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はれあたまダイアリー

いつも楽しく読ませていただいてきました。ちょっと自分でもやってみようかと思いました。

親が最後に子にしてやれること

2011年08月01日
近年は大学生の就活が早まってきていて
3年生になった娘も
夏休み明けからぼちぼち始めなくては
いけないらしい。

「大学卒業したら帰っておいでるがいろ?」

あるいは

「帰っておいで言わんな」

とかおっしゃってくださることがあるが

「とにかく何とか就職してもらわんとね」

と言い逃れて終わりにするのだが、

帰ってきて就職された
とかという話を聞くと
内心穏やかでない。

でも
口を出さずにがまんしよう、
と、
今は決めている。

子供にとっても
人生は一度だからね。

その気持ちを応援してくれる
本の一文があったので
ご紹介します。

 私は、親が子にしてやれる大きな事業の一つは、別れることを上手にやってのけることだ、と考えていました。子供を教育しながら、しかも最終目的は独立を完成したその相手の前からさりげなく姿を消す。これは、常に感謝され、自分の与えたものを相手に確認してもらいたい普通の人間関係においてはなかなかできにくいことですが、親の愛情というものは、本来、無私の愛であるはずです。
 私には、息子が一人います。彼は、自分の希望で十八歳の時に名古屋の大学に進みました。私が息子の重荷にならないほうがいいと思っていたところに、幸い、息子が別人生を歩み出したのです。経済的には私たちが面倒をみていましたが、その時にいわゆる子育ては終わりました。
 それからもう三十五年以上が経っています。私と暮らした年月の倍は別人生を歩いていますから、趣味も何もかもが違って当たり前。もちろん、とても深く深く心にかかる存在ではあります。病気になったら気になるし、ちょっと具合の悪いことがあったら、うまくいくといいなと思う。しかしそれは長くよく知っている人だから気がかりなのだ。と、考えるようにしています。

(中略)

そして、子供が何かいいことがあって知らせてきた時は、よかったね、と喜んでやる。もし子供が犯罪を犯して刑務所に入ったら、出所した夜に、家のドアを開けて招き入れ、お風呂を沸かして、ご飯を食べさせてやる。子供がどうあろうと、それが親の大きな務めだと思います。


「老いの才覚」曾野綾子 KKベストセラーズ


ほかの人を羨みながらも
意地張ってやるもんねー、
と思っています。

もう子育ては終わってるんですね。
あとは
去り際を見せるだけ。

そうか、
もう終わってるのか。

久しぶりのプリマヴェーラ

2011年08月02日
って書いておきながら
写真を撮るのを忘れてしまって

なす、キュウリ、オクラ、ズッキーニ、まめ、
インゲン豆、エンドウ豆、ごぼう、にんじん、
トマトもいろいろ

ああ、そうだった
野菜の味がするんだった

今この野菜が旬だったと
改めて思い出すんです。

全体に
バジルが良く効いていて
さわやかです。

デザートがまたこれもう、
桃と、ブルーベリーと、たまりません。

レジで
プリマさんに
「うでをあげましたね」
と申し上げたら

「イタリアに行ってきましたからね」

とお答えになっていました。

イタリアに
恋してらっしゃる感じでした。

店内は相変わらず清潔で
お花も大変涼やかでセンス良く。
ペコちゃんのお力ですね。

あー、
写真がないもので
残念です。

どなたか
写真報告お願いします。

偉くなればなるほど

2011年08月03日
先日「ありがとう」の話を
書いたのですが
近しい方から

「私もありがとうを言ってみたが飽きてきた」

「本を貸して」

など関心を持っていただきうれしい限りです。

「ありがとう」

わたしも4万を過ぎた辺りから
ペースダウンしてしまいました。
でも
ありがとうは
気がついたら
一人の時、車を運転してる時
言っていますよ。

小林定観さんの本はもう
13、4冊になりました。

書いてあることはほとんど同じです。

掃除が大事
笑うことが大切
感謝して生きる

こういうことですが

本によって少しずつ
いろいろな情報が入ってきて
幸せに近づく気がしてうれしいのです。

少しも飽きません。
もっともっと読みたくなります。

で、
この中の
今日は神さまについて書いてあったところを
ちょっと紹介させてもらおうと思います。

タイトルは

「神さまは偉くなればなるほど腰が低くなる」

 私は中央大学の精神科学研究会というところで、超常現象や超能力、潜在意識・潜在能力などの研究をしていました。その指導教授が中西旭先生でした。
 (中略 ただの大学の同窓会なのに中西先生が話されるとなると他の大学の人がテープレコーダー持参で参加するというほどの方だと書かれています。)
 あまりにすごい方なので、だれも中西先生の向かいに座らず、ぽっかり席が空いていました。
 なぜか私がその席にいつも座ることになり、たぶんいちばん多く中西先生と話ができた人間だったと思います。
 その中西先生は、お会いするたびにこんなことを言ってくださいました。
「小林さん、あなたはお会いするたびに力をつけていらっしゃる。どんどん大きな力を身につけていかれてますね」
 私は先生の教え子です。年齢も、親子どころか祖父と孫ぐらい違います。それこそ、「おい」「おまえなあ」と呼ばれて当然くらいの関係ですが、中西先生は本当に絶対に、いばったり偉そうにすることがないかたでした。
 たくさんのお話をうかがったのですが、その中の一つ。
「神さまは上に行けば行くほど、腰が低くなります。いばったり、偉そうにすることは絶対にありません。ときには人間に対して、土下座さえもします。本当にすごい神さまは、とてもとても腰が低いのです」
 その話を聞いて以来、私は年下の男性に対しても、「さんづけで呼ぼう」と決めました。
 女性に対しては、それまでも年齢に関係なく「さん」で呼んでいましたが、年下の男性だけ、「君」で呼んでいました。
 中西先生の立場でさえ、私たちを「君」ではお呼びにならない。とてもとても衝撃を受けて、「実践」の一つとして、すべての人を「さん」で呼ぶことにしたのです。

    「幸も不幸もないんですよ」
     −人に、お金に、運に好かれる法則−
           小林正観  マキノ出版 


この国際神道学会の会長、
中西旭先生は
どんな方なのだろうと
アマゾンを探してみましたら
一冊だけ購入可能な本がありました。
それがこれです。




オビには
「神道会の歴史的名著、遂に復刊さる!」
 
とあります。

ワクワクして中を開いてみます。




あ、
ちょっと予想と違う。

でも
いつの日か
読める日もあるかもしれません。

いいんです。
表紙を見るだけで何となくありがたいので。

ありがとう、ありがとう、ありがとう、………。

生きている顔

2011年08月04日
「アイスブレイク」

講習会や人の集まった場所で
場の雰囲気を和らげるために
ゲームをやったり
ジョークを言ったりするのを
こう呼ぶらしい。

「CAP」(子供への暴力防止)
のワークというのをやっていて
何回か人前に立たせていただいたことがあった。
何しろ話の素人なので
アイスブレイク的な話もするのだが
アイスはブレイクせず
こちらから見える顔は凍ったまま…、

ということも何度もあった。

しかしへたくそな話でも
何人かはうなずいて聞いてくださったりするので
その方を心の頼りに話を進めていく。

話し下手を棚に上げて

聞き手の表情を較べてみると

女の人に較べ

男の人は表情が硬い。

溶けにくい。

でも
笑ってない、おこってない、泣いてない、
ずっと表情のない人の顔って
人というより
「物体」に見えてくることがあるんだ。

だから顔がそうなってる時って
「物」になってるのかもしれないね。

だから
ちょっとにこやかだと
生き物らしくていいと思うんだよ。

にこっとすると
人として生きる時間が
増えるような気がするので
なるべくそうしようって
今日は思ったんだよ。

2本目

2011年08月05日
今晩
高速バスで
娘のところに遊びに行くので
これから車の運転をするので
フリー
を飲んでます。

2本目です。

なんかけっこうほろ酔い気分に
なりますよ。


今日の午前中
「万華鏡」の写真家の
カザマさんに
お目にかかる機会がありました。

お話しするまでは
仙人のような方だな
と思っていましたが
お話ししたら
サンタクロースのような
方だな
と思いました。

どちらにしても
普通の人と神さまの間ぐらいの感じ。
暖かオーラがほわほわです。

いろいろな方にお目にかかれるということは
本当に楽しいことです。

ということで
楽しい今日の余韻を残して
高速バスに。

明日はメインの観劇
あさっては戸越かどっかの
食べ歩きを楽しみます。

行って来まーすv

HOT東京

2011年08月06日
一緒に行ったまほろばちゃんの娘ちゃん
高校生なので
ちょうど開催されていた
早稲田大学のオープンスクールに行ってきた。

すごい人の波でびっくりしてしまう。
学園祭のようだ。

文化構想学部の
「ジャパニーズ・サムライの光と影」
―歴史学のおもしろさ―
という模擬講義を聞いた。

600人入れる教室はいっぱいで
となりの教室600いっぱいで
中継されているとのこと。
同様に関西、九州にも中継されているとのこと。

多分いいお話だったと思う。
冷房の冷気にあたった幸せと
座れた幸せと
高速バスの疲れがあったのだろうか
うとうとと気持ちよくなって
気が付いたら
終わり近くになっていた。

不思議なのだが
終わり近くになると
自然と目が覚める。
お話される方の声のトーンが
変わるのかもしれませんね。

終わりの拍手はちゃんとして
出てきました。

廊下で
今お話になった先生に
私と同じ年ぐらいの
高校生を連れていらしたお母さんが
先生に質問していらっしゃいました。
いまどきな感じです。

暑くて、
人がいっぱい。
東京に来たなあって感じです。

昼間からビール

2011年08月07日
昼下がり

戸越銀座の焼き鳥屋で
生ビール

夕方
原宿のジョナサンで
一杯

夕飯は
安い中華料理屋さんで
いっぱい。


だって東京
暑いんだもん。

観劇

2011年08月07日
きのうの夜は
本多劇場で「奥様お尻をどうぞ」
というお芝居を観てきました。

ケラリーノ・サンドロビッチという人の
おしばいを見たいと思っていたからです。
横文字の名前ですが
ばりばり日本人の方だと思います。
どうして横文字の名前なのかはよく知りませんが。

古田新太主演で
半分以上はパンツ一丁で
パンツの2枚重ねばきで間から
マシュマロが出てきて客席に投げられました。
投げられた人がうらやましいような、
そうでないような。

原発処理をパロッたコントが
受けていました。
筋立てがよくわからず
小ネタでつながれていきます。

どんなにばかばかしいセリフでも
表情を崩すことなく
続いていくのはさすがプロの役者さんです。

サラリーマンNEOの役者さんが
3人もおいでたので
サラリーマンNEOの長編を見ているみたいでした。

うーん
でもしばいが終わって
席を立つとき
後ろの席の人が
「意味わからんし」
とおっしゃっていましたが
やっぱりそういう感じだったかな。

極楽の余り風

2011年08月08日
今朝
高岡について
今日はお仕事

東京に行っているとき
何となく
家のことが気にかかって
落ち着かなかった。

落ち着かないって言っても
ビールばっか飲んで
楽しんではきましたけどね、

家に帰って
仕事場に行って
ちょっと家に戻って
仕事場に戻ったら
そんな合間に限って
私への用事の電話があったりして
事務所に戻ってすぐに
ごめんごめん
って謝ったときに

あー、うち帰ってきたなー
っていう
実感がありました。

まわりのみんなに
ごめんなさい
っていう感じのスタンスが
生涯の私のポジショニングなのかも。

今日も暑い日でしたね。
東京は想像したより冷房効いてました。

でも地下鉄の駅の切符売り場は
ご覧のように3分の2ぐらいはお休み。




この間テレビを見てたら

暑い中
ときどき吹きぬける涼しい風を

「極楽の余り風」

と昔の人は言ったらしいです。

今年は節電で
より極楽の余り風がもらえそうですね。

一応
仕事をして
仕事をしていただいて
無事に一日が終わって
いい一日でした。





愛されている松桜閣

2011年08月09日
ほそみちさんのブログ

でご紹介いただきましたが
「万華鏡」のインタビュアーを
させていただくことになり

でもこんなこと書いちゃって
うまくいかなかったらどうしよう!

という恐怖心と
うれしい過ぎる幸せ感が
常にいっしょにそばにいるのですが

一号一号大切に
お手伝いできればと思っております。
ありがとうございます。
よろしくお願いいたします。

ということで

第一回目のインタビューは
松桜閣復元を実務面で支えてこられた
川村昭一さん午後1時半から県主催の松桜閣見学会が
あるということで
見学会のあとインタビューさせていただくことに
なっていたが

一回目なので
緊張していたので
午前中に
あらかじめ一度松桜閣を見ておくことにした。
黒部在住の友人のキジマさんに頼んで
一緒に行ってもらう。

まだ誰もいない
松桜閣の周りを一人の人が
見回っておられた。
キジマさんが「議員さんやわ」
と教えてくれて
黒部市の議員さんであるこの方に
キジマさんが話しかけてくれた。
いろいろお話ししてくださったが
お詳しいし、愛情のある口振りは
この方が建てられたのかな、
インタビューする人はこの人なのかな、
と思ったぐらいだった。

午後になって
見学会が始まる。

風間さんがお見えになり
いっぱい写真をお撮りになっていた。
風間さんはまとっている空気が違うので
すぐにわかる。

ああでも
万華鏡の真ん中の2ページ続きの写真は
本当に素晴らしい。

風が吹いている。

松桜閣より松桜閣。

っていうことで
元に戻って
川村さんにインタビューさせていただく。

そのときは緊張していてわからなかったけど
今から思うと
川村さんは
自分のやったことを誇張するとか
自慢するとか
そういった口振りが全くない
謙虚な方だった。
こういうひとはなかなかいるようでいないのだが

万華鏡のバックナンバーを
読み返してみると
万華鏡の登場者は
謙虚率が高いのだ。

いいものを取材していくと
いい人材に行き当たり
謙虚率が高いのだろう。

でも川村さんも
松桜閣への深い愛情が感じられ
やっぱりこの方がお建てになったのだ
と思った。

万華鏡の柴垣光郎先生の
文章を拝読させていただくと
やっぱりこの方がお建てになったのだ
と思うし

上野先生の文章を拝読すると
やっぱりこの方かもしれない
と思う。

深く愛されている松桜閣。
三人称はSheです。
愛されている貴婦人、
松桜閣です。





写真は二階からお庭を見たところ。
手すりが低く腰をかけて
庭を眺めるのに
ちょうどいいんです。
今は建築基準法があり
この高さの手すりは無理だそう。
私も座って
明治時代のヒロイン気分でした。










女は弱しされど母は強し

2011年08月10日
夕方
福光郵便局に行って
窓口で

「東日本大震災寄付金付き切手」
(80円切手に+20円で
 1枚100円
 20円は義援金となるらしい)

と張り出されているのが目についた。

これも何かのご縁と
そして少し見栄を張り
2シートくださいと
さっき
郵便物を受け取ってくださった係りの人に
言った。

そうしたら
「ありがとうございます」
とさっきより
さらに丁重にうれしそうに言ってくださって
「ハガキもいかがですか?」
と勧められたので
心の中で少し迷ったが
5枚いただくことにしたら
また丁重に
ありがとうございますを
重ねてくださった。

普段の取り扱い物の時とは
違うトーンの
「ありがとう」

寄付金への感謝
自分のためでなく
人のために深い「ありがとう」をおっしゃる
係員さんの姿は心地いい。

今日
「東日本大震災に学ぶ
 富山の防災・危機管理」

というお話を聞く機会があったのだが

その冒頭に

「女は弱しされど母は強し」

の言葉が出てきた。
女が本当に弱いかどうかは別として
「母になると強くなる」
のはどうしてか、
と問いかけられる。
もちろん
それは子供がいるから。
誰かを守ろう、助けようとすると
人は強くなれる
ということをおっしゃりたかったのだ。

防災の心構えとしてのひとつに
この
「誰かのために」
というのがあるとのこと。

誰かにやってもらおう、
と思っていると力が出ない、
自分だけでなく
誰かを助けよう
自分が先に動こう
と思うと力が出るということらしい。

ところで
女が弱いかというと
それがまたぜんぜん違うらしいという話は
また今度ね。




「ビキニ」の由来

2011年08月11日
きのうのJA理事研修会で
同志社大学 法学部長

村田晃嗣(むらたこうじ)氏の

「大震災後の日本経済と農業の復興」

というお話を伺った。

村田晃嗣と聞いてもピンと来ませんでしたが
「そこまで言って委員会」に
お出になっている
よく勝谷さんの横に座っておられて
ヒゲをたくわえた
細身の関西弁の先生でした。

講演中
テレビのことには一切触れられず
プライドが感じられました。

おもしろいお話でしたが
いかんせん
ごはんのすぐあとの
1時からの講演で
話の内容に関わらず
睡魔が襲ってくるのです。
(なんだか
 いつも居眠りの話ばかり書いてますね)

でもって
震災の話のいろいろ話をなさっていて
ご近所の中には
船を漕ぐ方もお見受けしたのですが

放射能関係に及ぶと
いつの間にか
みんな起きた。

真剣に
身を乗り出して
聞いている。
体の角度が違う。

関心の高さを改めて感じました。

放射能の話題で
1954年第五福竜丸の被爆の話題にも
触れられました。
第五福竜丸乗組員が
ビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験によって
被爆した問題ですが

「みなさん知ってます?
 水着のビキニっていうのは
 その今までにない露出度が
 爆弾並みにびっくりするっていうんで
 「ビキニ」って言うんですよ。」

とおっしゃって
少し驚きました。

ビキニ環礁のビキニだというのは
知っていましたが
この事故がベースの意味にあるのは
知りませんでした。

何か「ビキニ」って
言いにくくなっちゃいました。
でも別に着ることもないし
使うこともないから
全く困りませんが。

講演の本筋をまとめようとすると
とても手に負えないので
ワキ話でまとめてみました。

本筋は
またゆっくりいつかね。

迷惑をかけながらでしか生きられない

2011年08月12日
今日の夜は
会社の慰労会

うちはザ・3Kの仕事ですので
事故なくお盆を迎えられるのは
考えてみれば
奇跡のようなものです。

というか奇跡そのもの。

小林正観の本を読むようになって
事故のない毎日を
本当にありがたく思えるようになりました。

慰労会も
褒め上手のカタヤマさんが
いつの間にか上手にみんなを
順番に褒めてくださって
楽しく終わりました。

ということで
感謝の意を込めて
正観さんの本から少し。

というのも
先日

高速を運転することがあって

運転していると
ペシ、ペシ、と
小さな音が聞こえてきます。
虫が車のライトをめがけてくるので
その虫がフロントガラスに当たって
はじける音です。
その音を聞いていて
思い出した章をちょっと書かせてもらおうかなと。


 すごく怒っている人がいました。
「人に迷惑をかける生き方はしたくない。自分も人に迷惑をかけない分、人に迷惑をかけて生きている人は許せない。とくに暴走族などは迷惑ばかりかけて生きているのではないか」というような話をされました。

 暴走族が迷惑をかけていない、ということを言いたいのではありません。「私は迷惑をかけていないけれども」ということについて、ちょっと気になりました。
「私は人に迷惑をかけていないが」という考え方の中には、「私は何も迷惑をかけずに自分の力で生きている。私は正しく生きている」という概念があるように思います。
 本当にそうでしょうか?

 人間はたくさんのもの、人、動物、植物に迷惑をかけながら生きているのではないでしょうか。生きていくために米や麦を何百万粒と殺し、生涯に魚を何千匹、牛や豚を丸ごとで言うと何頭、何十頭食べてきたのかわからないのです。
 山道を来るまで走っているときに、蟻が必死になってものを運んでいるその行列をタイヤで踏みつぶしてきたかもしれません。刺されたと言っては、腕に止まった蚊をバシッと叩き殺し、食卓に止まったハエをハエ叩きで殺していたかもしれません。

「迷惑をかけないで生きるぞ」というのは一面では正しい考え方かもしれません。しかし、もう一歩進んでものを考えると、「人間は他の存在物に対して迷惑をかけていない」ということなどありえないと気づきます。

(中略)

「世話にならないで生きるぞ」とかなくなに決意するよりも、「自分は無力で大したものではないのだから、人に世話をかけながらでしか生きられない」と思い、まわりのすべてのものたちに感謝し、手を合わせて「ありがとう」と言いながら生きていくことの方が、ずっとラクに生きられる気がします。


「100%幸せな1%の人々」
−「すべてが幸せ」になる59の法則−
           小林正観 中経出版

       
食べ物が命であることは
考えたことがありますが
ドライブの犠牲としての命
まで考えたことはありませんでした。

それだけのことですが。

綾鷹

2011年08月12日
東京から帰るとき
だから夜行バスに乗るために
地下鉄の駅で
ペットボトルのお茶を買おうとして
爽健美茶を買いましたが
となりの綾鷹に
急須が付いていたので
珍しくて
カメラを取り出して
写真を撮りました。




写真を撮ってうれしくて
るんるんして

「見て見て急須だよ」

ちょっと離れていたまほろばちゃんを
呼んできて
急須を見せて
まほろばちゃんも
「あー、ほんまやー」
と言ってくれて

よかったよかったと
地下鉄の電車も来たので
乗り込んで
30秒ほどしてから
その時に買った爽健美茶を
持ってくるのを忘れたことに気がつきました。

なぜ結婚したか

2011年08月13日
この間真夜中のテレビで
居酒屋談義で芸人8人が
互いの人生相談に乗るという番組があった。

8人のうちで
回答者的なのが
ネプチューンの名倉、
続いて次長課長の河本、
あとの6人は
西岡すみこ、波田陽区、チュートリアルの福田、
ひろしです、吟じます、優香
だ。

他の事務所と較べてギャラが安い、とか、
H関係とか
真夜中の番組なので
言いたい放題で
いつの間にか真剣に見てしまった。

ひろしです、の人が
どうしてみんな結婚するのかわからない
結婚している人に聞いても
なんとなく、なりゆきで
のような答えで
説得力が全くない。
と話す。

名倉潤が
(出会うべき人に)出会ってないからや
と答えたあとで
ぼくは今の奥さんが自分より好きになった
初めての人だから結婚した。
それまで誰とつきあっても自分の方が好きだった。
でも自分より好きな人が初めて出てきて結婚した。

(念のために 夫人は渡辺満里奈さん)
と言っていた。

河本は

奥さんがよく似てたから。
僕の家は貧乏でお父さんがいてなくて
それも一緒だったし
お金がないときに
一つのパンを分けて食べるときも
笑って食べてくれた。
こいつなら大丈夫だ
と思って一緒になった。


真夜中のおちゃらけ番組だと思ったのに
じーんとくる話で
思わず聞き入った。

わたしは何で結婚したんだろう。

一緒にいていやじゃなかったから。

お婿さんになれる立場の人だったから。

もうすぐ30でその当時は
友人は大方結婚していて
あせっていたというのも
あったかもしれない。
いやそれが
とても大きかったかもしれない。

いややっぱり
この人となら
ずっと一緒にいてもいられるかな
みたいな。
そこかなあ。やっぱり。

25年経って
夫婦っていうのは
思ったのとはずいぶん違ったけど

明日からも
穏やかな毎日が
続いていけばいいなと
願っています。

ドームパン

2011年08月14日
きのう


おいしいパン屋さんの
パンをいくつか買ってきました。

娘といると
すぐに
買っちゃおうか、
ってことになっちゃうんです。

このパン




反対側から見ると




「ドーム」パン

と勝手に名付けました。

味がよくて
私が食べないうちに
娘のおなかに。

似ている顔

2011年08月14日
今日は地区の運動会




早食い競争に一緒に出た
ナガオ君の勇姿

ナガオ君は
生クリーム付きプリンを
二人羽織で弟に
食べさせてもらったので
こういうことになりました。




夫婦で
二人羽織そうめんというのもありました。

わたしは炭酸系を飲むのが得意なので
この前はコーラでしたが
今年はビールで参加させてもらいました。
ぬるめビールをストローで
一気飲みして
少しボーっとなった頭で
参加する炎天下の運動会というのも
なかなかいいものでした。

毎年
少しずつ競技内容が変わります。
みんなが楽しめるように
いろいろご苦労いただいています。

いないようで
けっこういる地区の若い人が
表に出て活躍してくださって
うれしい気持ちのいい
熱い運動会でした。

地域のなんにんかの
今まであまり知らなかった
お嫁さんの顔も
ゆっくり拝見したりして。

似てる。
婚家の一族に。
お義母さんに。
男性は知らず知らずのうちに
似た顔を探すんだな

と思ったお嫁さんが1名。

そう言えば
きのうの話じゃないけど
わたしも
うちの人が
穏やかで優しい母方の祖父に
顔が似ていた
というのも
安心感を持った一つだったかも
と思い出しました。

っていうことで
当蓑谷地区は
夜は「きもだめし」があるんだって。
地区改善センターから
山の入り口にある
杉の大木で鬱そうとしていて
昼間でも薄暗くてこわい
蓑谷神社に夜に行くんだって!

本物の肝試し。
しゃれてます。
私は大人だから行かないけど
でもそういうことやってもらってるだけでうれしい!
サービスで
本職のそれ系が
来てくださるかもしれませんね…。

子どもたち
がんばってね……………。
ほら、うしろ。

泣けます

2011年08月15日
他ブログで
紹介されていました。

陸前高田市の高校三年生なおみさんが振り返る震災の日

みなさんも読んでくださるとうれしいです。

地区運動会その2

2011年08月15日



になったナガオ君ですが
写真を何枚か撮らせてもらったら

「どんな顔か見せて」

とわたしのデジカメを見たい
と言ってくれて
モードを変えてナガオ君に見せたら
自分の顔に「わー」と言って

そばにあった用水で
顔と手のクリームを洗い落としました。




そしたら普通のいい男に




あ、そう言えば
きのう二人羽織の写真を間違えてました
ナガオ君が食べてたのはこっち




きのうのは
夫婦のそうめんペアの写真でした。

こちらが
夫に
山盛り5人分はあったと思われる
そうめんを食べさせた
二人羽織後ろのムラタさんのおくさん




「晩もそうめんにするわ」

とみんなを笑わせてらっしゃいました。

そう言えば
晩の肝試しにこどもが60人も集まったんですって。
帰省中のお子さんもいらして。

こわい神社に行く前に
ヤマダキヨシさんのこわい話を聞いてから
行ったそうです。
ヤマダキヨシさんは
有料にしてもいいくらい
お話上手な方ですので
さぞかしスリリングな肝試しだったでしょうね。

雨の一歩手前で終わったということで
空の神さまも味方してくださったようです。
よかったですね。

お盆の畦草(あぜぐさ)刈り

2011年08月16日
先日
突然の大雨に
田んぼの水を止めにいった母が

「はや草ひどい長なっとるわ、
 盆終わったら手伝い(てったい)してか」

と言っていた。

盆はまだ終わっていないが
お客もないけど
まだお盆なんだけど
特に今どうしてもやりたいわけでもないけど
でも気になるんだったら
ちょっと行ってみる?

という気持ちを

「そんなら午前中草刈ろうか?」

と短く表現したら
あら、そうね、
と喜んでくれて
午前中行って来ました。

うちの方は山際なので
くろ(田んぼと田んぼの間の境のあぜの斜辺)
が高いんです。
くろが高いと
草刈り機を大きく上下しないといけないので
しかも田んぼがぬかるんでいたりする
ところもあるので
脚力、体力が要ります。

これをほんのこの間まで
すべて母任せにしていたのですので
ごめんね、という気持ちと
これからは私ががんばるからね、
という気持ちで
でも途中からは
まだかな、早く端っこまで行きたいな
と思いながら刈りました。

途中で
同じように草を刈りに来た
近所の同級生の
タダシちゃんが
スイカを差し入れてくださいました。

草刈りとスイカ
というのはこれ以上ない組み合わせですね。
気が利いた差し入れに

後半は
タダシちゃんやるな
と思いながら
2本目のくろを刈りました。



100000過ぎました

2011年08月16日
おかげさまで
ご心配いただいた通り
なんだへちまださんが
マルボロへお出かけの間に
カウント100000を
越えることが出来ました。

この前みたいに
自分で自分のカウント
踏んじゃうのは
ちょっと寂しいかも

自分のブログを開けるのを
我慢してましたら




ちょうどいい感じのところで
0のサンドイッチ

たくさんの方に
ご覧いただいて
楽しい毎日を
過ごせております。

一日一度は
はれあたまブログ
なんて
自分でいっちゃうところが
恐ろしいですね。

お読みいただくみなさんの
毎日が楽しくなるよう
ネタを探しますね。
おもしろいことがあったら
教えてくださいね。

またね。

喜ばれるお金の使い方

2011年08月17日
小林正観さんの
「楽しく上手にお金とつき合う」 大和書房

正観さんの本は
ほとんど同じことが書いてあります。
でも何冊読んでもちっとも飽きません。
お金についても
今まで何度も触れてありました。

・トイレ掃除とお金の関係
・貧乏神と福の神は一緒の神さま
・まず使うと入ってくる

などなど

今回はタイトルから
「お金」が入っていて
読む先から楽しみでした。

この本の中に
「喜ばれるお金の使い方」として
あるおばあさんの話が
書いてありましたので
ご紹介したいと思います。

あるおばあさんの話
 
 人口3000人ほどのある村で、78才のおばあさんが亡くなりました。葬儀をあげたところ、村民の半数以上が参列したそうです。村長が亡くなっても、700人程度の参列者だったのに、そのおばあさんの葬儀には1500人もの人が参列したのです。
 このおばあさん、五五歳頃まで小学校の先生をしていましたが、ほかにはとくに目立ったことはしていませんでした。ただ、一つだけ特別なことと言えば、死ぬまで自分の教え子の店でしか物を買わなかったそうです。
 村に、大型スーパーやディスカウントストアができても、おばあさんはスーパーより二、三割高い教え子の店にしか行きませんでした。
 そのおばあさんは、いつもお店の人たちから、心のこもった、万感の思いを込めた「ありがとうございます」という言葉を浴びて暮らしていました。
「どこでもいいから、一円でも安く」ではなく、喜ばれるお金の使い方を実践していったのです。その結果、お金に困らない人生をまっとうし、おばあさん自らが喜ばれる存在になっていた。
 自分がいかに喜びたいかだけを考えていると、お金はちっとも入ってきません。人も集まってきません。誰かに感謝されることもありません。それが宇宙の原理・原則なのです。


なかなかこのおばあさんのようには
できないでしょうけど
正観さんは
一杯のラーメンでも
流行るお店より
流行らないお店で食べた方が
お金が喜ぶとおっしゃっています。

この前
私がネットで本を買った話をしたら
本はなるべく
本屋さんで買いましょうね
と言ってくださった方がありました。

全部は無理でも
なるべく
身近な小売店を使う
周りのお店で買い物をする、

できることはやった方がいいと
思いましたね。

そうすると
お金が喜んで
お金同志で相談して
じゃあ
もっとそっちへ行こうか
ということになるらしいですよ。

詳しくは本をお読みくださいね。
いつでもお貸ししますよ。

おいしいサラダ

2011年08月18日
お盆の16日は
いつもうちの人の実家に行きます。

今年の1月末に
お義姉さんが亡くなって
だから新盆になります。

お義姉さんの娘さん
ナオコさんとナオコさんの夫さんの
二人暮らしということになります。

うちの人の代が
もう二人とも亡くなったので
お墓に参ったら
さっと帰ってくるのが
常識的かもしれないのですが
お互いに年の近い夫婦ということで
今年も夕飯をいただいて
(うちの人はお酒もたくさんいただいて)
帰ってきました。

ナオコさんは
とても料理がじょうずです。
娘もここにいるときは
ナオコさんの料理をいただくのを
いつも楽しみにしていました。

今年いただいたサラダがおいしかったです。




堅豆腐とトマトとアボガドのスライスに
パプリカとタマネギのみじん切り
それにドレッシングがかけてありました。

テレビを見て作ったとのことでしたが
アボガドのコクが
他のあっさり素材とぴったりマッチして
おいしかったです。

写真を取り忘れましたが

干しエビと干しシイタケと冬瓜のあんかけも
からだに優しい
ホッとした味で
今度作ろうと思いました。

夫婦二人の暮らし

いろいろ教わってみたいこともありましたが
また
いつか
聞いてみようと思います。

連絡が先か行く方が先か

2011年08月19日
今日もどうしようかと
ちょっと迷ったので

1時に参りますと
そういう約束だったのですが
もともと
ゆとりのない設定の動きをしていますので
(っていうかその前までゆとりあり過ぎ)

出がけにちょっとした用事が入ったり

帽子だったり、ハンカチだったりメガネだったり
なくても困らないけど
でもやっぱりあった方がいいでしょ
的な物を忘れて取りに戻ったりして

あ、
ちょっと遅れますって
電話した方がいいけど
そんなヒマがあったら
少しでも早く行った方がいいかも

っていうか
気が急いて車を発進してしまう。

信号が赤になったらケータイで電話しよう。
ところがそんなときは
ひっかからずにすいすい行っちゃうんですねー。

でも何個目かの信号で
赤になって
電話を引っ張り出して
ボタンを押して
発信音が鳴り出したか鳴り出さないかぐらいで
青になってあわてて携帯を閉まって
また運転して
結局
連絡しないままに
あわてて

遅れてすみませーん

と飛び込んでいくことが
今日もあったので
こうやって書いてみると
安全面に不安がある行動なので

今後もう少しは気をつけないとね

と思いました。

みんな おんなじ

2011年08月19日
内野聖陽と一路真輝の離婚が
発表された。

今まで
内野さんのいろいろが
報道されていたので
やっぱりね
と思うぐらいで
別にいいのだが

あの内野さんの
いろいろ報道には
ちょっとびっくりした。

だって
朝ドラの「ふたりっこ」から
大河の主役
とても立派な俳優さんだと思っていた。

いや今でも
立派な俳優さんには
間違いないのだが

「男」だった。


なんかね、
男は
みんなおんなじだ。
どんなにイケメンでも
お金があろうとも
地位があろうとも

暴力振るったり
破滅型だったり
それは困るけどね。
そうじゃなくて

そう不利益をもたらさない
男のひとというジャンルは
みんな同じです。

嵐も
チャングンソクも
内野さんも
うちの人も
あの人もこの人も
みんな同じ。
っていう気がするんだよね。

だから
誰とやってもおんなじだから

あ、
でも
うちの人は私の家族に入ってくれたし
許してくれてる度合いは
大きいです。
ありがとうございます。

ちょっと気いつかいました。

でも男はおんなじっていうことが
年を取れば取るほどわかって
イケメンを見ても
あ、でもおんなじだし
と思ってしまうのが
寂しいようで
楽な面でもあります。

すごいお道具

2011年08月20日
今日は
朝茶事といって
夏の朝
過ごしやすい時間に人を招いてのお茶会の
練習ということで
普段とは違う
スペシャルなお茶のお稽古でした。

その詳細については
また今度お知らせするとして
この日
いちばん驚いたのは
この風炉先(屏風)でした。




葦(よし)が素材の
大人しい風炉先です。

お茶をいただいているうち
妹弟子のミカちゃんが
この風炉先の真ん中の蝶つがいの金具が
何だかでこぼこしてて
変な具合に光っていると
近づいてみたのです。

そうしたら
この金具が
鶴だった!
上の金具は飛んでます。




下の金具は立ってます。




気付くか気付かないかのところに
技が込められていて
やられたなー
と思いました。

肉眼では
小さすぎて
もうちゃんと見ることが出来ないけど
カメラがあって
はっきり見えて助かりました。




二次的応援

2011年08月21日
お盆休みにも
たくさんの方が
震災現地に足を運ばれて
ボランティアをなさっていると
テレビで報道されていた。

私より年上そうに見える方も
バスに乗り込んでいらっしゃって
偉いなあと思う。

現地まで
足を運んでいる人たちは
やっぱりエネルギーがあるのだ。

しかも
それにはまりこんで
何度も足を運ぶ方もいらっしゃる。

きのう書き込みをしてくれたキジマさんは
ある患者さんの会の事務局をしていて

いっしょにお世話をしていた人が
震災の方にずっと重きを置かれるようになり

今その会のお世話が結構大変かも
みたいな感じで
ワハハと笑っていた。

震災のボランティアに行かれる人はすごい
でもそのあとを埋めるボランティアの人もりっぱ
そのキジマさんを支える人もいらっしゃるだろうし、

いつか
あさぎりさんや
ほそみちさんも
お書きになっていらっしゃいましたが

目の前のことを
一生懸命やることが
まわり回って
震災の応援になるはずだ、


キジマさんの
笑いながら
大変だって言ってる顔を見て
思ったんですよ。

楽しい旅行

2011年08月21日
毎週火曜日に
お茶のお稽古に通っていますが
いっしょにお稽古している
若手メンバーが
最近とても熱心で
感心してしまう。

若いっていいなあ
とあんまり思わないのだけど
彼女たちを見ていると
若くて熱心で楽しそうなことが
うらやましくなります。

でその3人が
8月終わりにある
京都での流派のお茶の講習会に
行くことになりました。
行くことに決めたのは
6月の終わりだったかな。

泊まれないので
日帰りで。

あさイチのサンダーバードに乗って
午前中は講習会
そして午後は京都の散策、自由行動。

と午後の京都の自由行動が決まると
気持ちは午後のそっちの方へ。
って当然そうなりますよねー。

ネット見てるとほんとにいっぱいあって
きりがないんですよー。

とか

3人の意見がまとまらないんですよー。

とか

もう会う度
ああしようこうしようって
話し合ってるみたいで。

いよいよ
来週に迫ったけど
昨日の朝茶事で
その京都行きの話になって

その3人の中のひとりのミカちゃんが

でも使えるお金が
千円ぐらいしか
なさそうなんですよー。
その前にいっぱい出てっちゃってー。

とさびしく明るく言っていた。


たとえ
本当に千円しか使えないにしても
3人なら
楽しく回ってくるだろう。

っていうか
ああしようこうしようと
話をしている様子は
本当に楽しそうで

すでに旅行代金の
元を十分取っている。

よき仲間で
旅行プランを考える、っていうことは
長さとか
経費とか
関係なくステキなことなのだ。

こんな楽しそうな旅行を
見たことがない。
(まだ行ってないけど)

次の次のお稽古には
旅の報告が聞けるはず。
この3人にどんな顛末が待ってるのか
楽しみ〜。

教育関連二つ

2011年08月22日

見たのが
ワタミの渡辺さんの

教育“委員会”を再生せよ


さっき見たのが
内田樹の

教育基本条例

全く違う方向の意見ですが

教育について
国(政府)と関係なくやろうね

という点で同じです。

内田樹のブログは
途中で読むのをあきらめてしまう事も多いのですが
これはかろうじて
最後まで読めました。
途中いろいろ行って
言葉もむずかしいのですが
まとめは
優しい言葉が使ってあります。
辛口のユーモアもふりかけてあります。

ということで。

きれいな朝顔

2011年08月22日
おととい

風炉先屏風に驚きの蝶つがい

が付いていたことを書かせていただきましたが
あれは先生の所蔵品であるので
先生からその説明を伺っていたら
そんなにびっくりしなかったと
思うんですよ。

先生が朝茶事3時間ぐらいの間
それについては何にもおっしゃらずに
たまたまミカちゃんが見つけた
っていう
そのひっそり具合で
よけいに印象的だったんです。

見つけたミカちゃんもかっこいいし
先生もかっこいいなと
思いましたね。

朝3時に起きて
準備していただいた
お席の模様を少し。

懐石




粥と里芋団子のみそ汁、うなきゅう

そのあと
ごま豆腐に蟹身、だしを添えた椀、
(写真なし)

ジュンサイの酢の物




鮎の塩焼き





粥ではもの足りぬのではと
お免状を取られた方のお祝いもあり
お赤飯のおにぎり
敷いてあるのはミョウガの葉





八寸(山…干柿 海…鯖寿司 里…枝豆)





先生のお手による
数々の品を美味しくいただきました。

お濃茶のあとの
改まった席には
床のあとに
美しい朝顔が




あら、
お茶のところが
すっぽり抜けてしまいましたが
それはまた今度。



イチローは にらみ返さない

2011年08月23日
わたしが
高校生の時
同じクラスの女子のある人から人づてに

「はれあたまさんは私のこときらいだと思う」

と言われたことがあります。

その人のことは好きでもありませんが
嫌いでもありませんでした。
でも正直
軽い感じの女の子だったので
軽く見ている気持ちはあったかもしれません。

どちらにしても
顔がきつめで
普通の状態の顔なのに
こわいと言われたことが
ときどきありました。

感情のベースが
戦闘的で
けっこうそれが表に出ていました。

そこで
この間
正観さんのこの文に出会いました。

 イチロー選手が、ある日のインタビューの中で、このように答えていました。
「バッターボックスに立ったときに、デッドボールまがいの球を投げられることもある。どうしてもよけきれずに、当たってしまうこともあります。そのときに、ムッとした顔で投手をにらみつけることはしません。絶対に投手を見ず、下を見ながら黙々と一塁へ歩いていく。それがぶつけた投手に一番こたえることを僕は知っている」
 人間はすべてそうなのです。ぶつけた人間をにらみ返した瞬間に免責されてしまいます。にらみ返してしまうと、ぶつけた側の心の辛さがなくなります。
 しかし、ぶつけた相手が黙々と一塁に向かっていくと、とても辛くなるようです。

      
        −日々の暮らしを楽にする−
            小林正観 学習研究社

こわい系の顔で
人生を生きてきたことが
とてもチョロいことに思えました。

統計学

2011年08月24日
最近ときどき書いている
小林正観さんですが

正観さんの宇宙の法則は
何万人、何十万人の相談にのってきて

こういう顔、こういう手相の人は
こういう人生を
おくる傾向にある

という統計学であることがわかります。

たくさんの人を見てきた言葉だから
説得力があるのです。


きょう
院林屋(いばやっしゃ=城端地区にある八百屋)へ
買い物に行きました。

今は豆の収穫の時期で
袋に入った富山県産の
白と茶の豆が目にはいって
見ていたら
おくさんが

「この白豆買ってった何人かの人
 おいしい言われるよー」

と言われるので
白い方のを買うことにしました。




でもこの豆は家族のために買ったので
私はそんなに豆が好きでないので
その事を言ったら
いばやっしゃのおくさんが

でもねえ
 丈夫で長生きしといでるお客さん
 たいがい
 豆とかぼちゃ
 よう買うていかれるがいぜ、
 長いこと八百屋しとって
 ずっと見てきとるから
 まちがいない。
 かぼちゃやよ


と真剣に言われました。
プロの八百屋さん
店番ン十年の奥さんが口にされた言葉で
ぜったい間違いないという
確信がある様子でした。

みなさん

かぼちゃ"です。

元気に長生きしましょうね。

食事の心配

2011年08月25日



トイレに
お母ちゃんがさした
ウドの花

ウドの花は
幾何学的っていうんでしょうか、
ユーモラスでかわいいですね。

最近
福野に新しいコンビニが
できたということで
先日のお茶会でもうわさになっていました。

まだ行ったことありませんが
興味があります。
なぜかというと
先日
このコンビニが
ちきりんさんのブログに出てきたからです。

ひとり、二人住まいの高齢者の食事、
冬になると買い物に行けない、

など

民生委員や婦人会などで
けっこう出る話題です。
けっこう出る話題だけど
コストの問題などもあるし
どうしようもないよね的に
うやむやと終わっていく
話題でもあります。

コンビニが
このように乗り出してきているのは
さすがだと思います。

高齢化が進む町づくりのポイントとして
この日のブログ
なるほどと思わされました。

謙譲の美学

2011年08月25日
今日はJAの理事会で
寄り合いのあとに
生産課にキタムラさんに
用事があって寄ったら

かぼちゃで盛り上がっていて
そしていただいちゃいました。




このかぼちゃの名前は

スクナかぼちゃ

名前が「スキナ」か「スクナ」かが
この時話に上がっていて
「スクナ」が正式な名前だって
この時教えてもらったんですけど

このとき何となく
あ、誰か言うかな
っていう
予感はしたんです。

そしたら
やっぱり生産課にいらしていた
同じ理事のツカダさんが

「はれあたまさん、スクナくてごめんね」

あー、言っちゃったー。
トモダチで生産課のマエダさんが
すかさず

「おやじギャグや〜」

と笑顔返しで一段落したんですが

わかりやすすぎるギャグを
あえて口にするっていう

みんなを笑顔(多少なりとも)にして
賢さをひけらかさない類の
へりくだった
美しい行為なんだと
思いましたね。

私たちが出来ることは
マエダさんがお手本です。

「おやじギャグや〜」
と笑顔になることです。

お、かぼちゃが旬なんだと
ヨッテカーレに行って
かぼちゃを確認




ついでに
この前
この大根寿司がおいしくて
作ってるところがこの近所だって聞いたんですけど
と道を尋ねられた

権次郎漬けの
大根寿司(鰊=ニシン)も買って。




身欠きニシンを好きになるなんて
5年前まで思いもしなかった。

年をとるのって楽しいっていう
何万個あるうちのひとつ。

トヤマのかたち

2011年08月26日
吉祥天さん

ありがとうございます。
ずっと見上げて参りました。
わたしは書く数で稼いでおります。
そういうことだと思っております。

ということで
今日
ニュースの中部地区の
天気予報を見ていたら
トヤマ県が
いちばん左右対称に近くて
チョウチョみたいな
リボンみたいな
とても
愛らしい形に見えました。

海にも山にも近く
高速道も通り
この安定した形。
いいところです。

ナント市も
コロッケ型の
黄金比に近いような
安定したよい形ですよね。

ほら
形を何かに見立てるっていう
かたち遊び

ナント市がいろんなものに変身するのを
見てみたいなー、
っていう
ただの思いつきで書いてるだけ。

赤と緑

2011年08月26日
出かけようとしたら
私の前を
ブーンと横切って
草むらに止まったので。




保護色ですね。

病院に行ったら
こんなふうで。




上を見上げると




ヤマボウシの実です。

通りかかられたご老人に
「赤いですね」
と下を指さして話しかけたら
「(木の実は)おいしいんだよ」
と教えてくださいました。

帽子をかぶって
傘を杖代わりに
ゆっくりと歩いていらっしゃいました。
夕陽が当たって
とてもいい感じでした。

ご一緒しようかとも思いましたが
あまりにゆっくりで
やめてしまい
先にすたすた来てしまいました。

わたしも
いつか
あのように
待てずに残されて
ゆっくり歩く日が
来るんだろうなと

ちょっと想像してみました。

それだけだけど。

美しい絵

2011年08月27日
BSの朝ドラを見たあと
テレビをつけっぱなしにしていたら
世界的な絵画修復家・岩井希久子さん
(この前「プロフェッショナル・仕事の流儀」に
 お出になっていた)
の話で

そして
修復される絵が出てきた。

ベトナムの絹絵と呼ばれる
絹のカンバスに書かれている絵だということで
絵にはひびが入り
色がはげ落ちているのが
素人目にもよくわかる。

でも
たぶん私だけでなく
誰でも魅了されてしまうだろう
絵が醸し出す
優しく穏やかな雰囲気。

作者は
ベトナムの絹絵画家
グエン・ファン・チャン
この絵のタイトルは
牛に乗って川を渡る女

グエン・ファン・チャンは
戦争の時代に生きた方ですが
一貫して平和な農村風景や美しい女性の姿を描き続けたと番組で紹介されていました。

この絵も
アメリカの攻撃が激しい時代に
書かれた一枚とのことでした。

厳しい時代にあえて
美しいもの、優しいものを見続ける、
その強さに圧倒されます。

東日本大震災は
多くの人が
自分の生き方から見つめ直した機会だったと思いますが、
わたしも
自分に何が出来るか考えました。

それで
「なるべく怒らないようにしよう」
とひそかに決めました。
大切な時間を「怒る」ことで使うのが
もったいないと思ったからです。

でもひそかに決めただけあって
いつの間にか
忘れてしまって
どうでもいいことで
怒っています。

今朝
この人の絵を見て
あらためて
やっぱり
あんまり怒らないようにしよう
と思いました。


このグエンさんの絵こそ
ほんとうの「怒り」です。

やさしく、穏やかなものこそ
強く訴える力を持っているんですね。

グエンさんの絵のように
人生を表現したいじゃありませんか。
まあ、だから
むずかしいけど
そこを目指したいなと
やっぱり思いましたよ。



稲刈り

2011年08月28日
きのうは
天気予報とはうらはらに
終日
今にも雨が降るぞ、降るぞ、と
おどされているような
お天気で
この晴れ間を逃すまいと
朝早くからコンバインの音が
ひびいてきた。

夕方
道には落とし物が




だって連日の雨で
田んぼは やこくて(柔らかくて)
大変。





トイレにはいると
となりの家の米の乾燥機の音が
ゴーと聞こえてきた。

そして今日も
朝からいいお天気




うちの人は
きのうは稲刈り
今日はもみを運ぶ車の運転ということで
連日ありがとうございます。

では
わたしは
遊びに行ってきます♪♪

空海と龍馬

2011年08月29日
きのうは小林正観さんの話を
聞きにいってきました。

京都での講演でしたが
100人以上の人で
九州から北海道から。

宝塚歌劇でけっこう慣れっこですが
好きな人が好きなところに
全国から集まる
そういういい時代なんですよね。

本を読んでいるだけの時には
自分と正観さんと1対1の関係。
でも講演会に行くと
私よりはるか前から
はるかに入れ込んでいる
大勢のみなさんを目の当たりにして
圧倒されます。

宝塚歌劇で慣れてますけどね。

ということで
5時間講演が幕を開けました。

ダジャレが多いと
ネットで読んではいたのですが
想像以上のダジャレの連続で
会場を包む雰囲気が
最初から最後まで
ゆるゆるしていました。


「空海と龍馬」

違う時代を生きた二人ですが、
空海の没した年が835年
そのちょうど千年後1835年に
龍馬が生まれるそうです。

空海は
18歳で都の僧侶養成所、大学のようなところに
入るのですが、1年で止めてしまい
その後10年間隠遁生活を送ります。
そして出てきたかと思うと
唐にいって勉強したいと言いだし
唐に私費で留学する場合
20年分の諸々費用が必要なのですが
それを家族親戚が集めて
空海に渡すのです。
大学をやめて、10年間ふらふらしていて
出てきて留学したいという息子に
はんぱでないお金を集めて渡す、
今の時代でさえなかなかできないことです。

龍馬は
15歳まで夜尿症だったとのこと。
174?、100キロ以上で
剣道柔道の達人だった乙女姉さんが
龍馬がいじめられたと聞くと
相手の子供を投げ飛ばして帰ってくる、
そして、龍馬が18歳の時まで
添い寝をしたそうです。

つまり
二人とも
徹底的に甘やかされて育っている

ということでした。

中途半端でなく
徹底的に甘やかすと
天才に育つかもしれませんよ

とおっしゃっていました。

続きはまた今度。


 

三条まで歩いたんですが

2011年08月29日
きのうの講演会は
ハートピア京都
というところであったので

アクセス地図で見ると
京都駅をまっすぐ上って
大きな道2本を横切れば
もう着いちゃう感じなので
時間もあるし歩いていこうと
歩き出しました。

まず七条警察署




藤田まことの刑事ドラマって
こういう名前の感じじゃなかったけ
とか思いながら
歩いていくと
ビルがなくなり
大きなお寺が

東本願寺
はと豆を売っていたので
余裕こいて
やってみようと
豆を買って
何しろ私はブロガーなので
カメラを取り出そうとしているうちに
事情がよくわかっている鳩たちが
豆はまだかよ、まだかよと
3匹も腕に止まってきました。
すごい人気です。

集まってくれたハトのみなさん


落ちこんだときに豆やりはいいかもしれません。
あ、でも京都まで来るのがちょっと大変かも

神々しい山門。




あ、このまえカンブリア宮殿に出てきた
スーパーホテルだ!


やっぱり満室




で今度は五条警察



三条警察もあるんだろうか

でスターバックスの前で
9/1から売り出す新商品の
味見をさせてもらって





歩いても歩いても着かなくて
道もずいぶん横切ってきたはずなのに

烏丸御池で結局地下鉄に乗ったんですが
帰りに駅まで地下鉄に乗ったら
このとき地下鉄で4駅分
歩いたことがわかりました。

1時間でしたが
楽しい散策でした。

空海と龍馬

2011年08月30日
きのうの続きです。

空海が隠遁生活に入ったのが19才
龍馬が江戸に修行に行ったのが19才

旅立ちは19才

空海は804年、
遣唐使4隻のうちの第二隻に乗り
橘逸勢(たちばなのはやなり)と同じ船に乗る。
中国で唐長安青龍寺の恵果和尚に師事し
あり得ない早さで三法の免許皆伝者となる。
外国人であり、やってきて間もない空海が
翌年の恵果和尚の葬儀の最高責任者となる。
二十年滞在するはずだったが
日本の国変により二年後に帰国。
同船した橘逸勢が嵯峨天皇妃のいとこであった縁から
天皇に謁見。
嵯峨天皇の心をとらえ
いちやく仏教界の中心に躍り出る。
讃岐平野のまんのう池の修復には
三ヶ月で35万人を動員する。

龍馬は
浪人の身でありながら
土佐藩主山内容堂を動かす。
薩摩、長州というめちゃめちゃ仲が悪かった藩が
一民間人の坂本龍馬の仲介で同盟を結ぶ。
どちらも常識的に考えてありえないこと。

史実を見て二人とも
人を説得するのにほとんど時間がかかっていない。
会う人会う人がみんな味方になる。


空海は福州から長安まで2,500?を50日で歩いた。
龍馬の晩年6年の移動距離は48,000?にも及ぶ。
(1年平均8,000?)

二人とも健脚だった


続きはまた明日。




クロネコヤマトのお話

2011年08月31日
ほぼ日で
震災での活躍に心を動かされた
糸井さんが
クロネコヤマトの社長さんに
インタビューしていらっしゃいます。

明日が最終回で
終わっちゃうと
いつ消えちゃうかわからないので
読めるうちに
と思って紹介させてもらいます。

クロネコヤマトのDNA

間に入っている
写真がどれもヒトらしくてステキ。
こういう表情で話させるのが
糸井さんのワザなのでしょうね。

京都旅行みやげ話

2011年08月31日
先日
こんなのを書きましたけど

きのうの夜のお稽古で
話を聞かせてもらいました。

っていうか
まずおみやげをいただいて




かわいい一筆箋です。
私は社中のみなさんに
お菓子さえ買ってこなかったのに
私にまでおみやげを買ってきてくれて
のっけから
参りました。

で、三人が持っていったっていう
「旅の栞」を
見せてもらいました。
これは三人のうちの一人
マリちゃんのお手製。

表紙は京都を意識した和風の絵




1−2ページは旅程と講習会の場所




3−4ページは流派の歴史・茶風・系譜




5−6ページは散策予定地の地図
地図は広げると伸びる




7−12ページはショップリスト




13ページは路線図で
14ページはメモ




裏表紙は京都市の市章で締めくくり




ハガキの大きさのこの栞は
持ち歩くのにも便利そう。
愛があふれた栞に
びっくりした。

先生が感心して所望されたのを
わたしもブログに書くからちょうだい
と頼んだら、先生が
じゃあ早いほうがいいからと
私に譲ってくださったのです。

京都に行くときには重宝します。
大事に取っておきますね。
ありがとう。

講習会には
菅夫人もお見えになったそうです。
しばらくお休みなさっていましたが
もう終わられましたからね。

流派の茶室を見に行った話とか
迷いながらお茶のお道具を買った話とか
楽しい話をいっぱい聞かせてもらいました。

楽しみにしていても
実際行ってみると
さほどでなかったっていうことも
あることですが

予想を上回る楽しさだったようです。

すごい。

お稽古でおみやげの阿闍梨餅

をいただいて
これは皮がもちもちしていて
おいしいんです。

これだけ楽しんで
楽しさを分けてくれて
すごい三人を見上げながら
(一人は都合でお休みでしたけどね)
お稽古をしました。





作者 : はれあたま

 かなり生きてきて、でも、生きてきた中で今が一番楽しい気がしています。ブログに参加することでもっと楽しくなればいいなと思ってます。

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