nanto-e.com archive

はれあたまダイアリー

いつも楽しく読ませていただいてきました。ちょっと自分でもやってみようかと思いました。

野菜の昆布じめ

2011年01月01日
先日の女子会で
マエダさんが野菜や豆腐の昆布締めを
持ってきてくれた。
大変美味しかったので
おせち料理の一品にしようと
まねをしました。

使うのは
婦人会の歯舞早煮昆布
一袋840円
この昆布はおいしいのよ。




ダシ昆布でやると
もっと美味しいんだけろうけど
高くつくので
これでやります。

こんな棒状になっているので




指を少しぬらして
あるいはふきんで
一生懸命広げます。
するとこんなふうに。




写真ではよくわかりませんが
透かすと
緑色が見えてきれいです。

これにレンジでチンした
アスパラ、しいたけ、さやえんどう、こんにゃくを
昆布とだんだんにして
挟みました。








一晩おいて
出来上がり。
ハムやローストビーフの付け合わせにも最適。

家族の評判も大変良かったので
お正月の1品になりそうです。

とにかく作ったっていうことで
ご紹介。

紅組の勝ちだった

2011年01月01日
あけましておめでとうございます。

あけちゃいましたね。

紅白歌合戦が終わって
「笑ってはいけない」に
チャンネルを変えましたが
本当に年越し前後の
3分ぐらいは
厳粛な気持ちになろうと
NHKに変えて
行く年来る年を見ました。


例年になく
紅白歌合戦をしっかりと見た。
なぜかというと
やっぱり
せっかく帰ってきている娘と
一緒に時間を過ごしたかったからかな。

トリの
ドリームカムズトルーが
良かった。
松下奈緒はテキパキしていて
滑舌も良く勢いがあった。

今年で勝てないのなら
紅組はこれからも勝つのが難しい。

アイドルグループを応援する
組織票は白組に入れるだろう。
嵐だもん。
娘の同級生の子も
いつもは紅白は片手間だけど
今年は嵐なので
ちゃんと見るっていう子がいた。

見てほしいために
アイドルグループに頼る。
でもそれが
公平な評価を妨げることもある。
白組の7連勝はおかしいって。

NHKも
ちょっと考える時期ではないかな。


あした
「笑ってはいけない」の録画を
ゆっくり見よう。

元旦のない国

2011年01月01日
いのさんは今日もお仕事、
そうか、って、
思ってはいたんだけど。

娘が
東京から
短靴で帰ってきて
歩くのに不自由して
明日は時間がなさそうなので
成人式の電車の切符を
取りにいくこともあって
高岡まで行って来た。

駅に行ってから
例の巨大店に向かう。
それが
すごい車。
信号ふたつ手前から
車が動かない。

今日は元日よ。

買い忘れのものも
たまにはあるかもしれないけど
きのうまで
あれだけ買い物したんじゃないの。
何も
元日にわざわざ出掛けてくることも
ないんじゃないの。

つまりだしてから
20分ぐらいかかって
やっと店の敷地内に入る。
雨が降っていたので
屋内駐車場のほうがいいかな
と屋内駐車場に入るように並んだら
やっぱりみんな考えることはおんなじなのね、
車がずーっと並んでいて
2階へと続く坂道で
前の車とぶつからないように
後ろの車とぶつからないように
アクセルを微妙に踏み続け
疲れたわ。

お店の中もごった返していて
見ると
バーゲンが今日から始まっていて
よけいに混雑してるのよね。

あっちいって
こっちいって
あれも見て
これもはいてみて

永遠に決まらないかに思えましたが
なんとか買うところまでこぎ着けました。

自分も行っておいて
いうのも何だけど

元日から
こうでなくてもいいんじゃない?
元日は
初詣とヘリオスのコンサート以外は
家庭内領域で年賀状を見るか
ガキ使のビデオを見るぐらいにしよう。

年に1回ぐらいは
静かな日があっていいんじゃないか。
メリハリってやつ?

って
車の中で
娘には言ってたのよ、
それでここで書いて
それで終わりだけどね。

あまりの人出に
ちょうびっくらこいた
一日でした。

夫の実家での食事

2011年01月02日
2日の夜は
いつも夫の実家で夕飯をごちそうになる。

夫の両親はすでに他界。
夫のお兄さんもすでに他界。
お義姉さんは今
病で入院中。
お兄さんの娘の代になっている。

といっても
お兄さんと夫は年が離れていたため
娘のナオコさんは
私より1こ年上。

私より1今年上の姪ということになる。

種、花を扱うお店をやって、
そのかたわら
お義姉さんの病院に毎日通い、
もちろん家事もこなし、
息つく間のない毎日だ。

でも
台所はキレイに片づいていたし
かぶら寿司、大根の漬け物もお手製だった。




ほら、かぶら寿司のにんじんが
星形でくり抜いてあるのよ。

わたしにできるかな。

同じ立場になったらできるかな。


できないよなあ



必ず来る
そう遠くないその日を想像しては
そう思うのだ。

またわれも還りゆかねば、

2011年01月03日
ほんのさっき
紅白を見てあーだこうだ
言ってた気がするのに
もう三日も終わりかけている

2週間前ぐらいから
娘が帰ってくるお正月を
わくわくして待っていた。

明るい声が
食卓に響く。
小気味よい食べっぷり。
太る〜、太る〜、と
繰り返しながら
一向に箸を休めない。

あー、
楽しいお正月だった。

でもあっという間に
過ぎていく。

お正月だけじゃなくて
人生そのものが
あっという間に過ぎていってる。

豊臣秀吉だっけ、
「露とおち 露と消えにし わが身かな
  難波のことも 夢のまた夢」

あれだけ仕事量の多かった人でさえ
夢のまた夢
なんだものね。

もうひとつ

「またわれも還りゆかねば、
 雪に痕(あと)つけてけものも巣に戻りたり」

  
          岡井隆

けものが帰るのは巣だけど
「われ」の還る先はそこではない。
「命が生まれ終わる場所とでもいうべきところ」

と解説に書いてあった。

楽しい時が終わりに近づく時
一生が終わる時も
こんなふうに
あっという間だったな
と思うんだろうな

最近いつもそう思うわね。

「今」を大事にしないとね。






雪の箱根

2011年01月03日
まだ薄暗いようにも見えた箱根のスタート

雪だ!

思わず外を見るけど
ここは降ってないよね。

次々に選手がスタートしていく。
早稲田、
27秒差だったけど
26秒ぐらいでスタートしていった。

アナウンサーがスタート地点から
中継車にタッチされる。
その滑り出し、

「きのうの二十人の熱闘を冷ますかのように箱根にはうっすらと雪が降りました。その箱根の雪が最初に目にしたのは鉄紺(てっこん)と臙脂(えんじ)のユニフォーム。」


なかなか名調子で
お、と思ったわね。

選手の走りに連れて映し出される
雪の箱根
美しい。

見たら見た、
見ないなら見ないの箱根、

もちろん
ずるずると見ました。

ちょっと東洋を応援しながら。

それにしても
選手にぴったりとついて走る
伴走車
前の選手と何分詰めたとか離れたとか
逐一選手に連絡して
状況を知らせるようだ。

さっきも

「おお いいぞ、
 練習通りだぞ」

と選手に話しかける
スピーカーの声がテレビから聞こえた。


風景としては
ちょっと
うざいんだよね。
あの伴走車。
過保護な親を見ているようで。

状況判断も含めて
選手には
闘ってほしい気もするけどね。
水が制限されているように
言葉かけも
制限しても面白い気がするけど。

やっぱり
トップはもうちょっと競ってほしいです。
今だいぶ詰めて43秒差。
東洋大学、
がんばれ!

悲しみにつけ込む悲しみ

2011年01月04日
もうすぐ娘が
東京に戻っていく

だから
さびしい
すごくさびしい

さびしいと思っていると
さっきみたいに
失せ物をしたり
味付けがうまくいかなかったり
散らかっているところが
改めて目についたり
仕事は始まるし

どーせ
わたしは役立たずだ!
年寄りだけの家族で
潰れてくんだ!


悲しみに
ほかの悲しみが集まってきて
もうどうしようもなく
落ち込んできます。
見た目は
普通なんですけどね。

こんなことを家族に喚き散らすと大変なので

だから
ブログにこうやって書くのは
ずいぶん助かるのよ。

今から高岡まで
送ってきます。
気を付けて
行ってきます。

正月から失せ物

2011年01月04日
娘の成人式の着付けを
知り合いの方にお願いした。

踊りをやっていた頃に
よく着付けていただいていて
成人式もお願いすることにした。

成人式の前に
いちど練習したいとおっしゃって
今日
娘に振袖を着つけていただいた。

素敵に着付けていただいて
出てきしなに
きれいなクリップのような
ピンのような
袂(たもと)を
それで留めておくと
ふらふらぶらぶらせずによいらしい。
パチンと止めてくださった。

せっかく着たので
今日のうちに
写真を撮っておこうと
一度家に帰って
じじばば夫とともに
町の写真館に向かう算段だ。

娘は化粧を直したり
わたしはちょっと写真用に着替えたり
バタバタして

動き回っているうちに
袂のピンが取れたといって
写真屋さんでいるかもしれないと
手に持って
娘はかばんとメーク道具と
たもとピンを手に持って
夫の車に乗り込む。

わたしはじじばばを載せて
別にいく。

娘はメークが足りなかったらしく
車の中でまた続きをするはずで
していたのだが、
手に持っていた袂のピンを
車の後部座席の真ん中の台に
載せていた。

何かの拍子に
ピンが落ちた。

台から車の座席のどこかに。

それから1個見つからない。

帰ってからも
みんなでずいぶん探したが
見つからない。

どうして出てこないのか
本当に不思議ですが
ないんです。

ネットで同じようなものがないか
探しましたが
特殊なもののようで
それも見つからないし
くすんくすん。

借り物をなくすのは
つらいです。

でも見つからないし
9日の日に正直にお話しするより
仕方ありません。

今年の謝り始めです。
すみません。

靴下に穴が

2011年01月05日
今日はリハビリの日だ。

ひじのリハビリだ。

リハビリは
ひじをお湯で暖めたあと
うつぶせになってと
あおむけになってで
やってもらう。

それで
受付を終わって
受け持ちの先生のお顔を拝見したとたん
靴下を履き替えてくるのを
忘れたのを思い出した。

今朝
手近にあったのを履いたけど
途中で
なにか足裏に
冷たい感触があり
あ、これは、穴だな、
と思ったのだが
そのときはそのままで

リハビリに出掛けに
仕事場から一旦家へと移動している時
くつしたを履き替えねば
とうっすらと思ったのだが
うっすらとしか思わなかったので
持っていく本を探したり
あれこれしているうちに
穴のことを忘れてしまった。

それで
リハビリに行ってから
穴のことを思いだした。

「そういえばくつしたに穴が開いてました。
 すみません」

と先生に事前に話した。

最初はうつぶせで
うつぶせになった時
穴を隠そうと
穴の方の足を下にして
隠そうと思った。

しかし
その時に靴下を見たら
くつ下の穴は
かかとと親指下の
2カ所にあいていた。
親指下の穴は
冷たい感覚で感知できていたが
かかとの方の穴は
厚い皮膚によって
穴を感じ取れなかった。

2カ所の穴は
足を組んでも隠せない。

しかしなるべく
足の裏を縦に重ねて
2カ所をカバーしようとしたが
そのうちにだんだんと
忘れてしまっていた。

こんな呑気なふうに書いていますが

手術以後
実はあまり予後が思わしくない。
神経の病気なので
一度に回復するわけでなく
治るのに時間がかかると
手術前から聞いてはいたが
良くなっているという
実感が全くないことが
私をいらだたせる。

しかし
吉祥天さんのブログを拝見して
日本がアジアのなかでは
まだまだ格段に恵まれた国であることを
改めて感じて
こうやって何度も手術を受けることができ
保険制度もあって
リハビリを受けることもできる。

これってすごい贅沢なことなんだと
今日は帰りがけには感謝できた。

いつも希望の光を見せてくださる
吉祥天さんのブログに感謝だ。

松谷君

2011年01月06日
どんな仕事も大変だけれど
生協の配達も見ていて結構過酷系。

夏は暑く
冬は寒い。

重いし
おばさんの相手だし。

今までいろんな配達の男子を見てきたが
松谷君は今までの中では
人なつっこい系に入る。

去年大学を卒業して
入ったばかりだけど
弱音も吐かず
いつも明るくて雰囲気がいい。

この間の生協のチラシに入っていた
松谷君が書いたチラシ。




餅にも臼にも杵にも顔がある。
どの顔もいい顔だけど。
餅がとても幸せそうな顔をしていていい。

あまり意味のない
差出人の郵便番号欄もいい。

そして
何より
松谷君は
ほめじょうずだ。

去年
たまたま老眼鏡をかけたままだったわたしに

「はれあたまさん、メガネ似合いますねー」

と、真顔でほめてくれた。

実は私も似合うなと思っていたのだが
今まで言葉に出してくれる人がなく
真実を確かめることができなかった。

やっぱり私はメガネが似合っていた。

というわけで
それ以来
彼の評価は高いのですが
イラストも上手だとわかった松谷君でした。

必殺技 2℃の温度差

2011年01月07日



「影法師」がとてもおもしろかったので
お正月はこの本を書いた百田尚樹三昧と
思っていたのですが
テレビを見るのに忙しくて
本が読めませんでした。

さっき読み終わったのが
「風の中のマリア」(講談社)

オオスズメバチのワーカーの1匹
マリアの生涯を描いた話。

ハチの一生物は
あまり読んだことがなく
最初は少し戸惑った。
ずっとハチの話か、と、
読むのをやめようかなと思ったが
ひたすらに生きるハチを始め
えさとなって殺されていくその他の生き物たちの
健気さに感心しているうちに
1冊終わってしまった。

蜂のワーカーはもちろん卵を産まない。
一生餌を獲って闘いの日々。
それもひと月前後の短い命だ。
女王蜂は一度自分のワーカーを育てた後は
一生飛ぶことなく
暗い巣の中で卵を産み続ける。

オスは
オスは生殖のためだけにある。

オスって大変よね。
人間も大変だけど
ハチも大変よ。

カゲロウの成虫は1日で死ぬ。
だから口がない。
食べる必要がないから。
交尾するためだけに成虫になるから。

オオスズメバチは
普段は蜂の巣をおそわないが
次の世代の女王蜂候補を育てる時
大量の餌を必要とするので
集団で他の蜂の巣をおそう。

小さい蜂はひとたまりもないが
ニホンミツバチは集団で
オオスズメバチを撃退する。

「蜂球」

と呼ばれるらしいが
進入してきたオオスズメバチを
みんなで取り囲んで
羽をふるわせ
熱で殺してしまうのだ。

オオスズメバチは46℃で死ぬ。
ニホンミツバチは48℃まで耐えられる。
この2℃の温度差に命をかけるのだ。

オオスズメバチ vs ニホンミツバチ

この画像だと
48℃と50℃になっているけどね。

とにかく
2℃差よ。

ちなみに
これはニホンミツバチで
普通に飼われている西洋ミツバチは
こんなことしないそうです。

とにかく
どの生き物も
そんなに楽しみってないわよ。
ひたすら
次の世代に命をつなぐ
かけらのひとつになって
がんばってるのよ。

考えてみれば
ヒトだって
ついこの間までは
そういう暮らしだったのよ。

今の時代のヒトに生まれたっていうのは
やっぱり
喜ばないとね。

虫の立つ瀬がないわ。






辻占

2011年01月07日
あさぎりさんの
ブログを拝見した。

冬北斗木馬は木馬追い越せず

かっこいい!
とにかくかっこいい!

いつかはチャレンジしてみたい
世界だなと思う。

短い言葉で
詩を表現するのは
日本語の特徴の一つだと思うのですが

辻占は俳句より
もっと短い。




「せくにおよばん」

急くに及ばん

だよね。

ああ、なんか
ぐさっとくぎを刺された感じ。

これは
美山荘で高齢者の集いのお茶会のお手伝いで
ひいた私の辻占

お客様の平均年齢は
80歳はくだらないが

「恋に上下なし」

とか
辻占は
色っぽくて受けるのよね。

どのひと言も
言い得て妙。

7文字以下の絶妙な人生訓
辻占

ほそみちさんが紹介なさっていた辻占、
来年はゲットしたいですね。


全然関係ないけど
ネコと娘




これもあまり関係ないけど
美山荘の玄関にある
きれいに補修テープが張ってある
年代物ソファ




お笑いバリケード

2011年01月08日
今日久しぶりに
つばきの湯に行った。
一人で行ったので
有線放送に聞き入る。

お、クミコの
「祈る」がかかった。

紅白のあの折り鶴の衣装はステキでしたね。

この歌は広島の原爆で白血病を発症して
亡くなった貞子さんの甥御さんが
作られたとのことだった。

特に
戦争の本を読もうと思ったわけでないが
図書館に行って
このタイトルで
「私たちが子どもだったころ、世界は戦争だった」

手に取ってみたら
表紙は写真でいっぱいで




置いてこれない表紙だ。

見開きは
強制収容所で亡くなった少年が
書き残したもの。




意味はわからないけど
「生きたい」という気持ちが
伝わってくる文字ですよね。

16人のドイツ、ソビエト、フランス、ポーランド、
アメリカ、日本、

様々な国の子どもたちの日記や手紙が
時系列で並べられています。

愛とかいたわるとか尊敬とか
衣食住が足りての話であって
戦争の中の子どもたちは
親に食べ物を奪われたり
虐待はもちろん。

ドイツのソビエト侵攻で
レニングラードが900日に渡って包囲され
65万人もの死者の中の一人で
疎開が決まった時には体力がなくなり
母親に置いて行かれて餓死していった
ユーラ・リャビキン最後の日記。

1942年
1月6日

歩くことも、働くこともほとんどできなくなった。。
(中略)
ママは耐えられないのだ。役立たずのぼくの姿に。体力をなくして衰弱し、腹をすかし、苦しんでいる僕の姿に。辛うじて体を動かし、彼女たちの邪魔になり、病人で、無力な人間を「装っている」僕の姿に。でも、ぼくは無力のふりなどしていない。まさか!
(中略)
神さま、ぼくはどうなるんでしょう?
これから、ぼくは、ぼくは、ぼくは、…。



1945年
追いつめられたドイツ国内
ベルリン市内の少女リーゼ・ロッテ

4月12日

(前略)

 ベルリンの周囲の森は塹壕だらけだ。木はすべて切り倒され、道路という道路は戦車止めのバリケードで封鎖され、ほとんど通行することもできない。みんなはこのバリケードをお笑いバリケードと呼んでいる。ロシア軍が戦車でベルリンにやってきたらこの前に停止して、腹を抱えて二時間笑い転げるだろう。それから、二分以内にこのバリケードを突破していくだろう。と。
(中略)
 ベルリンのみんなが自分の意見をあけすけに口にしていることにはまったく驚いてしまう。ほとんどが半ナチスの意見だ。ゲシュタポの恐怖にもかかわらず、もう誰も意見を言うことをおそれない。他人を密告する人間はもう一人もいないからだ。そんなことをしたらあとでアメリカ軍かソ連軍に捕まって処刑される、と誰もが思っている。



自国の守りを「お笑いバリケード」と皮肉っています。
どんな環境下でもユーモア精神はどこかにある。
いのさんみたいな人が
こんなことを言ったんでしょうね。
尊敬します。


この本の著者は外国の人です。
訳者は前東京外国語大学学長亀山郁夫を
はじめ一流の人たちです。
みんな
子どもたちの魂に突き動かされ
そうやってできた本だと思われます。









人前で話す

2011年01月09日
城端地区では
4人の成人の発表があった。

「感謝」が
いっぱいあふれている。

自分がそうだったから
そう思うのだが
二十歳の感謝など
本当の感謝でない。

子どもたちに感謝感謝と言わせている
大人の一人として責任を感じる。

まだ感謝なんてしなくていいから
もっと自分に夢中になれ。
自分をもっと
掘って掘って掘りまくってくれ

と言いたくなる。

などと
注文をつけたが
4人の発表は
ステキだったよ。

観光の勉強をして
地域のイベントに関わっていきたい、


福祉の実習に行って
現場の厳しさを学んだこと


働いて朝の早いのが大変だったけど
慣れてきたこと



人前に立って話すのは大変だ。
そしてすべてが見えてしまう。
自分を良く見せようとか、
何を大切にしているとか、
どういう目線で話しているのか。

飾らない言葉で
今選びつつある道を
一歩一歩歩いている様子を
話してくれた。

それは簡単なようで
そうでもないんだよ。
素直な言葉で書かれていて
おばさんは感動した。

本当はこれを先に書くべきだったのに
よそのお子さんのことは
後回しになっちゃうのよ。

でも
希望の見えにくい時代に
前向きな気持ちをありがとう。

今日の出会いを糧にして
またみんながんばってください。

おばさんも
がんばろうと思いました。







撮影会

2011年01月09日
「久しぶりー!」

写真
写真

「元気やったー?」

写真写真

「わあー」

写真 写真写真

「おいでー!一緒に撮ろう!」

写真写真写真
写真写真 写真

あっち向いて

写真 写真写真
写真写真写真写真写真写真 
写真写真写真写真写真写真


11時過ぎに式が終わって
こういう感じで12時半まで
続いた。

来賓の河合議員のあいさつは
ご自身の言葉で語られていて
とてもステキだった。

今年の成人式実行委員のみなさんは
とてもよくがんばっていると
ほかのママが話していた。
ひとりひとりがメッセージを掲げた
スライドショーがあって
離れて住んでいるのに
全員のを集めるのは大変だったろう。

娘はSK?の小雪ねらいで
髪は大人っぽく大人しめで。





きものは襟足よね。










 

ごった返す高岡駅

2011年01月10日
いつもは深夜バスで帰っていくが
成人式のつかの間帰郷で
明日は授業があるから
今日は電車で。

三時過ぎの
高岡駅は
同じような
成人式帰りの親子連れで
ごった返していた。

夫と二人で送りに来て
コンビニでお茶を買った後

「切符買ってくるね」

と入場券を買おうと思ってそう言ったら
娘が

「え?」

と言う。
この「え?」のあとには
えー、ホームの中まで来るの?
別にそこまで来んでもいいよ


という意味が込められているのを
顔の表情から探りとってしまった。

と、思う間もなく
同じく東京方面に帰ろうとしている
高校時代の同級生と会い
改札で振り向いてバイバイをした後、
一度も振り返ることなく
同級生となにかを話しながら
ホームに消えていきました。

その娘に持たせたのは
即戦力になる
ご飯




お餅




野菜の昆布締め




ブロッコリー




ビスケット・おしゃぶり昆布・干フルーツ




以上です。

松本人志の優しさ

2011年01月10日
大晦日の「笑ってはいけない」
6時間番組を
正月の3日間で見終わったのだが

娘がまだ見ていなくて
今度の連休に帰ってきた時に
見ていて
一緒に見た。

2回見ても
笑える。

私は去年から見ているけど
笑いの刺客として登場する人たちに
例えば 松子とか、クリス松村とか
流行の人もいるけど
前田美波里、
板尾さん、
梅宮一夫、その妻のクラウディア、
など
去年から引き続きのお馴染みさんもいる。
お馴染みの登場だが
いちばん緊張するのが
蝶野正洋の登場の時だ。

たぶん彼は元プロレスラーで
彼は誰かをビンタ、
もしくはビンタ相当の暴力を振るうために登場する。
そしてそれを受けるのは
ダウンタウン以外のメンバーで
ココリコ、山崎になる。
今年もやっぱり山崎で
理不尽な仕掛けにより
ビンタを受ける羽目になる。

それがどれだけ痛いことがわかっているので
選ばれなかったほかのメンバーも
顔が引きつっている。
しかしおびえている山崎もおもしろい。
笑いながら引きつりながら
茶の間で見ているわたしたちも
同じように笑いながら引きつりながら、だ。

そんな中で
松本人志が
ぬれぎぬを着せられ
蝶野正洋から「謝れ!」と迫られ
ためらう山崎に
「とりあえず謝っとき」(だったかな)
と指示を出す。

今年の生け贄は山崎に選ばれた、
しかし、
何とかしてその痛みが
軽減できないかと
山崎のための言葉だ。

その後でビンタの寸前になっても
松本は

「利き腕の反対の手でやるとか」

と声をかけている。
(利き腕でないのならグーで殴ると蝶野が言って
 却下になったが)
痛みを少しでも減らせないかという
松本人志なりの気遣いだと思う。

松本人志の
「すべらない話」
という番組があって

これも去年頃から見て好きになったんだけど
これは
10人前後の芸人さんが
サイコロを振って
自分の名前が出たら話すっていう
ピントークなんだけど
確かにおもしろいが

実際にはすべることもある。

でもこの番組は
ほかの芸人さんが
聞き手にまわる時
一生懸命
「聞く」のだ。

頷きながら
笑いながら。

聞き手に受け止められるので
話し手は普段以上に力を発揮できる。
みんなで
すべらない話にもっていこう、
という
あったかい雰囲気が
私は好きだ。

最近
観覧の芸能人が増え過ぎて
ちょっと盛り上げすぎの気もするが。

あけすけで
互いに支え合う
大阪の人たちの暮らしの暖かさを
松本人志が体現している。
ちょっと見にはそんなことは
わからないのだが
結局は
そういうところが
人を惹き付けているのかな
と思う
今年の「笑ってはいけない」だった。

それで
娘が見終わったので
録画を消しました。

僕と妻の1778の物語

2011年01月11日
いとこに試写会に誘われて
行って来ました。

「僕と妻の1778の物語」

眉村卓氏とその妻悦子さんの
実話を映画にしたとのこと。

主演は草薙君と竹内結子

副題は

「余命1年と言われた妻に
 僕は何ができるだろうか」

ということで

奥さんが死ぬのがわかるので

「涙」

を期待してしまう。

ガンを患う妻に
免疫力を高めるため
笑ってもらうために
SF小説作家の夫は
毎日一日一編の小説を書き続ける。

うーん
夫婦愛を描くのは難しい。


プリマさんのお店の開店時に
ブログで
奥様からの手紙を
拝見したことがあった。

一通の手紙だけで
やられてしまうことがある。

残念ながら
今回の映画は
そういう
なんていうか
二人の結びつきの強さを感じさせる
何かが足りなかった。
演出もそうだし
役者の力量も足りなかった。

草薙君は
SMAPの中では好きな役者さんだ。

しかし今日の映画を見ていて
先日の情熱大陸で
柳家小三治が弟子の三三の今後について
語っていた言葉を思い出す。

よくやるじゃない」っていう程度からは
もう卒業してもらわないと。

良くなるなら良くなるでいい、
ダメになるならダメになるでいい、
どうダメになるのか、
それを楽しみに見ているっていう目がないと。
あぶねえからっていちいち手を伸ばしてると
まあろくなもんにはならねえからね


一生懸命はわかるが
人生をかける何かがまだ見えない
草薙君。

私は好きな人には厳しいのよ。
がんばってね。

大和ホテル

2011年01月12日
百田尚樹3冊目

「永遠の0」太田出版

ネットやメルマガで面白いと聞いていた本だったが

正月から食べるわ飲むわ
ぽっこりおなかを気に仕始めた身にとって
衝撃の一冊だった。

第二次大戦の
特攻で亡くなった祖父・宮部久蔵について
調べるという設定で

様々な
戦闘機乗組員の体験が
語られていく。

これまで読んだ本の中で
戦争の記述はそれこそいっぱいあったが
この本は作者の視点が
ハッキリと示されていてそれが新鮮でした。
ガダルカナルの海戦について
一人のパイロットの語りとして
書かれている一部を書きます。

(前略)

 戦後、アメリカの戦士家の多くが「この時、日本の連合艦隊がすべての兵力をつぎ込めば、ガダルカナルを奪い返すことができた」と言っています。しかしここでも帝国海軍は兵力を小出しにして、千載一遇のチャンスを逃します。逆にこの剣が峰で全兵力をつぎ込んだのは米軍でした。
 世界最大の戦艦「大和」はラバウルの北わずか千数百キロのトラック島に温存し、ガダルカナルにはついに一度も出撃しませんでした。山本長官以下司令部幕僚たちは軍楽隊が演奏する中で豪華な昼食を取りながら、第一線で戦う将兵たちに命令を下していました。水兵たちが「大和」をどう呼んでいたか知っていますか?−「大和ホテル」です。
 しかし前線で戦う兵士たちは頑張りました。ルンガ沖では「ネズミ輸送」の駆逐艦隊が米重巡洋艦四隻に奇襲されますが、一隻の駆逐艦を失っただけで逆に重巡洋艦を一隻撃沈し三隻を大破せしめるという大殊勲をあげています。本来、重巡洋艦と駆逐艦では勝負になりません。大型トラックに軽自動車がぶつかるようなものです。しかし指揮官の田中頼三司令官は果敢な逆襲で重巡艦隊を打ち破ったのです。
 これは余談ですが、これほどの戦果を上げた田中司令官はこの海戦後、訳のわからない理由で左遷させられています。アメリカ海軍からは「日本で最も勇敢なる不屈の将」と最大級の賛辞を与えられている人が、です。ちなみに「伊二六」潜水艦も「サラトガ」を三ヶ月にわたって戦闘不能状態にしたにもかかわらず、魚雷一発命中ぐらいでは、ということで艦長以下乗組員には何の栄誉も与えられませんでした。彼らはこの一撃のためにひたすら苦しみに耐え、しかも雷撃後は十二時間にわたって恐ろしい爆雷攻撃を受けつづけて生還したにもかかわらず、です。
 一体に帝国海軍は第一線で命を懸けて戦った者に非常に薄いです。海軍大学校出身の将校はどんなミスをしても出世していきますが、叩き上げの将兵が報われることが極めて少ない組織です。海大を優秀な成績で出た者は将来が約束されていますが、兵学校止まりの
者は大きな出世はできません。
 私たち、兵や下士官などは、最初からもう道具扱いです。幕僚たちにとっては下士官や兵の命などは鉄砲の弾と同じだったのでしょう。
         −第五章 ガダルカナル−


(後略)

長い文章を読んでいただいてありがとうございます。

この本は小説なのでもちろんフィクションですが
この中に出てくる固有名詞は実在の人物です。

このような表現が
くり返し出てきます。
「このような」というのは
帝国海軍の兵士の扱い方についてです。

一気に読みたくなる本ですが
1ページ1ページが重い本でもありました。

明日はまた続きを書きたいと思います。

また明日


ブログを書くということ

2011年01月13日
PRIMAさんが
ブログをしばらく休んでいらした
理由を読ませていただいて
そうだったのか!


改めて

自分のブログを書くことについて
考えてみる。

この年になると

「時間は有限」

だということを以前より
はっきりと意識する。

わたしにとって
ブログを書くことは
仕事でもないし
何でもない
ただの道楽だ。

たいてい最低30分はかかるし
普通1時間、
今日などは夫が留守なこともあって
もう2時間近くブログをいじっている。

この大切な時間
もっと夫と時間を共有するとか
家事関係に費やすとか
遅れた仕事取り戻すとか
いくらでもやることがある時間を
毎日ブログに費やしている。

心が不満や心配であふれて
書く気持ちになりにくい日もあるし、
書くことが見つからない日もある。

でもやめようと思ったことは
一度もないし
書く気持ちになりにくい日も
何とかネタを探して
書き終えると
気持ちがほんの少し上向く。

いろんな私がいるけど
ブログの中の私が
わたしは好きです。

そして
自分をもっと好きになるために
このブログを使いたいと思います。

あ、
ちょっといい子になりすぎちゃったかな…。

夫がいないので
今日は夜に二つ書いちゃったもんねー。

お休みなさい。

弱気な将官

2011年01月13日
きのうの
百田尚樹「永遠の0」の続きです。
の二人の会話によって
帝国海軍の特徴について話が進められていきます。


「私、太平洋戦争のことで調べてみたの、それで、一つ気がついたことがあるの」
「何?」
海軍の将官クラスの弱気なことよ」
「日本軍て、強気一点張りの作戦をとってばかりじゃなかったのかな」
「たしかに強気というよりも、無謀というか、命知らずの作戦をいっぱいとっているわ。ガダルカナルもそうだし、ニューギニアの戦いもそうだし、マリアナ沖海戦もレイテ沖海戦もそう。有名なインパールもそう。でもね、ここで忘れちゃいけないのは、これらの作戦を考えた大本営や軍令部の人たちは、自分が死ぬ心配が一切ないことよ
「兵隊が死ぬ作戦なら、いくらでも無茶な作戦を立てられるわけか」
「そう。ところが、自分が前線の指揮官になっていて、自分が死ぬ可能性がある時は、逆にものすごく弱気になる。勝ち戦でも、反撃を怖れて、すぐに退くのよ」
「弱気というのか、慎重というのか――たとえば真珠湾攻撃の時に、現場の指揮官クラスは第三次攻撃隊を送りましょうと意見具申しているのに、南雲長官は一目散に逃げ帰っている。珊瑚海海戦でも、敵空母のレキシントンを沈めた後、井上長官はポートモレスビー上陸部隊を引き揚げさせている。もともとの作戦が上陸部隊支援にもかかわらずよ。ガダルカナル緒戦の第一次ソロモン海戦でも三川長官は敵艦隊をやっつけた後、それで満足して敵輸送船団を追いつめずに撤退している。そもそもは敵輸送船団の撃破が目的だったのに。この時、輸送船団を沈めていれば、後のガダルカナルの悲劇はなかったかもしれない。ハルゼーが言っていたらしいけど、日本軍に、もう一押しされていたらやられていた戦いは相当あったそうよ。その極めつけが、さっき聞いたレイテ海戦の栗田長官の反転よ」


なぜそんな弱気な軍人が多いのという弟の質問に
構造的な問題があったのではと答えています。
(中略)
「太平洋戦争当時の長官クラスは皆五十歳以上でしょう?実は海軍は日本海大戦から四十年近くも海戦をしていないのよ。つまり長官クラスは海軍に入ってから、太平洋戦争までずっと実践を一つも経験せずに、海軍内の出世競争の世界だけで生きてきた…」
「当時の海軍について調べてみると、あることに気がついたのよ。それは日本海軍の人事は基本的に海軍大学校の席次――ハンモックナンバーって言うらしいけど、それがものを言うってこと」

「卒業試験が一生を決めるってことだね」
「そう。つまり試験の優等生がそのまま出世していくのよ。今の官僚と同じね。あとは大きなミスさえしなければ出世していく」
「戦争という常に予測不可能な状況に対する指揮官がペーパーテストの成績で決められていたというわけか」

ということで
明日は
「責任」について触れられているところを。

マニキュア

2011年01月14日
成人式の朝
あわただしく準備をする中
娘が

「お母さん、マニキュアない?
 薄い色の」

と聞くので
鏡台を探してみたが
城華で踊る時のどぎつい色のマニキュアしか
出てこない。

「ないわ」
と答えて
まあ、娘は持ってきた少しキラ系の入ったのをして
それでよかったんだけど

そういえば
踊る時以外は
ずいぶんマニキュアをしてないことに気付く。

この間
なんかで読んだんだけど
できる女の人は
「先」がきちんとしてきれいなんだって。

つま先、指先、毛先、

なるほどねえ。

今日の夜は
新年会だったので
久しぶりにマニキュアを買って
付けてみた。




ぜーんぜんかまってない指に
似合うとも思えないが
でも少し
気持ちが華やぐ。

おし、これから
お出かけの時ぐらいは
マニキュアをつけよう。

話は変わるけどね
今日の新年会
着物で行ったのよ。
何しろ
服を持ってないのでね。
そしたら
わりに
良かったっていっていただけて。

洋服の時より
3倍ぐらいかまってもらった感じよ。
みなさん
着物を着ましょうよ。

っていうお誘い。

高級士官の責任

2011年01月15日
引き続き
百田尚樹「永遠の0」です。


「実は、ぼくも軍隊について調べて気づいたことがある」
「何?」と姉は聞いた。
「姉さんも言ってたけど、日本海軍の高級士官たちの責任の取り方だよ。彼らは作戦を失敗しても誰も責任を取らされなかった。ミッドウェーで大きな判断ミスをやり空母四隻を失った南雲長官しかり。マリアナ沖海戦の直前に、抗日ゲリラに捕まって重要な作戦書類を米軍に奪われた参謀長の福留中将しかり。福留中将は敵の捕虜になったのに、上層部は不問にした。これが一般兵士なら只ではすまなかったはずだ」
「兵士には、捕虜になるなら死ねと命じておいて、自分たちがそうなった時は知らん顔するのね」
「高級エリートの責任を追及しないのは陸軍も同じだよ。ガダルカナルで馬鹿げた作戦を繰り返した辻正信も何ら責任を問われていない。信じられないくらい愚かなインパール作戦を立案して三万人の兵士を餓死させた牟田口中将も、公式には責任を取らされていない。
ちなみに辻はその昔ノモンハンでの稚拙な作戦で味方に大量の戦死者を出したにもかかわらず、これも責任を問われることなく、その後も出世し続けた。代わって責任は多くの下級将校たちが取らされた。多くの連隊長クラスが自殺を強要されたらしい」

ひどい!と姉がつぶやきます。続けてどうして責任を取らされなかったかについて、弟はもしかしたらそれは官僚組織になっていたからではないか、と答えます。
「責任を取らされないのは、エリート同士が相互にかばい合っているせいなのね。仲間の失敗を追求すれば、自分が失敗した時に跳ね返ってくるってわけね」
「それはあったと思う。インパール作戦で牟田口の命令に反して兵を撤退させた佐藤幸徳師団長は軍法会議にかけられず、心神喪失ということにされ、不問にされた。軍法会議を開けば牟田口総司令官の責任に及ぶ。だから牟田口をかばうために佐藤師団長の気がふれたことにして、軍法会議は行われなかったんだと思うな。更に言うと、軍法会議になると、牟田口の作戦を認めた大本営の高級参謀たち、つまり自身たちにも責任が及ぶからだ。ちなみに牟田口のインパール作戦を認めた彼の上官、川辺中将は大将に昇級している」
      第7章 「狂気」より抜粋

ここの箇所は海軍より
陸軍についての記述が多くなっています。
調べていくうちに
陸軍のあまりのやり方に
書かずにいられなかったのでは
ないかと思われます。


このあと
パールハーバーが結果的に卑怯な奇襲となってしまった原因は大使館員の職務怠慢にあったという話は
みなさんもご存じだと思いますがその詳細について書かれていてこれも唖然としました。
それについては次回に。

祭りの後

2011年01月15日
すごい嵐
窓に雪が張り付いてる。






成人式がこんな日でなくてよかったわ。
明日でもう一週間よ。

時間が経っていくのって
本当に早いですね。

でも娘がいて
とてもにぎやかだったあの時が
ずっと昔だったような気もする。

娘がいる時って
やっぱり時間の温度が高いのよ。
いなくなると
ちょっと時間の温度が下がって
同じ時間の過ぎ方ではないわね。

あ、そうだ、
セフレの写真をまだ見に行ってないから
明日は見てこよう。
それから
和田カメラさんに
じょうはな座で撮られたスナップが
写真帳に収められていて
本人の家族が行けば
写真を分けてくださいますよ。




開くとこうで




わたしは6枚もいただいてきました。
ちょっとでも娘が写ってるのは全部。

プロが撮られる写真は
やっぱりきれいですね。

ああ、
でも、
まだ、
見せ足りないからみてね。









私が撮ったからそれなりだけど。

もうしばらく
あれやこれやと
写真を見て
楽しむわよ。

やっぱり
自分の子は
かわいいわ。

やっぱり息子が成人で
会場に来ていた
いとこに会場で
うちの子かわいいやろと
自慢した。
彼女の娘は2年前に成人式だった。

「かわいいよー。
 でもうちの子の方がかわいかったけど」

と返事をされて
親ばか交歓をした。

起風 吟龍 笑仙妃

2011年01月16日
今日は
初釜でした

濃茶の先生のお点前




茶筅(せん)の竹の緑と
袱紗(ふくさ)の赤が効いてます。
先生のお着物もばっちり色がはまっています。

寒の内の釜は
通常の釜より
口が大きくなっています。
より多くの湯気を立てて
部屋を暖めるためです。




薄茶の棗(なつめ)は
朱に黒で文字が書かれています。




蓋には 起風

側面には 吟龍

蓋の裏には 笑仙妃

と書かれていると先生から教えていただきました。

起風 … 風起こり
吟龍 … 龍吟じ
笑仙妃… 仙妃笑う

風起こりは 竹が葉をゆする様子を表し
龍が吟ずるとは 松の葉が風でごうと音を立てること
仙妃 笑う は  
     美しい人が微笑む様子で梅の花を表す

つまりこれで
松竹梅を表しているとのことだそうです。
ですので
おめでたい席にぴったりなのです。

ということでしたよね?
先生。

みなさんも
もしどこかで
この7文字をご覧になったら
「松竹梅のことですね」

ほほえんでくださいね。

ノラネコでなくてよかった

2011年01月16日
これだけ冷え込むのは珍しい。

お風呂にいちばんに入ったら
床が凍っていた。

廊下の洗面所のステンレスも
バリバリと結晶模様がつき
そばにあったバケツの水も表面が凍っていた。
うちの中なのに。

廊下を通る時
玄関の外が明るくなるのが見えた。
動くものが通ると
電灯がつく仕組みになっているので
何かが通ったのだ。
ネコだかタヌキだかテンだかの
何かが。
この寒い凍てつく夜に
外を歩く動物たち。

同じネコでも
うちのネコは
茶の間で丸まる。

特にありがたいと思うわけでなく
当たり前のように
「寒くない」という権利を受け取っている。

なぜだかうちの前で
捨てられていたネコ。
大きな鳴き声が聞こえてきて
見に行ったら
あまりに小さな
目も開いていないネコでびっくりした。
ところどころ赤くなっていて
どうしたのかと思ったら
全身がノミに食われていた。

あれは娘が中学生の時だったので
もう7,8年になるのか。
今は「うち」のネコで
そのことを
ネコはありがたいとも思っていないし
その思っていなさが
ネコのいいところだ。

にゃんこ、おまえは野良でなくて
よかったねえ、
と話しかけても
ネコはうるさそうに
あっちを向いているだけだった。

私はネコでないので
今寒い思いをせずにいられることを
感謝したいと思います。







いじめに近い

2011年01月17日
今朝 NHKのあさいち
という番組で
ワクチン無料化についての話をしていた。

子宮頸ガンやヒブワクチンに対して
国からの補助が下りるようになり
無料化されたというニュースだ。

高額なため
多くの人が
今まで二の足を踏んでいたワクチンであり
現場で待たれていたワクチン無料化だということが
お医者様の話から伺えた。

来年度の税制改革について
これもNHKの番組での解説者だが
70点をつけていた。
想像したより高い点数だったが
なぜかというと
今までずっと言われながら
手をつけられなかった
高額納税者の税負担増に
手をつけたから
その点については評価されていたからだった。

ワクチンについても評価の声は少ないし
税制改革に関しても
ネガティブな面ばかりが報道された。

菅総理に関しては
民主党ファンの私も
がっかりさせられることが多かった。

しかし
それにしても
そこまでいうか
と思われる一辺倒の報道ばかりだ。

菅総理夫人が
日本外国特派員協会でのインタビューで
「いじめのような」言論
と話していたが
あながち
その表現は外れていないと思う。

泥船に乗り込むのも
関わるのもまっぴらごめんという
離れて見る政治家のみなさん、
泥船を早く沈め沈めと
水をかけるマスコミ

最近はそちらの方が
より情けない気がします。

ひとつの幸せの基準

2011年01月17日

出かける前に
大便をすませておくのは
しつけのひとつだと
聞いたのは
大人になってからだった。

そうですね。
できたら
ウンチはそのようにあるべきだと思います。

しかし
お腹の都合というのもあって
なかなかそうもいかないことがあります。

いや、
そうもいかないことの方が
多いかもしれません。

おかげさまで
自営業をやらせてもらっていて
対面のお仕事でもありませんので
ウンチがしたくなった時は
気付いて数分内に
隣り合わせてた自宅にもどって
実行できます。

ときどき
ウンチが終わったとき
いつでもウンチができる幸せを感じます。

ウンチは
ちょっと我慢していると
すぐに引っ込んでしまいます。
その時はいいのですが
あとは大変ですよね。

子どもの時
歩くとか、自転車しか
自分での移動手段がなかった時
ウンチやおしっこや
ずいぶん我慢した覚えがあります。
勤めている時も
それなりにいろいろと。

今は車で
そして自営業で
たいがい
したい時に直行できて
不通になるといった災害を
防ぐことができます。

これって
本当にありがたいことだと
座ったまま
幸せを感じることがあります。
昨日がそうでした。

幸せの一つの基準に
「いつでもできる」環境を
カウントしたいと思います。


21日は大森南朋および立川談春テレビ出演

2011年01月18日
さっきから

30分も

パソコンの前に座っていますが

何を書けばいいのか……。

きのうも
せっかく早く座ったのに
政治ネタは
書くのにすごく時間がかかって
たったあれだけの内容に
2時間もかかりました。

その前の
「幸せの基準」は
10分ぐらいでしたけどね。

頭の中がばらけていて
何かを書く集中ができないので
一部の方のための
テレビ情報です。

21日NHK「あさイチ」AM8:15〜
ゲストは立川談春です。

ちなみに
あさイチの24日(月)の特集は

我慢の限界!会話が成り立たない夫!」

という恐ろしいタイトルでした。


戻って21日TBS「A-Studio」
 PM11:00〜
ゲストは大森南朋です。

鶴瓶さんのトーク番組です。

げさん。

ちなみに
今後 大森南朋が出演する映画の公開が続きます。
 
犬とあなたの物語 いぬのえいが
(出演:松嶋菜々子 他/監督:長崎俊一 他)
    1月22日(土)全国ロードショー 

ジーン・ワルツ
(出演:菅野美穂 他/監督:大谷健太郎)
    2月5日(土)全国ロードショー 


毎日かあさん
(出演:小泉今日子 永瀬正敏 他 /監督:小林聖太郎)
    2月5日(土)全国ロードショー 

私が見なけりゃ
誰が見るっていうのよ。


雪よ、うちになら降ってもいいぞ

2011年01月19日
それにしても
年が明けた時には
こんな冷蔵庫と冷凍庫に
代わりばんこに入っているような
毎日になるとは
夢にも思っていなかった。

里山の恵まれた環境にある
マイハウスの北向き屋根には
例年
どういった風向きか
ご近所の屋根よりも
余計に雪が溜まる。

先日から
座敷の障子が動かなくなった。

障子が動かなくなっても
それが即
家がつぶれるということではない。

でも
でも
年寄りが
年寄り=マイ両親 だが

心配をする。

屋根雪下ろしをできるマイ夫の先に
屋根雪下ろしをできないマイ両親の方が
とても心配をする。

先日来
微妙なラインで雪は積もったまま。

2,3日
晴れが続いてくれれば
また全然違うのに
中途半端に
雪の日が続く。

しかし
今日
夫が屋根雪を降ろしてくれました。
ありがとう、
うれぴいな。

屋根雪が少なくなったというより
両親の心配がなくなったことが
大事なことです。

ということで
雪さん
もう少し降ってもかまいませんよ。

と書いて
外を見ると
本当にようけ降ってます。

前言取り消し。

やっぱり
もういいです。
雪は
もういいです。

春が待ち遠しいですね。

かっこいい白鵬

2011年01月20日
きのう 降ってもいいぞ
なんて書いたのを
雪の神さまに聞かれちゃったんでしょうか
やむ気配がありません。

仕事場には普通に窓がありまして
外がよく見えます。
ついつい降り続ける
雪に目が行って
よく降るなあ
いつ止むのかなあ
いい加減にしてほしいなあ


ついつい
果てしもなく落ちてくる雪を
見入ってしまって
仕事になりません。

こんな雪の日は
みんな休みになればいいのにね。

そう言えば
シーズンオフになり
野球選手がよくテレビに出ています。

今の選手は話が上手ですね。
バラエティ番組に出ても本職の芸人さんに
ひけを取らないと思うこともあるし。

NHK「トップランナー」に出てた
ソフトバンク杉内投手も自然体で
楽しい話でした。
「やる気ない投法」
やる気なさそうに見せる独特の投法だそうですよ。

お正月のイチロー選手の話も
予想よりおもしろかった。

またいつかご紹介しますね。

しかし
さすが、
と思った最近の?1は

昨日
稀勢の里に先場所に続いて
連敗を喫した白鵬の取り組みの後のコメントです。

稀勢の里に対して苦手意識はありますか?

と尋ねられた白鵬

いや、特にありません、とか、
体調が悪かったとか
否定系の答えを予想したが
あっさりと

「あるんでしょうねえ」

と答えて
びっくりした。

何というか自然体。
苦手意識をすんなり認められるなんて
なんと強い人なんだろうと
改めて
見直した次第だ。

若干25歳なのに。

柚餅子のように
月餅のように
中身の濃い25年。

ちょっとたとえがずれてる?
すみません、
食べ物しか浮かびませんでした。

でも
稀勢の里 いい顔してましたね。
はやく強くなって
上がっていってくださいね。

身を守る金

2011年01月21日
阪神大震災の1.17を迎え
それに関連した番組が目立つ。
「備えが必要」
震災体験者の話は
説得力があるし
なるほどなあ、と、
その時は強く思うのだが

思いっぱなし。

いつもブログを読んでる
さとなおさんは阪神大震災の体験者

地震が起こる前に、これだけはしておけ!

ちょっと拾ってみると

「予備のメガネを下駄箱に」
確かにメガネがないと
字が読めなくなって
タチドコロに困る。
わかるわー、これ。

「緊急持ち出しグッズなんて買うだけ無駄」
ここまで言い切られてるんだから
やっぱりいいか。
「帽子」が防災のためじゃなくて
見た目のために必要っていうのは
体験者じゃないとわからない。


家具の固定ぐらいは
真剣に考えた方がいいかもなあ。

地震が起こったら、まずこれをしろ!

それと
中越地震の経験者で
岡本吏郎さんという税理士さんが
書いていらしたんですが

一番助けになるのは

「結局はお金」


ずばり書いてありました。

本のタイトルは
「お金の現実」
だったかな。
それはそうなんだけど
やっぱりそうか
みたいな。
頭にこびりついてます。


また別の金について。

先日の初釜で使われたお茶入れ。




象牙のふたを開けると
裏は金が塗ってあるとのこと。




どうして金が塗ってあるのか。

毒が入ると
金が変色するとのことで
テスターの役目。
戦乱の時代の名残が。

ついでに
もう一つ。
歯の詰め物。
今は白いセラミックが多くなっていますが
金の詰め物は
歯が形を変えるのに
合わせて形を変えるので
隙間ができにくい
詰め物としては
優秀だというのを
歯科衛生士さんの説明で
聞いたことがあります。

ちなみに
今日の金の価格は
(田中貴金属のHPによれば)

1グラム=3810円です。


幸せの基準?

2011年01月22日
きのう
風呂上がりに普通にパジャマを着て
すぐにぱりぱりになる顔に
ちょっちょっとお手入れをして
数歩歩いて気がついた。

あ、このパジャマ
ゴムがゆるいんだった…。
まあ、いいか。
寝るだけだし。
この前もそう思いながら
まあいいかと思って
そのまま洗濯して。

ゆるいのを
はき続けるのは

わびしい。

そしてこのパジャマは
どちらかというと薄手だ。
あたたかいタイプが1枚しかないので
それを洗濯して乾くまでの間の
つなぎ的なパジャマ。


暖かいタイプのパジャマが2枚になって
ゴムがゆるくなかったとしたら
完璧だ。



はきたいと思うくつ下がない。

先日
穴の開いたくつ下のことを書いたが
大方
それと同期のが多い。
手に取るのはたいがい、
これか…、
なければこれでもはくけど
他にないかな状態。
他のを探してみるが
似たり寄ったりで
やっぱり元に戻って
最初のくつ下をはく。

ふかっと適度な厚みがあって
かかとがきれいなくつ下が
いつもあればいいな。

両方ともあればいいなと思いながら
後回しになる。

あした
買ってこようかな。

口で笑っても目が笑っていない

2011年01月22日
先日書かせていただきましたが
大森南朋が鶴瓶さんのトーク番組に出ていて
見たわけですが

鶴瓶さんは
悪役もイケるという話になった。
確かに
ああいう顔立ちだからこそ
恐い役は余計に凄みが増す気がする。

「口で笑っても目が笑っていない」

そういう鶴瓶さんの表情は
想像しやすい。

しかし整形外科医に言わせると
それは単純な錯覚らしい。

口で笑っていても目が笑っていない、という言い方がある。それも私に言わせれば単純な話です。そういう状態の時は、目と眉の間が開いていないだけです。笑う時は、眉と目の間を開いた方が笑っている感じがしますね。でもね、笑っても目と眉の開かない人もいるのです。しかし、他人はそういう人を見ると、目が笑っていないひと、と解釈するわけです。

この前には知的に見える目の話がある。
目と眉の間を狭くすれば知的に映るのだ


これは
「モンスター」
百田尚樹
 4冊目のお話。

醜さゆえ
誰からも相手にされない屈辱の過去を
整形手術によって
人生を塗り替えていくお話。

百田尚樹の本は4冊目だが
どの本も世界が違って
そしてどの題材についても
徹底的に取材され
読み手にわかりやすく提供される。

この本の場合
整形手術、
そして整形をするために資金を得るために
主人公が働く風俗関係の仕事が
徹底的に調べられている。

読み終わると
整形手術も悪くないなと思えてきた。
今さらお金の無駄のようで
そこには手を出さないが
若いころだったら考えたかもしれない。

目の手術
鼻の手術
口の手術

この中でいちばん大変なのは
骨をいじる口の手術。
この本の中では
口の手術は500万円だ。

こつこつと風俗で稼いで
お金を貯め
整形手術を繰り返す。

ついに美女に生まれ変わった
主人公に手術を施した美容整形の先生は言う。

「私は、生まれついて美しい女性よりも、あなたの美しさの方がずっと素晴らしいと思う。美しく生まれてきた女性がいったいどんな努力をしたというのですか。彼女たちはただ美しく生まれただけです。金持ちの家に生まれた子供のように、また貴族の家に生まれた子供のように、オギャアと生まれた時にそれを与えられていただけです。勉学やスポーツのように、たゆまね努力によって手に入れたものではありません。彼女たちは何の苦労も努力もなく、生まれながらに持っているものだけで、ただただ幸運な人生を送っています。しかしあなたは違う。自分の力で美しさを勝ち取った。同じ皮一枚でも君の方が美しいと言うことはそう言うことです。」
 その言葉は本当に嬉しかった。周りにいた看護婦も先生も言葉にうなずいていた。


風俗に勤めようが
美に対する
ストイックな主人公の生き方は
ある種胸を打つ。

しかし
娘には
やっぱり
あんまり違う顔になってほしくないなあ。

そう言えば
今流行のアヒルの口
口角が上がっているアルカイックスマイル。

人間の感情の変化は
実は目よりも口角に最も多く現れると言います。
口は目以上に大きく形を変えるので、
口角の形はとても大事だそうです。
「小股の切れ上がったいい女」
という小股とは口角のことで、
つまり少し笑ったように見える顔は、
穏やかで優しい心根を持っていると
無意識に思いこませるそうですよ。

今からのみなさん、
だまくらかしの術に使ってくださいね。

恥ずかしければ恥ずかしいほど

2011年01月23日
東京カワイイTV
どちらかというと
経済番組に入ると思う。

今何が流行しているのか
売れているのか
日曜朝の「がっちりマンデー」と
同じジャンルだと思う。

沢村一樹の
さわやかなエロオヤジぶりと
クールなBENIちゃんの
コンビもいい。

この間は今日ホコテンが再開された
「アキバ」特集だった。

アキバと言えば
「萌え」

最新の「萌えスウィーツ」が紹介されていた。

このページの真ん中ぐらいにある
うさたんパフェが1日50個売れるとのこと。
このパフェには
動物の耳をつけたメイドさんの
サービスがついている。

口の奥をふさいで
口体積を半分にして出てくる
あの独特のメードボイスで
「おいしくなーれ、もえ、もえ、きゅー」
とおまじないをかけてもらえるのだ。

「もえ、もえ」のところは
手を動物の耳のようにして
右、左と上半身をゆらす。
そのあとのキューは
楽しんごのラブ注入のように
両手でパフェを指さすのだ。

これを
お客さんも一緒にやる。
テレビで見ていると
バカらしく見えて
こんなことをやらされる
客はいい迷惑ではないかと思ってしまう。

しかし
ちょっとイケメンの
このチェーン店のオーナー
鈴木雄一郎氏によれば

お客さんは
恥ずかしければ恥ずかしいほど満足」するという。
ネクタイを締めたサラリーマン、
外国人、
どんな人でも万国共通で
恥ずかしさによって高揚感を得て
満足して帰っていくというのだ。

確かに
お酒を飲むわけでなく
非合法でもなく
アキバにいけば
簡単に手に入れられる高揚感が
この手の「恥ずかしさ」で
「萌え人気」の
本質なのではないかと思う。

今日本が躍起になって
海外に売り込もうとしている
萌え文化も含めた
「クールジャパン」
しかし
韓国の芸能界輸出と比べて
日本の関係者はどうもお堅くて
本腰が入らないようだ。

今から思えば
麻生首相は
このクールジャパンの売り込みを
真剣に考えていたのではないか。
あのまま首相を続けていれば
違う展開になっていたのかもしれない。

漢字が読めないぐらいで
いじめたのはまちがいだったか。
首相の座を降りたら
けっこういい男になった
麻生さんを
しばし懐かしむ。


村姑(むらじゅうと)

2011年01月24日
今日の
「鶴瓶の家族に乾杯」は
四国・香川の観音寺市

鶴瓶さんが立ち寄った
酒屋の女主人は100歳まであと23年の
ちゃきちゃきの女性。

元気でんな
と鶴瓶さんに言われて
秘訣は笑うことでんな
と気持ちよく笑う。
ご主人は
今年の四月に死にました
笑てまんがな!
1年経っていないのに愉快に笑っている
おばあちゃんを見咎めて
鶴瓶さんが言うんだけど
肩の荷が下りてホッとしたわー
先行ってもらわないと
私も行けないでしょう?


とあっけらかんと言い放つのが
まったく嫌みがなく
ステキだ。

鶴瓶さんが
しっかりしてまんな」

というと

村姑やからね」

そこは酒屋さんなので
みんなが立ち寄る
ある意味町内を仕切り
世話をする
町内のお姑さんということだろう。
いい言葉だなと思った。

そういう世話好きで
しっかりした女の人が
今より一昔前の方が
人口が多かった気がする。

そういう人が少なくなったのが
今の時代の本当に残念なところだ。

「私のお姑さんもそうやったしね。
 嫁もそうやしね。
 わたしほどじゃないけどね。
 はっはっは」


とってもステキだった。

でも
今だって
私の周りにも
何人かそういう人も思い当たる。
本当に大切な人たち。
これからも
よろしくお願いします。

納得いかないCM

2011年01月24日
あさぎりさんのテレビネタをまねて
私もテレビネタで…

最近腹が立ったのが
スカパーのCMだ。
別に腹まで立てることもないのに
でも
私の気持ちを表現するとすれば
「腹が立つ」
だ。

松山ケンイチと森三中の黒沢さんが
夫婦役で出ている。

どうしても夫婦に見えない。
途中で
眠ってしまった
黒沢に毛布を掛ける松ケン

そこまでやることないよ
ほっとけよ
と松ケンにいいたくなる

黒沢さんには
ある種のイメージが染みついていて
松ケンとは
ぜったい夫婦に見えない!

ミスマッチをねらって
女性芸人が起用されたのだろうが
きわものクラスは
行き過ぎだ。

きれいなそれらしい人が
横にいると
安心できるのに
そこに段差があると
えーずるい!
になって
じゃあわたしでもいいじゃん

そこまで飛躍するのだ。
なぜだか。ハハハ。


最近はお舅さんが出てくる
新しいパターンのもあって

わたしはやっぱり
なんでおまえが松ケンの妻なんだよ!

テレビに向かって毒づく。

特に松ケンファンではありませんが
松ケンのナイーブなイメージを
そのままにしておきたい
はれあたまです。

をとめ子の傘に雪の華散る

2011年01月25日
お茶のお稽古です






写真がちょっと赤いのですが
どうしたらいいのかわかりません。

花は椿とセンコウバイ(漢字を忘れました)

軸は
表装が
黒に縦縞が入って
ちょっと粋

まったく
見えにくいですが
真ん中の短冊に歌が書いてあります。
二行なのはおわかりいただけますでしょうか。
例のごとくほとんど読めませんが
先生に教えていただきました。

題は「雪」

く連な井の小徒万可ら計し少め子の
手に持つ可佐に雪の華知流


わかりませんね。
音にすると

くれないのこづまからげしおとめごの
てにもつかさにゆきのはなちる


これに漢字を当てると

紅の小褄絡げし少女子の
手に持つ傘に雪の華散る


小褄(こづま)は着物の裾のこと。
雪で
片手で着物の裾を絡げ
片手で傘を差し
雪の降る中を
愛らしい少女が
足早に過ぎていく目に浮かぶよう。

パッと色彩が目に飛び込んでくる

清楚であり
色香も漂う
印象的な歌

先生はこの歌が大好きで
毎年この軸をお稽古に
出していらっしゃるとのことでしたが
気がついたのは
今年が初めてです。

ブログを
やってなかったら
一生気がつかないままだったかもしれません。

ブログよ
ありがとう。

ノルウェイの森

2011年01月25日
「ノルウェイの森を見てきました」

リハビリの先生が
おっしゃった。

おもしろかったですか?

うーん、難解な映画でした。

そうか
やっぱりそうか、

数年前に読んだ本の中身を思い出してみる。
外国のお話しかと思ったら
日本の大学生が主人公で
タイトルとイメージが
ずいぶん違うなと思ったけど

内容については
よく覚えていない。
村上春樹については
こんな評価もあるけど
とにかく
とても読みやすくて
どんどん読んでいける。
そして
非現実的な部分もあるけれど

村上春樹が書いていることは
心のどこかを掘り起こされたようであり
しかし半分どこかに連れて行かれるようであり

よくわからないままに
終わってしまい
なにか
真実にふれたような
気にさせてるれる。

でも映画は見に行かなくてもいいみたい。

松ケン

また他の所でお目にかかりましょうね。

もういいでしょ

2011年01月26日
先日
お湯を湯たんぽに入れようと
やかんのお湯を運んでいた。
ほんの数段の階段にけつまづいて
お湯をこぼして
ヤケドをした。

すぐに水で冷やして冷やして
なんとか火ぶくれにはならなかったけど
赤黒く変色した。




いい年になっているが
全体に
行動に注意深さが足りない。

多少の足しにならないかと
以前は屋根雪下ろしに
私も屋根に上がったが
骨折した後は
自信がなくなって登るのをやめた。

除雪機も
何度か挑戦したが
結局使えないままだ。

だから
今年のようにどかどか降ると
うちの人が
えらく見える。
毎日の除雪で
ストーブの傍は手袋、帽子、長靴で
いつもいっぱい。




先日のあさイチで
「我慢の限界!会話が成り立たない夫!」
というのをやっていて
ちら見していたら
だんだん意志疎通がなくなった夫婦の
夫が定年を迎えた頃の
妻の心理状態を言葉で表すと

「もういいでしょ」

ということらしい。

うちも会話がある方ではないが
ここは雪国。
会話があろうがなかろうが
協力は必要なのだ。

まあ
ほんとは雪だけじゃないのよ。
でもやっぱり
雪は
大きいわね。

今日も本当にありがとう。


見晴らしのいい風景

2011年01月27日
今年は上がれないかと思っていましたが
いっぱい降って
地上と屋根が近くなり
短いはしごでも
上がれるようになり
今日は屋根に上がりました。


わたしは
はしごから
屋根に上り下りする時が恐くてダメなの。
だから
それさえOKなら大丈夫。




これは夕方撮ったから
雪が青いね。

きらいではない
屋根雪下ろし

だって
見える仕事だもん。

急ぎの仕事もないので
事務所はまほろばちゃんに任せ
一日屋根にいました。

普段は見られない風景




屋根の上にいる時に
娘から
お金送ってほしいと
電話あり。

お母さん今どこだと思う?
屋根の上だよ。

へえー、
そっちが雪が多いと
こっちの合宿も寒いんだよね、

と自分の心配だけしていた。

いずれは
この建物一式
あなたしかもらい手がないんだけど。

電話を切ってから
心の中で
娘に話しかけていた。



砂糖不使用

2011年01月27日
朝から雪かきのみなさん

お疲れさまです。

今日は都合で
5時半に仕事場に来てもらうので
うちの人は
4時から起きて雪かきです。

この天気
あいさつには困りません。

「いやーになるね」
「いつまで降るがかね」

ほんとにもう。

いつもより早い朝ご飯が終わって
台所にあった
鏡餅のお下がりの干し柿を
くすねてきました。

うふ、私一人で
食べるんだもんねー。






若いころは見向きもしませんでしたが
今はお茶の友に最高。

このナチュラルな甘さが
心を解きほぐしてくれるよう。

砂糖を使わずに
ここまで甘くなるなんて
と、ときどき
思い出しては感心します。

異常気象で
今年は少し高めですね。

夏は夏であーだったのに
冬は冬でこんなだなんて
ちょっとあんまりじゃない!
と文句を言っていますが

野生の動物たちに比べれば
本当に幸せです。

この間
雉(キジ)をうちの前で見ました。

どうやって食べてるんだろう。
この冬
何とか生きのびてほしいけど。

重なる日

2011年01月28日
今日は仕事の都合で
うちの人は3時で
私は4時

仕事に出て行かれるのを
4時40分に見送って

ブログを書こうと思ったが
頭の焦点が定まらず
ぼーっとしたまま
朝ご飯を食べて余計にぼーっとした頃に
夫の実家のお義姉さんが亡くなったと
電話があった。

明日あさってと2日間
金沢での帝国劇場ミュージカル「モーツァルト!」
を見に行くことにしていたが
もちろんそれどころではなくなった。

今日は屋根雪下ろしをお願いしていて
お見えになる。
そこへ
一緒に働くKさんのお父さんが
亡くなったと
1時間も空けずに
訃報が2つも入り

屋根雪はどんどん落ちてくるし
頭はぼーっとしているし
何をどうすればいいのか

こんな時に不謹慎と思いながらも
大枚払って買ったミュージカルのチケットを
どうしようとか
そんなことが気になって
ぼーっと過ぎた一日でした。

おかげさまで
チケットも行き先が決まって
屋根雪もきれいになくなり
リハビリも終わって
ブログまで書いてます。

明日がお通夜ですが
今日の夜はまだお義姉さんが
自宅にいらっしゃるので
今からお顔を見に行って来ます。
長い間ありがとうございましたと
お礼を言ってきます。

狭くなっている雪道





寝不足だし
気をつけて行かなきゃね。

祭壇

2011年01月29日
夫の実家の夕飯時、
葬式の供物の名前や数についての
段取りが進む傍らで
雅子さんと話す。

「段取りが大変ですね」

と話しかけると

「今、いろんな物を無しにして
全部花で飾るのが流行ってんねんて」

「高くつきませんか?」

「そうやろね。
 お母さんのは花にしてな」

隣にいた雅子さんの娘のりえちゃんに
雅子さんが頼む。

「どんな花がいいの?」

「派手な花でなくていいんよ。
 おとなしい花でいいわ」

「おとなしい花ってどんなん
 かすみ草とかやったら
 余計に高くつくんと違う?」

そばから話が混じって
葬儀の花の話はこれで
終わっちゃったんですが。

雅子さんは
亡くなったお義姉さんの娘さん。
私より7つ年上なので
60歳前後だと思うけど
今も若々しい。

大阪に嫁がれて四十年近くがたち
言葉はすっかり大阪弁。

だから
こういう会話も
現実味がなく
明るく楽しい。

やっぱり死後のリクエストは
こうやって元気な時に
普段の会話の中で
さらっと伝えておいたほうが
いいかもしれませんね。

そういえば
あの時こんなことを言っていた

思い出してもらえるかもしれないし。
まあ
思い出してもらえなくても
死んだ後のことだから
どっちでもいいんだけどね。

私はどうしよう。
花はどっちでもいいけど
遺影は
やっぱりかわいいのにしてほしいなあ。
笑っている顔にしてほしい。

誰に頼んでおこう?
夫は私の先に行くはずだし
やっぱり娘しかないか。

雅子さんと
お母さんの話を優しく聞いている
りえちゃんの親子の会話が
とてもうらやましかった
はれあたまでした。

最近のセレモニーホール

2011年01月30日
通夜2時間半前
葬儀場の係りの方が
いわゆる納棺師さんが自宅にお見えになって
納棺が始まる。

顔だけ見ていると
寝顔のようで
本当になくなったのだろうかと
ついつい思ってしまう。

だが
納棺師さんが手を清められる時
組合わさった手が
硬くなっていて
ぎゅーっと力を入れて
わずかに手を持ち上げられる。

体が棒のように
カチカチになっている。
やっぱりもう亡くなったんだと
改めて思う。

みんな
真剣に納棺師さんの
一挙手一投足を見守っていた。
映画「おくりびと」の影響は
絶対あるような気がする。

最近のセレモニーホールは
宿泊施設が充実していて
お風呂もあれば
何人でも泊まれるようになっている。

洗面用具やバスタオルも準備され
快適空間になるよう工夫されていた。

しかし通夜は通夜なので
休んだようで休んでいないような
眠りだったようだ。みんな。

斎場は
新しく近代的な建物。

待機するロビーは
ホテルのよう。





最後のお別れです。
よろしいですか?と聞かれた時に
割にクールだった
家族(娘夫婦と孫息子)が
はかったように同じに
歩み寄って最後の顔を見つめる。

一緒に暮らした年月の重み。

収骨の時には
どれがどの骨と係りの方から
詳しい説明がある。

こんな骨になっちゃった。
そしてそれを受け入れるしかない。

いろんなことを受け入れて
最後は自分もそうなっていくっていう

今回は
いろいろ勉強させてもらいました。

雪卸し 終りて襖の走りよし

2011年01月31日
今日の午前中参列したお葬式に
故人(80代男性)のご趣味であった
俳句が何点か廊下に飾られていた

それがタイトルの一句

雪卸し(ゆきおろし)
 終りて襖(ふすま)の走りよし


屋根雪を降ろすと
その成果をどこで確かめるか

答えは
襖もしくは障子の開け閉めです。

重たくて動かなくなっていた襖が
「走る」っていうのは
屋根雪降ろしをがんばった成果を
喜んでいらっしゃる様子が
うまく表現してありますね。

今の家になってこれだけ降ったのは
初めてです。
床を高くしてあって
雪囲いがしてなくても
今まで差し障りがなかったのですが
今年はこの通り。




屋根雪を降ろす前に
戸袋から雨戸を出してなかったのが悔やまれます。

内側から見ると




外から少し離れてみると




2階とつながりつつあります。
屋根雪降ろしも恐くなくできます。
いいでしょう?
よくないよくない。

すみません、
珍しくもない雪の話題でした。

最後に
葬儀に飾ってあった俳句をもう一句


初茄子をもぎ仏前に供ふ母


美しい
絵になる一句ですね。

ご冥福をお祈りいたします。
作者 : はれあたま

 かなり生きてきて、でも、生きてきた中で今が一番楽しい気がしています。ブログに参加することでもっと楽しくなればいいなと思ってます。

2014 年
11
12
2013 年
2012 年
2011 年
2010 年
2009 年
2008 年
1
2
3
4
5

なんと-e   このサイトに関して
2006年より2015年まで運用しておりました「なんと-e.com」のブログをアーカイブとして公開しております。
掲載内容はブログ投稿時の内容によりますので情報によって被った損害、損失に対して一切の責任を負いません。
公開期限は2020年を予定しておりまが、予告なしに変更又は削除する場合がありますのであらかじめご了承ください。