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はれあたまダイアリー

いつも楽しく読ませていただいてきました。ちょっと自分でもやってみようかと思いました。

マンモグラフィー

2011年02月01日
ひじの骨折で
2年前に入院した時
同室に
私より若い患者さんで
乳ガンの手術をした方がいた。

私が入院した時
彼女は
ちょうど手術から初めてお風呂に入られ、
片方の胸がなくなった自分との対面で
とても落ちこんでおられる時だった。

ところが
そんな彼女に
抗ガン剤治療、
それによるカツラの準備、
ブラジャーの準備、
など次々と
面倒なこと、
大変なことが襲いかかる。

かける言葉もない。

乳房を取り去るという
ダメージの大きさを
まざまざと目の当たりにした。

それ以来
毎年
乳ガン検診でマンモグラフィーを
受けることにした。

おっぱいをぴったんこに挟んで
写真に撮るやつだ。

何回めかなので
だいぶ慣れたけど
それにはさんでいるのは
片方10秒ぐらいだと思うし
そんな長い時間ではないのだけど
でも痛い。
小さい胸でもずいぶん痛い。

でも
乳ガンになることを思えば
こんなぐらい何でもない。

さっきも書いたが
他にいろいろ問題はあったが
おっぱいは問題なかったので
よかったです。

おっぱいっていうより
「元」おっぱいって言った方がいいかもね。

いつの間にかそういう状況です。

健康診断

2011年02月01日
体重が3キロ増えていた。

そう言えば去年の今頃は
糖質制限をがんばっていたんだった。
いつの間にか元に戻って
元の木阿弥ってやつ?

12月、1月の節酒にも関わらず
γ−GTPの値の横には「H」がついている。
1だけだからまけてくれるといいのに。

女性は男性に比べ
肝機能が弱いので気をつけねばならないとのこと。
でも肝臓より
認知症のほうが心配ですよ、
と、
お酒と脳の因果関係を改めて
教えていただく。

総コレステロールの横にも「H」が。

血糖値は80台だけど
これも血糖値が高くなると
波が大きくなるので
下がったってことは上がったかもしれないので
一回検査してみてもいいかもしれませんよ。

白血球、赤血球の値の横には「L」が。

これは初めてのことなので
ちょっとショックだ。

貧血気味ですね、
でも気にするほどではないので
様子を見ましょうとのこと。

若い時からの無茶がたたったのか
年齢より内臓が
年取ってる。

今までの中で
いちばん暗い気持ちになった検診だった。


酒をやめる、酒をやめる、酒をやめるぞ、
やめるやめるやめるぞ
酒をやめるぞ


と歌って
気持ちを明るくしているところです。

雪は融けるからいい

2011年02月01日
うれしい

2日からは
天気予報から
ずっと雪マークが
消えているではないの。

長いこと冬だったので
ずっと雪が降らない天気って
どんなだったか忘れてしまった。

はやく2日になってほしいな

屋根から雪が融けて落ちる音が
合唱みたいに
あっちからもこっちからも
聞こえてくるはずだ。

陽光に光る雪。
道だって雪がなくなって
走りやすくなって。
予定通りの時間に出発できる。

それにしても
昨日
金沢から帰ってきて
南砺市の道路除雪力の
すばらしさを改めて感じた。
慣れていらっしゃるとは言え
本当にありがたい。


噴火のニュースが
この間から続いている。
重たい火山灰で野菜がダメになったとか
避難が始まっているとか
ご苦労されている様子が
伝わってくる。

それから見たら
雪は融ける。
何のことはない。
もう少しの辛抱です。
おたがい頑張りましょうね。

季語になった「酒やめる」

2011年02月02日
いのさんに言われて
気がつきましたが

私の
「酒やめる」は
すっかり季語になっています。

師走正月と
忘年会新年会と
よく食べよく飲み、

2月初めの健康診断で注意を受け
「酒やめる」
を決意する。

ところが
4月5月あたりの汗ばむ季節になると
いつの間にか
ビール及び発泡酒が
生活の一部になり

月を重ねるにつれ
アルコール飲料は
ビールに止まらずバリエーションが出てくる。

そして最近は毎年
11月に入院手術をしていたので
1ヶ月ほどちょっと控え
そしてまた
イベント期間に入ってくっていう

そのくり返しだった。


人はかわいい
かわいいものですね


美空ひばりの愛燦々の一節が
頭をよぎっていきます。

自分の弱さが
意識される最近です。

でもまったく飲まないっていうのもなー。

休肝日300日!

いや 250日

いや 200日

を目指したいと思います。

やっぱりなかなか
大きく出られません。

弱い私も愛してますが
でも
脱「酒やめるの季語化」を
今年はがんばるぞ。

新しい床屋さん

2011年02月02日
おととい
2階から撮る






今日
2階から撮る




駐車庫の屋根が
少し余計に出てきました。

定点観察を続けようと思います。

部屋の中から外を見ると
日差しがあって暖かそうですが
外に出てみるとまだまだ寒い。

まあ、1m以上の保冷剤が
敷き詰めてありますものね、
寒いはずです。

でも青い空が嬉しいし、
気がつくと
ぽたぽたと連続して滴をたらす
屋根をうっとりと見つめています。

気分が上向かない私に
髪を切った方がいいよ
と言ってくださる方があって
近所に新しくできた
床屋さんに行って来ました。

お花坊さんがお仕事されて
紹介されていらっしゃいましたね。
BALBAL SUZUKI
(バルバル スズキ)


へちまださんとこの
義理の息子さんがやっていらっしゃる
ということで
かねてからどんな方が
大変興味があったのですが

すでにカットしてもらった
マキちゃんから
とても優しそうな方ですよ
と聞いていたけど
それを確かめに行って来ました。

髪を切りながら
いろいろと話しかけてくださって。

ヘアカットのお仕事というのは
接客業オブ接客業ですよね。

でもいろいろお話しするうちに
ていねいに仕上げてくださいました。
カットがとても気に入りました。

料金も安いし。

今日は髪を染める時間がなかったのですが
今度また行こうと思います。



汚いメモは残すな

2011年02月03日
それにしても
ため口っていうの?

「4万しか持っていないっす」の「っす」とか

「感じです〜」の「〜」とか

「了解しました!!」の「!!」とか

軽ーい雰囲気で書かれているのが
おおっぴらになってしまって
これだけことが大きくなればなるほど
余計に恥ずかしさが増す。

廻しが取れるより恥ずかしい。

私が読んでさえ恥ずかしいのに
理事長の恥ずかしさと怒りは
想像を絶するものだろう。


ひと昔前は
このような証拠は残らなかったろう。

証拠が残るとか残らないとかは
この問題の本質ではないが

ケータイは
恐ろしいね。
雰囲気から何から
すべてそのまま保存されていて
言い逃れのしようがない。

今度のことは
「時代が変わった」と感じさせる
迫力があった。

話は少し違うけど
少し前に
「CEOになるための75ヶ条」
(CEOは会社の代表みたいなもの?)
という
自己啓発系の本の中の75のひとつに

「汚いメモは残すな」

というのがあった。

しゃべった言葉は消えていくが
書いた文字は残る。
その文字を誰が読むかわからない。
上に立とうとする物は
人の悪口や口性ない言葉は
「書いて」はいけない。
証拠を残してはならないのだ。

ほかに

政治に関しては
「アイ ドーント ノウを貫け」
と書いてあった。
政治には深入りするな

商売には大切なことだと
その中では言われていた。

とりあえず
いらないメールを整理しておこう。
そう思った一日だった。

高齢者の除雪

2011年02月04日
タイトルを

「年寄りの雪かき」

にしようか迷ったが
書いてみて
揶揄したような印象があるので
「高齢者の除雪」
少し堅めにしてみました。

この間からのMAX雪がひどかった時
運転していると
道は狭くすれ違うのに
神経を使いました。

道の両脇に高い雪の壁があって
ひょっと車が出てきたり
人が出てきたり
ドキッとすることが何度もありました。

7,80代女性の道の雪かき
やはり動作が緩慢で
車に気付いていても
動きは急に早くなりません。
のろのろと道を横切っていらっしゃると
このあとも事故がなければいいが
と心配になります。

今朝のニュースで言っていましたが
除雪に関わる全国の死者は
100人を超え
3分の2が65歳以上の高齢者
だということでした。

うちの地区の除雪も
先回は自分の家で何とかしていても
今回は業者さんが
といううちがたくさんありましたが
それでも高齢の方が
屋根に登っていらっしゃるのも
見かけます。

見ている方はけっこうはらはらします。

地域の高齢化を
改めて感じた今年の冬でした。

はやく融けてほしいです。

おとといの様子




昨日の様子




真ん中の車庫の黒い部分が
少し増えました。

今日は雨のち晴なので
もっと融けるだろうと
期待が持てます。

たくさんの奇跡

2011年02月04日
今日はCAPのワークで
立山町の大庄小学校へ。

現場で落ち合うことになっていて
珍しく私のほうが早く着いて
他のメンバーを待つ。

しばらくしてリーダーのコシノさんが着いて
控え室に入って来るなり
「はれあたまさん座ってくれる?」
とコシノさんが言う。
何だろうと思いながらも座ると

「きのうOちゃんが亡くなったの」

一緒にCAPのワークをやっていた
Oさんが亡くなった。
去年の暮れはけっこうお元気になられたと
聞いていたのだが
今年に入って入院されていたとのこと。

57才だった。

CAPのワークにはちょっとしたお芝居があって
Oさんは「女優」だった。
子どもたちを惹き付けて湧かせるのがうまかった。

そうか、亡くなってしまったのか。


この間から
吹雪から一転して陽光うららかな日が
続いている。
私は雪が降るのを飽かず見るのも好きだけど
雪が融けるのを見るのも好きで
ついついうっとりと
ぽたぽた滴を落とす
屋根に見とれている。




あのひどかった冬の日から
少しずつ春が近づいているのを
確かめるのが嬉しい。

しかし
死の淵にあった
病室のOさんには
天気がどうなろうと
関係なくなっていたはずだ。
そしてこれから
また一日一日雪が融けて
暖かい日が訪れても
Oさんにはもう関係ないのだ。

そして
私にも
そんな日が訪れるのだ。

そう思うと
こうやって
何かを感じることができること
しずくに宿る陽の光を
見つめていられる幸せを
思う。

ジーンワルツのなかで
浅岡ルリ子扮する
老練の産婦人科医が
映画終わり頃に

「みんなが思っているより
 奇跡はたくさん起きているのよ。
 特に赤ちゃんの周りではね」

と言うのだが
その一言が
今日のことがあってか
余計に沁みた。

遺伝子のひとつの狂いがあっても
大きなダメージが生まれる。

ひとつの細胞が分裂をくり返し
複雑な生命体を作り上げるのは
奇跡としか言いようがない。

奇跡の積み重ねで
この世に生を受け
それを楽しまなくてどうするのだ
楽しめるうちに

という一日でした。

ミステリアスというより
赤ちゃんが無事に生まれておめでとう映画でした。

勝てば官軍

2011年02月05日
「総統の子ら」皆川博子 集英社

「第二次大戦のドイツ」
と言えば
日本と同盟を組んでいて
ヒトラーがいて
ユダヤ人の大虐殺を行って

ぐらいのイメージしかない。

あまり知らない私でも
SS(ヒトラー親衛隊)
というのは聞いたことがあって
ユダヤ人虐殺の手先のような
悪の集団といった印象があった。

当時の軍国少年を育てるエリート養成学校ナポラの生徒カール(後にSSとなる)、エルヴィンを中心に
あこがれのSSの青年ヘルマンを交え
話は進む。

日本の軍国少年と何も変わらない。

国のために、
尊敬して止まない総統のために
少年たちは訓練に耐え、
過酷な戦争に臨む。

戦争に耐えて耐え抜き
終戦の後、カールを待っていたのは
連合国による裁判だった…。

日本は「侵略」だったのか
   「進出」だったのか
教科書の検定で争われていて
いろいろな見方がある。

この記述を読んで
私の見方が少し変わったので
そこのところを例によって
抜き出してみよう。
残酷な記述もありますので
承知の上でご覧ください。

 米英ソ三国のあいだで、これまで存在しなかった〈平和に対する罪〉〈人道に対する罪〉という国際法が新たに制定された。
〈平和に対する罪〉とは、侵略戦争を国際法上の犯罪と断じたものだ。
 法律は、さだめられたとき以降の犯罪を裁くものであって、遡(さかのぼ)って適用するのは違法である。それまで、いかなる原因、いかなる目的であろうと、戦争を始めること自体が犯罪と呼ばれることはなかった。
 新たに制定されたこの二つの〈犯罪〉の条項は、遡ってドイツと日本に適用された
これまでの法では裁けない両敗戦国を、凶悪な犯罪国家として断罪し、連合国の立場を絶対的正義とするために作られたものであった。
(国際軍事裁判にて12名が絞首刑他の説明  中略)
 何をもって〈侵略〉とするか。欧米諸国がアジア、アフリカの各地を力ずくで植民地とし原住民を奴隷扱いしあるいは虐殺したことは〈輝かしい発展〉であって、〈侵略〉とはみなされないのであった。カメハメハ王朝の統治の下で小さいながら独立し、ハワイ王国として繁栄していたハワイ諸島を、太平洋を掌握したいアメリカが強引に自国の州の一つにしたのは侵略と呼ばれず、阿片戦争を引き起こした英国の極悪非道を糾弾する声は、〈先進〉欧米諸国には、なかった。
 南太平洋の島で、アメリカ海兵隊員たちが〈黄色い日本兵〉の捕虜に機銃掃射を浴びせ、投降しようと白旗をかかげて洞窟から出てくる日本兵を火炎放射器で焼き払い、死骸に小便を注ぎ、金歯をもぎとり、先勝記念に頸骨でペーパーナイフをつくり、頭蓋骨を故国への土産にし、穴に投げ込んだ死体の上に厨芥やごみをぶちまけたことを、〈人道に対する罪〉と告訴するものもいないのだった。
 ボーア戦争において、大英帝国の軍隊は、ボーア仁ゲリラに悩まされた。地元の住民にゲリラを支援させないために、村ぐるみ女も子供も片端から強制収容所にぶちこみ−このとき、世界ではじめて強制収容所というものが作られたのだ−民間人の夥しい死者を出した。正規のボーア兵の数倍の民間人が、英軍に殺された。このことは何ら罪に問われなかったが、その四十年後、ドイツ軍がパルチザン殲滅の目的で行った行為は、前例のない悪逆とされ、個々の将兵が裁判にかけられ死刑を宣告された。

           「総統の子ら」?章 より


明日に続く。

「福は外」

2011年02月05日
昨日の帰り
NHKラジオを聞いていたら
リスナーからの投書ハガキを
読んでいた。

きのう届いたハガキで

福は外 福は外
 と言って豆をまきました」

と書いてあるのがあって
アナウンサーの人が「鬼は外」を
まちがえて書いてあるのかと言ったらしいんですが
その方から
またハガキがあって

「福は外」はまちがいではありません。
家にある福を外にもお分けしようという意味です。


ということだそうで。

なるほど。

だいたい家の中に福がないと
外には分けられないわけですが
まあ、
家は福でいっぱい!
のつもりになって
外に向かって福をばらまくと
もっと福が入ってくるかもしれませんね。

もう5日だけど撒こうかしら。

カラスが喜びそう。

定点観察もう一回最初から

1/31




2/2




2/3




2/4





2/5




車庫の中の車の屋根が見えるようになってきました。

「かわいい」のひと言がなぜ出ない

2011年02月06日
1月はTSTで
南砺市の各地区の成人式を
放送していらっしゃったようで
うちは映らないので
うちの人がDVDにしてもらってきた。




上の方は
私が写真屋さんで買った成人式のCDね。

「そういえば成人式の放送で
 Hちゃん見たよ」

ちょっとした知り合いとお目にかかって
成人式の話題を振ってくださる。

心の中で「それで、それで?」
と次の言葉を待つ。

「あー、今年Hちゃんなんだーと思って」

「そうながいよ、早いねー」

と言いながら、次を待つ。

「早いねー」

いや、あいづちじゃなくて。

結局他の話になって
成人式はそれで終わった。

うちは女の子だ。
それで精一杯着飾って行ってるわけだ。
だからさー、
「見たよ」のあとは
最低
「かわいいねー」を期待してるわね。
それ以上の形容詞ならもっといいけど。

成人式の女の子の本人及び家族に対しては
「見たよ」と「かわいいね」は
セットでお願いします。

トイレのあとは必ず手洗いみたいな感じで。

お願いします。

探偵ナイトスクープ名作

2011年02月07日
さとなおさんのブログから

探偵ナイトスクープ レイテ島からの葉書

泣きたい時にどうぞ。

たくさんの「客観的」

2011年02月07日
きのうへちまださんが
コメントを書いてくださって

客観的」に見て
へちまだ家のお孫さんが
保育所でいちばん美人だと
言っておられる。

先日
他でも

うちの孫は普通のかわいいとちがう
客観的」に見てかわいいのであって
普通と一緒にしないでほしい、
とおっしゃった方がいた。

本当のところ
わたしも
娘が
客観的」に見て
かわいいと思っている。

じじばばと親の数だけある
「客観的」

客観的クン ごめんね。

定点観察
2/5




2/6




2/7




微妙ですが
屋根の雪とか
少しずつ減っています。

先日
道路の脇の地面の草が見えているところを
山鳥が連れでつついていました。
雪で高い壁になっていて
逃げ場がなく大変そうでした。
はやくとけてくれるといいですね。



総統の子ら

2011年02月08日
この本は600ページ余りあって
しかも戦争の記述は斜め読みがしにくく
読むのにずいぶん時間がかかりました。
ドイツナチスのエリート養成学校ナポラから
第二次大戦へと突入していきます。
後半は武装SSのエリート戦車隊長として戦うカールについてが主です。

この本は最後にカールのナポラでの友、
生き残り、今に至るエルヴィンに語らせています。
テーブルに出されたアルバムの1枚について
聞き手が尋ねます。

「こちらの同級の方は?」
レンバッハ氏(エルヴィン)の喉仏が大きく動いた。
「戦争犯罪人として銃殺された」
短い沈黙の後に、レンバッハ氏は言葉を継いだ。
「それ以来、私は、今に至る戦後の半世紀、社会のいかなる風潮にも言論にも、いっさい信をおいていない


面白い本は最後に
読んでよかったという文章を
用意しておいてくれます。
この最後の部分のひと言が
600ページの重みを持ってぐっと迫って来ました。
レンバッハ氏が筆者の訪問に
当時のドイツの状況について
〈戦後〉という偏向グラスを通さないドイツ
とひと言を加えて氏の言葉は始まります。

「公の場で正直に過去を語れば、ナチスの共犯者だったことを痛哭しろ、ネオナチを繁殖させるつもりか、と制裁を受ける。いささかなりとナチスを相対化あるいは擁護する結果になる言動は、国法によって禁止されている。侵せば厳刑を受ける。あの時代を生きた我々は、溶けることのない塊を胸に抱えたまま、口を噤(つぐ)む他はない」

氏のナポラへの入学写真を見ながら話は続きます。

「これがカール。これが私。これはヘル・エル。バルカンでチトーのパルチザンに虐殺された。この肥ったチビは戦争に行かなかったから、私の同世代では数少ない生き残りで、戦後は学校の教師になり、西ドイツの生徒たちに民主主義を暗記させた。自由、民主の美名の陰に、アメリカ型の市場原理主義−私に言わせれば略奪資本主義だ−が必然的に持つ経済的弱肉強食の残酷さは、隠された。
 その間、東独のドイツ人は、スターリン崇拝と共産主義礼賛をたたき込まれた。シュタージ(東独の国家保安省)の凄まじい恐怖が明らかになったのは、統一後だ。
 ナチスの行為は、残虐さに焦点を絞り、映画や小説で繰り返し世界の人々に伝えられてきた。しかし、大戦末期から終戦時、チェコ人がドイツ人と見れば子供も難民も滅多打ちにし、生きているのにガソリンをかけ火を放ち焼け縮んだ死骸を吊した例すらあることは、ほんの数年前チェコ政府が謝罪したとはいえ、世界のほとんどの人は知らない。たとえ知っても−殺されたのが幼い子供であっても−抑圧から解放された人々による当然の報復と弁護するのだろう。すべての悪は、ヒトラーとナチス第三国が負った。ヒトラーが黒くなればなるほど、それを倒した連合国は、英米もソ連も、無垢の白さで輝くというわけだ」
 次のページは背嚢を背負い行進する少年たちの写真だ。
「ナポラの訓練は、私には辛かった。自殺を考えたほどだったよ。心身どちらも強靱ではなかったのでね。しかし、幸い、私には」
レンバッハ氏は言葉を切り、別のことを言った。
「今思い返すと、ナポラの生活ほど誇らかな楽しい時はなかったと感じる。我々は耐え抜くこと、死ぬために生きること、他を生かすために死ぬこと、克己と闘争、優れた統率者への信頼と服従、統率者であることの重責の自覚、それらを学び、生きながらえること、生を享楽することは教えられなかったのだが。復興後の、物質的には豊かになった−物と金に支配された−生活に、私は真の歓びをおぼえたことはない。死期近い今、私は言う。ドイツのために血を流したことを、私は誇りに思っている」

        総統の子ら 終章より

ブログですっきり

2011年02月09日
夕方ブログを開けたら

曜変天目さんが

警視庁の責任は?

というタイトルでお書きになっていて
ああそうなのか、
なんかおかしいと思っていたのを
理路整然と説明なさっていてさすがです。
読ませていただいてすっきりしました。
ありがとうございました。

メールの一言一句が公表されていて
トイレで大をきばっているところを
ノックもなしにドアを開けられたようなもんだな

そこまでしか思えなかったのですが
そうです。
おっしゃる通りです。
こんなことではおちおち警察に
協力できません。

草ピーさんの
大相撲八百長問題

素直だから、スポーツだと思っていた

という副題もいいですよね。

八百長があると聞いてはいても
あると聞いているのと
実際にこのようなメールが公表されるのと
全然違いますよね。
サッカーは1部2部の
熾烈なリーグ入れ替え戦が行われています。
野球も地味球団の中日が優勝するぐらいですから
八百長はまずないだろうと思わせます。
今回のメールの公表はいかにもまずい。

吉祥天さんの
大相撲の八百長

大相撲への深い愛情が感じられ
お父様の代から
大相撲を応援していらっしゃる
吉祥天さんならでの
お話を伺えて興味深いです。

今回の救いは
放駒親方の話の仕方が
ハキハキして血が通った言葉を話されることです。

対応も早かったし。
次へのステップとしての
春場所休場ですよね。
そこまでやるか
と思われるぐらいの対応の方が
後々いいですからね。

八百長は昔やっていても
今やっていいかと言われると
微妙なところがあります。
今回がいい機会だったということになるといいですね。

テレビや新聞の報道より
ブログの方が
ずっと読み応えがありました。

なんとブログ

いいなあ。

梅おちこち

2011年02月09日
 梅遠近南すべく北すべく
(うめおちこち みんなみすべくきたすべく)

                  蕪村


 蕪村は籠居の人。夏は昼寝を楽しみ、冬は炬燵で丸くなる。芭蕉が旅の人であったのとは対照的である。だが、梅の便りが届きはじめると、あちこちに出かけたくなるというのだ。ただ「すべく」というだけで、ほんとうに出かけたかは不明。
            読売新聞 2/8 より

この説明があって蕪村に親しみが持てた。

立春を過ぎ、昨日のお茶のお稽古は
軸、茶碗、菓子と梅づくしだった。

「暦の上では春ですが」
とよく言われるフレーズだが
これはきのうの小学校の登校の様子。




子どもたちが
道路の真ん中を一列になって慎重に歩いている。
道が一面に凍っているので
融雪装置の並んでいるところの
凍っていないところを
選びながら
歩いている。

学校前の通学路はまだこの通り。




珍しくない雪の壁です。

桜の枝もぼっきりとやられてます。




登校してくるこの一人が
エコカイロだよと
見せてくれました。




お湯で何回でも暖め直せるそうです。
触らせてもらったら
ほんわりとした暖かさで
暖める効果については微妙なところがありましたが
「エコ」っていうプライドが
彼女の手をあっためているのかな
と思いました。

そういえば
NHKの天気予報でいつも感じのいい
半井さんに不倫報道が。
彼女にとっては冬の季節に逆戻りか。
くだらない報道に負けず
がんばってくださいね。

小指の参加

2011年02月10日
きのう大相撲のブログに関して
いのさんのブログについて
最後に書かせてもらおうと思って
とっておいたのですが
とっておいたままになってしまいました。

もちろん
ベースはいのさんのブログです。
すぐから
マスコミ報道と違う位置に立たせてもらって
ありがたかったです。


今日は
「小指」について

「小指の思い出」という歌がありました。

あなたが噛んだ小指が痛い
きのうの夜の小指が痛い
そっと唇 押しあてて
あなたのことをしのんでみるの
わたしをどうぞ
ひとりにしてね
あなたが噛んだ小指が痛い


これが流行ったのは
小学生の時だったと思う。
意味もわからず歌いまくっていた。

今読み返してみると
ずいぶん色っぽい歌だ。

そして歌っていたのが
伊東ゆかりで
美人タイプではない
わりとどこにでもいる
おとなしい顔だったので
こんないやらしい歌だとは
まったく思えなかった。

いやらしいっていうのは
あれよ、
もちろん、この歌の設定は
「小指を噛んだ」止まりよ、
それ以上はいってないと思うわよ。
でもそれにしても
色っぽいわよね。

あのおとなしい伊東ゆかりが歌ってこそ
男性たちは
余計に萌えたのかもしれない。

と、ここまでが小指のふりなんですが、

今日 車を運転していて
ハンドルを握った
左手の小指でハンドルの皮の冷たさを
感じました。

去年の11月に手術をしましたが肘部管症候群
の症状を解消するためでした。

骨折から肘の曲がりが変わり
神経が間接に挟まってしまい
小指と薬指の感覚がなくなり、しびれ
手の筋肉がだんだんにやせてきて
握力が右手の半分になってしまったからです。

しかし
神経が治るのは一日1ミリと言われています。
手術をしても
時間がかかるとは聞いていたのですが
手術のあと
いっかな症状は改善せず
あんな痛い目にあったのに
本当に治るのだろうか

疑心暗鬼に陥っていました。

ところがここ1週間ほど
ずっとむくみっぱなしだった小指の腫れが
すこーしひいて
感覚も少し戻ってきました。
物を持つとか
たとえば今日
ギアのある軽トラを運転したんですが
前は小指薬指はまったく力が入らないので
3本の指でギアチェンジしたんですが
今日は薬指、小指もちょっと参加しました。

まだ保健室登校で
給食だけ教室で食べます
ぐらいの参加ですが
ちょっとずつ力が入り
知覚が戻ってきたのがわかって
うれしいです。

色気とはまったく関係のない
小指についての話でした。

甘かった企み

2011年02月11日
先日
豚肉料理コンテストの模様を
テレビでやっていた。

昨年暮れに
コンテスト応募のチラシを見て
応募しようと決めた。
簡単にすぐできて
安く上がって




と考えたのが
写真の料理

バラ豚薄切りと
五箇山豆腐(郷土色だそうと思ってさ)
を片栗粉にまぶし
フライパンで焼く。
豚バラから油がでるので
サラダ油は必要ない。

あとキノコとほうれん草と
にんじんと
酢を少し入れて
甘辛く炒める。

この写真も応募用にと撮った写真だ。

わりにおいしそうに映って
気分が乗ってくる。

このお皿もなかなかよい。
これは先日砺波養護学校の文化祭で
300円で買ってきたもの。
今もよく使うけど
やさしいアイボリーホワイトと
お皿の浅からず深からずのカーブが
料理をおいしそうに見せてくれて
重宝している。

一口食べてみる。

−−−。

−−−。

まずい。

豚肉の味がしない。
薄切りでは薄すぎたか。
しかし厚切りにすると
カロリーも増えるしこたこたしそう。

夕飯に暖めなおして
夫の酒の菜に出した。
どれぐらい食べられるか
じっと観察していたが
箸が付けられたのは
2回か3回で
ほとんど量が減らなかった。

やめたやめた

ということで
応募を取りやめたわけです。

取りやめることもなく
応募の書類審査を通り
二次審査で腕を振るっていらっしゃる
テレビの画面を
うらやましく見つめました。




「仕事ですから」

2011年02月12日
NHKの「ディープ・ピープル」
という番組があって
その道の3人が集まって
語り合う番組。
今まで、塾講師、寿司職人、宝塚トップスター
などの方々だった。

きのうはフォークを武器とした投手で
佐々木主浩、牛島、村田兆治の3人。

村田さんは昔のビデオの中で
人差し指と中指の間、
つまりボールが入るところに
中身が入った一升瓶を入れて
持ち上げていた。
六〇代の今も、番組の中で
ワインボトルを持ち上げていた。

佐々木の
投球から球種を見破られないための
あれこれ重ねて重ねてのフォーム改善、
グラブの色を変える、形を変える
そこまでやるのね話も面白かった。
というか
佐々木はトークがうまくて
話に華がある。

そして牛島
久しぶりに見た牛島
巨人キラーとして名を馳せた牛島
記録より記憶の投手牛島
3人の一人に牛島を選んでいるのが
この番組を新鮮にしていた。

で、牛島の話だけど
佐々木、村田さんに比べて
身長も低いしそして手が小さい。
フォークボールは人差し指と中指から
抜けていく。
その間が十分に開かないと
ボールは抜けない。

関節を広げるために
牛島は
なんと
関節をはずしていた。
中指の根本の関節が外れ
異様に開くのだ。

すげえ。

クルーンに見せたら
気持ち悪いと言われたと言っていた。


フォークは鋭い角度で落ちるので
キャッチャーも大変だ。
この番組では相方のキャッチャーの
トーク映像も挟まれていた。

谷繁がアザだらけになったこと、

牛島と村田さんの相方の人の名前は忘れたけど
牛島の相方の人は
とにかく止めなければいけないので
「あご」で止めたといっていた。

村田さんの相方の人は
どこへ行くかわからない球を
捕りやすくするため
キャッチャーミットのワタを抜いた
と言っていた。
その方が指が動きやすいからだ。

「痛くなかったですか」

とインタビュアーが聞く。

「痛いですけど、仕事ですから」

と答えていた。

かっこいい。

あの石みたいなボールを
ずっと綿なしミットよ。

プロって
清々しいと
思って見てました。
面白かったです。

包丁研ぎ

2011年02月12日
「三世代ペタンク大会」

はそれこそ保育所園児から
九十代まで誰でも公平に競い合えるペタンクを
活かした
地域のヒット行事で
ここ数年続けられています。

昼には豚汁とおにぎりがふるまわれます。
ということで
きのうは豚汁を作りに。

野菜や肉や材料をどう切っていつ入れるか
人によって微妙に違うので
え?と互いに思うこともあるのですが
みんな大人なので
衝突もなくおいしい豚汁ができあがりました。




もっといっぱい作ったんですよ。
寸胴の鍋に百食分作ったのを取り分けて。
寸胴撮らなきゃね。
写真の撮りどこ間違えました。

えーと
そこで教わったのが
包丁研ぎ。
マスダさんが教えてくれました。





茶碗の糸底のざらざらしてるところに
見たところ15°ぐらいかな。
包丁を斜めにして上下に動かします。
今度は反対側






研ぎ終わった包丁を使ったアゲミズさんの
「ぜんぜん違う!」

と効果を表す声が響き
みんなで
帰ってやってみようと言い合いました。


雪の大変さがわかったか

2011年02月12日
今日の夕焼け




美しい
普段にも増して
美しい

なぜなら
いつもは晴れている
太平洋側に雪マークが並び
きのうから
ニュースは大騒ぎ。
そういうニュースを聞きながらの
こちらのこの天気は
余計に美しく見える。

5?の積雪でトップニュース
ぐはははは
スタッドレスも履いていない
都会の車は大変だろう。

こっちはこの夕日だよ。
ぐははははは

けっこう
ざまあみろモードになっている。

このように攻撃的なのは
今読んでいる
百田尚樹の「碇を上げよ」の影響がある。
戦後10年から始まる
大阪の下町を舞台として
自伝的な要素もあるのだろうが
主人公作田又三のエネルギーのほとばしりが
すごい。
けんかのシーンも数多くちりばめられ
一部を読み終わった今
わたしはかなり攻撃的になっている。

おらおら
明日も雪に苦しむがいいぜ!
みたいな。

でも明日はこっちも午後から
降るみたいですね。

あんまり降らないでね。
おねがいですから。

いつの間にか
腰砕けのはれあたまです。

いくつになっても

2011年02月13日
今日は
母が民謡の舞踊会で踊るために
朝から出かけた。

孫がいる世代の
(いやひょっとしてひ孫も)
ご婦人たちが
遠目には孫のような装いで
舞台に立たれる
舞踊会。

終わって慰労会もあるとのことで
7時半ぐらいになるかもしれん
と言って出かけていったのだが

9時を回っても帰ってこない。

外は凍てついている。

数年前に脳出血を起こしているので
ひょっとして
どこかに倒れていたりしていないか、

などと心配になって
母とご一緒させていただいている
お仲間のお宅に電話してみる。

帰って見えました?

いや、まだです。

あー、それならいいがです。
いずくらっすい電話してすみませんでした。

電話を切って数分後に
玄関に母の荷物が並んでいるのを見て
ホッとした。

倒れているかも
などと言って電話したが
気持ち的には
子どもの頃
工場帰りの母を待っているのと
そう変わらない心持ちだった。

とにかく母の顔を見て、
顔を見れば
顔を見れば
それで

いいのだ。

6年前
94才の祖母が亡くなった時
72才の父が
葬儀の挨拶の時
「母を失ってみなしごになったような気がする」
と言っていたとのこと。
72才の孤児。
私はおぼえてないけど
いとこのまほろばちゃんが
何かの時に教えてくれた。

いくつになっても
親は親。
私は幸せなことに
自分の親と暮らしている。
感謝して
うちの人にも感謝して
一緒にいられる時間を大切にしたい。

作田又三のノラネコ人生

2011年02月13日
「錨を上げよ」 百田又三 講談社

「永遠の0」「影法師」を書いた
百田さんのたぶん自叙伝的な小説。
大阪、同志社大中退、昭和30年という設定が
そのまま作者の紹介とほぼ重なる。

「坊ちゃん」ではないが、けんかばかりしている。

小中学校のワル、教師とはもちろん
成長するにつれ、
暴走族、ヤクザ、過激派学生、右翼、
自分から望んでするというより、
主張がハッキリしているので
向こうから絡まれるケンカが多いのだが
全部買っちゃうからね。

それに肉食男子らしい
いくつもの片思い、恋愛、失恋が
絡んでいく。

理不尽さに従いきれない
エネルギーは魅力的。

でも長いです。

今から書いたのは高校入試のところ。


さて、秋も終わりになると、ぼくの進路の方も煮詰まってきた。十一月に進路指導についての保護者同伴の相談が行なわれ、そこで決まった。その日、職員室で、進路指導の教師は、ぼくと母を前にして、公立の受験校として南方(みなみがた)商業の名前を挙げた。あくまでもアドバイスの形をとってはいたが、承知するほかはなかった。どうせ不服を唱えたところで、教師が合格するというところを受けなければ、まず受かるはずはないのだ。それにぼくとしては行けさえすればどの高校でもよかった。というわけで、ぼくの進路は三分で決まった。教師はその後しばらく受験の心得などを話していたが、ふと皮肉っぽく笑いながら「お前みたいなもんでも高校へ行けるんやから、ええ時代や」と言った。彼は五十近いしょぼくれた男だった。度の強い眼鏡を掛け、いつもぼそぼそと小さな声でしか喋らないくせに、他の教師や生徒の親を前にした時だけは、驚くほど居丈高に物を言う男だった。ぼくが母の前で黙って神妙にしていると、彼はますます図に乗った。
「昔は勉強したくてもできない子が多かった。ところが今は勉強なんかしたくない奴でも高校へ行ける。お前は、十分に両親と時代に感謝するんやな」
 彼はそう言って笑いながら、ぼくの頭を掌で軽く叩いた。
「やめんかい!」とぼくはその手を払った。「黙って聞いてたら調子に乗りやがって、何が親に感謝せいじゃ。お前こそ、中学の教師ぐらいしかなれん器のくせに大学まで行かせてもらいやがって。親に感謝するのはどっちやねん」
 言い過ぎた、と思ったのは後の祭りだった。ぼくは母の怒鳴り声を尻目に部屋を飛び出すと、その日は家へも帰らず、友人の所に泊まった。

ここまで言っちゃいました。
 
 大人になっていく段階で少しずつ枠にはめられていく様子をこのように書いています。


 ぼくの人生も知らぬうちに様々な仕分けの第一段階に入っていた。熟しきらぬうちにもぎとられ、大きさを揃えられ、箱に詰められ、荷札を貼られ、卸値を付けられ、次々と送り出されていく−そして区分けはさらに細かく念の入ったものになっていくのだ。多くの少年たちが、この時期こうしたものに対する苛立ちと怒りを感じていたに違いない。おそらく、卸値の安い箱に詰められた者ほどその気持ちは強かったことだろう。しかしぼくときたら、そんなものには一向に気付かなかった。


私もほぼ同じ時代なので
懐かしいところもありました。

そう、
このころは
エネルギーにあふれた時代でした。
その時は
今がこんな時代になるなんて
思っていなかったけどね。

ウソの申告

2011年02月14日
ぼたん雪が降っています。
春の雪ですね。

午後は養護学校の、リハビリ、歯医者
歯医者が一番最後に控えていて
何となく気の重い一日だった。
今日はかぶせの最終仕上げで
土台から
型取りから
何回もの工程を経て
最後の仕上げ品の納入だけなので
そんなに恐くない日なのだが
長い間の暗い歴史が
反射的におびえさせる。
いや、
実は、
他の歯で
少し沁みるかもしれない
と思う歯があって
申告せねばならない
と思っていたのだが

「他にどっか都合悪いとこありますか?」

先生が優しい口調で尋ねてくださった.

反射的に

「とくにありません」

と答えてしまった。

うそをつく時は
目を逸らさず
目を見てうそじゃないって
アピールしてますね、自然と。

症状だって
まだそんなにじゃないし、
もうちょっと待って
ちょっと休みたい
って
誰に言ってるんだろう。

ウソの申告のせいかどうかはわからないが
少しなおしたいということで
歯の納入は次回になった。

次回は
素直に申告できるほど
症状は進んでいるだろうか。
しかし
今は今日無事に歯医者へ行くというお勤めを終え
しばし
金曜の夜のような雰囲気を味わっているところだ。

ところで今日はバレンタイン。
イワキさんの
バレンタインケーキ「恋する城端」
生クリームがコクがあって美味しかったです。




食べるものは食べないとね。

次回はちゃんと申告するわ。

日本はイタリアを目指せ

2011年02月15日
ちきりん「ゆるく考えよう」イースト・プレス
副題は −人生を100倍ラクにする方法−

このタイトルで一瞬いのさんの顔が浮かぶ。

オヤジの書いた説教本を読むより、この本を読む方が100倍役に立ちます

と堀江貴文の推薦文。

ホリエモンだよ、と、
これははずれ色物系かと思ったら

とてもおもしろい。
新鮮なおもしろさと
本当に笑ってしまうおもしろさと。
両方を兼ね備えているすばらしさ。


「日本はアジアのイタリアに」

という項目があった。

 日本が目指すべき国は、アメリカでもイギリスでもなく、イタリアです。具体的に言えばこんな国です。

経済…世界で10位か20位くらい
  (先進国のしっぽのあたり)
政治…ぐちゃぐちゃ。
   「こんな首相でいいのか?」
    といいたくなるレベル
国際社会でのプレゼンス…特になし
歴史…現代より、歴史=過去に栄光あり!
首都…世界が憧れる大都市。
   ユニークに熟れた都市文化が存在
田舎…交通は不便だが、すばらしく美しい
   地元グルメも豊富
教育…ゆとり。この国の教育レベルが高いなどと     いう人は世界に存在しない
英語…みんな下手
企業…ごく少数の国際レベルの企業があるが、
   大半の企業は自国市場のみで通用する
闇社会…マフィアややくざがそれなりのプレゼンス
    を持ち、クスリなども比較的簡単に手に入る。
失業率…常にそこそこ高い
格差…大きい。田舎は都会とかなり生活レベルが
   違い、都会にも貧しい人が多い
出生率…低い。少子化が止められない国
食事…世界トップレベルのおいしさ。
   世界中でブームが定着
ファッション…食事と同様、独自のスタイルが世界の       注目を集めている
国家ブランド…強い。「イタリア製」「日本製」
       という言葉には強い付加価値がある。
観光産業…海外、特に圏内(日本の場合はアジア)
     から多数の人が押し寄せる
文化
   アメリカのエンターテイメント産業ではな     いローカルカルチャーが花開いている。
   イタリアと日本は、あのフランスが文化面で
   憧れる世界で唯二の国。

まとめ
   グローバル国家でなく、超ドメスティック思考の国。
   俺の国が一番いいじゃん」系

 こう見てみると、既にほとんど一緒ですね。イタリアと日本の違いは「気の持ちよう」だけです。イタリア
人の多くが「イタリアはこれでいい。すばらしい国だ」と思っているのに、日本には「これではダメだ!」という人が多すぎます。一部にそういう人がいてもいいけど、みんながそんなことを思う必要はありません。
 
「日本が大好き!」とみんながいう国になりましょう
     
              P38〜P40

わーい!
なんだかこれでいいんだって思えて
楽しくなってきたぞ!

お酒と恋愛の効用

2011年02月16日
「ゆるく考えよう」ちきりん

健康診断の結果を受けて
禁酒を誓っていましたが
もはや飲んでいます。

いや、毎日じゃないですよ。

3日前に飲んだのは
ちきりんのこの文章を目にしたからです。

「お酒」と「恋愛」は、いずれも人生を楽しくしてくれる、とても重要な要素です。なぜならこのふたつは、人を「現実と論理の世界」から遠ざけてくれるからです。

 社会にも人生にも、まじめに考えていると辛くなることがたくさんあります。しかも多くの問題や障害は、多少努力したぐらいでは克服できません。

(中略)
 
 お金と恋愛がすばらしいのは、いずれも「見たくないもの」をごく自然に視界から遮断してくれることです。また、客観的に見ればありえないような自己中心的な解釈をもっともらしく信じさせてくれます。そういった妄想は自信を回復させ、自分をとても価値ある存在と意識させてくれます。

 酒や恋愛に酔っている状態なんてみっともない、という人もいますが、仮にも人が60年以上も生きているのに「みっともなくない人生」なんてありえません。すべての人の人生は、客観的に見れば「恥ずかしくて目も当てられない」ような有様です。それが生身の人間が生きているということです。
(中略)

 人は人生の節目節目で、しっかりと考えることが必要なときもあります。同様に、いくつかのタイミングでは「考えずに流す」ことも必要です。「思考停止はよくない」「俺は逃げているのではないか?」などといつもいつも自分を追い詰めていると疲れてしまいます。

   第5章 ストレスフリーで楽しく過ごす より


こう見えて
というかそう見えてますが
けっこう
自分も人も追い詰めやすいタイプなので
この本を読んでいると
なんかちょっと自分のどこかのねじが
少しずつ緩められていくようで
ラクになります。

ずっとお酒とつき合ってきましたが
助けられてきたんだな
とお酒を少し見直しました。

恋愛は今のところ
ちょっと身近ではないので
酒についてだけ。

ああ、
でも、
何かに恋したいなあ。



玉に瑕

2011年02月16日
いいお天気




車庫の屋根から
鼻水のような細いツララが
垂れ下がっている。

昔は鼻水といえば
こどもが垂らすものだったが
今は年寄りか花粉症の人だ。

鼻水を垂らした子どもなんて
ずっと前に絶滅している。

小学校2年の時
国語の時間に
「玉にきず」ということわざを習った。
小学校2年とハッキリおぼえている。

「たまにきず」の使い方の例として
担任のタカヤ先生が
たまたま目があった私の顔を見て

「はれあたまちゃんはいい子だけど
 ハナ垂らしとるのが『玉にきず』」

とにこにこと言われた。

その先生のことは大好きだったけど
これをみんなの前で言われたのは
とてもショックだった。
2年生だけどクラスの中に好きな子もいたし
そして
私は自分が「ハナ垂らし」だということに
それまでまったく気づいていなかったからだ。

むかしの子どもの垂れているハナは
ツララのように透明ではなくて
青みがかった白濁した
存在感のある色をしていた。
鼻の下に
そういう2本の線を引いた
自分の顔を想像するのは
2年生でも辛かった。

それから多少気を付けるように
なったのかもしれない。
3年生になって
新しい学校に移った頃は
完全にハナ垂らしとは決別していた。

しかしいまでも
ツララを見るたびに
「玉に瑕」の慣用句を
思い出してしまいます。

木造の校舎
やさしいタカヤ先生
懐かしい思い出。

何をしてて捻挫したの?

2011年02月17日
捻挫は珍しくもないし
時々あることだ。

しかし今朝のは
ギクッといって
しばらく座り込んでしまった。
痛かった。

何ともないわ
と自分に言い聞かせて
ほぼ普通に日常していたが
午後から
ずきずきと痛み出してきた。

足を引きずって歩いていると

どうしたがげ?
何してそんなんになったが。

何してって
別に何もしてません。
ほんの3段ほどの玄関の階段を下りるのに
小走りで
つま先から降りたら
何か体重がうまくかからず
ギクッとイタッとへなへな状態。

つま先が十分上がっておらず
階段にけつまずいたりも最近多い。

降りる時はつま先からじゃなく
べたっと足全部をつけるつもりでないとダメだね。

年齢と友に
特別なことをしなくても
日常の普通のことで
けがをしてしまいやすく
なっています。
わたしだけじゃなく
ブログをご覧いただいている
あなたも、あなたも。

ちょうどリハビリの日だったので
冷やして
夜は足を上げて寝てくださいと
アドバイスをいただき
病院へは行かなくてすみそうです。
捻挫ぐらいでは行きませんよ。
はい。

フイに開けられた車のトランク

2011年02月18日
今日の寄り合いの帰りに
私の荷物が随分とあって
後部座席に乗り切らず
車のトランクを開けることになった。

え!今?


今どきは
会合といい
式典といい
A4封筒に入った書類一式を
をよくいただく。
終わって車の助手席にポイと置く。

聞いて飽きたCD
助手席にポイと置く。

運がよければ
持って帰るが
さして持ち帰る必要のない時
置きっぱなしになる。

そして誰かを
急に車に乗せる時
その荷物はあわてて
車のトランクへと移動させる。

そして
ずっと
そのまま
月日は流れていく。

久しぶりに開け
人に見られた
車のトランク




やっぱりね。

帰ってきてから
片づけました。
全部ゴミ箱行きでした。




ちょっと片づいて
ラッキーということにしておこう。

ヤマトとトマト

2011年02月19日
今日料理評論家の山本益博さんの話
を聞く機会があった。

「そんな食べ方ではもったいない」

というタイトルで

イチローとジロー

イチローはイチロー
ジローは寿司の職人として有名な
すきやばし次郎

ふたりの職人としての共通点
「プロ」っていうことね、

山本さんは落語評論家でもあるようで
話し方が落語の人情話のよう。
話に無駄がなく
きれいに流れる。

ご飯の美味しい炊き方とか
また今度書くとして
美味しいご飯には美味しい醤油を
と紹介されたのが
金沢のヤマト醤油の
ひしほ醤油

生醤油で香りが違うらしい。
開封のあとは冷蔵庫保存。
普通のお醤油と比べて高いですが

醤油はだばだばと小皿に出してはいけない
最小限をちび、ちびと出す。
足りなかったら足す。
余ったのを流しに流すなんてのは
もってのほかとのことでした。

それと
会場で一緒に行った石村さんにもらった飴が
トマト飴でした。




中身の飴はトマト色




JA山形の商品

これがあなた、
おいしいのよ。
しっかりトマトの味で
甘くてさっぱりしてて。
今度買いに行こう。
セフレで売ってるって。

作田又三が語る北方領土

2011年02月19日
「錨を上げよ」下巻 百田尚樹


大学に行くのをやめた又三は
北海道に行きつき
ウニの密漁船に乗り込む。

北海道は納沙布
北方四島と最も近い国境の町として
生活に関わる漁場であり
一歩間違えば拿捕という危険を常にはらんでいること、根室市民には引き揚げ者が少なくなく、
奪い去られた故郷の返還にかける思いが
ひととおりでないことを
周りに暮らす人たちから感じている。

しかしその一方で

 しかし法月の話によれば、納沙布一帯の村には北方の島からの引き揚げ者がかなりいるということだ。より遠くへというのが亡命者心理とすれば、より近くにというのが故郷を奪われた者の心情であるかもしれなかった。法月自身も勇留島出身だった。−この島もまたソ連に奪われた島だった。ただ彼の場合、島を逃れたのは五歳の時だったから、故郷という強い意識はあまり持っていなかった。そのせいか返還に対する思いもそれほど強くは。なかった。もっともその裏には現実的な醒めた意識と諦めのようなものがあったろう。
 ともあれ三十年という時間はあまりにも長すぎた。かつて大学の法律の授業で、ある教授が時効という問題ぐらい難しいものはないと言っていたことを思い出した。今こうして奪い去られた土地を目の前にしていると、そのことがよくわかる。おそらく世界中が現在もなお抱えている領土問題の大きな焦点の一つがこの「時効」というやつだろう−しかも多くの場合、さらに民族や国家という問題を含んでいる。こうした問題に「歴史的事実」などという言葉がどれほどの意味を持つというのか。それはこの納沙布でも例外ではない。たとえば岬の先端にはアイヌの反乱による和人の死に対する碑が建てられていた。これは見方によっては極めて象徴的な皮肉だった。納沙布の住人たちは、かつてアイヌから奪った土地に住みながら、今は別な者に奪われた土地を睨みつけているというわけだ。


これが書かれている時代が
三十年前だ。

30+30でもはや
不法占拠されて
60年以上が過ぎてしまったということだ。

恥ずかしながら
わたしはこの本を読んで
初めて北方四島は不法占拠されているのであり
沖縄とか尖閣諸島とかと
また事情が違うのを初めて知った。

 ソ連に返還の意志がないのは明らかだった。ソ連にとって北方領土を含む一帯の海域は世界一の漁場というだけでなく、軍事的な価値としても非常に大きいものがあった。何しろ太平洋側に突き出た不凍港であり、同時にまた日米の「西側」ラインにじかに接するところだったのだ。

ロシアの人々が住んでいるという
事実は毎日更新されていき
大統領がこの地を訪れ
中国がビジネスで入り
既成事実が積み重なる。

2006年に
カニ漁船が
ロシアに銃撃され1人死亡したという事件があった。
あれは歯舞諸島の貝殻島で
不法占拠された島の一つで起きた事故。

つまりもともと日本の領海で
漁をやっていて銃撃され死亡したことになる。
その割に
あの時のロシアに対する抗議は
大人しくなかったか。

今だったらどうだろう
世論は黙っているだろうか
とちょっと思う。

でもこの間
韓国の漁船も中国の船から追突され
ケガをした人がいたといっていたが
韓国が中国に何かをしたという話は入っていない。
その中国側の加害者は韓国にいるのだろうか。

ロシア、中国
何をするかわからない国に
抗議をするって
大変なことだ、

思うばかりです。

ともあれ
「錨を上げよ」の本の中の又三は
ソ連の船、日本の監視船をかいくぐり
貝殻島でウニを捕る。
何しろ身入りがいいからだ。
スリル満点のウニ密漁
九死に一生を得るものすごい話で
ウニ漁から足を洗う又三。

後半もあと50ページほどになりました。

冬が連れていった

2011年02月20日
手をのべてあなたとあなたに触れたきに
            息が足りないこの世の息が

                         
                             河野裕子
 
 昨年八月十二日、闘病の果てに亡くなった河野裕子の最後の歌。夫や子どもたちにいま一度触れたいのに、もう力がない。死の間際、とぎれとぎれの息の間から聞こえてくる妻の歌を夫の永田和宏が書きとめた。「この世の息」とは切ない。

        
                読売新聞2/20 「四季」より

暖かくなってきて少しは融けたけれど
家の周りにはまだ身長を超す雪が積もっている。
今年は訃報が多かったのも、
寒さと関係しているような気がする。
いくら室内を暖かくしていても、何というか、
絶対的な寒さが生命力を奪っていくような。
特に一緒にCAPの活動をしていたOさんが
57才で逝かれたのはショックだった。
Oさんの二人のお嬢さんはまだ未婚。
これは同じCAPの仲間の越野さんから聞いたんだけど、
病状がだんだん深刻になってきた時、
お見舞いの友達の一人の娘さんが
お産で里帰りされているという話になった。
話を聞いていたOさんは
突然
自分は娘のお産を手助けしてやれないと
わっと泣かれたという。

少なくとも
子どもに弁当が必要なうちは
死にたくないと思った。
弁当は何とかクリアーできたが
クリアすると
その次、その次と
見たいもの
立ち会いたいことは出てくる。
雪とOさんの死が絡みついてしまって
雪を見るたびにOさんのことを思ってしまう。

早く暖かくなってほしい。
訃報はしばらくお休みにしてほしい。

最初に書いた河野裕子さんは
64才でお亡くなりになったと
ネットに名前を入れたら出てきた。

河野裕子さんの
いくつかの歌も載っていたので

かうなれば体力温存猫二匹身体に添はせ昼より眠る 

わたしより不安な不安な君なれど苦しむ体はわたしの体

俺よりも先に死ぬなと言ひながら疲れて眠れり靴下はいたまま





ストレスの尺度

2011年02月20日
生活変化によるストレス原因の尺度

配偶者の死亡             100
離婚                    73
夫婦別居                 65
刑務所などへの収容          63
近親者の死亡              63
本人の大きなケガや病気       53
結婚                    50
失業                    47
夫婦の和解                45
退職・引退                 45
家族の健康面・行動面での大きな変化  44
妊娠                    40
性生活の困難               39
新しい家族メンバーの加入       39
合併・組織替えなど勤め先の大きな変化  39
家計状態の大きな変化         38
親友の死                  37
転勤・配置転換               36
夫婦の口論回数の変化          35
1000万以上の借金            31
抵当流れ(借金返済できず)       30
仕事上の地位(責任)の変化       29
子の離家・巣立ち              29
義理の親族とのトラブル           29
個人的な成功                28
配偶者の就職または退職           26
本人の進学または卒業            26
生活条件の変化(家の新改築、環境悪化)   25
個人的習慣の変更              24
職場の上司とのトラブル           23
勤務時間や労働条件の変化        20
転居                    20
学校生活の変化               20
レクレーションに関しての変化        19
宗教活動上の変化              19
社会活動(社交)面での変化         18
1000万円以下の借金           17
睡眠習慣の変化               16
長期休暇                  13
クリスマス・お正月             12
ちょっとした法律違反            11

     婦人公論 2005 4月7日号
    心の健康家計簿をつけてみませんか
                    より


150点が目安のようです。
わたしは140点でした。

この点数が尺度に合わないと
おっしゃるかたも当然いらっしゃるでしょう。

私がいいたいのは

あなただけではない

ということです。

顔は水の上の白鳥のように
ポーカーフェイスですが
みんな押しつぶされそうになりながら
毎日何とかしのいでいます。
今日も一日終わっていきます。
やりたいこといっぱいあったのに
半分もできませんでしたが。
でもいいお天気で気持ちのいい一日でしたね。
明日もがんばりましょう。

ファンタジー

2011年02月21日
今年の大河ドラマは
「ファンタジー」だと言われている。

先回の明智光秀に会う江ちゃん
にはちょっとびっくりしたが
今回の織田家世継ぎの話し合いを
江ちゃんが襖を隔てたとなりで立ち聞きしているのは
いくらなんでも。
さすがに鼻白んでしまった。

記録の残っていない女性を
お話しにする載って大変なんですね。
この時期
史実的には
江ちゃんは9才の女の子らしいです。

だからあの髪型で
あの衣装なのね。

視聴率が20%を切ったって
言ってたけど
まだまだ立派です。

龍馬伝の2部なんて
15パーセントあたりをうろうろしてましたから。

ファンタジーで突っ走ってください。

もともとどれも
作り物は作り物ですからね。

私の大好きな
「渡る世間は鬼ばかり」

幸楽のラーメン屋さん
家族4人と3人のたぶん正規枠の従業員
合計7人を養ってます。
ファンタジー

息子はそう勉強しているふうでないのに
東大、公認会計士一発合格。
ついでに預かっていた子も東大ね。
この子も勉強はあまりしてなかったなー。
ファンタジー。

実家の料理屋「おかくら」
ここは家族2人の他に
パート並みの給与で
24時間を献身的に店に捧げて
働くおばさんと若い男の子の2人の従業員。
ファンタジー。

そしてつながる人の食事を
全部つくってあげてる、たぶんタダで。
ファンタジー。


「てっぱん」も
あかりちゃんと大家さんの
部屋にみんな泊まりすぎ。
今どきみんなホテルに行っちゃう。
ファンタジー。

実のお父さん
職業は新進気鋭の作曲家
そしていい人
ファンタジー。

でも楽しんで見てます。

「江」はあまり見ないと思いますが
「わた鬼」と「てっぱん」は
これからもずっと見ます。
ファンタジーを楽しみます。



雪のとけぐあい

2011年02月22日
2/8


2/9


2/10


2/11


2/12


2/13


2/14


2/15


2/17


2/18


2/19


2/20


2/21


2/22


あわててアップしたら
なんか順番が違っちゃって台無し。
正しい順番を想像して
お楽しみください。

プチ幸せ運び人

2011年02月23日
この間
「ごきげんよう」というお昼の番組に
見た目がむさ苦しい芸人さんが出ていた。
この人たちは笑っていいとものレギュラーで
佐々木希と一緒の曜日に出ている
2人組だ。
その2人のうちの中でも
癖毛の黒髪が中途半端に伸び、
メガネをかけて、
せめて髪だけでももう少し何とかならないか
と思えるその芸人さんが
「人に勧めたいこと」っていう
何かそんなような話の中で

「プチ幸せ運び人」

を心がけていると言っていた。

駐輪場の自転車が倒れていたら
起こしておくとか、

例えば自転車を借りて
タイヤに空気が入っていなかったら
入れておくとか、

ちょっとした気働きをする。

そして
それを言わない。

黙っている。

そして
もしそれを相手が気付いてくれたら
めっちゃうれしくなるという、
まあ、
それだけのことなんだけど。

見た目がむさ苦しい芸人さんで
それまでおもしろいと思ったことがなかったので
以外にいいこというなと思ったのよ。

いいことしても
言わないで黙ってるっていうのが
いいわよね。

いやあのね、
先日の懇親会で
おでんを作っていってね、
その中に大根があったのよ。
作る時に
面取りをしようかどうしようか
迷ったんだけど
まあやっとこうかな
と思ってしておいたのよ。

そうしたら
そのおでんを配る時に
配ってくださる方が
「大根、面取りしてありますね」
って気付いておっしゃってくださったのよ。
ああ、やっぱりやっておいてよかったって
とってもうれしかったのよ。

気付くのってえらいわ。

だからいいことやるのも「プチ幸せ運び」だけど
それに気付いてあげるのも「プチ幸せ運び」で、
往復がいいわよね。

ちいさくこつこつ
プチをねらっていきたいです。




イースター島

2011年02月23日
昼は暖かいけど
朝晩はまだまだ冷え込みます。

上段の瓦の水が凍って
昼近くなって気温が上がると
とけて
下の瓦の雪に刺さってます。




並んでつくつく立っていると
イースター島のモアイ像のようにも。

1個1個をすぐに
命があるもののように
感じてしまいます。

ひらひらと飛んでいる蝶が
羽を休めているようにも見えました。

小林旭の誠実

2011年02月23日
婦人公論2005年4/7号
今から6年前ですね。
この間ストレスの尺度表を書きましたが
それと同じ号に

美空ひばりの元夫は卒業
目覚めた時が誕生日
66歳の新アキラを見てくれ


というタイトルの記事がありました。

美空ひばりの元夫は卒業
とありますが
小林旭が美空ひばりの元夫だったなんて
知っている人は
60歳以上じゃないかなあ。
今「こばやしあきら」を変換したら
「小林彰」だって。
美空ひばりのことは知ってなくても
コバヤシアキラぐらい
ちゃんと変換しろよ
とパソコンにひと言、言って
いくら6年前でも
このタイトルはどうだろう
と思いますが
美空ひばりとの結婚離婚までの話は
結構おもしろかったです

 ひばりと最初に会ったのは『月刊明星』の「人気投票ナンバーワン対談」という企画だった。

月刊明星、平凡、懐かしいですね。

「あなた、恋人いるの?」と聞かれて、「いませんよ」と言ったら、翌日から猛烈なアプローチ。毎晩、行く先々に電話がかかって「お嬢さんは、若旦那が来ないとご飯が喉に通らないって言ってます」

若旦那、お嬢さん、
落語の世界みたい。

 行ってみると、水原弘、村田英雄、春日八郎といった当代一流が勢揃いしていて「よっ、ダーリン、待ってました。」それである日、家の前に黒塗りの車が停まって、ひばりのお袋さんと、後ろ盾だった田岡(一雄)さんが降りてきた。「天下のひばりが惚れたと言っとんのじゃ、男冥利に尽きるやないか。結婚したれや」。

加藤喜美枝と田岡一雄のコンビは
戦後最強コンビのひと組だろう。
このコンビを前に何かを断るなどと
まずできないよね。

 とにかく強引だった。うちのお袋が言ったよね。「アキちゃん、狙われたね。しょうがないね」って。もう、がんじがらめにされちゃったわけ。台本は先にできていて、俺に白羽の矢が当たったんだ。婚約の号外が出たときの俺の気持ち?「なんだ、こりゃ。あららら、俺は天下のひばりさんを嫁さんにしなきゃならなくなっちゃった」てな感じだよ。
 結婚式を挙げた頃はまだ他人事のようだったけれども、一緒に生活をするようになって愛情も湧いてきた。向こうも献身的で、仕事が忙しいだろうに朝もちゃんと早く起きて、俺を送り出す。料理の本なんか見て、一生懸命に晩飯も作ろうとする。夕方4時頃から作り始めて食えたのは夜中の11時だったこともあるけど(笑)、まあ、それはそれで素晴らしいな、と思うよね


そんな夫婦関係も
周りの思惑が大きく働き
1年半後には破局を迎える。
今日のタイトルは
そのあとに青山京子さんと結婚した
アキラが
京子さんを大切にした証として
語っている言葉だ。
アキラの誠実は
京子さんに対する誠実だ。

 結婚してよかったな、と思うのは、人間としての生活圏を確立することができたこと。彼女は俺が男として仕事の意欲を燃やせるように、最適の畑を耕してくれる人だ。俺、結婚以来、家庭の垣根を崩壊させるような浮気は一度もしてないよ。まあ、器用じゃないんだ


アキラは浮気をしていないとは言っていない。

「過程を崩壊させるような浮気」はしていない

と言っている。

無理をしないゆとりのある誠実。

この表現は適格だと思いました。
法律がこれに合っていないのが残念ですが。

若いときはこんなこと思えなかったけど
だんだんとね。

まずはお父ちゃんだろう

2011年02月24日
最近
子どもに
自分のお弁当を作らせる
という実践が流行っている。

たしか
四国の校長先生が始められた実戦で
感動を呼び
まずメディアに乗って
全国に広がっていったらしい。

去年の夏にじょうはな座で
講演会があり
(わたしは何かの都合で行けなかったけど)

城端小学校で
今年実際に実践された。
そのことについては数日前に
えっちゃんもブログに書いていらした。

実際に実践するのは
勇気が必要だったと思う。
作ってこられない子がいたらどうするか。
どうフォローするか。しきれるか。
そう考えると実践するのに
二の足を踏んでも当たり前だ。

もちろん
石川教頭先生を始め
きめ細やかな配慮があってのことだが
お弁当を持ってこなかった子は
一人もいなかったという。

やれるんだね。

実践に踏み切られた学校には
敬意を表したい。

しかし
講演会を実際に聞けなかったせいもありーの、

わたしはなんというか
いつも

子どもの先に
とうちゃんだろう。

と男子連中に思ってしまう。

子どもじゃないよ、
あなたですよ。

お父さんをとばして
こどもにきちゃって

おとうさん、
感心してるばやいじゃないのよ。

子どものお弁当作りはすごいし
そうなんだけど

でも子どもよりまず大人だろう。

大人の問題をすっ飛ばして
子どもに行ってしまったような
なんとなくすっきりしない思いがして
傍観者的なところから抜け出せない。

いつか
お父さんも
お弁当作りにまきこむ日が来るといいですね。

カラスの遊び

2011年02月25日
仕事場の車庫の天井
うす黄色いのはポリウレタンの薄いもので
自然にはがれ落ちてきた




下はこんなふうに散らかっている




しかしある日
カラスがここをつついているのを
見てしまった。

自然にはがれ落ちたのでなく
カラスの仕業だった。

そう思うと
急にこのポリウレタンゴミを拾うのが
腹が立ってくる。

ポリウレタンは食べられるわけでなく
完全なお遊びだ。

そういえば
この間の爆問で
カラスについてやっていて
滑り台を滑るカラスもいた。

そう言えば
大風の日に
田んぼの上で
風に乗って急降下を楽しむカラスを
見たこともある。

食べるためにだけ生きているんじゃないんだ。

そのことは
ある意味尊敬に値しますが
雪解けで
べちゃべちゃになった
ポリウレタンを拾うのはやれやれです。

そういえば
もうすぐ77777です。

教えていただけるとうれしいかも。

今日は「そういえば」を3つも使った割に
大したことが書けませんでした。
反省。

友愛

2011年02月26日
きのうカラスのことを書いていて
思い出したのが
羽仁進の
「ネコもキリンも見栄をはる」講談社

という本だった。

羽仁進は
ムツゴロウさんが出てくる前は
動物関係といえば
羽仁進みたいな
第一人者だった。

十数年前
羽仁進さんの講演を聴く機会があって
聞く前は「終わった人」みたいに思っていたが
とても印象深い話で
講演会で売っていた本を買ってきたのだ。

ちなみに
先日の山本益博さんの講演は
何かがもうひとつ
本を買うところまで足りなくて
(いや余計だったのか)
本を買わなかった。

カラスが遊ぶように
動物は生きるために最低必要のことだけを
やっているわけでない。
いろいろな楽しみも持っている。
しかし
「種の保存」
は人間をのぞいては
みんなそれを目指して生まれてくるんだし
がんばっているんだろうなって思ってた。

「セックスレスな愛のかたち」
という章で
アフリカに住むウシ科のインパラの話が出てくる。
インパラは一匹のオスが
20匹前後のメスをひきいて群れをなす。
それとは別にオスだけの群れもある。

 たまには、オスグループの一員が進み出てリーダーと対決することがある。
 案外にリーダーの体格の方が、挑戦者に劣っていることが多い。リーダーは食事をする時間が少なくなってしまうからではないかと思われる。それでも、勝負は、リーダーが勝つほうが多いようだ。気迫の違いが物を言う場合が多いのだ。
 今までは、この勝負も、「性」のためにおこなわれる、と解釈する場合が多かった。
 実際は、そう簡単ではない。群れの周辺にいるオスのなかで、コソコソとつきまとっている奴なんかが、むしろ数多くの性行為をこなしているのである。

(人間的、ああ人間的)
 オスだけのグループにしても、力比べはよくしているが、どちらかというと遊び気分でやっているほうが多い。また、舐めあってオス同士の友愛を楽しんでいる奴も多いのである。

羽仁さんは 恋愛←→友愛
という使い方で友愛を使われます。

鳩山さんよりわかりやすい。

 動物たちの世界には、広い友愛の行為がある。動物たちは、それを性の前段階としてやっているとは限らない。友愛は友愛として、見事に自己完結している、と思われる方が多いのだ。人間たちだって農耕以前には、たっぷりと友愛を楽しんでいたのではないだろうか。



世襲

2011年02月27日
城端時報の今月号のコラムで
松本久介氏が
政治家の世襲について
触れておられた。

政治家だって
継ぎたいといっても
当選しないと継げないわけで
そんな簡単なことではないだろうが
しかし
禁止しなければいけないほどなので
「継がせたい」何かがある
職業のひとつなんだろう。

10月にNHKのETV特集で
「なぜ希望は消えた?
 −あるコメ農家と霞ヶ関の半世紀−」
という番組があった。

この番組の主役の農業者の一人
山形県の佐藤章夫さん(68)は
荒れ始めたふるさとに疑問を感じ
10年前にJAの役員などの役職を一切辞め、
大学院でなぜ農業が消えていくのかを
研究していらっしゃる。

番組の最後に
なぜ農業が消えていくのか、
佐藤さんが研究を通じてわかったこととして
次の語りが入ります。

 いつの時代も農家は繁栄に取り残されない道を必死に探したという事実です。その結果、多くの農家が行き着いたのは、それぞれのやり方で、農業を抜け出す、ということでした。
 思えば、減反政策が本格化した頃から、農家たちはひそかに農業からの撤退作戦を開始したのです。それも、二世代、三世代にわたっての周到なソフトランディングを考えました。農家の多くが考えたのは、子どもを安定兼業農家にすることでした。そのために親は出稼ぎをし、懸命に耕地整理した70ヘクタールの土地を農外に転用して、子どもに高等教育を授けました。  
 そして今、生まれついての非農家世代が育ち、収入で引け目をとることがなくなりました。ここに至って、農業撤退作戦は完了しようとしているのです。


 我が家を考えてみてもこれはまったく当てはまっています。

 日本のコメ農家の平均年齢は60歳を超えていて、多くの農家が跡継ぎのない状態となっています。
 今後10年で恐ろしい数の農業撤退者が出ることが予想されるはずです。
 そのあとの青写真はどうなっているのか、今度誰かに聞いてみようと思いました。

世襲させたい職業
させたくない職業

親は、子の幸せを願うばかりなのですが。





何日いても一緒

2011年02月28日
ばあちゃんの七回忌の法事で
娘が帰ってきました。

せっかくなので
娘に着物を着せて遊びました。




お客さんが帰られるまで
バタバタしていましたが
気が付くと
娘は着替えて
帯の上に着付けの小物類が置いてありました。




いつの間にか
大人になったですね。

こうやってみると
畳が焼けてますね。
いつの間にか月日が過ぎてるんだなあ。


パートナーとのダンスの練習は
日にちを開けると下手になるそうで
2泊3日以上うちにいません。
昨日の夜帰っていきました。

2ヶ月も休みだっていうのに。

でも何日いても
帰りに寂しいのは一緒。

だから別にいいや。

帰る前に
トヤマの雪を楽しんでました。



この世はサンドイッチのハムに似て

2011年02月28日
同じ年代の子を持つ親として
NZの地震のニュースは
耳を塞ぎたくなる。

とはいいながらも
人というのは浅ましいもので

私がまず思ったのは
「自分の子でなくてよかった」だった。
ちょうど帰ってきていたので
隣に子どもを見ながら
幸せをかみしめる。

しかし
この幸せが
ずっと続くものではない。

この間からたくさん葬式を見たせいか
人はいつか死んでいく
そのことが深くインプットされた今冬だった。

瀬戸内寂聴さんの言葉が
そんな状態の私の心にすっと入ってきたので
書いておこうと思います。

 世の中は、良いことをしたから良い目に遭うというわけではないし、悪い人が得をすることだってあります。それなのに、たとえば昨今の殺人事件のような不可解なことが起きた時にも、人はそれを理屈でわかろうとする。でも、いくら考えてもわかりっこないですよ。たまたま被害にあった人はかわいそうですが、人の心の中には本人にも計り知れない闇が巣喰っているのです。そのような不条理な世の中を私たちは生きていて、だから、お釈迦様は「この世は苦だ」とおっしゃいました。
 事件だけじゃありません。去年から今年にかけて洪水、地震、津波など思いもかけない自然災害が次々と起こりましたが、それはこれ限りでなく、また起きるかもしれない。一寸先は本当に闇なんです。私たち人間には明日のことは予測できない、何が起きるかわからないのです。それを、仏教では「無常」と言います。そういう世の中で、現象にいちいちとらわれていてはノイローゼになってしまう。起こってしまったことはもう仕方がないのです。
 今、私たちはこの世、つまり「現世」に生きています。前世は「過去世」と言って無限で、死ぬとやはり無限のあの世、「来世」があります。これを仏教では三世の思想と言います。無限の過去世と無限の来世に挟まれた現世は、たかだか100年。たいていの人間は80歳ぐらいで死ぬと思えば、現世なんてほんの一瞬、サンドイッチのハムよりも薄い。その中で私たちは右往左往して、つらいとか苦しいとかお金がないとか、失恋だ離婚だと騒いでいるわけです。

       婦人公論2005年4月7日号
      「あなたに必要なのは気分転換」より



ハムのように薄い現世だからこそ
いとおしみたいですね。

明日がわからないからこそ
今を楽しむ。

やっぱり
愛かな。
作者 : はれあたま

 かなり生きてきて、でも、生きてきた中で今が一番楽しい気がしています。ブログに参加することでもっと楽しくなればいいなと思ってます。

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