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はれあたまダイアリー

いつも楽しく読ませていただいてきました。ちょっと自分でもやってみようかと思いました。

カーネーション

2011年11月01日
「渡る世間は鬼ばかり」が終わってしまい
確実に見るドラマは
朝ドラだけになってしまった。

それが
朝ドラがここのところずっとおもしろい。

「カーネーション」も
見ずにはおれない。

先日
ドラマのタイトルの
「カーネーション」の意味が
やっとわかった。

なかなか枯れない
日持ちのする
しぶとい花

みたいなことを
ドラマの中で言っていた。

たしかに。

今もデパートの制服をつくろうと
支配人の國村 隼さんに食い下がっている。

門前払いをされ
こんなことであきらめるかと

「みとれー!」
(「れ」が少し巻き舌気味で
  発音していてかっこいかった)

とつぶやく糸子さん。

指摘に逆らわず
かと言ってあきらめず
相手が納得する
いい道を選んで
前に前に進んでいく。

お父さんの小林薫
お母さんの麻生祐未
おばあさんの庄司照江

みーんなじょうずで
楽しいったらありゃしない。

きょうもちょうどいいところで
続きになっちゃって
明日が楽しみです。




いいお天気ですね。

「しあわせだなあ」

と思わず言いたくなるような
この日に感謝です。

保険証の日

2011年11月02日
今日は月初めで
リハビリに行ったら

「保険証を見せてください」

と言われたので
カバンから出して

「チラ」

と言って
1秒見せて
またカバンにしまったら

ちょっと受けました。

係りの人はもう一度
言い直されて

「保険証をコピーさせてください」

とおっしゃったので
もう一度保険証を出しました。

混んでいる病院では受けないかもしれません。


朝、出かけるとき
秋らしい雲が出ていました。





「わが形見 高き青空 掃いた雲
  星の夜空に 日に月に」

という正観さんの辞世の句を思い出しました。

正観さんの本の中にあった
良寛さんの言葉です。

「覚悟」

災難に遭いそうになったら
なったら、遭う。
病気になりそうに
なったら、なる。
死にそうに
なったら、死ぬ。
それが災難よけの
最良の方法。

ー良寛和尚の言葉ー



B級グルメ用エプロン

2011年11月02日
先週ののぼりにつづき




エプロンが
今日届きました。




赤で揃えてみました。

使用材料もアピールしなきゃね




きのうは
搬入前の最終打合せ

話し合うことが
まだあるようなないような。

JAなんとや
菜彩屋さん、
南幸さんなどの
ご協力で
美味しい素材を揃えることが出来ました。

ちょっと不安と
楽しみと
ふわふわした感じですが

いい仲間と
ふわふわできて
シアワセです。

ということで5日、6日
お会いしましょう!

最初で最後の東大

2011年11月03日
娘のダンスの大会は
東大でありました。

赤門から入ってはいけない
正門から入ってくれとのメールを
娘からもらっていたので
ちゃんと言うとおりに
お正門から入りました。

入ってすぐから
イチョウ並木が続いていて
思わず写真を撮りたくなります。




ダンスの大会はこんなふうです。




みじかい休憩の間に
ご飯を食べようと
外に出ましたが
大学がでかくて
適当に建物の外に出てみましたが
どっち向いて歩いてみても
なかなか大学の外に行けません。

結局表通りに出て
カレー屋さんに入って
ビールを飲んで




これはうちの人に撮ってもらいました。
いのさんのまねです。

で、時間がなくて
私だけ先に
大慌てで会場に戻る途中
近道かなと
公園のようなところを通る途中
転んで
カバンが淀んだ水たまりに突っ込み
足はグギッと
捻挫状態ですぐには起き上がれず

起き上がって
あわてて走るうちに
捻挫の足を
また重ねてグギッとやっちゃって
いてていててと思いながら
これを見るために
わざわざ来たのに
転んで見られないなんて

いつもの私らしいと思いながら

ところが
出し物の順番が違ってて
ちゃんとむすめのでたところが見られて
それでもう
ノープロブレムです。


あとで娘と会ったとき

「お母さん、なんでビッコひいとんが?」

と聞かれて

「転んだが」

と言ったら
もう納得したようでした。
そういうことがよくあります。
でも骨折するわけでなく
今も楽しくブログをかける範疇の捻挫で
感謝するばかりです。

弾丸ツアー

2011年11月03日
真紀ちゃんが
東北ボランティアツアーに
弾丸ツアー、
つまり
行き帰り車中泊で日中ボランティア
というちょっと厳しい旅程を聞いて
自分には無理だと思いました。

往復車中泊っていうのが
やっぱりちょっときついと
思いました。

ところが
自分の用事で
切羽詰まると
できそうな気がして

それで
東京の娘のダンスを見に
弾丸ツアーです。

きのうの夜高岡を出て
明日の朝にはまた戻ります。
初めての両方バスの
ここに泊まらずので
わくわくしています。

さっき娘の部屋に来て
コンビニで買ってきた朝食を食べて
ではダンスを見に行ってきます。

たくさんの思い

2011年11月04日
今日の午後は
B級グルメの物資搬入でした。

ずらっと並ぶブース




なんなんまぶまぶは
入った入り口すぐの端っこです。

ものを置いてくるだけかと
簡単に考えていましたが
そういうわけではなくて

ガス、電器器具を
どこに置いて
配線、配管をしてもらう
っていうのがあって
相談して
お願いしました。




どのような動線がいいか
真剣でした。

今日の北日本新聞に入っていた
B級グルメのチラシです。




半面はすべて協賛いただいた
お店の名前が載っています。

内側にも




今回の催しは
南砺市の商工会青年部が
中心になって
動いてくださいましたが
初めての試みで

本当に多くのご苦労があったようです。

この行事に参加しなければ
このようなご苦労も知らずに終わったかもしれません。

南砺市商工会青年部のみなさんの
この手間のかかる行事を企画し
実行するまでにこぎつけられた
そのご努力に
心から敬意を表します。

せっかく関わることができましたので
明日、あさって
みなさんに喜んでいただけますよう
ベストを尽くしたいと思います。

なんなんまぶまぶ

食べに来てくださいね!

行列ができないのはなぜ

2011年11月05日
B級グルメ1日目終了です。

いったいどんな具合になるのか
朝は
緊張×5人のメンバーと
お手伝いに
エミコさん、シノブさん、ランコさん、
若手組では
ショウコちゃん、ユウキくん、うちの娘

11人でなんなんまぶまぶ
はじめました。

のぼりを立てて




娘もエプロンをつけて




写真を撮るゆとりがあったのは
ここまででした。

私たちは
混ぜご飯の作り方ですので
100食毎に作ります。

炊いて
切って
炒めて
揚げて
焼いて
混ぜて混ぜて
乗せて乗せて

という手順になります。

11時開始に100食が間に合い
どんどん出ていきます。

そのうち
うちのブースの行列が
なくなってしまいました。

え?

うちだけ行列なし?

あわてて表に出て
呼び込みを始めました。

行列というほどにはなりませんが
お客さんは切れ間なしに
いらしてくださって
どんどん出ていきます。

呼び込みで
外に出て気付いたのですが
ご飯ものは
一旦できてしまうと
回転が早いのです。

だから行列が
できなかのだと気付きました。

早い回転は続き
12時40分、
まだ1時にもなっていないのに
土曜日の分の材料が
終わってしまい
断腸の思いで
店をしまいました。

草ピーさん
本当にすみませんでした。
それから
zephyrさんも
すみませんでした。

せっかく来ていただいたのに
食べていただけないというのは
残念な限りでした。

へちまださん
おはな坊さん
ろぐろぐさん

応援ありがとうございました。

沁みましたよ〜。

家族、親戚、友人、在所の人、
知り合い、会社の人、

お忙しい中
足を運んでいただき
本当にありがとうございました。

おかげさまで
味の評判は上々でした。

名古屋からいらした
B級グルメ通の方が
ほんとに主婦の人たちが作ったんですか? 
これなら中央に持っていけますよ
的なことを
おっしゃってくださって
思わず天狗になりかけましたが
材料不足で閉店ということで
気を引き締め直しです。

さあ、
都合のいい方は
明日いらしてくださいね。

おいしいなんとひつまぶし
なんなんまぶまぶ
ぜひ味わってみてください。



雨の中の誘導 南砺市商工会青年部のみなさん

2011年11月05日
今日の午後からは
雨が降ってきました。

強くなったり
弱くなったり

しかし雨が降っても
来場者は
切れ間なくありました。

あ、屋根のある建物
他にテントが用意されているので
雨でも食べられますからね、
みなさんお越しくださいね。

雨が降っても
駐車場の誘導は続きます。
傘をさすことなく
誘導を続ける
お世話係のみなさん




とてもていねいな誘導でした。

みなさん
それこそ
身を粉にして動かれ
協賛金もお出しになり
もう
これでもか
というぐらい
やっていらっしゃるのが
端で見ていてもわかって


振り切れていらっしゃるので
みなさん
とても清々しくて
すばらしい。

何回もいいますが
このように
身を粉にして
何かを作り上げようと
していらっしゃるみなさんを
拝見できただけで
B級グルメに参加できて
よかったなーと思うんですよ。

会場にいらしたら
誠意あふれる
オレンジジャンパーの
スタッフのみなさんにも
ちょっと気を留めて見てくださいね。

雨の中
ずっと続く誘導

今日
感激したことのひとつでした。





10.5?

2011年11月06日
うちのチーム
ゆかたーずのなんなんまぶまぶが
優勝しました。

草ピーさん
ゼファーさん
再びお越しいただきありがとうございました。

雨の日にも関わらず
本当に大勢のお客様にお越しいただきました。
ありがとうございました。

今回は
優勝賞金30万円という
高額の設定が注目度をアップさせました。
これは
大勢の皆様の協賛金があってこそ
実現した企画でしょう。

ここに敬意を表し
チラシにありました
協賛各社を掲載させていただきます。

北陸外装?
?林商店
アルテ福野斎苑
チューモク株式会社
ホリデー車検
笹島工業株式会社
杉木鉄工株式会社
第一プロデユース株式会社
デザインさかもと
株式会社北川電機商会
崎田酒店
志ようず
ナカニシ
サカイ板金
池田食料品店
株式会社 斉藤組
? 久恵建設
野村プロパン 野村住宅設備工業
武田板金
株式会社 なぎさ交通
北村石材
南部スタジオ
株式会社 横川組
株式会社 シューコーポレーション
藤井工業株式会社
?浅田燃料店
?松田電機店
じんずし井波店
五箇山荘
羽馬製菓
安達建設株式会社
大久保建設株式会社
川田ニット株式会社
中越興業株式会社
JAなんと農業協同組合
株式会社リバン・イシカワ
株式会社イシムラ
牧印刷株式会社
BIG ONE
福野運送?
株式会社三喜有
?石黒工業所
有限会社オートメンテナンス佐々木
株式会社 伸和
有限会社 今井金型
ウイングかわい
円城
?新井瓦店
沢田接骨院
?嶋田鉄工
ささら屋
株式会社福光組
大岡接骨院

疋田産業株式会社
三村塗装株式会社
前川瓦店
株式会社ビッグモーター石崎
はな牛
宮本工務店
和伊之介
柴田瓦工事
吉岡整形外科
?花島精肉本店
株式会社南砺工業所
有限会社清水重建
株式会社河合石油
有限会社明和印刷
有限会社池田包装
南幸
ヨシエ
株式会社鶴弥丸福支店
森田眼科医院
SANTANA HOUSE
福建庄司株式会社
日本環境クリーン株式会社
株式会社トナミデンタルラボラトリー
株式会社上田組
越飛建設株式会社
株式会社 城岸組
オキタ塗装店
中山工業株式会社
野原建設株式会社
株式会社米倉組
米沢工業株式会社
株式会社野原組
Asahi
KIRIN
北陸コカ・コーラボトリング株式会社高岡支店

の皆様
ありがとうございました

久しぶりの茶碗洗い

2011年11月07日
11/1 富山にお芝居を見に行って
     帰宅11:00
     台所はすでに片づいていた

11/2 娘のダンスを見に夜行バス東京へ行くので
     お母ちゃんが
     「洗といたげるさかい、おまん、
      せんなんことせっしゃい」

11/3 東京在

11/4 用事で帰宅が遅れた影響ですべてが
     遅くなる。B級グルメの書いたもんを
     今から準備せんなんと言ったら
     お母ちゃんが
     「洗といたげるさかい、おまん、
      せんなんことせっしゃい」

11/5 明日もB級グルメで朝が早いし
     準備もあると言ったら
     お母ちゃんが
     「洗といたげるさかい、おまん、
      せんなんことせっしゃい」

11/6 夕ご飯を食べ終わってから
     娘に持たせる野菜とかお菓子とか
     お母ちゃんが作ってくれた栗ご飯とか
     準備。お母ちゃんが
     「洗といたげるさかい、おまん、
      荷物いいがにしてやらっしゃい」

ということで
ほぼ一週間
夕飯の後かたづけにノータッチでした。

今日久しぶりに夕飯の茶碗を洗いました。
一日のアカをおとすようで
すっきりした気持ちになりました。

でも後かたづけしないのに
片づいてるのは
本当にありがたい。

お母ちゃんありがとう。

    






呼び込みが好きだ

2011年11月07日
わたしは

「呼び込みが好きだ」

ということがわかりました。

2日目の6日に
10時半から
ステージで
各お店のPRショウがありましたので
わたしは広報担当なものですから
そっちに行きました。

10店参加していて
チーム2〜3分の紹介を
させてもらうのです。
うちは10番目のブースなので
10番目の紹介でした。
だから9チームの紹介を
聞いていました。
でもどっちにしても
みんなステージに上がらないといけないので
その間はそこから動きがとれません。

ほかの9チームのときは
お話を聞いて
黙っていないといけません。

「なんなんまぶまぶ
 いかがですかあー」

「きれいなおねえさん
 ご注文 ありがとうございまーす」

「つづいてきれいなおねえさん
 ありがとうございまーす」

「おかわり 出ましたー、
 おかわりの出るなんなんまぶまぶー」

とか
ずーっと叫んでいたので

黙っているのはつらかったです。

この間にもお客さんが来るのに
叫べない
と思いながらステージに立っておりました。

PRから戻って
再び呼び込み開始です。

おとなりが
ギョウザブースで
並んでいるみなさんという
オーディエンスもあり
楽しませてもらいました。

「きれいなおねえさん」
というのは
女性みなさんにつけさせていただきました。

ほんとにみなさん
おきれいだったんですが
その中でも
特におきれいな方というのは
きれい、という言葉に
素直に反応してくださって
「あら、そう?」
とにこやかに微笑んで
いらっしゃったような気がします。

だから
これからもし
もしも
「きれい」と言われたら
わたしも
あらそう?という雰囲気で
ほほえみ返そうと思いました。



幸運の石

2011年11月07日
Bグル二日目の朝
準備していると
パインさんが寄ってくださって

石を手渡してくださいました。
今日の幸運を祈ってくださって。




丸くってクッキーみたいな
ほんわかした石です。

やっぱり
パインさんご本人みたい雰囲気。

これからも幸運を招いてくれそうな
ステキな雰囲気なので
ずっとそばに置いておこうと思います。


優勝が決まって
メンバーの携帯が忙しい。
メールが来て
メールを打って。

私の携帯はいちばんヒマでした。

でも
ブログ関係のみなさんから
たくさんの祝福をいただいて
あらためて
ブログを通じて
深まった皆様との関係を
喜び直しております。

うれしいな。

おやすみなさい。




ありがとうございます

2011年11月08日
けさ
パソコンを開けて
びっくりしました。

カウントが伸びていて
びっくり。

B級グルメの注目度の高さを
改めて
ひしひしと感じております。

今は便利な時代で
ニュース番組も
何度でも見られる時代です。

よかったら
ご覧くださいね。

11/7KNBニュース
なんとB級グルメ選手権


とても注目していただいていますので

まんまんなぶなぶ

もとい、

なんなんまぶまぶ

(メンバーでさえ、よくいいまつがいました)

が出来るまでのことを
ぼちぼちと
書かせていただこうかなー
などと。
調子に乗りすぎかな?

Bグル当日への道のり−その1

2011年11月08日
備忘録のようになってしまって
おもしろくないです。
すみません。

8月20日過ぎに
たまたま地創研
HPを見る機会があって
B級グルメを発見
応募〆切が9月上旬なので
翌日あわてて
ゆかたーずリーダーの
マエダさんに会いに行く。

マエダさんは
すでにBグルをチェックしていたけど
6,7月と
家の光料理コンテスト応募で
さんざん集まっていたので
これ以上声をかけるのは
負担かなとためらっていたようだ。

リーダーとはそんなものだ。
メンバーの心情を心配してためらってしまう。
やろやろ
とハッパをかけてきた。

22日、マエダさんから26日招集のメール
26日、都合のいい3人集まる(メンバーは6人)
    メニュー3種類決まる。
31日、都合のいい4人集まる。
    マエダさん3品作ってきてくれる。

 ほんとは私がなんまぶの原型を作っていくはずだったが、バネ指治療の注射で指が痛くてほとんど動かず。マエダさんが3品とも作ってきてくれた。最初私が作ったら没になっていたかもしれない。よかった。

9月3日(土)
 3種類の応募予定の料理をみんなで作る。
 日記にはなんなんまぶまぶを
 「なんとひつまぶし→地味まぶ」
 と書いている。
 3種類とも見た目の印象が地味でそのことを話し合った。
 料理の応募用写真を撮る。

9月6日
 応募用のアピールポイントを書いて
 マエダさんに手渡す。
 「なんなんまぶまぶ」の名前はこの日に決定

9月9日
 B級グルメ申し込みに井波のアスモ2階へ
 締め切り日昼近くだったが、今のところ30ぐらいの応募があるということで、それなら20に選ばれるかもしれないと期待を持つ。しかし結局100以上ということでやっぱりね、そう甘くないね、と思った。

9月16日
 マエダさんの職場を通って、3つの応募のうち、なんなんまぶまぶが予選通過したと聞く。しかしいい加減に見ていたというか、本選までの想定をしていなかったので斜めに見ていた注意書きを読むと、「700食」を作ると書いてあって、具体的にイメージできるマエダさんは少し不安そうだった。まったく訳のわからない私は大丈夫やちゃ、できるちゃ、と言っていた。

Bグル当日への道のり−その2

2011年11月09日
9月19日祝日
 12:30 2次予選のための試作
 
 お茶漬けにするとおいしいと改めて確認する。手順は簡単でわりにすぐ出来てしまう。6人全員そろったのはこの日が初めて。2次予選は最初、仕事の都合があって3人で出場の予定だったが、みんな気分が乗ってきたのか、仕事を都合をつけて私以外の5人全員が2次予選に出ることになる。わたしは、会社の慰安旅行のため、欠席。
 でも本当のことを言うと、出られなくてホッとしていた。だってどきどきじゃん。
 そして本当のことを言うと、そんなに期待もしていなかった。ごめん。

9月24日 2次予選

 4組ずつ5回に分けて調理したそうで、ゆかたーずは二組目。だから10時半過ぎからの調理。テレビカメラが調理の段階から入っていて、質問されたり、まっでどきどきしたー、と、特にマサミちゃんとヤマザキさんの緊張のあまりの能面コンビがそう言っていた。評判がよかったとのことで、メンバーの気持ちは一段と前向きになっていた。と、あとで、電話で報告を受けたときの感じ。

9月28日(水)
 
 マエダさん、うちに7?のミョウガを持ってくる。
ミョウガのシーズンが終わりかけていて、11月の本選に出るとすれば今のうちに漬けておかないとその時にミョウガは準備できない。2次予選の結果はまだだったが、見切り発車でとにかくミョウガを確保しておくことになった。うちの冷蔵庫で預かることになった。「700食」が少しずつ実感されてくる。

9月30日(金)
 
 長いドラムロールが終わって、HPで2次予選結果発表。やった!本選出場!ミョウガが無駄にならずにすんだ。

10月1日

 都合のいい人だけ(4人)集まってミョウガを漬ける。あっという間にきれいな赤紫に色が変わっていく。(この時はきれいだったけど、日が経つにつれ、茶色になってしまいちょっと困った)

10月2日

 夜、2次予選通過の慰労会。特に代表のマエダさんはレシピや材料の手配を一手にやってくれているので大変だったと思う。(でもこのあとがもっとたいへんなのだとあとでわかりますが)都合によりひとり欠席となってしまいごめんなさい。(幹事は私)いつものように、一品持ち寄りで地区の公民館で。きたる本選に向けて高揚した雰囲気。おめでたい話題もあり、私たちの年代が迎える親の病気や世話、私たち自身の体の調子など、いろんなことをしみじみと話できてよかった。

続く



 
 
 

イナミア

2011年11月09日




主人公 美月の
夢の中に出てくる夢の国の名前が

「イナミア」です。

どっかに「ナントシュー」か「ナントーシュ」だか
そういうのもありました。

どっかで聞いたことのある
地名なのは
作者が南砺市高瀬在住の
石岡琉衣(いしおかるい)さんだから。

第12回ボイルドエッグズ新人賞受賞作品
とあります。
(第4回の受賞作が万城目学の「鴨川ホルモー」
 すごい賞なんですね!)

中世のパラダイスから
いきなり現代の東京にやってきた
王子様と白馬のお話

そして主人公美月が二日の間に
誰かに恋をしないと大変なことになる…、
果たして
美月は恋に落ちるのか
王子と馬は元の国に戻れるのか…、

ラジオで
立川志の輔さんが絶賛だったとのことですが
笑いあり、涙あり
落語的な雰囲気があり
あっという間に読めます。

図書館にもありますよ。
是非お手にとってご覧くださいね。




明日は「セロ弾きのゴーシュ」を見に行こう

2011年11月10日
わたしは
城端教育振興会というイケてない名前の会の
「副会長」をしている。

4年半、「だから何なの」状態が
ずっと続いてきたが
今日は
そのおかげで
とてもいいことがあった。

明日城端小学校主催の
芸術鑑賞会が
じょうはな座であって、
演じてくださるのが
あのわらび座。

教育振興会は少しお助けしていることもあって
そのご縁で
わらび座のみなさんと
夕食を伴にさせていただいたのだ。
演劇人とお話をさせていただくのは
もう理屈抜きにうれしいじゃないの。
とても楽しいお話で
あっという間に時間が過ぎました。

これまで演劇は
小学校の体育館で上演されてきたんですが
へちまださんが
せっかくだからじょうはな座でやろうって。

賛助金も集めてくださって
座席数で2回公演となりましたが
それに伴って生じる諸々のことも
段取りよく運んでくださって。

いやー、かっこいかったですねー。

今日もいろいろなお話を伺えて、
地域の歴史や地理に詳しいって
ほんとかっこいいですよー。
男を上げますよねー。

いつもほそみちさんのブログをはじめ
みなさんのブログで感心していますが
へちまださんもすごい。

ということで
明日
じょうはな座で
「セロ弾きのゴーシュ」の上演があります。
宮沢賢治原作で
子どもが見ても大人が見ても楽しめる
お芝居だそうです。
無料です。
2階席は大人用に解放されていますので
お時間がありましたら
是非ご覧になってくださいね。

城端で見られるなんて
お得ですよ。

お待ちしています。





保育園のある劇団

2011年11月11日
「セロ弾きのゴーシュ」
見てきました。

3人での上演だったんですが
3人とも歌も踊りもしっかりしていて
洗練された舞台でした。
さすがわらび座です。

ゴーシュを演じられた
高田綾さん
きのうお目にかかったのですが
パッと見から
はっきりとしたお顔立ち、すっきり通る声、
この世界にお入りになったのは
当然のことのように思えました。

自己紹介で

「出身はわらび座です」

とおっしゃって意味がよくわからなかったんですが
ご両親が元わらび座の劇団員だったそうで
秋田にあるわらび座の保育園で育ったとのことです。

わらび座は60年の歴史があるそうですが
できてすぐ
他の諸々施設に先んじて
「保育所」を作られたそうです。
それを話してくださる綾さんも
保育所があることを
とても誇りに思っていらっしゃる
口ぶりでした。

旅が多い劇団員にとって
何が必要か
「寮」と言ったらいいのか
赤ちゃんから高校生まで
そこで預かってもらえると
安心して働ける。

わらび座が今も続いているのは
そういう劇団員への配慮に表れているように
皆がうまくいく工夫があるからかもしれませんね。

ご両親は劇団を退団され
岐阜でお暮らしになり綾さんも
ご両親と一緒に岐阜へきて高校卒業、
デパートへの就職も決まり
わらび座にはいるつもりは
まったくなかったそうです。

高三の夏休み
わらび座のかつての同級生から
アルバイトを誘われ
新しくできたわらび劇場で
働くうちに
演劇(わらび座)の魅力にはまり
今に至られるとのことでした。

結婚されて
二人のお子さんも
わらび座の保育所にいらっしゃるとのこと。

三人の座長として
全国での公演を続けていらっしゃる綾さんの
口調には
保育園への深い信頼が感じられました。

24時間
子どもを安心して預けられる場所があるって
いいですよね。
単純にそう思いました。

いつか
たざわこ芸術村の
わらび座で
お芝居を見たいなーと
なお思いました。


B級グルメ当日への道のり−その3

2011年11月11日
10/9(日)

 事前説明会が15日(土)に開かれることになり、代表のマエダさんが都合悪いので私が代わりにいくことになり、説明会の資料を持ってうちに。なべや入れ物など少し相談。700食のイメージがつかめない。
それにホントにこれだけ作って売れるんだろうか。
とそこがまだ不安材料。

10/13(木)
 
 事前説明会に向けての打合せ。
 6人全員
 当日借りる、炊飯器、鉄板を決める。
 本当に700食作って売れるのか、それだけ人が集まるのか確認してきてと言われた。
 そのほか、エプロンについて、 のぼり他宣伝物について、当日お願いするお手伝いの人について、などなど。
 事前説明会は私一人では心もとないのでタカザワさんが一緒に行ってくれることに。安心する。

10/15(土)

 事前説明会。
 わかりやすい説明だった。
 プロのチームが目につく。プロだよプロ。
 700食分を用意する誓約書を書いて、とにかく
 700食なのだと腹が据わる。
 私は少し居眠りしたが、やはりタカザワさんがしっかり話を聞いて覚えていてくれて助かった。寝ていたことを話して、私はチームの信頼を少し失う。今後は会合があっても選ばれないと思う。
 10チームのブースの位置があみだくじで決まる。
我がチームは一番はじっこの入り口ブースに決まった。
 容器も決める。白の発泡スチロールで決めるのは大きさぐらいだろうと思っていたが、カラフルな容器が取りそろえてあり、お金がかかっているだろうなと思った。事務局の準備の大変さがいろいろなところで感じられて申し訳ない気がした。
 準備金10万円をいただき、出来上がったポスターをもらってきた。なんなんまぶまぶのミョウガの色がきれいだった。

10/20(木)
 
 実際に作って材料分量の確認
 マエダさんがそれぞれの分量を決めて書いてきてくれて、みんなでそのとおりに計ってなんなんまぶまぶを作る。上に乗せる豚肉につけるタレについても市販のものと南幸さんのものを食べ較べ。南幸さんのタレが後味すっきりで上品なのでやっぱり南幸さんに無理を言ってタレだけお願いすることにする。


10/25(水)

 のぼり作成。まほろばちゃんがのぼりを縫ってくれる。文字はカヲルさんが作成。発泡スチロールの板で文字の型紙を作ってきてくれる。カヲルさんは仕事柄もあって手慣れていて、きれいで早い。どうでもいいんじゃんと適当にやろうとする私は何度か諫められた。切って貼って切って貼って。赤地に白系文字のフェルトを貼ってすてきなのぼりが4枚出来た。

10/31

 最終打合せ
 必要な材料、道具。マエダさんがすべて書き出して一覧表にして借りる段取りもつけてくれた。お手伝いしてくれる人の確認。
 会社や在所などいろいろな人が応援してくださってる報告があって盛り上がる。でも当日の天気が悪そうで心配。
 700食売れるのか。米はちゃんと炊けるのか。
 大きな心配はこの2つだが、何か心配で心配で楽しみだけど心配で心配で。楽しみと心配がひつまぶし状態。

11/1
 
 エプロン届く。きれいな赤いエプロンでやる気出る。

11/3

 私は行けなかったけど、都合のいい人が集まる。
 割り当てられた道具を持ち寄る。
 
 もうあさってだよ。ちゃんとできるのかなー。



まほろばちゃんの絵手紙

2011年11月12日
その昔
小学校2年生の時
今では信じられないが
虚弱体質でひと月ほど
高岡の病院に入院したことがあった。
親から離れての入院で
毎日トイレで泣いていた。

父はその時出稼ぎに行っていて
うちにいなかったけど
ほとんど毎日
私に手紙をくれた。

で、
父が入院したので
今度は私も父にハガキを送ろうと思った。
そして父宛のハガキをいっぱい印刷したら
まほろばちゃんが
それを見て
私も書く、と言ってくれた。

まほろばちゃんは
私のいとこになるので
わたしの父はまほろばちゃんの叔父になる。

まほろばちゃんが書いてくれた絵手紙




このほかにもまだある。
すごいでしょう?

わたしのはきたない字で
書いたハガキばかりで
あれだけど
まほろばちゃんのはこんなにきれいで
ありがたい。

叔父ちゃんという関係なのに
とてもよくしてくれて
ほんとうにありがたい。
うれしい。
とうちゃんもとても喜んでいる。

みんな
父ちゃんのことを大好きで
父ちゃんのことを大事に思っていると
わたしも
いっぱい知らせようと
この写真を見て
あらためて思いました。


締めは岩瀬

2011年11月13日
ドラゴンズのピッチャーは
がまんするのに慣れている。

味方がなかなか点を
取ってくれないのに
辛抱強く守り続ける。

きのうも今日も
ほとんど三者凡退で終わりながら
数少ないチャンスをものにして
勝ってしまった。

最終回は岩瀬。
今年は打たれることも多く
優勝決定戦も浅尾で終わってしまって
少し影が薄くなってきたことは否めない。

でもきのうも今日も
最終回を岩瀬が
ピシッとしめた。

少し前の日本シリーズで
山井があと一人で
ノーヒットノーランになるときに
最期に岩瀬に変えて
ずいぶん落合監督が言われたけど

あの場に出ていって
押さえた岩瀬はすごい

岩瀬をどうしてほめないのか
と言っていた。

落合監督の
岩瀬への絶対的な信頼を見るのが好きだ。
そして
それに応える岩瀬が好きだ。

ありがたい試合でした。

今日はスポーツ満載で
スケートNHK杯、男子決勝を見て
夜は日本シリーズを見て
ソフトバンクの攻撃になったら
バレーボールのブラジル戦にチャンネルを変えて
ブラジルがリードしかかったので江に変えて
男の人ばっかりのシーンになったので
バレーに変えて
コマーシャルになったので日本シリーズに変えて
っていう
ザッピングを繰り返した夕飯時でした。

きのうは
B級グルメの祝勝会が
鰻のタレを作っていただいた南幸さんで開かれ
楽しい時間を過ごした。

今日はテレビ三昧の
それはそれで楽しい夕飯でした。

渾身の一冊

2011年11月13日
今月の富山写真語
万華鏡
は二十周年記念号

タイトルは

チューリップの素顔

ページ数も普段より多く
写真もすべて



圧巻はなんと言っても
カザフスタンの赤一色の
原生チューリップ平原。
2ページ続きになっていて

まほろばちゃんのお義母さんは
このページをそのまま開いて
壁に貼って
この写真を楽しんでいらっしゃると
まほろばちゃんが言ってました。

カザフスタンの
数々の原生チューリップの愛らしい写真、
砺波チューリップ公園のチューリップも
風間氏の手にかかると
このように美しい風景になるのか
と思われる写真が並びます。

チューリップの球根は
栗のようできれいで
おいしそう、

と思っていましたが
それは富山のチューリップの
特徴だそうで
手間暇かけて
ていねいに作られているとのことです。

どのページも
美しくチューリップへの愛情にあふれています。

ほそみちさん
渾身の一冊です。

みなさま
今月号は
絶対にお見逃しの無いよう。

絶対ですよ。







シャクナゲ寺のタヌキ

2011年11月14日
新潟県境近くにある
護国寺

朝日インターを下りて
8号線にぶつかるでしょ。
そこを右折して8号線をずっと行って
市街地をぬけて
5分ぐらい行くとトンネルをくぐって
ちょっと行くと
左に入る道があって
少し行くと
「護国寺」の
大きな看板が出ています。

人呼んで
「シャクナゲ寺」

想像していたのの
五倍はありましたね。

そしていっぽんいっぽんが
立派だ。

雪吊りの作業中でした。




なんで「今」なんだろう。
シャクナゲ寺の取材が。

というか
シーズンになったら
知り合いをみーんな引き連れて来るもんねー、
と心に誓いました。


愛らしい石像がそこここにあります。

これは雌のタヌキ




後ろにちょっと写ってますが
これが雄のタヌキ




立派です。

言いたいことをごっくん

2011年11月14日
スポーツ新聞を見ても
日本シリーズをやっているとは
思えないほど
巨人関係者の顔が連日
一面をどかっと占めている。

そりゃあ
地味なチームのゲームより
派手なチームの方の内紛の方が
よほどおもしろいに決まってます

「コンプライアンス」という
今どきの言葉を使っての
互いの応酬はどう決着するのか

とにかく
日本シリーズともろかぶりで
みなさん、

日本シリーズやってますからね。

ちょっと気に留めておいてくださいね。

言いたいことをばあーっと
言っちゃった清武代表を見ていると

数々のさんざんな扱いを
かなりの部分がまんして
前向きに進む
朝ドラの糸子ちゃんの方が
やっぱり
うまく問題解決しているような気がする。

そして
今日は親友というか
張り合い友達の奈津のお父さんが
亡くなった場面。

自分に弱っているところを
見られるのはいやだろうと
葬式に行くのをためらう。
行くには行ったが
「ごめんな お顔を拝んだら
 すぐに帰るからな」
と心の中でつぶやく。

そばでべたべたと
甘い言葉をかけるだけが
優しさではない。

離れるのも優しさ。
要は「距離感」ですね。

若いときの恋愛

2011年11月15日
正観さんの本を読んでいて
恋愛について
書いてあるところを読んで
自分の若い頃を
思い出しました。

自分で自分を好きになる

 同じことが実は、「恋愛」にも当てはまります。
 自分で自分を好きでない人の場合、「愛してる」と言われても、素直に受け入れることができません。「今の自分」が嫌いで、批判的に、冷たい目で見ている「別の自分」がいる。だから「嫌い」になっているわけですが、「愛してる」といわれても、「今の自分」を愛してくれているのか、「別の自分」(本当は優しく、思いやりがあり、人の痛みが分かり、人のために涙を流し、海や空や花の美しさに感動する、そういう自分)を見抜いてくれているのか、分からない。「自分の中の乖離(別々に別れていること)」と私は呼んでいるのですが…。
 で、愛してくれる人に対し、「今の自分」を見せたり、「別の自分」を見せたりします。それも交互に。
つまり、悪魔になったり天使になったりするわけです。「今の自分」を見せて相手が受け入れてくれても、「それではもっとこれでどうだろう」と、さらに試す。
 かなり我慢強い人でも、「これでも好きか」「これでもまだ好きか」と試し続けられれば、うんざりし、遠ざかっていきます。
 恋愛においても、「自分で自分が好き」であることが非常に大事です。

     「22世紀への提言」小林正観 弘園社

 


私が相手を振り回してたっていうわけじゃなく

愛想が悪いわりに
だれか
本当の私、
正観さんの言葉を借りれば

優しく、思いやりがあり、人の痛みが分かり、人のために涙を流し、海や空や花の美しさに感動する、そういう自分

をだれか早く見つけてー
と思いながら
素直でなく
失恋ばかりしてましたねー。

今なら
すごく素直になれるのに。

ハッハッハーですね。

娘は
そういう私の若い頃に較べて
素直だし
そこはいいとこだと思うし
うらやましいです。

楽しい恋愛を
してくださいね。

ゆみそ

2011年11月16日
今朝起きて着替えて
台所に向かう。

行く途中で
ゆずの香りがしたような気がして
あ、そう言えば
おとといいっしょに買い物したときに
お母ちゃんゆず買っとったし
ゆみそ(ゆずみそ)かもしれん!
とうれしくなって
台所に行って

「ゆみそ作ってくれたが?」

と言ったら

「なーん作っとらん」

と言われて
私の願望がゆずの香りを
勝手に作っていたことが分かった。
だもので
お母ちゃんに

「作ってー」

と頼んで作ってもらった。

うちのは
火を通さずに
ゆずを刻んで
砂糖と味噌を入れて
すり鉢であたって出来上がり。

で、
すり鉢にスプーンを添えて
そのまま食卓に出てくる。

そうすると
朝も食べたけど
お昼もゆみそがあったっけ
と思い出すわけね。

そうすると
うどんを食べた上に
じゃあ一口ご飯となって
多めのご飯がうどんのあとの
丼に盛られて
で、漬け物といっしょに
ゆみそをご飯に乗っけて食べるわけですよ。

腹十一分目までいっちゃう。
困ったなあ。





国内総生産比(GDP)は産業革命前に戻る

2011年11月16日
BSなんとかという
番組を見ていたら
NHKの解説委員が
円グラフを持っていて

その4分の1以上を中国が占め
インドが4分の1弱

何かと思ったら
今後(数十年後だったと思う)の
GDP(国内総生産)予想

中国とインドが突出していて
全世界の半分近くを占めている

そして
それが
産業革命前、西暦1600年頃のGDPグラフと
ほぼ一致しているのだ

産業革命が起こってからは
ヨーロッパ、北米アメリカ、日本などに
比重が偏ったけれど
今後はまた中国、インドが伸びていく。

なぜか。

GDP比は人口に比例するから。

ネットの発達により
国による偏りがなくなり
どこにいてもおんなじ
ということらしい。

じゃあ、日本はどうすればいいんでしょうか、
というアナウンサーの質問に
海外に目を向けて
海外とつながっていくしかない
という
やっぱりっぽい
答えだった。

ちなみに
ちきりんは
TPPには
このようにクール

わたしなんかは
全くわかんないんので
明日の憂いよりも
近々の楽しみということで

楽しみその?

北日本新聞に万華鏡20周年記念記事が載るので楽しみ。

楽しみその?

北日本新聞「けさの人」にB級グルメゆかたーず代表のマエダさんが載るので楽しみ。

楽しみその?

「ステキな金縛り」(三谷幸喜作の映画)がおもしろいらしい。見られたら見たいぞ。楽しみ。

とタイトルと全く違うところに着地しちゃいました。
ではまた。

2011年11月18日
父が亡くなった。

ずっと覚悟していたけど
その日が今日なのか
という感じ。

ブログを書くというのは
不謹慎かもしれないけれど
万華鏡の原稿があって
ずっとパソコンに向かっていたので
その続きで書いちゃおうかな
みたいな。

ここ数日は
食欲もあって
リハビリにも意欲を見せ
こりゃあ年を越すかも、
と思っていた時の今日だった。

寿命というのは
そういうことなのだろう。

でも今日のブログの題は「母」

娘に電話をして
亡くなったことを伝えて
少しでも早く帰ってきて
と娘に言うわたしに
「通夜に間に合やいいちゃ」
と母が言う。

それで
23日には市のイベントに
なんなんまぶまぶのブースが参加予定ということで
手伝うことになっており

26日には
じょうはな座の定期公演でおどることになっており

その二つに
母は
「出っしゃいか」
という。

父と母はいい夫婦で
父の死を悲しんではいるけど

片方で
あんまり人の目に捕らわれずに
迷惑をかけるより
やれることは普段通りやったほうがいいんでない?

という母を
わたしは
改めて尊敬するのだ。

でも23日は近々なので休みます。
ごめんね。

今にも声が

2011年11月18日
もろもろの事情により
今日は一日あいて
明日が通夜で
明後日が葬式となった。

でも、
今日も朝から
おとうちゃんとおかあちゃんの
兄弟夫婦が集まってくれて
葬式の段取りとか
掃除とか
食事の支度とか
ずっとうちにつめてくれた。

ありがたい。

線香の匂いと
ご飯の支度の匂い。
シイタケと昆布の匂い。
煮物の匂い。

混じり合って
「法事」の情報が
鼻から入ってくる。

法事は
いつも父がほとんど仕切っていた。
毒のあることないこと言って
みんなを笑わせていた。

男の人たちは
座敷系の部屋で、

女性陣は
居間に集まる。

居間でおばちゃんたちと話をしていると
今にも父が
「ようきたな」
と居間の引き戸を開けて
顔を出しそうな気がする。

これからは
こういう感じになるんだね。

今日の夕飯に作ってもらった
白和え




おいしかった。

寄せ集めた
湯飲み。法事バージョン。


ひと区切り

2011年11月20日
通夜・葬儀と
たくさんの方にお参りいただきました。
ありがとうございました。

お参りしていただくということは
ご近所の方でも
準備から含めて
2時間〜2時間半
遠方の方は
4時間以上を費やしていただくことになります。
本当にありがとうございます。

思いもかけない方々が
私がそのお宅のご葬儀に
お参りに行ってないのに
いらしてくださって
ええーっ!申し訳ない!
と何回も思いました。

今はていねいな時代なんですね。
私も気をつけます。
今までボーっとしてました。
すみませんでした。

通夜の会場に行って
父の名前の立て看板「○○○○儀葬儀」
を見たときに
「あーあ、こんなんなっちゃって」
と残念でした。

ずーっと残念で
今も残念です。

っていうか
今年に入って
父の食欲がなくなって
父が何なら食べてくれるか、
何をしたら喜ぶか、
父がいなくなる日が近い、
そうなったらどうしよう、

そんなことばかり考えてきたので
もう考えなくてもいいって言われても
すぐにそこが埋まらないのです。

娘が帰ってきて
母、娘にとってはおばあちゃんですね、
おばあちゃんが想像以上に
しょんぼりしてて
東京に戻るのを一日延ばすことに
してくれました。

わたしは
自分がしょんぼりしてて
母のしょんぼりまで
気がつきませんでした。

でも
みんな通る道だし
時間が薬だし
今が谷道の最後あたりで
これから
上向いて
上がっていくはずです。

家に帰ってきて
4人で野球中継を見ながら
葬式のこととか
父のこととか
いろんな話をしました。
4人とも
元気を出そうと
がんばっている感じがしました。

でも
今日ドラゴンズが勝ってくれたら
もっと元気になったかもしれないのに
(私だけだけどね)
3−0だから
しょうがないですね。

3−3まで行って
見応えのある日本シリーズでした。
落合監督、コーチ陣
長い間お疲れさまでした。



だまされた布団

2011年11月21日
亡くなったお父ちゃんが
帰ってきた日
お父ちゃんを寝かせるための
布団を
客布団の中から1枚選んで
お父ちゃんに掛けた。
クリーム色だった。

その日
おばちゃんたちも詰めていてくれてて
お父ちゃんのそばに
そのおばちゃんと二人になったとき
おばちゃんが

「あの布団
 ばあちゃん
 だまされしゃって
 買(こ)わはった布団でないかね。
 おらちゃうちにも
 おんなじがあるもん」

「昔、布団売りにおいでて
 おらとばあちゃんと行っとって
 買わされた布団じゃわ。
 買うてしもて
 やっぱやめた言いに行ったけど
 もうあかん言われて
 買うたがいないけ。
 今みたいクーリングオフいうこともなかったし。
 確かこのふとんやったわ」

おばちゃんは父の妹で
ばあちゃんとは親子だ。
親子でだまされて買った布団らしい。

今日夕飯の時に
その事を思い出して
母に話したら
おかあちゃんが

ああ、そういや
外から帰ってきたときに
○○子さん(おばちゃんの名前)が
あわてて蔵に布団運んでやが
見たことあったわ。
聞いてもあれやさかい
聞かなんだけどー。

蔵に持って行ってあった布団が
何かの時に家に運ばれて
そしてこのようになったらしい。

だまされて布団を買ったことを
ばあちゃんは
ずっと秘密にしてきたのに
死んで6年経って
ここにきて
ばれたのだった。

お葬式でも
おかしな出来事がいっぱいあって
笑うこともいっぱいあったのだった。

 

忘れ物

2011年11月22日
葬儀の翌日

親戚のお嫁さんの
ユーコさんが
実家のお母さんから
香典を預かってきたと

封筒を持って
玄関まで来てくださったのですが

名前が書いてなかったと
車の中に戻られて
雨の中
スライド式のドアを開けて
立ったままで
名前を書いて
再び
香典袋を
持ってきてくださいました。

しばらくして
またユーコさんが
いらっしゃって

中身を入れ忘れた


中身を持ってきてくださいました。

思い出してもらって
よかったです。

ときどきありますよね
こういうこと。

わたしは
中身、便せんを入れ忘れて
手紙を出したことがありましたし
その手の失敗は
事欠きませんが。

おじちゃんたちに
みんなやってもらいましたが
お金はやっぱり
うちで扱うことになるので
お布施など
おじちゃんたちに確認して
何回も数え直しました。

お葬式って
お金が動く
大きなイベントなんだなと
改めて思います。

一番ホッとしてるのは
うちの人でしょう。
お疲れさまでした。

おっちゃんの一喝

2011年11月22日
放射能関係のがれきを
東京都が預かることになったことについて
文句が出てきた時

石原慎太郎都知事が
「黙れ」
「放射線が出ていれば別だが、皆で協力して力があるところが手伝わなければしようがない」と指摘。「皆、自分のことばかり考えている。日本人がだめになった証拠だ」

と述べたとニュースになっていたことがあった。

この
「黙れ」
はかっこいい。


うちの父の葬式の時
一日 日が延びて
何にもない日が間に入った。

その間も父母の兄弟夫婦が
ずっとうちにいてくれて
段取りやら掃除やら食事の支度やら
一切をやってもらった。

通夜の日
年下の叔母が
兄に当たる叔父に
午前中は都合が悪いので
うちに来られないと言ったら

「葬式の時ぐらい来れんで
 それでもお前は兄弟か!」

と一喝されたという。

そういうおじちゃんがいてくれて
うちの葬式はまわっていきました。

昔のような
線香順の名前読み上げはなくなったけど
お寺さんへの対応とか
供花の並び順とか
ホールとの折衝とか
もうぜんぜん頼りっぱなしだった。

もうこれからも
どんどん頼ろうと
いい子になっていようと
思いました。

亡くなってからが本当の親孝行

2011年11月23日
26日に
じょうはな座の定期公演に踊るつもり
っていうのを
以前に書いたんだけど

葬式から数日経ってみて
やっぱりやめようかな
と思った。
なぜなら
本人より周りの方が
気を遣われるからだ。
みんなに気遣いさせるかもしれないと
断ろうと思って
マツイさんに電話した。

やめようかとおもって、
と言ったら
どこからか
ブログに26日踊るかも、
と書いた話が伝わっていたらしく

できたら出てもらえたら
なお助かるけど

とおっしゃってくださったので
やっぱり
踊ることにした。

喜んでもらえるんだったら

やろうと思う。

正観さんが
なくなる前の日に話されたことの中に
「本当の親孝行」
という話があった。

「親孝行というのは、親が生きている間にしてあげるものではありません。本当の親孝行は、親が亡くなったときからはじまります。親が亡くなりあちらの世界に行って、こちらの世界を見ているときに、
『ほら、見てください。あれが私の子どもです。あんなに人に喜ばれながら楽しそうに生きているのが、私の子どもです』
と親が自慢できるような生き方をすることが、最大の親孝行なんですよ

      
   「正観さんへの弔辞」より
      正観塾 師範代 高島 亮氏

 
「ほら、こんなに楽しくやってますよ」


正観さんと
父ちゃんと
に手を振ろう。

元気で楽しくやってますって。

あ、振り向いてもらえるか分からないけど
談志さんにも
手を振ってみよう。

って思った今日です。
談志さんのご冥福をお祈りします。

葬式はどうでもいい

2011年11月24日
通夜の朝、19日
夜行バスで帰ってくる
娘が朝7時に
高岡駅南口ロータリーに着くと
前の晩に連絡があったので

夫が迎えに行った。
7時と言っても
バスの到着は早いことが多いので
6時半には着くように
出掛けていった。

二人が帰ってきてから
いっしょにご飯を食べようと
ボーっとBS朝ドラを見ていたら

夫から電話があって
まだバスが着かないと言う。
こちらに連絡がなかったか
と尋ねられて
何にもない
とわたしが答えて
もうしばらく待ってみる
と夫は言って電話を切った。

心配になって
娘の携帯に電話してみるが
全く応答がない。

何回も何回もかけてみるが
全く応答なし。

きのうの夜
娘から電話があったのは
まだアパートから出かける前。

バスに乗ったかどうかも
定かではない。

部屋で倒れたのだろうか。

8時過ぎても
連絡は取れないまま。
何かあったのだろうか。

もし帰ってこなかったら
東京へ行こう。
わたしは喪主じゃないので
通夜は何とかなるだろう。
とにかく
とにかく娘を捜さないと。

夫に大家さんに電話してもらう一方で
わたしは
娘のフェイスブックのページを開いて
友達の中に
知った人がないか探してみる。
あ、この人は
サークルの部長さんだ。
とにかく今は頼ってみようと

「初めてメールさせていただきます。
 ○○の母です。
 実は昨晩から連絡が取れなくて
 困っています。」

ぐらいまで
書いたときに

夫から電話があって

娘から電話があって

バスの到着が遅れているのだと、
今、最期のトイレ休憩の場所だと
電話があった

と電話があった。

メールを出す前でよかった。

娘が着いてから
聞いたところでは

どうも
高速道路の事故で
通行止めになったらしい。
ところが
眠くてボケボケの娘は
そのアナウンスをしっかり聞くこともなく
その後も眠りこけて
携帯がマナーモードにはなっていたが
何十回とコールされているのに
全く気付かず
眠っていたらしい。

お父ちゃんごめん
生きている娘の方が
よっぽど大事でした、
と、心の中で謝った。

でももし
お父ちゃんが元気で
生きていたら
それこそもっと心配して
大騒ぎだったと思う。
娘が大好きだったからなあ。

というわけで
家族全員で無事に
通夜、葬儀を迎えることができたという
そういうことでした。

写真

2011年11月25日
父が亡くなる
1週間ほど前だか

写真立てに写真を入れて
持っていった。

娘と父とが
いっしょに写った写真だ。
ちょっとでも
なぐさめになるかと思って。

でも
持って行ってみると
テレビの邪魔になったり
寝ている父から見えなかったり
置く場所がなくて
ちょっと離れた
棚の上に置いた。

その時は父は
何を言うでもなく
それがうれしいのか
それを見て余計に残念なのかどうかも
わからなかったけど
とにかく置いてきた。

それで
昨日だ。
父が亡くなって
一週間が経った昨日、

母が
持って帰って居間にあったその写真を見て

「その写真見せま、言うて
 手にとって見たったよ」

と母が言った。

そうなのか。
見ていたのか。

じゃあ、
もっと写真をいっぱい持っていけば
よかったかな。
もっといっぱい
もっといっぱい
見たかったかな。

間を置いて

そんなら
もっといっぱい
持ってけばよかったかな、

と母に言ったら

なーん、そんなに
見る力もなかったから
あっでよかったよ、

と言ってくれたので

そうなのか
と思った。


できるだけのことをしたような気もするが
なんかもっと
もうちょっと
ちょっとしたことなんだけど
もうひと言
もう一分

後悔が顔を出す。

ああすればよかった、
しょうがなかった、

行きつ戻りつ
振り幅が
だんだん小さくなって
落ち着くとこに
落ち着いていくんだろうね。

「陰気くさい」をぶっとばす

2011年11月26日
今日の朝も
この間から出てきた大根の漬け物がおいしくて
ごはんをひとはんがい
おかわりしてしまった。

父が亡くなったことは悲しいが
食欲がなくなるほどではない。

なんでもおいしい。
くそー!
おいしいぞ!

ドラマだって
おもしろいと思うし。

図書館の案内を見たら

「カーネーション 上」

と朝ドラの脚本が本になっていて
先が知りたくて
借りてきた。

時代はこれから
第2次大戦へと進んでいく。

着るものも
だんだんと自由が狭められていく。
最初は「もんぺ」に抵抗していた
糸子だが
才覚のある糸子さん
結局はうまく商売にしていく。

そのきっかけとなるのが
神戸のおじいちゃん(宝田明)
おばあちゃん(十朱幸代)が
糸子の出産祝いにやってくる場面

十朱幸代さんは
ほんとにうまくて
かわいいですよねー。


「よかった、雨、あがってるわ」
清三郎(宝田明)が杖をつきながら、続いて貞子(十朱幸代)が千代(麻生祐未 )に支えられて表に出てきた。
「……おばあちゃん?」糸子がふと真顔になる。
「そのモンペなに……?」
「ああ、これか?」貞子(十朱幸代)はニッと笑い、得意そうに鼻をうごめかせた。
「ええやろ、大島や。私の持っとう中で一番ええやつ、モンペにしたったんや」
「なんで!? なんで、よりによって一番ええやつモンペなんかにしたん?」
「ええんや」貞子(十朱幸代)はきっぱり言い放った。
「モンペみたい陰気くさいもんこそ、上等な生地でこさえなあかんのや。そやないと早よ死んでしまう。陰気くさいいうんはな、バカにでけへんねんで?おっそろしいほど寿命を縮めるんや。あんたも年とったわかる」
貞子の言葉は落雷のように、糸子の脳天に一撃を食らわせた。
 ボサボサだった髪をきっちり結い直し、足の踏み場もなかった部屋を勢いよく片づけ、お次は善作(小林薫)とハル(かしまし娘の末)の部屋に行き、窓を全開にした。たちまち寒気が吹き込んでくる。
「お父ちゃん、ちょっと我慢してや!この部屋、よどみきってもうてるさかいな、ちょっとたまってるもん吹き飛ばそ」
  「カーネーション 上」  
            作     渡辺あや
           ノベライズ  豊田美加
         NHK出版


「陰気くさい」は
寿命を縮めるぐらいよくないんだぞ。
「バカ」の方がよほど体によさそうだ。

明日は天気も良さそうだし
ガーっと
エネルギーを取り込もう!

立川談志のすごさ

2011年11月27日
父もわたしといっしょに
お茶を習っていたことがあって
今日はその時のお仲間女性3人が
父に参ってくださった。




女の人でも若い人でも
父はわりに気安く声をかける人で
誰とでも仲良しになった。
そこは父のすごいところだったと思う。

という父の話を置いといて

そのお茶の話。

私も年数だけは経っているので
お点前のだいたいひと通りの
あらあらとしたところは
わかる。

新しい人が入っておいでて
お稽古を見ていて
あ、あそこはあの方が
と思うところもある。

でも
先生は
いっぺんには言われないのだ。
その人に合わせて
少しずつ
小出しにされていく。

「教える」っていうのは
相手を見て
その人に合った時を見計らって
我慢しながら
小出しにしていくものなんだと

他人(ひと)のお稽古を見ながら
「教える」っていうのは「我慢」なんだな
などと思うことがありました。


「赤めだか」立川談春

の中にそれに近い話が載っていて
紹介させてもらおうと思います。

談春さんが
「狸」という話を談志(イエモト)に
聞いてもらったときの話から
談春さんの談志さんの凄さについて書かれています。

「あのな坊や。お前は狸を演じようとして芝居をしている。それは間違っていない。正しい考え方なんだ。だが君はメロディで語ることができていない、不完全なんだ。それで動き、仕草で演じようとすると、わかりやすく云えば芝居をしようとすると、俺が見ると、見るに堪えないものができあがってしまう。型ができていない者が芝居をすると型なしになる。メチャクチャだ。型がしっかりした奴がオリジナリティを押し出せば型破りになれる。どうだ、わかるか?難しすぎるか?結論を云えば型をつくるには稽古しかないんだ。狸という根多程度でメロディが崩れるということは稽古不足だ。語りと仕草が不自然でなく一致するように稽古しろ。いいか、俺はお前を否定しているわけではない。進歩は認めてやる。進歩しているからこそ、チェックするポイントが増えるんだ。もう一度、覚えなおしてこい」

 現在の自分がこのエピソードを振り返って感じる談志の凄さは、次の一点に尽きる。
 相手の進歩に合わせながら教える。

 掛け算しかできない者に高等数学を教えても意味がないということに、僕は頭ではわかっていても身体が反応しない。教える側がいずれ通る道なのだから今のうちからと伝えることは、教えられる方には決して親切なこととは云いきれない、ということを僕は自分が弟子を持ってみて感じた。混乱するだけなのだ。学ぶ楽しさ、師に誉めらえる喜びを知ることが第一歩で、気長に待つ、自主性を重んじるなど、お題目はいくらでもつくが、それを実行できる人を名コーチと云うのだろう。
    「赤めだか」立川談春 扶桑社


噺のどこがいけないのか
合理的で親切でわかりやすい説明です。

今日の情熱大陸は
談志さんがらみの番組のようです。
ファンの人は
ご覧くださいね。

「任せてます」と言いながら

2011年11月28日
家にハガキが来る

むすめ宛の企業説明会の案内だ。

今回のは北陸3県のが
東京で
しかもむすめの大学の
近所のホテルであるというので
娘に電話した。

「あ、だめやわ。
 その日ゼミやし」

言下に言いきる。

ゼミだか
セミだか知らないけど
そんなに大事か。

就活の方が大事なときもない?

ゼミは何時から?
ちょっとでも顔出せない?

だんだんとお願い口調になってしまった。

まあ、いいや。

この間もテレビを見てたら
採用人数10人として
その分母が1万5千人とか2万人とか
ひえー!!
とぶるっとする心持ち。

まあ、一回言ったので
もう言うのはやめよう。




my喪中ハガキ用の
父の似顔絵を描いてみました。
父をご存じの方
似てますでしょうか?

運命の二人

2011年11月29日
お わ だ ま さ こ
 × × × × ×
か わ し ま き こ


斜めにクロスしても
同じように読めるのです。
がっちり組み合っていて
運命の二人としか
いいようがないと
正観さんのほんのどこかに書いてありました。

「わ」と「ま」と「こ」

の列が一緒の文字なわけで
やはりそうそうない
偶然とも言えます。

ちょっとおもしろかったので。

手書き

2011年11月30日
この間から
喪中ハガキを書いている

年賀ハガキとか
喪中ハガキとか
ごあいさつ系のハガキですが

もらう方からすると

表も裏も
ぜ〜んぶ印刷だと
さびしい気持ちになる。

そのハガキの意味が
わからなくなるように思ってしまう。

しかし
フォーマルな喪中ハガキは
何も書かないハガキもありますので
せめて
住所だけでも手書き
ということで
きのうとおとといの夜
おかあちゃんと
NHKの過激なドラマを見ながら
ひと言の添え書きと住所を
書きました。

お母ちゃんと
これどんな人だったけとか
ああ、その人のがにも
お世話になりましたいうて書いといて
とか言われたりしながら
書きました。

今日ゆうびんやさんに行きました。

さあ、
今日からは
自分の分なので
がんばります。

作者 : はれあたま

 かなり生きてきて、でも、生きてきた中で今が一番楽しい気がしています。ブログに参加することでもっと楽しくなればいいなと思ってます。

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