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はれあたまダイアリー

いつも楽しく読ませていただいてきました。ちょっと自分でもやってみようかと思いました。

いつの時代も

2010年11月21日
きのうはまだ
今日退院できる予定ではなかったので
仕事のために一時外出で家に帰った。

帰りに図書館に寄って
本を借り直した。

帰り際
ふと目をやると
入り口に雑誌が並べられ

自由にお持ち帰りください

とある。

そして
机の上には
婦人公論がずらっと並べられていた。

婦人公論の
新聞広告の見出しはいつも魅力的だが
いつも買うまでにはいたらない。

20冊ぐらい並ぶ中で
松田聖子と篠原涼子の表紙の2冊を選んで
もらって帰って
病院のベッドですぐに読み始めた。

おや、篠原涼子のインタビューに
旦那の話も子どもの話も出てこない。

よく見ると
2006年、
4年前の婦人公論だ。

ちょっとがっかりしたけど

「読者手記 小姑に泣かされて」
「わが天敵・義母にいつか言いたい、とどめの一言」
「梨園の嫁40年、涙を流さず泣く女になりました」



など、そそられるタイトルが並び
そっち方面については
全然古さを感じない。

「歴代皇太子妃の『受難』はいつまで続く?」
というのを作家の島田雅彦が書いていて
「今でも続いています」
と心の中で返事をした。


小学校の先生にまだなっていない
「五体不満足」の乙武さんの対談コーナーがあって
ゲストは立川志の輔
毎回パルコを満員にするすごい人気ぶりや新作落語に話がおよぶ。

志の輔は語る。

「ただね、時代にあった新作がたまたま喜ばれいるんだと思うんだけど、中身は古典落語と変わらないの。出てくる人間の服装とか言葉づかいとか周りの環境とはかは違っても、人間そのもの、そこで語られることっていうのは、何も変わらない。」

よく言われることだ。
でも対談後半になるほど、と思われる志の輔の語りがあったので、聞いて、じゃなくて、読んでほしい。

これは志の輔が
高座に上がって
落語を語っている風を想像して
読んでみてほしい。
そしたら
ちょっと
おもしろいと思う。


「たとえば、あの誰もが知ってる『寿限無』に、名前を一息で言えるという以上の意味があるとわかったのはつい最近のこと。『寿限無寿限無、五劫のすりきれ……』っていう長〜い名前、実にあれは生まれた子どもに長生きしてもらいたいという、父親の気持ちが込められているんですね。本当は「寿限無」でも「五劫のすりきれ」でも「パイポ」でもよかった。和尚さんはどれかにしろと言ったんですよ。でもそれができなかったのは、父親の愛情か、はたまたエゴか、優柔不断なのか。なんて事を考えながら、走る車の窓からふと見上げれば、看板に『三菱東京UFJ銀行』とある。」


あ、つながるし。

2010年11月21日
最後にブログを書いた
10月28日だっけ
あのときは1日2度書きを目指していたので
後半戦にのぞもうとパソコンを開けたが

つながらない。

「なんとブログ」だけつながらない。

でもこれまでもこういうことは
時々あったので
ネタに困っていたわたしは
むしろそれを喜んでパソコンを閉じた。


次の日


つながらない。

そして
きのうまで
ずっと
つながらない状態だった。

2度書きまでしていたのに
突然辞めたので
体をこわしたのではないかと
何人かの方から
ご心配をいただいた。

「心配してもらえる」のが
わたしは
嫌いではない。

連絡をいただきました方々、

大好きです。


ところが
よくしたもので
いや、
よくはないのだが、

つながらなくなった数日後に

ブログを書くどころでない
出来事があり
つながっていても
書けなかったと思う。

だから
ブログを書きたくても書けない、
見たくても見られないのは、
本当にありがたかった。

おかげさまで
その出来事については
軟着陸できて

そして
つながらない間に
3度目の
肘の手術も終わりました。

退院してきて
試しにクリックしてみたら
何と
今まで何事もなかったかのように
つながるではないの。


ああ、

また、

ブログに捕らわれた
日々が始まるのかと思うと

ちょっと複雑よ。

うれしいような、
うれしくないような。

でも早速書いてるんだから
なんていうの、

「佐賀」

「嵯峨」

いや、

「性」っていうやつ?

「サガ」ってこんな字だっけ。
なんかいやらしいわね。

ああ、
またとりとめが無くなってきた。

ということで
みなさん、
また、
よろしくお願いいたしますm(_ _)m

いつでも「今からが始まり」

2010年11月22日
80前後のご婦人
ご主人ははともに入院中
(想像では車いすぐらいか)
婦人ご本人は
歩行器につかまって歩ける程度。
一人で家事をするのは
無理っぽい。


なぜだかわからないが
病院側はそのご婦人に退院を迫っている。
今日にも明日にも出てくださいモード。

息子さんがいらっしゃるが
ともに遠方で
息子さんに来てもらえ、
息子さんに世話になれ、
という病院側と

お父さんを残して
息子のとこにはいけない
もう少し病院に置いてもらえないかと
粘るご婦人。

こう書けば
どうみても
この高齢の婦人に同情の余地がある。
病院の百倍くらい同情の余地がある。

ところが
このご婦人
このおばあさんが
少しもかわいくない。


「ああ、人生真っ暗」

「もうどうしていいかわからない」

大きなため息とともに
暗い言葉がいつも
口から出てきている。

大変なのはわかるが
とりつくしまがない。

ひとりで
大変スパイラルに落ちこんで
しまっている雰囲気。


でも他人事ではない。
わたしだっていずれは
同じような状況、
つまり具合が悪くても
ひとり暮らしをせざるを得ない状況に
陥る可能性が
80パーセントぐらいはあるような気がする。

同じようになったら
どうしていいかわからない。

とりあえず

ため息をつくのと

「人生もう終わり」

を口にするのだけは

やめておこうと思った。

どんなときも
なるべく
人と楽しくつながっていたいよね。



ざごつけない

2010年11月22日
「ざごつけない」

なんとブログがつながらなくなった間
いちばん
書いてみたいと思ったのが

「ざごつけない」

みなさんはこの形容詞
聞いたことがありますか?

蓑谷育ちの
わたしはけっこう
普通に使います。

わたしより一回り年下の
北野で育ったいとこは
使ったことがないと言います。

どういう使い方をするかと言うと
たとえば

先日
昼にお客さんがあって
炊き込みご飯をお出ししたのですが
わたしはどんぶりにたっぷり
よそって出した方がいいと思ったのですが
母が

「そんなざごつけないことせんこっちゃ」

と言うので
軽めに盛ってお出ししました。

ですので

「粗野な」
「センスのない」
「見た目が良くない」

をひっくるめて

「ざごつけない」

あるいは

「ざごつけなーい」

といいます。
ですので
用法からいって
あまり褒め言葉ではありません。

濁音が最初に2つ重なって
聞くからに粗野な雰囲気が沁みだしていて
「ざごつけない」は
ある意味重宝な言葉です。


富山の方言集でもあまり見ないような
気がします。
が、あるのでしょうか?

どのくらい
みなさんがご存知か
お尋ねしてみたかったのです。

ではまた。


2回目のいいとこ

2010年11月23日
「上書き保存」



「名前を付けて保存」



どうして並んでいるんだろう。

「名前を付けて保存」するはずだったのに
なぜか
指が
もう1個下に下げ切らず、
あわてる心が
「上書き保存」で
左クリックしてしまった。

うそ、
わたしは今何をした?
うそだよね、
上書きしちゃったっていうことは

さっきまで
30分以上書けて書いてたあの書類が
消えちゃったって
そういう事になるんだけど

あーあ。

とってもがっかりした気持ちで
とぼとぼと
残りの仕事を仕上げた。


何かの拍子に
文章が消えちゃう。
このブログもそうだけどね。

またやり直しかよ、
と思うけど
2回目のいいところは
1回書いているので
1回目に比べて
かかる時間が大幅に少ない。
書き直しをしなければいけない時は
仕事で隣に座るまほろばちゃんと

「2回目は時間がかからなくていいよね」

言い合いながら書くのが
慣わしとなっている。

これは確か
私が書き直しで腹を立てていた時に
まほろばちゃんがそう言ってくれてくれたのが
最初だったと思う。

たいがいの事は
どっか笑えるところが見つかって
どっか楽しめるところが見つかる。

本人はドツボにはまっていて見つけにくいから
周りの人が見つけてくれて
笑いのひもを引っ張り出してくれると助かる。



しかし今気づいたが

「元に戻る」キーを押せば

何の問題もなかったのでないか。

今となっては
全てが遅すぎるが。

「2回目は速いもんね」

自分で自分に言って
がんばります。

誘われるオレンジ

2010年11月24日
東京の娘のところに行っていて
地下鉄のトイレを利用して
洗面所で娘を待っている時

若いきれいな方が
にが笑い
だから
(^_^;)な感じで
個室から出てこられて
トイレから出て行かれたが
係りの人と思しき人と
一緒に戻っていらした。

相変わらず
(^_^;)な感じで
「すみません、まちがえちゃって」
と言われると
係りの人が
「大丈夫ですよ」っていう風で
若いきれいな人は
去って行かれたが

どうやら見た感じでは
「流す」と「非常」の
ボタンを間違えて押されたようだった。

これを思い出したのは
昨日のBlueNightさんのお風呂での
ボタン押し間違えの話を
書いてくださったからだ。

というのは
今日も行って来た
南砺中央病院の何カ所かのトイレは
このようになっている。




「流す」ボタンと「緊急」ボタンが
なかよしに
親密に並んでいる。

そして

「呼出」のきれいなオレンジは

誘われる。

押したくなる色だ。

慣れるまでは
いつも
オレンジを押したいのを我慢して
「流す」を押していた。

赤とかオレンジは誘われる。

学校の赤い非常ベル
あの薄いガラスを指で押し破って
押してみたい!
思った事のある人は
私だけではないよね。

でもトイレで一番大切なボタンは

「流す」ボタンだ。

だから
流すボタンを王様にした壁面で
お願いします。

日本の力

2010年11月25日
「今」をしゃべり倒すバラエティや
横文字が並ぶドラマなど
見られなくなっている父母にとって
アジア大会は
格好の時間つぶし番組です。

ふたりで
ずっと見ています。

オリンピックに比べて
アジア大会はメダルを取りやすいのも
見ていて楽しい理由でしょうね。

だもので
私も見ています。

先日から始まった陸上競技。
これもオリンピックと違って
短距離走でも
日本人選手の活躍が見られます。

100m走予選、
選手がずらっと並ぶのを
退いたカメラが移している。

うわっ、
選手の後ろには
SUMSUNG
の文字が。

いちばんよく写るいちばんいい場所を
やっぱりこの会社が陣取っている。

まざまざと力を見せつけられているよう。

円高と法人税の高さで
もはや日本の企業は太刀打ちできないのだと
この間も何かで読んだ気がするけど。

中国173
韓国 71
日本 36

これは今のところの金メダルの数で
ずいぶん日本も頑張っているように見えるが
韓国、中国と倍、倍
という現実だ。

こうだけはなってほしくない
と思われる方向ばかりに行ってしまう
今の内閣、
誰が辞めるの辞めないの、
その話題に終始しているニュース、

私の老後はどうなるのか
と不安になってくる。

が、
アジア大会で頑張る選手たちを見ていると
こんな子たちが育っているのなら
日本もまだまだ大丈夫かもしれない、
と思う。

バレーボール男子はねばり強く
韓国に逆転したし
サッカーも決勝に進んだ。
今日のやり投げ女子のなんとかさんは
アジア新記録で優勝した。
小さな身体で力一杯投げる姿は
感動的だった。

まあいろいろあるけど
アジア選手の活躍は
私の気持ちのベクトルを上方向に向けさせてくれて
とても感謝しています。

あしたもがんばれ!

いちから海老蔵

2010年11月26日
「いやーまだまだですね、
 一(いち)から海老蔵ですよ」

うまい!
これは朝、「特ダネ」で
小倉さんが言っていたの。

最近
「プロフェッショナル」で
1時間番組になっていたり
お酒もやめ
ベジタリアンになり、と
いやに立派になっていた海老蔵。

結婚もして
酒によっての醜聞は
よもや、と思ったが
やらかしてしまった。

しかし
これくらいの方がいい。
あんまり立派になるより
失敗がある人の方がだんぜんいい。

でも
先日年上のお友達のお宅におじゃましたら
「来月顔見世に行くがいぜ」
ととても楽しみにしておられた。

せっかく行くんだからと
一番にいい席をとられたとのことで
南座の顔見世のいちばんいい席は
ひとり
27,000円だそうだ。

おおー、さすが歌舞伎。

その時
誰出るが?
と聞いたら
そりゃ海老蔵やよ
とおっしゃっていたので
海老蔵が出ないとなれば
すごくがっかりされると思う。
わたしだったら
27,000円の内
14,000円ぐらいは
返してほしいと言いたくなる。

できれば
仮の差し歯をいれて
何が何でも
舞台に立ってもらえれば
また新しい伝説が生まれる。

がんばれ!海老蔵!
いちからえびぞう!



初めてのネットカフェ

2010年11月27日
きのう
ひじの手術の抜糸だった。

本当は
退院も
ひじの支えが取れるのも
きのうの予定だったのだが

先生にお願いして
退院も
支えをとるのも
前倒しにしてもらった。

主治医の三浦先生は
クオリティーオブライフを
大切にしてくださる先生なので
そういうところも好きだ。

なぜ退院を急いだかというと
今日の27日はずいぶん前から
娘と観劇するのに決まっていたからだ。

本当は仕事も一段落ついて
ゆとりを持って
お出かけさせてもらおうと
思っていたが

ひじの手術が入ってきて
夫や家族に迷惑をかけることになってしまった。

退院してすぐ
東京に行きますでは
遠慮のない私でも
さすがに後ろめたいので
何日かは
仕事と家事をこなして
お出かけしたいと思って
退院を早めてでも
楽しみたいと思っていた


その観劇も

さっき終わった。

「モーツァルト!」

という演目で
私は3度目になるんだけど

3度も見るんだから
もちろん
好きに決まっているのだが

今回
初めて

泣けた。


だから観劇は辞められない。

娘も思ったよりずっとよかったと
言っていたが

そのあと
サークルの飲み会が
あるということで

別々に分かれて
私は

ブログの更新に
最寄の駅のネットカフェっていうところに
初めて来たって言うわけなのよ。

ネットカフェに行くって言ったら
「そこまでして更新せんなん?」

娘に冷ややかに言われたけど
ネットカフェに興味もあったのよね。
それに親が来ているのに
飲み会に出かける娘に
そんなこと言われる
筋合いはないわよね。

1時間の設定で
あと24分残ってるのよ。


ソフトドリンクがタダだとわかって
ゼロカロリーコーラを
よそってきたところ。

受付で
「リクライニングにしますが?
ベッドタイプにしますか?」

と聞かれて
「あの普通に座るだけでいいので」

「じゃあ、普通の椅子でいいですか?」

って普通の椅子のほうが少ないのね。

ビリヤードもあるけど

全体に静かで
一人ぼっちって感じね。

あ、もうすぐ
10分を切るので
もう終わって受付に行くわね。

いくらかかったかは
また明日書きますね。



『YES』の人

2010年11月28日
「世之介と出会った人生と出会わなかった人生で何が変わるだろうかと、ふと、思う。たぶん何も変わりない。ただ青春時代に世之介と出会わなかった人がこの世の中には大勢いるのかと思うと、なぜか自分がとても得をしたような気持ちになってくる」

とこれは
帯に書かれた世之介を表す言葉。
横道世之介って
ワケありそうな名前だが
ひと昔前の普通の大学生のお話。

娘のところへ行くのに
読みかけのまま持っていった
「横道世之介」吉田修一
田中さんが先日吉田修一さんの大ファンで
お目にかかられた話を書いていらしたが
田中さんのお仕事がそうなのか
お人柄がそうなのかはわからないが
ファンの作家に会えるなんて
すごいなと思った。

そんな機会は一生ないだろうし
もし会えたとしても
気の利いた話もできず
出会いが出会いにならない
という場面しか
想像しかできない。

というのはおいといて
吉田修一の本だけど
今まで読んだ暗いお話しと違って
地下鉄の中でも
娘の前でも
おもしろくて
声を出して笑った本だった。


娘よ
世之介のような
彼氏を見つけてくれ。

多少長く生きてくると
世之介のような人と出会って
パートナーとして
生きていく事がどんなに幸せな事か
よくわかる。

学生時代の世之介の恋人だったショウコに
こう語らせている。

「ショウコが好きになるくらいだから、きっと立派な人だったんでしょうね」

「立派?ぜ〜んぜん。笑っちゃうくらいその反対の人」

「そうなの?」

「ただね、ほんとになってい言えばいいのかなあ…。
いろんなことに、『YES』って言ってるような人だった」
「もちろん、そのせいでいっぱい失敗するんだけど、それでも『NO』じゃなくて、『YES』って言ってるような人…」



周りの人に
「YES」って言うのは
簡単なようで
とてもむずかしい。

読み終わると
世之介のすごさがよくわかる。
こんな人物を作り出せる
吉田修一はすごい人だ。

あ、そう言えば
きのうのネットカフェ
登録料が100円で
1時間の利用料が500円でした。

ソフトドリンクのコーナーに
みそ汁のコーナーもありました。
写真はワカメと昆布で
飲んでみようかな、と思ったけど
その下に
(具は入っていません)
と書いてあったのでやめました。

「大人」にするということ

2010年11月29日
被害を受けたのは
海老蔵だが
団十郎の記者会見を聞いていると

「守り過ぎじゃないのか」

とも思われる。

「プロフェッショナル」から一転して
お子ちゃま海老蔵にしか見えなくなった。
百年に一人の逸材と言われる才能。


このあいだ見てきた
ミュージカル「モーツァルト!」と
海老蔵がかぶってしまう。

天才だけど
いつまでたっても大人になりきれないモーツァルト、
父親を愛しながらも
束縛に苦しむモーツァルト

大人になれないモーツァルトに
パトロンであるヴァルトシュテッテン男爵夫人が
大人になれと語りかける
「星から降る金」という名曲がある。

その中で

「大人になるということは
 倒れたあとも立ち上がること
 音楽に身を捧げるのなら
 すべてのくさり断ち切るの」


とモーツァルトを諭している。


きのう書いた「横道世之介」
の中でも
子育てについて
こんな風に書かれていた。

 
 学校選びを含め、愛ちゃんの人生にとって「大切なもの」を与えてやろうと必死になっている。もちろんとても素晴らしいことだと思う。しかし、この仕事(国連難民キャンプ職員)を始めてからつくづく思うのだが、大切に育てるということは「大切なもの」を与えてやるのではなく、その「大切なもの」を失った時にどうやってそれを乗り越えるか、その強さを教えてやることなのではないかと思う。
                −横道世之介−


これを読んだ時
ずいぶんドッキリした。

「大切なもの」を与えようと
必死になってきたのは私も同じだったし
それを失った時に乗り越える力なんて
そんなことまで考えたことなかった。

よけいな手助けばかりしてきて
そのことが返って
娘が大人になるのを
じゃましているのでないかと
ふと不安になる。

もう育てられない年になった
子どもの未熟さを見るのはつらいけど
子どもが自分の力で立ち上がるのを
見守っていきましょうよ。

ねえ、団十郎さん。


東京は楽しい

2010年11月30日
先日
ネットカフェを出たのが
夜の10時半
駅前のネットカフェで
娘のアパートまでは
約歩いて10分

学生が多い町なので
メインストリートは
夜でも人通りが多く
いや、
夜の方が人通りが多いぐらいで
まったくこわくない。

娘といるのも楽しいが
いないときは
わくわくする。

帰り道の途中に
「成都」いや「西都だっけ。

安くておいしい
中華料理屋さんがあるのだ。

観劇で
中途半端な時間に中途半端に食べたので
夕飯をそこの中華料理店で
食べようかどうしようか
迷いながら歩く。

成都の前に着いてしまったが
まだ迷う。
どうしよう。
前に並んでいる
定食を見比べている内に
カップルが隣のラーメン屋に入っていった。

やっぱり私も入ろう。

「いらっしゃませ!」

「一人ですけど」

というとカウンターを手で合図されたので
そこに座って
「レバニラ炒め定食ください」
とお姉さんに伝えた。

ここのお店の人は
みんな中国の人で
日本語も通じるけど
お店の人同士が話す時は中国語だ。
注文を取りに来てくれるお姉さんは
水泳選手だった田中雅美に似た
そこそこあいそのよい
感じのいいお姉さんだ。

段違いになっているカウンターに
大学生が一人で
何かを読みながら
定食を食べている。
食べていると
途中でその大学生は
「すみません、ご飯とスープの
 お代わりわりお願いします」
と言ってお代わりを食べていた。

写真を撮らなかったけど
レバニラ炒めは量もたっぷりで
あと、ご飯、スープと、
ザーサイと、牛乳かんが付いていた。
もちろん完食して
650円を払って外に出た。

また一人で来て
違う定食を食べたいと思った。

しばらく歩くと
大学生の30人ぐらいの群れが
居酒屋の出口にたむろし、
歩道を塞いでいる。

時間は11時近いし
みんなかなり酔っている。
サークルの集まりだと思うけど
男女が入り交じっている。

目の前にいた
しっかりした感じの女の子、
骨太でサッカーやってそうな
日焼けしたショートカットの女の子が

「でもさ、三浦のがんばり、あたしわかるよ」

と大きな声でいった。

そう言われた女の子の前の
たぶん三浦君は
かなり酔っている感じだったが

何となく
その子でない誰かに
そう言ってほしい雰囲気があった。

人生はままならない。

そのうち
私が通れないでいるのに気づいた女子が
他の子に合図して道を空けてくれた。


地下鉄の駅はどこも
ひとがいっぱい。


「雑踏」って
富山とか高岡では
あんまり思わないけど

「東京」だと思うのよ。

ときどきこうやって歩けるって
私にとっては
価値のあることのように思うのよ。
作者 : はれあたま

 かなり生きてきて、でも、生きてきた中で今が一番楽しい気がしています。ブログに参加することでもっと楽しくなればいいなと思ってます。

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