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はれあたまダイアリー

いつも楽しく読ませていただいてきました。ちょっと自分でもやってみようかと思いました。

前川清に習う、人との付き合い方

2011年03月01日
去年から
なぜか農協の役員をさせていただいていて
先日
蓑谷地区のJA職員の方の初老のお祝いに
まぜてもらった。

主役の初老のお二人は
働き盛りで職場のホープでもあり
座は大いに盛り上がった。

途中で
何段重ねもの塗りの杯が出てきて
越乃寒梅がなみなみとつがれ
席を回っていった。

おお、懐かしい風景だ、
と感心して見ていた。

飲んでつぎ足し
飲んでつぎ足し
そのうちに杯には泡が浮いてくる。
しかし
それをものともせず飲んでこそ
一体感が生まれてくるのであって

「この泡がよいがいないか!」

と付き添いのかけ声とともに
誰一人ひるむことなく

えらいわ。

私もまねしていただいたけどね。







きのうの「鶴瓶の家族に乾杯!
のゲストは前川清

岸和田の町を歩くうちに
小腹が空いた前川さんは
たこ焼きやさんに入る。

自分の頼んだたこ焼きが来るまでの間
向かいの人のやきそばの皿に
箸を入れてつまみ食いし
他の人のお好み焼きも
了解もないまま箸を入れる。

前川清が
降りて
入ってく感じよ。

掴まれた気がしたわね。

いつでもできるわけじゃないけど
でも覚えておきたい
テクニックだと思ったわね。



すきなもの

2011年03月02日
ヨッテカーレの新作おにぎりです。




ヤーコンのきんぴら(160円)と
恋むすび(130円)

ヤーコンの歯ごたえがさくさくとして
ちょっと変わっています。




恋むすびは
2/14〜3/14のバレンタイン時期限定。

ホワイトデーにもどうぞ。

えっと私の好きなものは
きょうはこれとは別で

この子です。




こういうランドセルの担ぎ方
すきです。

わたしもよくこんなんで
歩いてました。

仲間です。

9条どうでしょう

2011年03月03日
 確かに日本国憲法は変だ。そして、その偏奇さには、それが占領軍の手で起草されたという事情があずかっていることも、事実だと思う。すなわち、敗戦国たる日本の武装解除を第一の狙いとして書かれたこの憲法は、自衛権という主権国家の基本的人権にあたるものを想定していないのだ。
 が、それでもなお、私は、日本国憲法を擁護したいと考えている。
 なんとなれば、私たちの日本国憲法は、奇妙ではあっても、実効的だからだ。

 それに、「普通じゃない」日本国憲法が規定している、「夢幻的な戯画のような」">(←H.g.ウェルズがその著書『世界史概観』の中で日本の近代史について使っていた表現。あんまり素敵なので、初めて読んだときから三十年以上たった今でも覚えている)
日本の国の姿は、なんだかジョン・レノンが歌っていた「イマジン」の国みたいで、とても魅力的だと思う。
 
 実際の話、日本国憲法における「日本」が、主権国家の体をなしていないというのは、ほぼその通りだ。が、そもそも「主権国家」が十九世紀的な概念である点に思い至るなら、二十世紀の半ばに出発した人工国家である日本国が、従来の国家とは違った相貌を持って生まれてきたことは、むしろ当然ですらある。
「占領軍」による「お仕着せ」の憲法である旨もたしかに度々指摘されている通りだが、条文を子細に読めば、日本国憲法の原案を作成したアメリカの若い法学者たちの抱いていた理想が、極めて純度の高いものであったことがわかる。
 おそらく、彼らとて、自国の憲法の条文を起草させられたら、ここまで大胆な理想を貫徹することはできなかったろう。
 理想である以上、若干ポエムっぽい点は否めない。文章が翻訳くさいことも。
 しかし、全体として、日本国憲法は悪くない。ほとんど美しいとさえ言える。
 なにより、国家観が良い。
 国家主義者にいわせれば、国防を放棄した国家は、タイヤを持たない自動車が自動車でないのと同じように、そもそも国家ではない。なんとなれば、近代国家の第一の機能はまず何よりも国防だからだ。

 が、新しい国家は違う。
 新しい国家は、主権国家が国防のために捨て石と考えていた当のもの、すなわち国民の生命を何よりも優先して防衛する対象としている。


      −三十六計、九条に如かず−小田島隆
     「9条どうでしょう?」毎日新聞社

      

学ぶのが遅すぎた

2011年03月04日
ニュースで話題になっているのは
例の予備校生の
メールを打つ速さばかりだ。

なんか違わないか。

まあ、
見つかってからは平謝りだっていうのが
余計に悲しい。

こんな大事になるとは
思っていなかったんだろう。
あまりに代償が大きすぎた。

カンニング

あさぎりさんがいちどきりの体験を
告白していらっしゃいましたが

わたしはいちどではない。

ここらへんをあまり掘りたくない。

しかし
小学校高学年になってくると
これがバレたらどういうことになるんだろう
というバレあとのリスクが
だんだんとわかってくるようになる。

卑劣な人間と思われてしまうことが
大きなダメージを受けることが
わかってくる。

この予備校生にも
遅くとも中学生ぐらいまでに
そのことを学んでいてほしかった。
大学入試では遅すぎる。
テクニックがありすぎた故に
ここまで騒ぎになってしまい
かわいそうだが
がんばってください。


そういえば
気志團もユダヤの団体から
衣装についての抗議を受けて
平謝りだった。
あまりかっこよくない。
しかし周りの人間も
まあいいんじゃないと
思ってここに至ったのだから
気志團ばかりを責めることはできない。

わたしだって
嫌悪感は感じても
そこまでの発展は予測できず
止めなさいまで言えなかっただろう。

無頓着になんでもありで
でもだから
「クールジャパン」と言われる
いけいけ文化が生まれ
輸出産業になりつつある。

だから
かっこは悪いが
わかったときにごめんなさいと
謝ってやり直していくしかない。
だから
いっしょにがんばりましょう。

「切実」

2011年03月04日
富山大学の入試問題で

「切実」が

漢字の問題だったのに
文中にすでに漢字が書いてあったというミスがあったとニュースで言っていた。

「切実」?

高校入試でなくて
大学入試?

しかも
基礎的な学力を問うセンター試験じゃなくて
大学独自の問題で

「切実」か…。

ちょっと簡単すぎない?
画数が少なすぎない?


新聞に載っている
センター試験の問題をたまにやってみたりしても
やっぱり難しくてできなかったりするから
一概には言えないんだろうけど。

たとえば今ネットで見てみたんですが
高校卒業程度は漢字検定2級程度
その問題は

・勝利は選手たちのソウケンにかかる。

・不法トウキがあとを絶たない。

・新しい教科書がサイタクされた。

・五輪をユウチする必要がある。

ということで
え、書けるかな?
と一瞬不安になるぐらいの漢字レベルだ。

何を言いたいんだか
よくわからなくなってきましたが。

私はよく抜き書きをしますので
文章を丸写しにするんですが、
そうするとあえて漢字にしないで
ひらがなで書かれている文字が
結構あるんです。
全部漢字にすると
読みにくいんでしょうね。
読みやすいようにひらがなになっている。
漢字からだんだん離れてるなっていうのを
感じるんですよ。

入試なんて漢字を学ぶ
数少ないチャンスです。
もっと骨のある問題を出しても
いいんじゃないんですかね。

きれいな星空

2011年03月05日
今日は
夜空の星が冴え渡っている

冬北斗木馬は木馬追い越せず

あさぎりさんの句が
頭をよぎった。

たぶん星空を見るたびに
思い出すと思う。

激しさと熱さと
冴え冴えとした美しさと
私は勝手に色をつけてますけど

ほんとうに好きな句です。


NZの地震に続き
3歳児の殺害事件のニュース

子供を奪われてしまうということは

半永久的に心から笑えなくなり

何年かはものの味がしなくなり

眠れない夜をいくつも重ねていく

ということだろうと思います。

NZの地震現場に立ち会われ
日本にお帰りになった
親御さんのお一人が
「現場に行ってみなさんが一生懸命やってくださっているのがよくわかりました」
とお答えになっていて
地獄にいながら
感謝の言葉を述べられる深い知性に
頭が下がる思いでした。

わたしだったら
とにかく誰かを恨む気持ちでいっぱいで
ぎすぎすになるだろうと。

暗いニュースが多くて。

明日は何か楽しいことを探してみよう。

止められない自己啓発グッズ

2011年03月06日
カレーハウスCoCo壱番屋のえらい人
宗次徳二氏の
(徳はちょっと難しい字ですが、この字を当てておきます)

達人シリーズ

日々のことば「早起きの達人」
同じく   「掃除の達人」





ほかに「人生の達人」「経営の達人」
もあります。

ひと月のカレンダー形式で
だから31の言葉があります。

たとえば
「早起きは勇気そのもの」
「早起きは続けても身につかない」
とか

「無理をしないとできないのが掃除」
「掃除は最高の準備運動」
とか。

でも
整理整頓の本とか
早起きの本とか
どれだけ買ってきたことだろう。

いつも「買う」止まり。

このままどこかに片づけておいたら
ひとつ1000円
ふたつで2000円
送料600円
振り込み手数料315円
払った甲斐がないので

仕事場にぶら下げておいて
みんなにも見てもらおう。
わたしより有効活用できる人がいるかもしれないし。

うざいかな。


バカを許す都市 東京

2011年03月06日
何回かこの番組のことを書いているけど

NHKの「東京カワイイTV」

この間は
シンガポールの謎の美人ブロガー
シャーシュエを探しに行くと
いうものだった。

一日7万アクセス 
企業も注目する国際派ギャルブロガー
とテレビでは言っていた。




了解を取って
彼女の家を訪問する。

プロのブロガーとして活躍する彼女の
クローゼットに入った
日本人女の子2人は
カワイイを連発。

シャーシュエは一枚の
ふわふわもこもこふちどりの付いた
プルオーバーを取り出して
自分の体に当てる。

すかさず
かわいいーの声が日本ギャルから。

「でもこれは暑いから
 シンガポールでは着られないのよ」


「じゃあ旅行用なんだ」

「そうね。
 でも他の国で着るとバカだと思われるから
 東京でしか着られないの」


そうなんだ。
他の国ではバカだと思われる格好が
東京ではできるのね。

いいじゃないの。

受け入れて受け入れて
どんどんいきましょうね。

安全に
バカがやれる東京。
日本全体この路線で行けないだろうか。
「ただしい」より「たのしい」の明かりをともして。










今日起きた時間は

2011年03月07日
めざましは5時20分
携帯のアラームは5時40分
二段重ねで朝に臨む。
普段より30分ぐらい早めに寝たし。

起きたのは…。

6時14分

時計も携帯も目覚まし音は
ちゃんと聞こえた。
起きよう、と思ったが

起きなかった。

「自分に甘い人は早起きしない」

5日のカレンダーの言葉だ。

吉祥天さまは毎日3時に
起きていらっしゃる達人だし

お仕事で早く起きていらっしゃる方も
大勢いらっしゃると思う。

っていうか、
6時14分は遅いよね。

納税額がずっと一番だった
斉藤一人さんの講演のテープの中で
「できなかったら一ヶ月後に銃殺、
 と言われてもできないことが
 本当に『できないこと』だ」

というのを聞いたことがある。

つまりたいていのことは
死にものぐるいになれば
できるっていうことだよね。

緊張感がないんだよね。

カレンダーをもういちど読み直して
明日トライ。


健康保険料値上げ

2011年03月08日
9.31%→9.44%

というと

たかだか 0.13%

月額 20万 増加額 100〜200円
   30万  〃  200〜300円
   40万  〃  300〜400円

ということです。
これを年額に換算してみると

月額 20万 増加額 1200〜2400円
   30万  〃  2400〜3600円
   40万  〃  3600〜4800円

年間に増えることになります。
会社も同額の負担が増えます。

去年8%台から9%台への
大幅な値上げがありました。
賃金が下がる一方で
衣装費は年々ふくらみ続けているので
今後も負担率の増加が
予想されています。

大変ですが
借金になるよりはまだまし、
とも思います。

借金には利息が付いて
恐ろしい増え方をしますからね。

社会保険料率は
みんなの意見を聞かずに
一方的に「上げます」
と言われるわけですが
背くわけにもいかず
そうですか

払うしかありません。

国の税金も
はやいうちに
0.3パーセントずつあげるとかすれば
そうですか
と払ったかもしれないのに。

いっぺんに5%っていうのは
えーーっって思っちゃうじゃない。

娘の大学は私立なので
大学の寄付金要請のお手紙とか来るわけよ。
まあ出せる範囲なら少しぐらいなら
と思わないでもないのよ。

でも
「一口10万以上」とか書いてあると
ええーーっっ!!!!て思っちゃうじゃない。
寄付してほしい方が
下限を決めるってどうなのよ。

これからは
細かい銭をたくさん集めた方がいいように
思うけど
でも「10万」と
私の思った金額とは
あまりに差があるので
やっぱり細かい銭は
面倒なだけで
力にはならんのかなあ。

そう言えば
ガソリンの値段も
ずいぶん上がりましたね。
なるべく用事をまとめて
ゆるゆると走るようにしよう。

寒さといい
あれといい
これといい

我慢の季節が続きますね。
がんばりましょうね。






ウメカヨ

2011年03月09日
ウメカヨ=梅佳代




これ女の子のポテトチップスがこぼれてる。

写真集「うめめ

2007年 木村伊兵衛写真賞受賞

この賞は写真界の芥川賞と言われている賞らしいけど

初版が2006年で
2008年に10版だよ。
ロングセラーのヒット商品だよね。

写真集「うめめ」の
最後のページの作者(梅佳代)紹介を見ると

 1981年3月23日石川県柳田村生まれ
 早く柳田村から出たくて、カメラマンになればイチローとか芸能人とかと結婚できると思って日本写真映像専門学校入学。
 専門学校対抗のソフトボール大会にかり出されて万博公園ででっかい犬に追いかけられてその後ろから飼い主も追いかけてきてその飼い主がもんたよしのりやってん


「天然」という言葉はあまり好きでないけど
どうして
子供のときの気持ちをなくさずに
大人になれたんだろう

本人さんを見ると思います。

写真はもっとすばらしい。

なんでこんなに
笑えるところを切り取れるんだろう。

ぞうのおしっことか
子供の変な顔とか
普通の水道だって

梅佳代の手にかかると
楽しい写真になっちゃう。

普通の写真家はいい写真を撮るために
たくさん写真を撮って選ぶんだけど
梅佳代は1、2枚しか撮らないのに
いい写真が撮れるらしい。

図書館に一冊会ってもいいと思うんだけど。

和みますよ。

勢いでしか結婚はできない

2011年03月09日
先日何かの番組に秋野陽子が出ていて
秋野陽子は50前後で
女の子一人で、バツイチで
という環境だ。

「再婚しないんですか?」

と司会の人に尋ねられて

「この年で再婚すると、
 介護がついてくるでしょ。
 それはちょっともう」

といった答えで
それはそうだな、とも思ったし
「介護してでも」という相手に
巡り会えていないのは寂しい気もする。

いやいや、きれいごとは言えない。
あたいだって介護はない方がいい。

 
 結婚というのは、通常の場合、一人の人間の一生涯にコミットするということです。洋服を買ったり、車を買ったりするのとはスケールの異なる意志決定事項です。このような重大な意志決定を人生の初期の段階で下さなければならないのです。最近は晩婚化が進んでいるとはいえ、やはり人生の早い段階で結婚の意思決定はせざるを得ません。
 普通で考えたら恐ろしくてとてもできないような一生の決断なのですが、人間は興奮状態にあるときは、リスクを怖れないのです。恋愛関係という興奮状態が作られると、周りが見えなくなり、どんな困難でもこの人となら乗り越えられると錯覚(!)します。
(中略)
 そもそも、「人生はファイナンスだ。この男性(女性)と一生涯共に生きる将来メリットの現在価値を、リスクに応じた割引率で求めると…」などと始めた日には、誰も結婚できなくなって、人類は滅亡してしまいますからね。
   
     「人生に失敗する18の錯覚」加藤英明
       第一章 自信過剰の錯覚


「錯覚」は人類が滅亡しないために
大切なものだとよくわかる。

「錯覚」は長くは続かない。

目が覚める。
両目がしっかり開く。

錯覚に気付く。

そこからこそが「人生」と
呼べるものなのかも。

美智子皇后の手

2011年03月10日
JAなんとの高齢者福祉ボランティアグループ、
ふれあいハーモニーの総会で
ラモベールの岡田さんの講演を聞いた。

料理人というより
漫談家のような雰囲気で
話がおもしろい。

ハーブについてのお話で
途中でハーブティーをいただいた。
サービスしてくださったのは
岡田さんの奥様。

この奥様の笑顔

素晴らしいのだ






ああ、ウメカヨのように
うまくいかない。
ぜんぜんうまく撮れない。

はにかんでいるような
優しい笑顔で
こんな人の傍で
暮らせるなんて
ミスター岡田は幸せな人だと思った。

お話しの最後に
草刈り十字軍が表彰を受けたとき
代表者として
天皇ご夫妻のお茶会に招かれた
お話しをしてくださった。

お茶会といっても
コーヒーとケーキで終わり
みたいのじゃなく
いろんなお茶やお菓子が出てくるとのこと。

何種類かのお茶、
あられ、
主菓子、
デザート系

フルコースだったとのこと。

気軽に話しかけられる
両殿下に感激なさった様子を
きのうのことのように語られる。

両殿下の話も終わりにきて
岡田さんが思いだしたように

美智子さんの手って
以外に節がしっかりした手なんですよ。
爪には血豆のあとがあったり
手に傷があったり
生活してる手に見えました。
それがまた素敵でした


とおっしゃっていた。

皇居の清掃奉仕団に参加して
美智子様を見かけた人が
オーラが出ていた
というのを聞いたことがあるけど

本当に素敵な方ですね。

美智子さんも
岡田さんの奥さんも極上の笑顔と手。

津波てんでんこ

2011年03月12日
そうですね
節電ですね
書いたらすぐに寝ます
すみません。

最初にお台場の火災がテレビで流れ
東京の娘が心配になりましたが
おかげさまですぐに連絡が取れ
安心しました。


今朝目が覚めて
きのうのことが夢だったらいいのに
夢だったらいいのに
夢だったらいいのに

5回ぐらい思った。

でもテレビは朝から
より無惨な現実の映像を流し続ける。


今日は津幡の義姉の四十九日の法事。

お経の合間の少し意味のわかる
フレーズがあった。

盛りに逝くもの
 人生の春を知らずして逝くもの
 人の命のはかなきこと
 風の中のともしびのごとくなり


今日のお経は
義姉のためというより
津波で亡くなった方々の冥福を祈って
手を合わせていた。
たぶん
居合わせたみんな
同じ気持ちじゃなかったかと思う。

津幡に行く途中
ラジオは地震情報が流れ続ける。

岩手には昔から
津波てんでんこ
という悲しい言い伝えがあるという。

「てんでんこ」というのは
こちらでも使うけれど
てんでんに、各々といった意味。

津波てんでんこというのは
津波はてんでんで逃げないといけない、
という意味。
足腰の立たない年寄りを助けたり
子供の手を引いていては
逃げられない、
てんでんに
自分のことだけを考えて逃げなさい
そうしないと
助からないよ、
という意味らしい。

つまりそれくらいにしないと
助からないよ
それが津波というものなのだ。


この間からの豪雪、
どっか他のところに住み替えたいとさえ思う。
母にそういうと
「んならどこ行くがいけ、
 いくとこないちゃ」

そうだよね。
ここにいるしかない。
住み替えるより
ここにいるのがまだ一番いいと思う。

何回も津波の被害を受けながら
「津波てんでんこ」
の言い伝えを残しながら
かの地に暮らし続けた
かの地のみなさんに敬意を表したい。

人の強さ、はかなさ、
弱さ、優しさ、
多くのことを学んで
また
明日に向かわなければならない。

二つのひどいこと

2011年03月13日
きのうの四十九日のお経のあとで
ご門主さんの法話があった。

「二つのひどいこと」について
話をしたいと始められた。

ひとつは
きのうからの地震のニュース
本当にひどいですね。

もうひとつは

そのニュースを学校から帰ってきた
2人の孫と一緒に見ておりました。
しみじみ思ったのは
「ああ、津幡でなくてよかった」
でした。
あれだけひどいニュースを見ながら
思うことは
自分でなくてよかった、
どこまでいっても「我」
ひどい自分に気が付きました。

とおっしゃっていました。

そこから
仏教の教えの中にある
「後生の一大事」につながっていったのですが
その関係はよくわかりませんでした。

でも娘と連絡が付いて
無事だとわかる前と後では
心持ちはあまりにも違ったので
法話のお話しはよくわかりました。




津幡はふきのとうが出ていました。

分け隔てなく春はやってきます。

被災地が少しでも暖かくなるよう
祈ります。

続けていけば何とかなる

2011年03月14日
今日の
いのさんのブログは
遠赤外線タイプで
じわっと今日一日心が温まった。

ありがとう。

11日は
ブログを書けなかったが
12日から
やっぱり書いている。

別に書かなくてもいいのだが
やっぱり書き続けたいと
パソコンに向かうけど
いのさんのようには書けないなあ。

ああくやしい。

きのうJAなんと女性部の総会で
城端麦酒の
山本勝さんの話を聞いた。




あのね
これはうまく撮れてないんだけどね
どっちかというとキム兄に似てるけど
話す雰囲気はどっちかというと
イチローなのよ。

今年で11年目になるんだって。
何度も経営危機を迎えながらも
少しずつ商品改良を加えて
地ビールの全国大会で金賞を獲り、
新しいビールは
出来上がり待ちで
今は手に入らないんだって。
楽ではないけど
少しずつがんばってるっていう
本物よ。
ずっと続けてれば
続けていさえすれば
何とかなるって。

本物が地元にいらっしゃって
とてもうれしかったわよ。

話もお上手だし
知的よ。

講演会講師をお捜しのみなさん、

逸材ですよ。

地震のご縁

2011年03月15日
東京に
遠縁のおばあさん、
テルコさんが
一人暮らしをしている。

2年前
娘が東京に行ったときに
私と娘とあいさつに行って
お祝いの金一封まで
いただいてしまった。

去年
夏に
また私と娘でおじゃまして
お昼に
近所のお蕎麦屋さんで
そばをごちそうになった。

むすめに
ときどきは顔を見せに
行って来たら?
と言っていて
むすめも、わかった、
と言っていたが
学校が始まってみると
サークルやらなにやらで

それまでそんなにつきあいのなかった
おばあさんのところに
一人で行くのは
わたしでも行かないと思う。

でも今度地震があって
この間の電話で
いちど顔を見に行ってきたら?
と言ったのね。

さっき電話したら
今、テルコさんのところにいるって。
今日泊めてもらうんだって。

ちょっとうれしいです。

上等のティッシュで鼻をかむ

2011年03月16日
銀行に用事があっていくと
表に
「義捐金受け付け」
と出ている。

用事を済ませてから

「この義捐金受付というのは
 送料はかかりますか?」

と窓口のマツモトさんに確認をする。

とんでもないというように
タダですタダです、
と2度繰り返される。

それで
もらった用紙に
日付と住所と名前とふりがなも書いて
最後に金額を書き入れて
自分の分と
それと代表の分と
二口に分けて
お願いしました。

そしたら
スコッティカシミア
ポケットティッシュ
6個入りを
2個もいただいちゃいました。




この銀行は富山の中では
一番大きい銀行で
大きい銀行というのは
景品がなくてもお客さんが来るみたいで
いつもは景品が渋めなのだが
その銀行なのに
がんばってんな
と思いました。

別に銀行に寄付したワケじゃないのに
銀行の人が
ありがとうございます
とみなさん言ってくださって
なんかちょっと
ツンとしました。

さあ、
これで
いつ花粉症になっても大丈夫。
柔らかティッシュで
鼻がかめるもんね。

ニューヨークタイムズの記事

2011年03月17日
みなさんいい話をたくさん載せてくださって
ありがたく読ませていただいています。

まほろばちゃんからメールが来て
MIXIのいい話を教えてくれた。
その中の2こ。


アフガンから日本に400万の支援。
アフガン自体、今戦闘が続いててヤバい上、アフガンにおける400万は相当の金額。で、寄付理由が「日本は復興を手伝ってくれたから、その恩返し」。
涙出てきた。


『お前今日なんで髪ストレートなん?
俺巻き髪の方が好きって言ったべ』
『そーだけどー、まいに出来る節電ってこれ位しか思いうかばなかったしいー』
電車の中でのギャルカップルの会話。
日本全体が自分にできることをを考えてんだな。
って実感して、なんかうるうるしてしまた。




あるメルマガに
ニューヨークタイムズの署名記事が
紹介されていました。

下記、友人から転送されてきましたが、とても勇気づけられたので、ご紹介します。まさに、ソーシャル・キャピタル(社会的資本)が世界から讃えられている日本。誰に見られていなくても、「お天道さまは見ている」と真摯に行動してきた、ご先祖たちに感謝です。

 ・・以下、引用・・

 新聞等で一部引用されましたが、
 「The New York Times」にこんなエッセイが掲載されました。

 「悲しみ」「不安」を少し癒し、「希望」「自信」につながる、日本への共感に満ちたメッセージです。


 ◆Sympathy for Japan, and Admiration

 日本へのいたわり、そして称賛

 痛ましい地震のその後、我々は日本の人々と思いを共にしている。
 これは日本で記録された最悪の地震である。しかし、私が本紙の東京事務局長として日本に住んでいた1995年の阪神大震災(6千人の犠牲者を出し、30万人の人々が家を失った)において報道した経験を思い起こすと、私はこう付け足さなくてはならない。
 「今後数日、数週間の日本を見ていよう。         私たちはきっと何かを学ぶだろう」

 日本の政府が特に地震をうまくコントロールしている、というのではない。政府は1995年の震災においては救助活動の管理を完全に誤り、他国から送られてきた薬や救助犬を取り上げて、その名を汚すこととなったのである。気も狂わんばかりの最初の数日間、人々はまだ瓦礫の下で生きていたのであるが、政府の無能によって不必要に死んだ人たちがいたのである。

 しかし日本の人々自身の忍耐力、冷静さ、そして秩序は、実にみごとであった。日本でよく使われる言葉に「我慢」というものがある。英語にはぴたりと当てはまるような訳はないのだが、言うならば"toughing it out."(耐え抜く)と同じような意味である。そしてこれが神戸の人々が実際に行ったことであった。畏敬の念を抱くほどの、勇気と協調性、共通目的を持って。

 日本の秩序と礼儀正しさに、私はしばしば感動していたが、神戸の震災後ほど、それに感動したことはない。神戸空港のほぼ全体が破壊され、街中の商店のガラスが割れていた。私は略奪や、救援物資をめぐる乱暴な押し合いへし合いなどの場面を街中探し回った。ようやく、2人組の男に強盗に入られたという店主に出会い満足したところで、いくぶん芝居がかったふうにこのように尋ねた。

 「同じ日本人が、自然災害を利用して犯罪に走るということについて、驚きはありますか?」店主は驚いたように「誰が日本人だと言ったのだ。外国人だったよ」と答えたのである。

 日本にも貧しい人々はいる。しかし他の国々と比べると、極端に貧しい人々はほとんどいないし、非常に高い共通の目的意識を持っている。中流階級が非常に多く、実業界の成功者であっても、儲け過ぎていると思われることを伝統的に恥じる傾向がある。そのような共通目的意識は、日本社会の構造の一部であり、自然災害や危機の後では、特に顕著に表れるのである。

 これについてはあまり良く言い過ぎてもいけない。日本の礼儀正しさの裏には、学校や職場におけるいじめや、不法行為によって利益を得るやくざ、政治家と実業家の癒着といった問題が存在する。しかし神戸の地震の直後、やくざまでもが被災者に食料などを配るためにカウンターを設置していたのは、衝撃的であった。そして日本の社会構造は決して壊れることはなかった。かすり傷ひとつ負わなかったのである。

 日本人のこういった冷静さは、日本語の中に組み込まれているといえる。人々は「仕方がない」と言うのが常であり、他の人にかける言葉として最も多いのが「頑張ってください」―耐え抜け、強くなれ―という言葉である。そして自然災害は「運命」の一部と考えられている。16世紀の日本を訪れたイエズス会の者による、古い記述を読んだのを思い出す。地震が村を破壊したその数時間後には、農民たちは自分の家を建て直し始めたというのである。

 忍耐強く、周りと協調して立ち直ろうとする精神は、日本人に深く根付いている。
 私はしばらく長男を日本の学校に通わせたことがあるが、幼い子供たちが真冬でさえ半ズボンで学校に行かされている光景を忘れることができない。気骨をつくるというのがその考えであったようだが、単に風邪をひかせるだけだと私は思っていた。しかしそれは「我慢」を徐々に教え込むためのまたひとつの努力だったのである。

 そして「我慢」こそが、日本が第二次世界大戦から立ち直り、バブル崩壊後の「失われた10年」を耐え抜くことを可能にしたのである。いやむしろ、日本人はもっと不平を言ったほうがいいのかもしれない。そうすればおそらく、政治家はもっと答えてくれるだろう。

 自然との関係性については、もうひとつの要素が関連している可能性がある。アメリカ人は、自分たちを自然と対立した存在として考え、自然を飼いならそうとする。対照的に日本人は、人間は自然の一部であり、それに身をまかせるものと考える。そしてその自然は、たくさんの地震をもたらしてきた。

 1923年の関東大震災は、10万人もの命を奪っている。日本語の「自然」という言葉は、たった100年と少し前にできた新しい言葉である。なぜなら、そのような概念をわざわざ表現する必要が、伝統的に無かった
からである。神戸の震災の後の本紙エッセイに、私が同じようなことについて書き、日本の最も偉大な俳人、松尾芭蕉の句で締めくくっているものがある。

    「憂き節や竹の子となる人の果て」

 日本の回復力と不屈の精神に、私は気高さや勇気を見出している。そしてまもなく世界は、それを目の当たりにするだろう。これはまた、綿密に編まれた日本の社会組織、その強さと回復力が、輝きを放つときでもある。私は日本の人々は必ず力を合わせてくれると信じている。その姿は、分裂と口論と私利私欲にまみれたアメリカの政治の現状とは対照的であると言っていい。

 私たちには、日本から学ぶことがある。私たちの思いは日本に向かっている。痛ましいこの地震に深い同情と、そしてまた、心からの称賛を表したい。

 By NICHOLAS KRISTOF
 (訳:英語塾 田畑翔子)

 原文:「The New York Times」ホームページ
 http://nyti.ms/gQXVsT





いかに前例がなく、いかに甚大で、いかに援助が難しいか

2011年03月18日
いつもブログをよんでいる
さとなおさんは
阪神大震災の経験者であり、
広告関係のお仕事の人らしいのだが


非常時においては、政府や自治体の対応とかマスコミの動きとかを批判しているヒマがあるなら、自分にできることを考えて自ら動くべきである

と身に染みて感じているとのことで

自分でプレゼンをして
政府の震災ボランティア室の一員となり
現地に向かうまでのことが
書かれていました。

官と民の連携を試みます

途中抜粋ですが

テレビとかネットで見ていると「なぜ物資が送れないのだ!」とかイラつくが、基本的に不可能なのだ。だって現地で拠点となるべき自治体自体が壊滅しているんだもん。道も壊れガソリンもないんだもん。津波で港が壊れて船でも近寄りにくいんだもん。そういう状況の中で、政府をはじめ、行政、自衛隊、警察、消防などは、とにかく「経験がない事態」に必死に対応している。

とのことです。

同じページのツウィッターのところを見たら
こんなページにつながってました。
これもかっこいいから見てね。

すげー。日本の土建業の本気を見た・・・。

強く楽しく

2011年03月19日
きのうは小学校の卒業式だった。




震災のことがあって
このようなセレモニーは
余計にこころにひびく。

小学校は送辞、答辞じゃなくて
呼びかけの形。

「いつも引っ張ってくださった
 おにいさん
 温かく見守ってくださった
 おねえさん、
 (全員で)
 ありがとうございました。」

みたいな感じね。

小学校のとき
この呼びかけのソロの部分を
やりたくてやりたくて
しかたなかったが
結局、やることなく
全員の部で終わってしまった。
っていうのはどうでもいいとして、

呼びかけの最後に

どんな困難にぶつかっても

強く正しく生きていきます


というフレーズがあって
とても真剣な声に
目が覚める気がした。

確かに
子どもたちがこれから巣立っていこうとしている
社会はこれまでより
ずっと厳しそうだ。
震災もあって子どもたちも
それなりに自覚しているように思えた。

この子たちのために
自分のできることは何なんだろう
と珍しくまじめに思った。

しかし
「強く正しく」は疲れそう。

「正しい」は「楽しい」に
変えてみよう。

「強く楽しく」
生きていってくださいね。 

テレビで被災地の卒業式も
報道していた。
校長先生が、
この地が復興する10年、20年後
君たちが柱となってこの地を支えてください、
みたいなことをおっしゃっていた。
避難所でもボランティアとして
働く子どもたち。

お願いします。
すみませんがこれからもよろしくお願いします。

卒業式からの帰り
車のラジオをつけたら
和田アキ子の
あの鐘を鳴らすのはあなた
が聞こえてきた。

  
  あなたに逢えてよかった
  あなたには 希望の匂いがする

  つまずいて 傷ついて 泣き叫んでも
  さわやかな 希望の匂いがする

  町は今 眠りの中
  あの鐘を 鳴らすのは あなた
  人はみな 悩みの中
  あの鐘を 鳴らすのは あなた

  あなたに逢えてよかった
  愛しあう 心が戻って来る

  やさしさや いたわりや ふれあう事を
  信じたい心が 戻って来る

  町は今 砂漠の中
  あの鐘を 鳴らすのは あなた
  人はみな 孤独の中
  あの鐘を 鳴らすのは あなた
  町は今 眠りの中
  あの鐘を 鳴らすのは あなた
  人はみな 悩みの中
  あの鐘を 鳴らすのは あなた


卒業生のみなさん全員に捧げたい。

どうして人を褒めるのか

2011年03月19日
わたしはその当時にすると
ずいぶんおそい結婚だった。
いや、おそいかどうかは関係なくて
それまで車に乗らなかったので
うちの人と一緒になって
ラジオ番組を聞くようになった。

それで好きになったのが
「人生相談」と
「永六輔のだれかとどこかで」と
「小沢正一の小沢正一的こころ」だった。

うちの人はこの中でもとくに
「−的こころ」が好きだった。

不良中年、うらぶれた中年おじさんの
ペーソスとユーモラスさと
しみじみと味わいのある語りは
長寿番組になるべくしてなってますね。
この3つの番組とも
今でも続いていますよね。

山本益博「大人の作法」(KKベストセラーズ)
という本の中に
小沢さんの話が出てきました。

 小沢さんといえば、一九七三年からいまなお続く人気ラジオ番組『小沢正一の小沢正一的こころ』が有名ですが、確かに話術の天才であり、その場にいる誰をも楽しい気分にさせる生粋のエンターテイナーでした。しかも、相当のプロ意識をもったエンターテイナーです。
 まず、小沢さんは相手を批判したり、厳しい物言いをしたりすることがありません。褒めて、褒めて、また褒めます。わたしの目から見ると褒めなくてもいいような人、褒めるところがないような人まで褒めるのです。
 どうして、そこまで褒めるのか?
 小沢さんの答えは「自分を隠すため」という意外なものでした。
 感情にまかせて誰かを批判したり、わかった顔で批評したりすると、どうしても自分の「底」が見えてしまいます。
 しかし、褒めているうちは「底」が見えません。
 つまり、褒め言葉は相手のご機嫌を取るためでなく、自分の正体、本性を隠すためなのだというのが、小沢さんの教えだったのです。


「褒める」というのは
案外むずかしいものですよね。
的はずれだったり
上っ面だったり。
いっぱい恥をかいてきましたが
「自分を隠す」手段として使えるとなると
「褒め道」を
もっと磨いていきたくなります。

小沢正一のほめ方は
相手にそんなことを微塵も感じさせない
そこっていうツボを押さえた
極上の褒め方でしょうね。
一回は一緒に飲んでみたいな
と思わせる方ですもん。

もうひとつエピソードが

 さらにわたしは、小沢さんと行動するようになって、ようやく「腰が低い」という言葉の意味がわかりました。
 小沢さんは普段からとても腰が低いのですが、これは比喩でもなんでもなく、本当にお辞儀の角度が違うのです。私たちが普通にお辞儀するのよりも、一五度ぐらいは深く頭を下げられます。
 小沢さんは弟子のような立場にあったわたしに対しても、叱りつけるようなことはありませんでした。


まだまだ修行が足りません。
がんばろう。 

トウキョウ

2011年03月20日
娘が今朝
東京から帰ってきた。

7時前に家に帰ってきて

お母さん
卒業式もなくなったし
授業も1ヶ月延びて
5月からだよ。

サークルの行事とか
テストとか
中止、延期になっていて
困っていたり
喜んでいたり。

買い物に一緒に行っても
ここは単三電池があるんだね、
とびっくりしていた。
買ってもいい?
いいよ、
何ならおみやげに持っていけば?

とにかく

東京は「暗い」と言っていた。

ネオンも普段より随分と消えているような様子は
ニュースでもやっている。

でもトウキョウの夜の町は
普段明るすぎる!

同じサークルの仲間でも
「これぐらいの方がいい」という人も
何人かいると言っていた。

余震もまだ連日続いているらしい。
2泊3日のつもりで帰ってきたのだが
話を聞くにつけ
もう少し長くいたら?
と、家族中で説得に当たっているところだが
トウキョウに何があるのか
早く帰りたがっているフシもある。
そこのところについて
ただいま事情聴取中。

英国王のスピーチ

2011年03月20日
夕飯を早めに食べ
うちの人とイオンに向かった。

今日の昼
「映画見に行かん?」
といちおう誘ってみたら

「いかん」

と即座に答えた夫だったが
しばらくして

「何見に行くが?」

と聞くので

「英国王のスピーチ」

と答えたら
あ、それなら行こうかな
見たかったし

ということで
いつもの如く
行きも帰りの車も
ほとんどしゃべらずに行ったのだが
喋って行こうが会話がなかろうが
2人でシニア料金になるのは
変わりがないのでうれしい。

いのさんがおもしろかったと
書いていらっしゃったのを読んで
行ったわけだけど
それがね

予想以上におもしろかった。

大森南朋の「ハゲタカ」以来、
久しぶりにパンフレットまで買ってしまった。




映画を見て改めてこの表紙を見ると
主人公のジョージ六世が
緊張の面持ちで正面を見据え
あとの2人が斜め横を見ている
この雰囲気が映画を表していて
改めておもしろいなと思いました。

中のコラムのページに

「英国王が抱える吃音コンプレックスは
 僕たちの心の声でもある」

というタイトルがついていましたが、

そうです
そのとおりです、
うまく自分を表現できない王は
わたしのどっかと重ね合わさります
と深く頷いてしまいました。

役目を果たそうとがんばりながらも
滑ってばかりいて
残念系の菅直人君も
私の滑り体験と重なって
とても他人事と思えず
うまくいくといいね
うまくいくといいねと
どきどきしながら
テレビを見ています。



映画の話に戻って
脚本家のデイヴィッド・サンドラーは
吃音で73歳にして
この作品でブレークしたといいます。

ガンの闘病中にこの作品を書き始め、
妻に離婚され
苦しい中から生まれた作品のよう。

あたしたちだって
まだまだイケますよ。
がんばりましょう。

言い間違い

2011年03月21日
糸井重里のほぼ日に
「いいまつがい」という
楽しいコーナーがあります。

それほどではありませんが
今朝のNHKのニュースの被災地情報の中で
(だから超シリアスな場面です)

アナウンサーが

「新千歳空港」を

「ちんしとせ空港」と読んじゃいました。

「チンしとせ空港」です。

この場面でこの読みが出てきて
アナウンサーがかわいそうになり
おかしくてたまりませんでした。
娘が隣にいたので
余計かもしれません。
ふたりでげらげら笑っちゃいました。

義捐金の額はいくらぐらいがいいか

2011年03月21日
さっきの言い間違いのことで
糸井重里の
ほぼ日を久しぶりに見た。

見てよかった。

目次から

糸井重里寄付に関して書いた6つのツイート

目に止まって見てみた。

寄付金の額について
具体的に言及している。

今回の地震では
小銭の寄付では追いつかない
と言ったことが書いてある。

糸井さんの表現では

「じぶんひとりを3日雇えるくらいのお金」

と書いている。

他のどこかで

余裕のある人は、年収の1/100

と書いてあった。
1年は365日なので
糸井さんの言っている額と
だいたい重なると思う。

しばらく前に「お金の話」という
本を取り上げたことがあったが
著者は新潟中越自身の被災者だった。
その印象として
最後はお金
だと書いていた。

お金は場所を取らないし
運ばなくていい。

私の経験からいって
あとでしよう、
と思っていると
ずるずると遅くなって
次第に状況も落ち着き
まあいいか
みたいになることがある。

なるべく早めに
ちゃっちゃと募金だけは
すませてしまおう。

ボランティアに行く代わりに
3日分の募金を明日。

この間も書いたけど
北銀ならティッシュがもらえますよ。

3号機点灯おめでとう

2011年03月22日
さっきニュース速報が入って
3号機制御室の灯りが点灯したと
ありました。

娘と二人で拍手して喜びました。

東電が責任を認めた
とありましたけど

原子力発電がないと
電力が足りない
そういう暮らしを
日本国中の私たちが享受していたわけですから
詳しい事情はよくわかりませんが
やはりみんなの責任でないかと思います。

この状況で
誰かが悪い
誰のせいだ
というそういう言い方は
とてもつらくなります。

詳しい状況はわかりませんが
みんなで背負っていくしかないような気がします。

計画停電も
そのうちもっと洗練されて
あまりダメージのでないやり方に
変わっていくと思います。

被害の大きさが報じられる一方で
売れない牛乳を被災地に配る生産者、
肩もみ隊を組織した子どもたち、
率先して用事をこなす子どもたち、
いろいろなボランティアの申し出、

工夫が生まれてて
すごいすごいと
拍手を送ってます。

明日がまた楽しみです。

自分の世界

2011年03月23日
きのう
3月11日から
初めてのお茶のお稽古だった。

どうしたって
震災の話題が口の端に上るけれど
来月にお茶会を控えていることもあって
みな真剣にお稽古する。

お客様役で
茶室に入る。

襖(ふすま)を開けて
扇子を前にあいさつ。
(まだ部屋に入っていない)

にじって茶室に入り
また扇子を前にあいさつ。

静かにお茶が点つのを待つ。

湯が煮える釜の音、
茶筅(ちゃせん)で茶を点てる音、
釜に水を差しておとずれる静寂、

襖を隔てた外とは
一線を画した世界。
震災も被災地も放射線も
少し遠くなって
今ある時間だけを意識する。

これは私だけの感覚なんですが
茶室って「宇宙」とつながってるんです。

でもみなさん
ご自分の世界があって
そこで
チャージしていらっしゃるのでしょうね。

たとえば

ぴいすけの母さんなら
キルト制作の針を持たれるとき、

いのさんなら
釣り糸を垂れられるとき、

ほそみちさんなら
棟方志功作品の前に立たれるとき、

あさぎりさんなら
五七五の世界に入られるとき、

とちのみさんは
やっぱり料理をおつくりになるときだろうか

などと勝手に
想像したりしています。

灯りをともしてくれ

2011年03月24日
娘が今晩帰っていく。

2泊3日の予定だったのを
2日間引き延ばした。

娘も普段なら
帰ってしまっただろうけど
今回はやっぱり疲れているようで
素直に滞在を延ばした。

こんな時は
家族で寄り添っていたい。
一緒にご飯を食べ
どうでもいいことで笑える
それがとても幸せなことだと
しみじみと
思えるから。

笑っている顔はいい。

ぽっと灯りが点(とも)るようで
まわりが暖かくなるようで。

「君がいなくなって寂しいのはがまんしよう。
 そのかわり
 その笑顔でトウキョウを照らしてくれ」

と娘に言ったら

「わかった」

と言ったが
しばらくして

「でもなあ」

とつぶやいていた。

娘にもいろいろあるようだ。
まあ、暮らすとはそういうことだけど。

はやく落ち着いてくれ。
トウキョウの町よ。
ひたすらそう願う。

何回もくりかえす話

2011年03月25日
何回も繰り返す話というのがある。
たいがいは
話す方のプチ自慢だったりして
聞く方は
またあの話か
と思ってしまう。

具体的にちょっと思い出せないが
ばあちゃんは
そういう話が多くて
機嫌の悪いときは

「ばあちゃん、それ、よう聞いた」

とイヤな顔でいって
ばあちゃんを少しがっかりさせた。

歴史は繰り返すもので
この間
娘と話していて
娘に

「それ、よう聞いた」


私が言われたのと同じことを言われた。

私は何を何回も言っているのか。

娘が小学校の時
少しふっくらしていた。
それを「デブ」という呼び方で
学校でからかう子がいた。
何回かそれを訴える娘に

「あの子は顔だけじゃなくて
 心までブスなんだね。
 いい?
 デブはやせれば変わるけど
 顔の不細工は一生治らないよ。
 一生治らないなんて、
 そんなかわいそうな本当のことは
 かわいそうだから絶対言っちゃダメだよ」

小学生の娘は真剣に「わかった」と
頷いていた。

中学校で軟弱体育系の部活に入った娘は
おかげさまでほっそりしてきて
というか
環境が変わって
性格も変わっていった。

まあそれは関係ないんだけど
あの時の言い方が
自分では気に入っていて
ことある毎に繰り返してしまう。

同じ話だけど
繰り返したいのだ。
聞いてほしいのだ。

おまんかっておんなじことしとるないけ
と空から見ているばあちゃんは
笑っていることだろう。

何回も同じことを言いたいという
仕組みがわかりましたので
これからは何回でも聞きます。

だからあなたも
私の話を何回でも聞いてくださいね。


「普通」の茶碗蒸し

2011年03月25日
中島屋さんのブログを拝見していて
メニューに

「普通の茶碗蒸し」

この「普通」にひかれます。

とあって
ああ、食べたい!!

と思った。

他ももちろんおいしそうだけど
とろとろの茶碗蒸しの玉子を思い浮かべる。

この「普通」が一般家庭ではむずかしい。

表面は固まっても
箸でつつくと
濁った汁が出てきて
中までは固まってない。
もうすこし
もうすこしと
火を通すうちに
外側がすが入っちゃって
見た目がイケてない
茶碗蒸しになっちゃうんだ。

それでも

COOPとやまの班の集まりで
山瀬さんのお母さんに
茶碗蒸しのことを相談したら
「玉子の量を減らしてみたら?」
とアドバイスをいただいて
そうしてみたら
かなり改善した。

前は2人に1個の割合で
玉子を使っていたが
今は3人で、いや、
4人分でも1こで十分。

かなり舌触りはよくなった。
でも雑な蒸しだと
やっぱり見た目荒い仕上がり。

あのとろとろ茶碗蒸しは
食べに行くしかないですね。

もう少しあったかくなったら
父と母を連れて
中島屋さんに行くんだ、
と、
楽しみにしているんです。





はじめてサイとマンボウを見た

2011年03月26日
最後に動物が一列になる中に

さいとマンボウがいて

ごめんなサイと
ただいマンボウ

だろうという予想はしていたが
今日はじめて

ごめんなサイ

ただいマンボウ

ひとりずつ紹介を見て
やっと見られて感激した。

おまけに

いってきまスカンク

までいたことに
今日気付いたのだ。

ですので全員そろうと

こんにちは(こんにちワン)
ありがとう(ありがとウサギ)
こんばんは(こんばんワニ)
さよなら(さよなライオン)
おはよう(おはよウナギ)
いただきます(いただきマウス)
いってきます(いってきまスカンク)
ただいま(ただいマンボウ)
ごちそうさま(ごちそうさマウス)
おやすみなさい(おやすみなサイ)

のようです。

そういえば
ローラさんもこの話題で
書いていらっしゃいましたが
先日の保育園の卒園式で
修了証を差し出す息子さんに
向けられたローラさんの笑顔が
とても優しくて素敵でした。
笑うとかわいいんだよなあ。


震災からの復興への道は
まっすぐでなく
曲がりくねった道に
障害物が次々と現れます。

いったいいつ解決するんだろうっていう
不安が襲ってきます。
それで
糸井重里さんの
ほぼ日を見ました。
今日の
「今日のダーリン」を読んで
ちょっと落ち着きました。

少しずつ前へ進んでいる、
そうですね。
それは間違いないですね。
進んでいる様子をイメージしながら
寝よう。

総理の記者会見

2011年03月27日
今日テレビを見ていたら

ミッツマングローブさんの肩書きが

「女装家」

になっていた。

いいよね。

NHKの震災に関する番組で
視聴者からの意見のひとつに

「総理大臣は
 毎日定時に
 東電社長やそれぞれの対策本部長全員を引き連れて
 進捗状況について記者会見してはどうか」

という意見があって
(確か50代大阪の女性の方だったと思いますが)
私もそうしてほしいなと思いました。

高校野球が始まり、
テレビも平時に戻って
情報が減ってきています。
NHKはチャンネルがいっぱいあるから
1こぐらいずっと
震災関連をやっていても
いい気がするんですけどね。

そのようにNHKに言おう。

うん。

被災地で働いた看護婦さんの日記

2011年03月28日
さとなおさんのブログ

ほぼ日両方に
紹介されていたブログです。

被災地で働いた看護婦さんの日記

もうお読みになった方もあるかもしれませんね。


指揮をとるリーダーナースのあいさつに次のような言葉があります。


『想像以上に現場は壮絶。甘い考えやボランティア精神の人はここでリタイアしてください。

現場ではどんな状況下においても絶対に泣かないこと。
私達は同情しに行くんじゃない。看護、医療を提供しに行く。あなたたちが泣きたい気持ちなんかより
現地の方々はどんなに泣きたいか。こんなに裕福な東京医療チームの涙なんて現地の人には迷惑や嫌味だからね』


直接、力になりたいと
多くの人が思うけど
力、技術がないとなれないのが
今のところのようです。
人を助ける技術があるって
かっこいいですね。



雪をよかすと
水仙の芽が
待っていました。
こっちも予定があるんだからね、
とあわてて芽を出しています。

今度こそ
本当にあたたかくなってくださいね。


十数年ぶりの新メンバー

2011年03月29日
先日
ごめんください
と玄関から声がして
出ていくと

赤ん坊を背負った
若い女性が
女の子の手を引いて
手に何か紙を持って立っている。

見たことのない人だ。
新手のお涙頂戴押し売りか?
と、一瞬身構えた表情になったと思う。

「婦人会の会費集めに来ました」

え?
婦人会?
そういえば
そうだった、
隣組の中の
若夫婦が離れを建てておいでたんだった、
えー!、お嫁さんが婦人会に入ってくれたんだ!

うれしいなー。

一瞬にしても物売りかと疑った申し訳なさと
婦人会に入ってもらったうれしさとで

「あらー、あんた、ありがとう」



「おじょうちゃん、
 おかあさんといっしょにまわってくれて
 おりこうやねー」

を2かい
繰り返した。

清楚な美しい顔立ちのお嫁さんだ。
女の子だって芦田 愛菜ちゃんに似た
愛らしい顔立ちだ。
うれしいな。

うちのところは
老人会入会とともに
婦人会卒業なのだが
若夫婦およびお嫁さんがいないという事情で
私が入ったときは
10件で10人の会員だったけど
だんだん細りで
今は5人だ。

それに
お嫁さんがおいでても
きょうび必ずしも婦人会に入ってもらえるとは
限らない。

十数年ぶりの新メンバー。

うれしい。

今日だって婦人会の義捐金を集めに
うちにきてくださった。
愛菜ちゃん似の女の子と
背中の子と3人で。

配りものの度に
若いお嫁さんとカワイイこを見られるのは嬉しい。

「ありがとう」

と今日も2回も言ってしまった。

またきてね。

今日は
商工会と
COOP富山と
婦人会と
JA女性部が
義援金を集めにおいでました。





日本は自信を取り戻す

2011年03月30日
3/11から数日過ぎた頃
トウキョウが放射能で危険になる
といった類のネット情報が出てきて
不安になった私は
「大丈夫かね?」
と娘に電話した。

娘は
「お母さん、広島の原爆でさえ
 他県へそんなに大きな影響なかったんやぜ、
 大丈夫だよ」
と言った。

そう言えばそうだね。
同じサークルに広島出身の子がいて
彼から聞いたところによると
広島は三方が山に囲まれている県で
それが幸いしたらしい。
とまあそれはそれで
とにかく離れているので
まず大丈夫。
わかりました。

でも
NHKはずっと
原子力関連のニュースがトップで
○○倍という数字が強力にインプットされる。

不安を余計に煽られている気がするのだけど。

と思っていたら

東日本大震災を試練に日本は自信を取り戻す――英メディアが見た大震災下の日本(2)

の中の

 私が疑問に思うのは、原発事故と津波の被害との報道のバランスが正しいかどうか、という点だ。数十万人が避難状態になり、十分に食物が配布されていない、高齢者が特に苦しんでいるという報道が出ている。原発事故の展開に注目が集まる中で、津波や地震の被害の現状を伝え、必要な支援が届くための作業がおろそかになるのでは、と懸念している。(一部抜粋)

というところを読んで
そうそうそういうことなんだよ、
とあいずちをうちました。

今日のクローズアップ現代でも
経済の負の連鎖が
ジャパンパッシングを促進する可能性があり
早急な経済復興が必要だと
内橋さんが語っておられました。

そういう中
こういう記事を読むと
少しホッとします。

事実は事実として大切ですが
復興へのニッポン全体のエネルギーのために
進んでいることを
もっともっといっぱい報道してほしいと
願います。




ボランティア マキ

2011年03月30日
私のブログにときどき出てくる
マキちゃんを

私のブログにときどき出てくる
まほろばちゃんは

「えらいわあ」

と褒める。

まほろばちゃんは
私を通してマキちゃんを知ったのだが
二人とも私より10前後若い。

年の近い人を
えらいわあと言えるまほろばちゃんも
りっぱだけど

マキちゃんは
ほんとうにえらいのだ。

どうえらいかというと
気持ちがボランティアだ。
奉仕の精神がほかの人より
ちょっと幅広い。
その「ちょっと」が絶妙で、
そしてそのことを
吹聴したり威張ったりしない。

そういう人には
いろいろな面倒事が舞い込み

「どうしてそれをマキちゃんが」

「いつまでそれをマキちゃんが」

と思うことがときどきあるが
変なよけ方をせず
よほどの暴投以外
受け止めようとするところがすごいのだ。

いっこいっこは
詳しく言えないけど
全体としてそうなのよ。

だからまほろばちゃんが
「マキちゃんえらいわあ」
というのだ。

この間
ちょっと元気になりたくて
マキちゃんに電話したら
震災の救援物資の
受け取りの世話に
連日行政センターに詰めていたとのこと。
成り行きでそうなったらしい。

なぜか
成り行きでそうなってしまい
抗わずにやっちゃうマキちゃんが
おかしくて
笑っちゃうのだが

知り合ってよかったなあ
と思うのだ。
作者 : はれあたま

 かなり生きてきて、でも、生きてきた中で今が一番楽しい気がしています。ブログに参加することでもっと楽しくなればいいなと思ってます。

2014 年
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