていれば得るものは必ずある。
 成功も貯金も人に見せるものではない。
 最近は、雑誌などで年収が5000万だとか億万長者だとか言って威張っている人がいる。それに何の意味があるのか。
 最近の、「成功を見せる」という成功感は何かずれているような気がする。
 くどいようだが、確実にわかっていることを不器用にこなせばいい。それだけで十分だ。
 そんな地味なのは嫌だという人は、ばくち的人生を歩めばよい。あなたに才能があれば、それで夢を手に入れることもあるだろう。
 一つの山の頂を登ると見えるものがある。それは、登っているときは全く見えないものだ。しかし、一つの山を制覇すると、その向こうにはすばらしいものが待っている。それが何かを今は言わないでおこう。
 そして、その「何か」の先には、もっとすばらしいものがあるのだ。それを見ずに人生を辞めるのはもったいない。きっと、お金はその旅に必要な道具なのだ。
 人生の旅は、知識労働社会に移り、これからもっと長くなる。
(中略)
 今からでも遅くはない。まずは最初の10年の旅に出よう。そして、そこで、どんな景色が見えるかを想像してみよう。それは、あなたがまったく想像できないものであることをお約束しておく。

     「お金の現実」岡本吏郎 ダイヤモンド社



「BBM」ビジネスブックマラソン
というメルマガを読んでいます。
土井さんという人が読んだ
ビジネスブックのあらましと感想が
毎日送られてくるのです。
どの本もおもしろそうでそしてまた
クリックをいくつかするだけで
簡単に買えてしまうものですから
何冊かは手を出してきました。
正直 はずれのことも度々ありました。

先日紹介された一冊は

「本日の一冊は、ベストセラー『会社にお金が残らない本当の理由』の著者であり、経営コンサルタント/税理士でもある岡本吏郎さんが、ひさびさに放つ新刊」

とありました。

『サラリーマンのためのお金サバイバル術』
          朝日新聞出版 岡本吏郎・著
抜き出してみると

「管理すべき支出(住宅費・保険料・教育費・外食費・旅行代・車代)この20%部分の支出について“人並み”をやめる効果は絶大」

など書いてありました。
ちょっと読んでみたいと思いましたが
新刊を買うのはためらわれ
図書館の検索に「岡本吏郎」を入れたところ
「お金の現実」
と言う本が出てきて借りてきたわけです。

「お金という夢を追いかけることに夢はない」
「時給が上がるためには生け贄が必要」
「お金で買える最も有効なものは時間」
「頭脳は安い、経験は安い」
「いつおこるかわからないリスクが起きた時
 平常に過ごすためにお金はある」

うまく抜き書きできないんですが
当たり前のことを
真っ当に説いている本ですが
インパクトがありました。
他の本も読もうかと思いました。








恐いのはどっち

2009年11月14日
市橋容疑者は
まだごはんを食べていないのだろうか。
捕まった後の彼は
何だか透けて見えるような
すべて終わったというような
そんな風に見えたけど

若いから
しばらく食べなくても
体力はあるだろうが
いつまでも
自分と向き合えないのは辛い。

せっかく生まれてきたのだ。
早く自分と向き合えることを願う。

今ネットで見ても
ヒットしないので
定かかどうか少し心配なのだが
朝のヤフーニュースに
市橋容疑者が働いていた建設会社が
容疑者を働かせていたということで
指名停止になった
と流れていたような。

働かせていたから
指名停止なんて
カビの生えたような感覚に思えるが
それでいいのだろうか。
市民から苦情は来ないのだろうか。
殺人は恐ろしいが
それと同じくらい恐ろしい。

怒りを静める

2009年11月15日
私のブログのプロフィールには

「かなり生きてきて、でも、生きてきた中で今が一番 楽しい気がしています。ブログに参加することでも っと楽しくなればいいなと思ってます」

と、大しておもしろくもないことが書いてあるが
これを書き始めた頃はいつも

「今が一番楽しい」

本当にそう思っていた。

しかし今はそうでもない。

年をとると体は衰えていく。
子供は巣立っていく。
ブログを書き始めた1年半前ぐらいが
頂点だったのかもしれない。
前ほど今が一番よかったとは
思わなくなっている。

しかし、年を取ってよかったと
相変わらず思うことの一つが
自分の気持ち、怒りの気持ちをコントロール
できるようになったことだ。
以前に比べ、だよ。
以前に比べ、だけどさ。

怒ると周りの人も気を使う。
もちろん怒りをぶちまけた自分に
自分でだって嫌気がさす。
犀の河原じゃないが
積んであったものが全部くずれちゃったみたいな。
実際信頼もなくしていたと思う。

きのうの「お金の現実」の中に
なるほどね、と思うことが書いてあったので
もういちど書いておこうと思う。
図書館に本を返さないといけないからね。



もっと大きなお金の効用



 実は、「時間」よりも重要な消費物がある。
 それはひと言では言えないので、最近経験したことで話していこう。
 この間、乗っている列車が7分遅れた。この列車が到着したと同時に、この列車と乗り継ぎのダイヤになっているはずの特急列車は出発した。
 どうやら、JRのミスのようだ。通常は、つなぎの列車が遅れれば、それを待って出発するのが当たり前だ。
 私は、改札で切符を見せて聞いた。
「今乗ってきた列車が遅れたんだけど、この切符の列車がでた見たいなんだけど…」
 その駅員の目の前で出発した列車なのに駅員は電話で問い合わせをした。
 電話の回答はわかっているが、待っていると、「すみません」も言わず、切符の交換を指示される。
 みどりの窓口で切符を交換。次の列車は三時間後だ。すぐに会社に電話をかけて善後策を指示。そして、三時間の過ごし方を考える。
 こういう場合、通常は駅員に対しての文句の一つも言いたいところだが、私はしない。なぜかというと、自分の「良い流れ」がそれで変わる気がするからだ。怒ることで出発した列車に乗れるわけでもない。
 逆に、こういう場合、「あ、ここで無駄な金を使えというモネタ(お金の神様)からのお知らせだな…」と思う。
 そして、タクシーに乗って事情を話し、適当に市内を回ってもらう。おしゃれな喫茶店を見つけて入り、おいしいものを食べる。
 このモードにはいると三時間では足りない。最後はあわてて列車に乗ることになる。
 このような突然のアクシデントは、生活をしていればときどき起こる。そして、私はアクシデントの当事者になってしまったときには、苛立たずにのんびりした精神を保つことを最優先する。
 そして、そのためにはどれだけお金がかかってもいいと思っている。とにかく、イライラするのだけを避ける。それにすべての力をかけるようにしている。
 もし、このJRのミスでこの都市に泊まらなければならなくなれば、一番高いホテルに泊まる。くどいようだが、イライラしても何も解決しない。だから、それに対して文句を言っても始まらない。
 そう言うアクシデントは、「ちょっとのんびりして風呂でも入って帰りなさい」というモネタからのメッセージだと私は考える。
 そして、モネタにそのお礼としての貢ぎ物(ホテル代、列車代の重複分)を捧げる。ときには、正直、「痛いなー」と思う金額のときもある。しかしアクシデントでイライラするのが最もまずい。そればいつもの自分の流れを分断することになる。一度流れを分断してしまえば、元に戻すのは大変だ。だから、いつも自分の調子の良いペースを崩さないことに細心の注意を払う。
 こういったいつ起こるかわからないリスク。それが起きたときに平常に過ごすためにお金はある。そして、それがお金の最大の効用だと思っている。

           「お金の現実」岡本吏郎

本当はこんなところに書くより
読んでほしい人もいるけど
それこそ、自分が満足するために
ここに書かせてもらいました。

人間の運命

2009年11月16日
さっき娘から電話があって
「大浦みずき亡くなったね」と言うと
娘は知らなくて
とてもショックを受けていた。

若くして逝く才能豊かな人、
どのように運命を受け入れていったのだろうか。
今日の本のタイトルは
「人間の運命」

私たちの世代で言うと「青春の門」の
五木寛之だ

この本もあるメルマガで見て
図書館で検索したらすぐヒットした。

中には映画「愛を読む人」の話や
マイケルジャクソンの死についても
触れられている。

つまりこの間のことが
この早さで単行本になって
もう図書館で読めるという
その早さが今どきなのかなと思う。

五木氏が戦後
朝鮮から引き揚げてくる話は
胸を突く。
以前に書かれた「大河の一滴」より
さらにひびく文章に思えたが
私が年をとったのだろうか。




 たとえば、国境線を超えての脱出行がある。トラックの荷台はぎゅうぎゅう詰めになっていて、あと一人しかのせる余裕がない。
 そんな場面で、二人の脱出者がつみ残されており、どちらか一人しかのせられないとしたらどうするか。
 礼儀正しく、「あなたがお乗りなさい」とか、「あなたがどうぞ、わたしが残ります」と身を引く人は、まず生きのびることができなかった。
 相手をつきとばしてでも、トラックにとびのった者が、帰国できたのである。
 そんな場面が数かぎりなくあった。そして、結局、そこを生きのびて引き揚げ、帰国できたのは、いわば悪人だけだったのではあるまいか。
 皆が助けあって幸運にも脱出できた、という話を、私は夢のようなおとぎばなしとしてきく。
極限状態のなかで、生きのびた者はみな悪人である、と私は思う。
 そもそも人類とは、生物とは、最初から悪を条件として誕生し、地上で生きのびてきたのではないか。
私たちはいのちを大切にしたい、と思う。
 しかし、人間社会においてさえ、人間が人間を犠牲にして生きるのが現実なのだと、記憶の深いところからの声が聞こえる。


自分が悪人である、と口でいうのはやさしい。
しかし、本当に自分が悪人であると、はたして考えているのだろうか。


人間は生きているだけでも価値がある。同時に生きているだけでも罪がある。

       「人間の運命」五木寛之


 人の悪を見ずには生きられなかった時代、そういう時代をくぐってきた人の言葉が、淡々と書かれているという印象がありました。私の心の中の何かを洗い流していくような力がありました。

今 書き写していてわかったのは、あえて漢字で書かずひらがなになっている言葉が多く、読みやすいのはそれもあったのかもしれません。




大浦みずきの死

2009年11月16日
ヤフーニュースのトップを見ると
大浦みずきが肺ガンで亡くなるとある。

宝塚出身の大浦みずき。

宝塚には花月雪星宙の五組がある。
花はいちばん先にできた組で
プライドも高い組だ。

その花組でトップスターをつとめたのが
大浦みずき。

しかも彼女は
「ダンスの花組」と
呼ばれるほど
踊りの名手が揃った時代の
中心人物だった。
いや、彼女がつくった
といったほうがいいかもしれない。
彼女を見て
後輩たちが育っていったのだから。

わたしが宝塚にはまったのは
すでに彼女が退団した後だったけど
トーク番組に出てくる
後輩たちの話から
なつめさん(大浦みずきの愛称)が
尊敬され慕われている人だというのは
よくわかった。
そして
とにかく
ダンス。

今は便利な時代で
ビデオで過去の作品が見られる。

とにかく
ダンスのスピード感、キレ、
大人の雰囲気、
過去現在も含めて
宝塚随一の踊り手なのは
宝塚を知る人の
万人が認めるところだと思う。

わたしでさえショックなのだから
もっと悲しみ嘆いている人は
いっぱいいるはず。
惜しい。
ご冥福をお祈りしたい。

人間の最大の武器とは何か

2009年11月27日
年若い(私と較べ)読書家友人のマキちゃんが
伊坂幸太郎のファンだと聞いていて
それもあって何冊か読んできて
それなりにおもしろく
センスがいいと思えた。

でも
「ゴールデンスランバー」は
別格だった。


おもしろい。

最初は
就任仕立ての首相が暗殺され、
全く関係のない青年が犯人に仕立て上げられ
国家から追われるという奇想天外なストーリー
に入り込めなかったのは
30ページぐらいまでか。

あとはもう、
はらはらどきどき、
涙あり笑いあり。

気の利いた伏線があちこちに仕掛けられ
途中でぽんぽんと
花火のように咲いていく。
「なるほど、そういうことだったのか」
何回もうならされた。


「人間の最大の武器」とは何かを
登場人物に語らせている

「習慣と信頼」

主人公はまさにその2つを武器に
危機を乗り越えていく。

そして最後にもうひとつ
「人間の最大の武器」を語っている。
ああなるほど、
と思った武器。
それは




言わない。


読んでいただいた方が。


映画化され
堺雅人主演で1月に公開されます
楽しみ。


心ない文集

2009年11月28日
10日余り病院にいたので
デイルームにあった
マンガと週刊誌は全部読んできた。

折しも
34才の女性の廻りでの連続不審死について
大々的に特集が組んである。
ほそみちさんのブログで
触れられていたことを思い出しながら
読み進める。
顔写真もしっかり載っていて
確かに
この人にだまされるとは
思わないかもしれない。
安心感がある。

気になったのは
高校時代の文集で
「アダルトビデオに出そうな人」
で一番になっていたと
書いてあったこと。

最近
「〜そうなひと」ベスト3ぐらいが
よく文集に載っている。
今ちょっと思い出せないけど
書かれた人は嫌だろうな
と思える項目もあって
こどもたちのその時期特有の残酷さが
顔をのぞかせていたりする。


でも
みんなの目に触れる文集に
「アダルトビデオに出そうな人」
この項目はいけない。
全くダメだ。
こんなものをスルーさせた
関係者大人は処罰ものだ。
許せない。

秋田で二人の子供を殺めてしまった
畠山鈴香被告の高校時代の文集もひどかった。
信じられないようなひどい言葉が
彼女に投げつけられていた。
それが卒業文集に残っているのだ。

大人はスルーしてはいけない。
放っておくことで
結局どちらの側も傷つけるのだ。

人のことを言っていると
自分の過去を思い出して
薄ら寒くなるが
でも今からでも
気のついたことはがんばっていこうと思う。

大切な人、大切な店

2009年11月28日
仕事中、パソコンに向かっていて
なぜか知らぬうちに
なんとブログに入り込んで(^_^;)

ほそみちさんのブログのアカカブ料理を
拝見していて
そしたら
小原さんの自発呼吸が戻ったと
書いてくださっていて
あわてて新聞を見に行った(仕事中(^_^;)

よかった、
一日も早い回復を祈るばかりだ。

新聞を広げて
重体の2名のお名前を拝見した時
本当にびっくりした。
いのちに貴賤があるわけではないが
城端地域にとって
かけがえのないお二人だ。
えらいことになった。

全国区のニュースを見て
娘が心配してメールしてきた。
「○○寿司、大丈夫?」

このお寿司やさんは
城端の中でも老舗の一つ。
城端の人なら
みんな食べたことがあると思うし
いろいろな思いでもあり
大切なお店。
営業禁止処分になったが
それはそれとして
城端の人は
被害を受けた方も
お店のことも
両方とも心配していると思う。

何度も書くが
一刻も早い回復を願う。

それにしても
「仕事」とは「人の命を預かることなのだ」と
改めて思い知らされる。

きのう書いた「ゴールデンスランバー」の中で
首相暗殺の犯人と決めつけられた
青柳雅春の実家にリポーターが押し寄せる。
そのリポーターたちに向かって
父親は言い放つ。

「信じたい気持ちは分かる?おまえに分かるのか?いいか、俺は信じたいんじゃない、知ってんだよ。俺は知ってんだよ。あいつは犯人じゃねえよ」

中略

「よし、おまえたち、賭けるのか?」
「名乗らない正義の味方のおまえたち、本当に雅春が犯人だと信じているのなら、賭けてみろ。金じゃねえぞ。何か自分の人生にとって大切なものを賭けろ。おまえたちは今、それだけのことをやってるんだ。俺たちの人生を勢いだけで潰す気だ。いいか、これがおまえたちの仕事だということは認める。仕事というものはそういうものだ。ただな、自分の仕事が、他人の人生を台無しにするかもしれねえっていう覚悟がいるんだよ。バスの運転手も、ビルの設計士も、料理人もみんな、最前の注意を払ってやってんだよ。なぜなら、他人の人生を背負ってるからだ。覚悟を持てよ」


一瞬のスキが人の命をも左右することがある、
仕事ということの厳しさについて
もう一度我が身を振り返り
ついつい寄り道して
このブログに迷い込んでしまう
悪癖をなおしていかねば。

内藤 敗れる

2009年11月29日
ヤフーのトップページで
結果を確認
ネットは便利だよね。

どうしてこんなに残念なんだろう。
特にボクシングのファンでもないのに
特に内藤のファンでもないのに
マスコミに乗せられているような
気もするけど
内藤が負けたのは
思ったよりショックだった。

受け入れるのに時間がかかりそう。

小林幸子の筋の通し方

2009年11月29日
先日取り上げさせていただいたが
岡本吏郎の「お金の現実」の中に
「豊かになろうとする時、生け贄が必要」
というくだりがあった。

こつこつとお金を貯める
そしてステップアップを図る時
今まで貯めてきたお金で力を一気に放出、
ここで惜しんではいけない
そういう時期がある
ということだったと思う。

病院で読み漁った
週刊誌(確か週刊新潮だったと思う)
の中に
こういうことなのかな
という記事があったので
書いてみたい。


幸子流「筋の通し方」

 小5でデビューし、「美空ひばりの再来」と言われた彼女。だがそれが災いし、ひばりの母、加藤喜美枝さんの「ひばりは二人いらない」の一言で干されて、79年に「おもいで酒」がヒットするまでは場末で苦節の連続だった。その8年後、そろそろ年季明けというタイミングで事務所に独立を切り出したのだが、「3億円の現金が入った段ボールを事務所の社長室に持参してきた。『デビュー以来、長らくお世話になりました。これは(私が稼ぐはずの)2年分でしかありませんが、ご迷惑をお掛けするのでお納めください』と頭を下げたと記憶しています。(立ち会ったスタッフ)
 ファン会員から事務所入りした「幸子命」の女性マネージャーと、そのマネージャーと懇意の女性が、保険会社から借りるなどして大金を用意したのだと言う。女性3人のチーム小林による鮮やかな独立劇である。



紅白の衣装など、
企画力で第一線の座を守り続ける小林幸子。
こういう裏話も肯ける。

まあ、
そんなお金の放出する機会もなく
ステップアップもなく、
平々凡々のあたいが言ってても
あんまり説得力ないんだけどさ。

病院に見る自分の将来

2009年11月30日
10日ぐらいの入院だったが
公立病院の4階のフロアーで
女性の中では
私が一番若い入院患者だった
と断言できる。

同室の方も入れ替わりもあり
4人のうち
3人が70代
1人が90代のお姉さまだった。

3人の70代のうち
2人は一人暮らし。

自然に将来の自分と重ね合わさる。
わたしも
もし生き残れば
70代一人暮らしの確率もずいぶんある。

お一人は
息子さんが
登り調子のあの自動車会社で
インドのご赴任とのこと。

若い時はどこでもよいわ思とったけど
やっぱそばにおらんにゃ
あいそんないわ。

病気で気弱になっていらっしゃるので
声も湿りがち。

デイルームでは
よその部屋の80代と見えるお姉さまに

「わたしいつまで生きとらんなんが?」

と尋ねられた。

でも
みんながそんなふうに
暗いわけではない。

同室のもう一方の一人暮らしの女性は
実に
淡々としていらした。

つまり

人によるのだ。

やっぱり
なるべくなら
明るく振る舞っていたいものだと
思った。

だもんで
退院してからも
なんかハイで
カラ明るいんだよね。

いろんなお姉さま方を
拝見させていただいた後遺症?
のようなものかも。

病院の窓から見た
朝の風景




作者 : はれあたま

 かなり生きてきて、でも、生きてきた中で今が一番楽しい気がしています。ブログに参加することでもっと楽しくなればいいなと思ってます。

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