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はれあたまダイアリー

いつも楽しく読ませていただいてきました。ちょっと自分でもやってみようかと思いました。

今まで何ともなくてありがとう

2012年05月01日
「楽天バス」で入力して探すと

「ハーベストライナー」

出てきます。

割に値段が安い方で
富山だけでなく高岡も止まってくれるので

よく利用しておりました。

娘も私も。

最近は2980円とか
二千円台が出てきて
競争で安くなってるな
と思ってだけで

運転手さんが
バスの運転をしながら
車内アナウンスもされていたりでも
少し
大変そうだなとは思いましたが
それだけでした。

よく利用する
路線でバス名で
大変な事故が起きてしまいました。

亡くなった方々のご冥福をお祈りすると共に
今まで事故なく連れてきていただいたことに
感謝するばかりです。

でもこれからも
バスは利用するでしょう。

旅行企画会社名も意識するように
なりました。

運転手さんが1人なのか
2人なのか
わかるようにしてもらえると
ありがたいですね。
「ゆったり」より運転手さんの人数を
お願いしますm(_ _)m

休みだった

2012年05月01日
夫の友人のカキザキさんが
連休を利用して
うちに泊まりに来てくれた。

父が元気だったころは
よくお客さんがあったけれど

最近は泊まってくれるお客さんなんて
無くなってしまい

カキザキさんぐらいだ。

カキザキさんは
東京近辺で生まれた人で
東京で働く人なので
雰囲気が何となく都会的で
都会の空気が
うちにくると
なんかうれしいんだよね。


筍の煮つけとか
大根葉のよごしとか
メギスの塩焼きとか
わらびの酢の物

なんて
素朴のこっちの食べ物を
ふるまったりして
喜んだりしてるわけです。


今日カキザキさんが帰るので
朝コーヒーを飲みながら
万華鏡も見てもらったりして
この編集をなさっているのが
福光美術館の館長さんでね、
あ、そう言えば
今福光美術館で棟方志功の
すごい作品が展示してあって
コメリってあの会社の社長さんの
作品とかすごいのよ

だって棟方志功はこっちに疎開しててね

とそっから話をして

でぜひ寄ってくださいと
言って見送って

あとで
カキザキさんから
福光美術館 休館日 と
メールはいりました。

ガーン

休館日はしっかり確認しておきましょう。

柿渋和紙のバッグ

2012年05月02日
城端の清部呉服店さんが

柿渋をぬった和紙の

ブックカバーとか
座布団とか
クッションとか
バッグとか
ブックカバー
その他もろもろの小物類などの

そういうのを
先日からお店を
改築改築されたコーナーで
並べていらっしゃるのがわかって



このバッグが
気に入って
今はここに。

柿渋って
じょうぶになるらしい。
大人色だし
この大きさが
A4がすっぽり入って
ちょうどいい。

最初からくたくたな感じで
くたくたになってきても
「最初からこんなんです」
って言えるし。

友達って感じです。
自慢したくて書いちゃいました。





シャクナゲを見るぞ

2012年05月02日
去年の11月に
朝日町の護国寺に
取材に行かせていただいた。

朝日インターを下りて
20分ほど8号線沿いに
新潟方向に行くと
護国寺の看板が出ていて
さらに左に入って二、三百メートル
行ったところに看板と
広い駐車場があって
そこに車を停めて
細い階段を上がる。

寺の入り口には
スパイ容疑で一家処刑された
長谷川地蔵仏があります。

他にも石仏石像がたくさんあり
愛嬌のあるのも
見所のひとつですが




寺の裏手の
美しい庭と
数々のシャクナゲの大木は
見物
です。

取材が11月だったので
シーズンにはどれほど美しいだろうと
オフシーズンなのを恨めしく思いました。

連休中に足を運ぶつもりです。

みなさんも
ぜひ!
行ってみてくださいね。

連絡なし

2012年05月03日
娘は社交ダンスのサークルに入っていて
今日は
4年生の仕上げとなる
ダンスの大会の日

結果はどうだったのだろうか

連絡が来ない

でも
この間から就カツで
よく連絡を取り合ったので
大体読める。

思った以上の成績だと
絶対連絡が来る。

すごく悪くても
連絡が来る。

だいたい予想通り
良くもなく悪くもなく
ちょっと悪かったかも

ぐらいだったのだろうと
想像している。



それにしても
娘のみならず
周りの話を聞いても
厳しい就職戦線だ。

銀行や生保などの
金融系はある程度の数の採用があると
娘に聞いて知ったのだが
メーカー、ものを作る系の会社は
採用数が少なくて本当に厳しい。

エントリーシートだけで落ちてしまうのも
残念だけど
それを通って
1次面接、2次面接で
落ちるのも
余計に残念なことがわかった。

とにかく残念で
親にしても
なにか育て方が間違っていたのだろうかと
くよくよしてしまうぐらいの
残念さだ。

しかしこれを見て少しなぐさめられた。
何かというと
日本生命の採用情報だ。

採用が多いと言われる
生保系の会社ですが
たとえば「業務職」の採用数を見ると

2006年度  370名
2007年度  548名
2008年度  802名
2009年度  704名
2010年度  274名
2011年度  138名

と昨年度から
採用数が激減しているのだ。

少ない椅子を
とりあうゲームを
余儀なくされる若者たちよ。
それでもめげずにがんばって
という他はない。

がんばってね。

さんまじゃなくていわしだよ

2012年05月04日
草刈りが終わって
ブログを書いた後
6時頃に
今日地元のスーパーへ
買い物に行った。

若い女の人が
いわしのパック200円を
手にとって




これだけどね
いのさんに写真がよくなりましたね
ってほめられた途端
手ぶれでこれだもの

っていうのは置いといて

「このさんま
 おろしてもらえませんか?」

とお店の人に聞いていらした。

(さんまじゃなくていわしだけど)

と思ったけどもちろん黙っていた。

時刻が遅いこともあって
もう調理場は清掃がすんだ後で
ちょっとできないんですけど

と言われて
困った女の人は

携帯電話を取り出して
それを買うか買わないか
相談していらした。

で結局買い物カゴにそのまま入れて行かれて
なぜかホッとした。

で私もそのさんま
じゃなくて
いわしを見てみたら
なかなかきれいな色をしてたので
買ってきた。
私と同じようにその場に居合わせた方が
いわしを手にとっておられて

サンマといわしをまちがえていた方は
いわし2パックの売り上げを
お店に貢献されたのだった。

頭がゴミになるから困っていたのかなあ、
それとも包丁を使えないのかなあ、
魚が怖いのかなあ、

ちょっと聞いてみたい気もしましたが
もちろん聞きませんでした。

ちゃんちゃん。

不満な草刈り

2012年05月04日
きのう

「○○○(屋号が入る)のうち
 もう あぜの草刈ってやわ」

と母が言う。

えー!
この間雪が溶けたばっかりなのに
もう?

その時母は

「まだ刈らんとこ、気にせんと
 もうちょっと後にしよ」

と言っていたのに
今朝田んぼに行ったら
他のうちも刈っておいでたとかで

今日の午前中は
母が草を刈っていた。

きのうは刈らないって言っとったのに…

周りにつられて宗旨替えして
あわてて刈り出すのが
なんとなく気に入らない。

で午後になって
母にばっかりもあれだし
気を遣って

「私も草刈ろうか?」

と言ったら
うんと言うので
気持ち的には仕方なく
あーあ、また今年も
刈っては伸びる
刈っては伸びるの
繰り返しかあ、
などと
ぼとぼと思いながら
刈り出したが

草刈りは仕事が見えるので
気持ちが良くて
そのうちに楽しくなった。


一本きれいになりました。




100mぐらいあるんだよ。

斜面を刈るのが大変なんだけど

こんな風に除草剤をまいてある
あぜは黄色になっていて





やっぱりこういうふうより
緑色の方がいいので
今年もがんばります。

ちゃんちゃん。

シャクナゲ寺 朝日 護国寺

2012年05月05日
先日も書いておりましたが

朝日町の護国寺へ
行って参りました。

たくさんの方が見物に来ておられました。




上がりとの階段

満開です。




シャクナゲの木の下は
こんなふう





今からの花も




寺の計らいで
庭に面した縁の戸が開放されており
座って休めるようになっています。




こうした心遣いがうれしいですね。

いつ見ても仲のいい羅漢さん




こんなふうになれるといいのにね

初ヘビ

2012年05月06日
雨が止んだので
今日も
田んぼへあぜぐさ刈りに

たかーいくろを
刈るのは母にはきついので
私がやらねば
と思うのよ。
いい子でしょ。




車を停めたら
傍らにヘビがいました。

ここはもう草を刈ったあとで
隠れる場所がない。




どうするのかな
と思ったら
小さな穴に
すーっと入っていきました。

地下帝国があるみたいだ。

山瀬さんちのニワトリ

2012年05月06日
万華鏡244号は
「とやまのさくら」の特集です。

さくらはモノクロの写真になると
妖しさが増しますね。

風間さんのステキな写真
みなさんぜひご覧くださいね。

244号のインタビュイーは
山瀬悦朗さん

えっちゃんです。

向野のエドヒガンザクラを
優しく見守る
野口地区のお一人として
お話を伺わせていただきました。

普段から仲よしの人というのは初めてで
遠慮なく電話して聞いたり
何回もお邪魔したりしましたが
嫌な顔もなさらず助かりました。
ありがとうございました。



できあがった万華鏡を
お届けに参りましたところ

娘さんご夫婦と
山瀬さんご夫婦と
4人で
仲良く外で遊んでいらっしゃいましたが
仲の良さが自慢げで
憎たらしいので写真は撮りませんでした

がニワトリが放してあって
寄ってきてくれました。
おばさんニワトリだそうですが
好奇心旺盛で
たしかにおばさん




帰りがけにお母さんが
このニワトリの卵をわけてくださって
やったー!
ということで
さっそく夕飯にオムレツにしていただきました。

産み立ての卵が食べられて
ぜいたくです。

お母さんが大きな釜で
山菜のこごみを
茹でていらっしゃいました。

いい風景です。




田植えは続く

2012年05月06日
きのうのお祭りは
いいお天気で本当に良かった

午前中はシャクナゲ寺
午後は祭りを見に
夜は「阪急電車」を張り付いて見てしまい
(映画をテレビでそのまま見たのは久しぶりだし)

遊んだ一日だった。

今日はうちがまぜてもらっている営農の
田植えということで
朝は苗出しがあって
5時前に起きた。

5時半開始なんだけど
みんな早いし。
この前ギリギリに行って
20人近く集まる中のビリだったので
今日はちょっと気をつけて
早めに行った。



(これは先日の写真だけどね)


ハウスの中の苗を
ひたすら外に運ぶ。
箱苗を中に入れるときは
重ねてふた箱
男の人だと3箱運んだりだけど

苗になって長くなっているので
運び出しはひと箱ずつ。

入り口に近いところから
運び出すので
最初はいいんだけど
だんだん入り口から遠くなる。
10歩ぐらいだったのが
最後は60歩ぐらいを往復する。

箱苗は700枚余り。
ひたすら運ぶ。

6時半過ぎに全部運び終わって
苗出しは終わり。

携帯に付いている万歩計を見たら
7400歩になっていた。


わたしは帰ってきて
ご飯を食べたら
うとうとしちゃったけど

うちの人もそうだけど
男の人は総出で
田植えだ。
この悪天候の中。

稲刈りは雨が降るとすぐできなくなるけど
田植えはできちゃうからね。

田んぼを維持していくことは
大変なことだ。
この先どうなるかわからないけど
営農組合組織になって
よかったことは間違いない。
でないとうちの班のひとだって
何人もギブアップしたうちが
あったと思う。

でも苗出しに出る女の人は
4人いるんだけど
私が一番若い。
ずっとそのままだ。
でもって苗運びだけだし。

営農組織化は
女の人を農作業から遠くした。

何を書きたいのかよくわからなくなってきましたが
とにかく
農作業をする度に
やっぱり田んぼは大変だな
と思うし
先のことが心配になりますが

とりあえず今日は
おいしいお昼
といってもうちの人はうどんが好きなので
うどんを作って
嵐の中の農作業をねぎらいましょう。

曳山のお菓子

2012年05月07日
すっかり5月らしくなって

白い山吹が咲いています。




花の数が多くなくて
いいです。

亡くなったばあちゃんが
植えておいてくれたものですが
世話もせず雪囲いもせずなのに
健気に今年も咲いてくれました。

曳山の所望宿で
お菓子を頂戴しました。

別院前のうめさの
「曳山」です。




外側はあんで固めた上に
まばらに白い上皮があります。




まん中で割ると





栗になっていて
ゴージャスです。

このお菓子は甘すぎないのです。

ちょうどいい絶妙の甘さです。

お値段はそれなりで
普段使いはしませんが
気の張った時には
(めったにありませんが)
これを使います。

久しぶりにいただいて
やっぱりおいしいわと思って。



所望宿のお花







柳絮飛ぶ

2012年05月08日
今日は
夜に寄り合いがあって

城端の自治振興会連絡協議会総会

っていう漢字数の多い会合だったんだけど

・増え続ける空き家
・城端線の廃止がかかる行く末
・民生委員の次代の後継者
・曳山祭りの維持
・婦人会の衰退

なんていう
問題が披露され
(話し合うまで行かず披露みたいな感じね)

最近
行く先々の寄り合いで
会員数が減るとか
この先どうするんだろう

みたいな話題が多く
今日もその流れで
会合は終わって

お茶のお稽古に急ぐ。

今日のお茶碗には

柳絮(りゅうじょ)

と書かれていて




反対側には絵も




春先に柳の種を運ぶワタが
ふわふわと飛ぶらしい

「柳絮」

は今頃を表すことばだとのこと。

先生は

ひとすじの 柳絮の流れ 街を行く
             
       前田普羅
(まえだふら)

の句を教えてくださった。

前田普羅は
津沢の郵便局に赴任したことがあるとのことで
さっきの茶碗の絵は
先生が書かれたもので
津沢を流れる柳絮を
イメージしてお書きになったとのこと。

ちなみに茶碗の
柳絮の文字は
澤大道(臨済宗国泰寺派管長(富山))
によるもの。

合作です。

ねえすごいでしょ。

一緒にお茶をおやりになりませんか?

めっちゃ
勉強になりますよ。


送られてきた短冊

2012年05月08日
曳山祭りを所望すると

6つの庵唄を収録したCDと一緒に

各町内のその年の唄を書いた
短冊がもらえる。

唄を唄われる前に
所望の数の分の短冊を
扇子に乗せて
客に渡される。

その短冊を見ながら
唄を聴く。

ということなんだけど

先日
所望が終わって帰ろうとしたとき

6枚のうちの1枚
一番最初の冠友会(大工町)の
「玉川」の短冊がなかった。

別にどうしても
なくて困るものでもないので
いいですいいです
と言って帰ってきた。

それきり忘れていたのだけど
今日
郵便物が届いて
開けてみたら
短冊包みが入っていて




開けたら

「玉川」の冊だった。




所望宿の方がちゃんと
係りの方に伝えてくださって
係りの方が忘れずに送ってくださったのだ。

小さなことを
忘れずちゃんと対応してもらえるのは
うれしいことですね。

できるようでなかなかできないですよね。

 玉川の水にさらせし雪の肌
 つもる口説のそのうちに
 とけし島田のもつれ髪
 思い出さずに忘れずに
 また来る春を待つぞえ



たいへん色っぽい
唄です。

いつか
三味線で
つま弾けるように
なりたいものです。

あと10年はかかりそうです。

春は酢みそ

2012年05月09日
母が山から採ってきた
ほっそいウドがあったので
千切りにして
きゅうりとじゃこと
酢みそで和えて




酢みそは
白味噌と酢を
鉢に入れて当たるので
そこに具を入れて
混ぜます。

からしを入れませんでした。
入れてもいいですよね。

ワラビも酢みそと合いますね。

苦みのある山菜は
甘くて酸っぱい酢みそとよく合います。

春の味です。

反転

2012年05月09日
1943年だから終戦ちょっと前に
長崎の島に生まれ
自給自足の暮らしから
母親の「勉強してここから抜け出せ」の言葉で
苦学を重ね
司法試験に合格、検事となり
大阪地検、東京地検と
キャリアを重ね
東京地検在職中に辞職

ヤメ検となり
弁護士活動へ。
2000年に詐欺容疑により逮捕され
2008年より服役。

弁護士の時代はバブル期と
ばっちり重なり
何百、何千億のお金が動く様を
ど真ん中で見た様子が語られる。

貧しい半農半漁の村の暮らしから
現金が乱舞するバブルまで

「昭和」そのもの

最近「昭和の時代」とか言われても
ピンと来なかったけど
この本を読んだら「昭和」が詰まっていて
鼻の奥がつんとするような
感慨があった。

でもこの本が面白いのは
お金や事件に絡む人々が
全部実名で出てくるところだ。
企業家はもちろん
政治家もびっくりするぐらい出てきて
やっぱり政治って
こういうことなんだよね
と思っちゃった。

それに東京地検特捜部の書かれようもすごい。
これは厚生省の村木さんのえん罪事件の前に
書かれている本だけど
あれはたまたま暴露された事件で
それに大阪地検だったけど
普段からああいうことが普通なんだと
唖然としました。

で、そこのところを少し。

(東京地検)特捜部では、まず操作に着手する前に、主要な被疑者や関係者を任意で何回か調べ、部長、副部長、主任が事件の筋書きをつくる。そして、その筋書きを本省である法務省に送る。東京の特捜事件は、そのほとんどが国会の質問事項になるため、本省は事前にその中味を把握しておく必要があるからだ。
 特捜部と法務省のあいだでこのやりとりを経て、初めてその筋書きに基づいて捜査を始める。むろんいくら事前に調べても、事件の真相は実際に捜査してみなければわからない。実際に捜査をはじめてみると、思いもしない事実が出てくるものだ。だが、特捜部ではそれを許さない。筋書きと実際の捜査の結果が違ってくると、部長、副部長、主任の評価が地に堕ちるからだ。だから、筋書きどおりの捜査をやって事件を組み立てていくのである。
(中略)
 こうして筋書きどおりに事件を組み立てていくためには、かなりの無理も生じる。調書ひとつとるにも、個々の検事が自由に事情聴取できない。筋書きと大幅に異なったり、筋書きを否定するような供述は調書に取れない。調書には作成段階で副部長や主任の手が入り、実際の供述とは違ったものになることも多い。だから、上司の意に沿わない調書をつくっても、必ずボツにされる。なによりまずは筋書きありき。検事たちは尋問する際も、筋書きどおりの供述になるよう、テクニックを弄して誘導していく。

 「闇社会の守護神と呼ばれて 反転」
    元特捜検事・弁護士 田中森一 幻冬舎

    

至福のコシヒカリ−北日本新聞 女のいこいから−

2012年05月10日
今日は用事があって
ゆかたーずで集まった。

話し合うべきことについては
まあこんなもんでいいかと
いい加減に切り上げて
帰ろうと片づけ終わってから

ヘクサンボの話で
多いに盛り上がって
ずいぶん遅くなってしまった。

今年はヘクサンボが多いけど
ヘクサンボはそっと持って
そっと逃がすと臭くない。
へたに潰すから臭いので
つまんでそっと逃がそうと
持論を唱えたが
あまり賛成してもらえなかった。

同じ匂いでも
いい匂いの話をしよう。

5/8の北日本新聞「女のいこい」は
南砺市北野の畑真理子さん

「至福のコシヒカリ」
というタイトルだ。

 朝、炊きたてのご飯を夫のためにおむすびにする。コシヒカリのご飯に自家製のゆかり粉や市販の塩昆布などを混ぜ、中心に自分で作った梅干しを入れて握る。そして、焼きのりやとろろ昆布で包むのである。
 炊きたてのご飯は熱いので、一度、茶碗によそってから握る。そのご飯をつまみ食いするのが癖になっている。コシヒカリは新米でなくてもおいしくて、香りをかぐと、つい口へ持っていってしまうのである。



言われてみれば
どのご飯がおいしいと言って
炊きたてのごはんを
おにぎりをおにぎりにするときに
食べるご飯ほど
おいしいご飯はない。
最強のおいしさです。

読みながら
そうそうそう!と思わずうなづいていた。
ご飯の匂いとか
海苔の匂いとか
文章を読むだけで
匂いが漂ってくる。

畑さんは
TPPの問題に触れ

おいしい富山米を食べ続けられるために
一体何をすればいいのだろうかと
ご飯を拾いながらぼんやりと考える
と結んでいらっしゃる。

そうなのだ。

TPPの問題だって
つまりは
一番大事なのは

「私たちがおいしい米を食べ続けられるかどうか」

なのだ。

最後まで
肯きながら読みました。

クールなエッセイでした。



 

小さなレディ

2012年05月11日
名鉄富山ホテルで
城端ハンドベルクワイアの
コンサートがあり
行ってきました。

夜の街は混んでいて
ギリギリ間に合いました。




ホテルの教会チャペル形式の部屋です。

長椅子に脇から入って座ります。

私の隣は
お父さんと
小学校低学年ぐらいの女の子の親子連れ。

最初の演奏曲はこきりこでしたが
お父さんが
聞いたことある?とか
優しくお嬢さんに語りかけていらっしゃって
いい雰囲気です。

女の子は
きちんとまとめたシニョン、
ジーンズ生地の襟付き上着に
赤のフリルスカートときちんとした服装です。

その内
女の子は
しゃっくりをし出しました。

ひっくひっく

しゃっくりは止まらず
次の曲に行っても。

でも姿勢を崩さない。
お話もしない。

きちんと背筋を伸ばして
演奏を聴いている。

しゃっくりって
なつかしい。
子どものしゃっくりって
かわいらしくて
娘の小さいときや
自分の小さい時を思い出しました。

演奏が終わって
トイレに行ったら
そのお嬢さんがいらっしゃったので

「とてもお行儀がよかったですね」

と話しかけたら
ニコッと笑ってくれました。

そして
トイレに入る前に
もう一度私の顔を見て
目で御辞儀をして。

ステキなお嬢さんでした。


ハンドベルの音は
心に優しい音でした。
城端ハンドベルクワイヤのコンサートが
間近にあるときには
ぜひお越しくださいね。

年老いた母

2012年05月11日
私が夕ご飯を作る台所の
となりの茶の間で

相撲を見ていた母が
いつの間にか
眠っていた。

以前に比べて
船を漕ぐ母の姿を
よく見るようになった。

気のせいだろうけど
父が亡くなってから
余計に年とった気がしてならない。

年とって
だんだん頼りなくなっていく母を見ていると

家族を幸せにしないで
なんの人生か

と思う。

母を支えていきたい
幸せを感じてもらいたい

と思うのに

今日もわたしは
夜はお出かけで
母に後かたづけから何から
全部お願いして
出かけます。

はははは

なかなか思うようにはいきませんね。

強い女と弱い男

2012年05月12日
車が新しくなって
テレビの音が聞けるようになった。

きのう富山に行っての帰り道
ザッピングしてたら
中居君の声が聞こえて
あ、金スマだと
そのまま聞いていたら

どうも
今二股騒動で話題の
塩谷瞬の相手の料理研究家の人が
渦中も渦中の中
テレビに出ておいでるみたい。

車が動いている間は
画面が見えないので
音だけ聞くのだが

「最初からだめな男だとわかっていた」
「相手ができるのは私ぐらい」

実にどうどうとしていて
すげー、と思いながら聞いていた。

一昔前なら
二股かけられていた女性が
こんなにどうどうとしてるなんて
絶対ありえなかった。

この料理研究家の人も
富永愛も
堪えていることを表に出さない。
仕事がばりばりなので
2人とも自分に自信があるんだろうね。

やっぱ
婚約してるのに
ほかの人にプロポーズするのはまずいよね。

女性2人とも
しっかりしていて
頼りたくなって
逃すのは惜しいと思った気持ちは
わからないではないけど。

1人に決めるって
大事なんだよね。

きのう
帰ってくる間
ずっとその放送を聞いてたので
音川線に塩谷瞬問題が染みついちゃって
今日も
音川線を通るとき
自然と塩谷瞬問題を思い出して

でも普通の人は
たいがい1人に決めて
ちゃんとやってるわけで
みんなえらいなと思いました。

え、誰ですか?
目をそらすのは…。

選んだ3曲

2012年05月12日
松本久介さんに誘っていただき
FMとなみの番組に
出させていただきました。

以前に一度あったので
番組中に好きな曲を3曲
かけていただけることは知っていて

何にしようか
ちょっと考えたのですが

西上町(恵友会)の 宇治茶

先日曳山祭りが終わったばかりですが
西上町の艶っぽい歌声を
電波に乗せたくて 名曲「宇治茶」

斉藤和義 の 歌うたいのバラッド

久介さんに
「斉藤和義なんて知らないでしょうけど」
とバカにしたしゃべりを
してしまったのですが
へちまださんは
「家政婦のミタ」をご覧になっていて
斉藤和義もご存じでした。
失礼しました。
いちばん好きな歌を
かけてもらいまいた。

新井満 の 千の風になって

今でも毎日思い出す父のことを
話させていただきました。

表に出ると
どうも
偽悪的になります。

「偽悪的」は
私が言ったんじゃなくて
昔友人に言われたんですが
自分でもそう思います。

偽悪的な自分が好きな
はれあたまです。

あ、大事な放送時間書くの忘れた!

13日(日)10:00〜11:00
14日(月)6:00〜7:00
      20:00〜2100
15日(火)13:00〜14:00
      28:00〜29:00

もしその時間帯に
車とか乗っていらしたら
聞いてみてくださいね
ってFMとなみの人が
おっしゃっていましたので
よろしくお願いします。

ショックなニワトリ

2012年05月13日

生協で
産地見学に行ったことがあった。
今から20年ぐらい前

栄養価の高い卵ということで
行ったんだけど

身動きできないぐらいの
ゲージ一個一個に入ってるニワトリが
ずらーっと並んでて
ショックだった。
でもこうしないと
高くつくんだよね。
しょうがないんだよねと
思ってきた。

高速道路で
時々ニワトリを積んだトラックと
前後することがあった。

寒風の中
ふきさらされるニワトリたち。

完全なもの扱い。

たぶん肉にされに
運ばれているんだろう。

安く肉が食べられるのには
それだけの理由があって
そういうことなのだ。

それはいいとか悪いとかではない。

きのう八尾の土遊野という
平飼い卵を生産していらっしゃる
そこを見学させていただいた。

くわしくはまた書きたいと思いますが
今日はニワトリ

有名なお宅で
今まで平飼いのニワトリの映像を
何度か見てきたのだが

実際目で見たニワトリは

超元気だった。

人にたとえるなら

「富永愛」みたいだ。

プライドがあって
わたしは好きにやるのよ的ニワトリが
走り回っている。

エサのおかげで
フンは臭いがせず
鶏舎も作りがとても立派で
ちゃっちくない。

こんなに
自分を生きるニワトリがいるのだと
ショックだった。

すごい早足で
駆け回るお姉さんニワトリたちが
今もちらついて。

じゃまにならないように
また見に行きたいな。
元気になれるよ。




これはあいさつにきてくれた
お姉さんたち。

「恩返しをしなさい」

2012年05月14日
近所に在所の寺があって

奥さんと私と

娘さんとうちの娘と
年が近い。

でもって
一人娘が東京圏の学校に行っていることも
似ている。


娘がここに帰ってくるかどうか

それは大きな問題だけど
私たち夫婦は
それを娘に強制していないし
本人が選ぶことだと思っている。

でもお寺さんご夫婦の場合は
それまでも
お寺を継ぐために
戻ってきなさいと
おっしゃっているのは知っていた。

でも
先日お寺さんご夫婦に
お話を伺うことがあったのだが

奥さんが
娘さんに

「あなたはこの地域にお世話になって
 大きくなってきたのだ。
 恩返しをしに戻ってきなさい」

と言ったと
おっしゃったのを聞いて

お寺さんというのは
すごいものだな
と感心した。

今どきそこまで
なかなか子どもには言えない。

「寺」という職業の厳しさを
今でも守り続けていらっしゃることに
改めて敬意を感じるし
そういう方が地元のお寺さんで
ありがたいと思う。

ほんとうに
ありがとうございます。


歩み寄り

2012年05月14日
先日
商工会へ書類を収めに行ったところ
出口で
草ピーさんにお目にかかった。

でもって
届けられるはずのお宅が
お留守だったとのことで
タケノコをたくさん頂戴した。




やったー!!
ブログに大好きと書いていて
よかった!

ということで
きのうの夜
煮つけにしたのですが

うちの人が

「味が薄い」

と言う。

だいたいうちの人は
くどいもん好きで
漬け物でもよく醤油を垂らすし
あーあ、そんなにかけちゃって
と思うことがよくある。

なので
ふん、
と思って聞き流していた。


食べてみると
やはり少々薄いかも、
と思って
言おうかどうしようか迷ったが

「ほんとや、やっぱり薄いね」

と言った。

そうしたら
うちの人が驚くことに

「(味が)薄い方がたくさん食べれていいけど」

と向こうからも歩み寄りの態度を見せたので
こんなことは珍しいと
あっちに書き、こっちに書き
しているわけです。

今日は
朝に知り合いの
工事現場での事故があり

昼には交通事故で
道路に転がっている人を見て

気をつけなきゃ
と思っているところです。


事故なく
元気でいられることに
感謝しないとね。






かっこいい白鵬

2012年05月15日
茶の間で
お母ちゃんが
テレビの相撲を見ていて

わたしも
お菓子をつまみながら
座り込んで
一緒に相撲を見る。

ハルマフジは
小さな体で
低くあたって廻しをつかみ
大きな相手を
下からひっくり返した。

キセノサトは
一敗でトップなだけに
すごい気合いが入っている。
もともと気合いが見えやすい人で
頬が紅潮し
への地口で
相撲人形のようでかわいらしい。

琴欧州を倒して
ドヤ顔がまたかわいかった。

白鵬は骨折していることを
言わなかった。
休場もしない。

結果にとらわれず
たんたんとやるべきことをやる。

横綱の風格だ。

で今日は相撲のことを書いたのは
この写真が
ダンスみたいでかわいかったから。

この角度で
このシンメトリー

けっこうおもしろくない?

スパムメール

2012年05月15日
最近
スパムメールって言うんですか?
ローマ字が並んだ
英語のような文章が
コメントに入ってきます。

最近カウントが減っているので
増やしてもらって
うれしいです。


数もそんなに多くないので
順番に消していけば
そんなに手間でもありません。


あっとランダムに入っているので
ちょっとその日のブログを読み直したりして
それがまた楽しい。

ということで
ありがとうございます。


仕事場の前の
マロニエ(?)の木が
大きくなってきました。

下から見るとこんなふう。




若葉って力があって
きれいですね。

でもこんなにきれいなのは
久しぶりなんですよ。

なぜかというと
ここまで葉っぱが大きくなる前に
大風が吹いて
葉っぱがぐじゃぐじゃに
なっちゃうんです。

今年は
葉っぱが出る前に
大風が吹いたので
今のところ傷ついてないんです。

いつも
めぐりあわせ
というのがあって

その時はいいと思ったことが
後になってみると
そうでもなかったり
その反対のこともよくあるし

あまり喜んだり
悲しんだりしないで
「そうきましたか」
と受けとめて行きなさいと
正観さんの本に書いてあったけど

この間から
さんざん
怒ったり嘆いたりして
後になってみて
やっぱりもうちょっと
おさえておけばよかったかも
と思うんですよ。

まだまだ人間が甘いんだよなあ。

ということで。

今しばらくは
今年は運がいい
きれいな葉っぱを眺めて
仕事ができるっていうことで。

ネコを忘れる

2012年05月16日
今日の
昼方

郵便物を取りに
玄関へ言ったら
上がり口の石の上に
小さなヘビがいた。

そばにあったサンダルで
押しやろうとしたが
逆にサンダルの下に
入ってしまった。

傘を取りにいって
先っぽでサンダルをのけると
へびがまん丸うじゃうじゃに
丸まっていた。

でそれを傘で
ひっかけるように
外へ出そうとしているところへ
ネコがきた。

ネコはもぐらやねずみ
つばめ、すずめ、
へび
小動物を遊びながら
狩るのが好きなので

これでネコがヘビにかまい出すと
ことが面倒になる。
せっかく外に出そうとしているヘビを
また家へ持って帰られても困る。
ネコを扉のある部屋へ連れていって
戸を閉めた。

で改めて
傘でヘビに出ていってもらって
ああよかったで
郵便物を取って
持っていって
それきり忘れていて
寄り合いがあって
さっき帰ってきて

おかあちゃんに
ネコがいないと言われて
やっと思い出した。

忘れてました。
ごめんね。

ほっとするネコ




田んぼの水を見に

2012年05月17日
寄り合いから帰ったのが
さっき8時半頃

母が待っていたように

田んぼの水を見に行きたいけど

という。

田んぼの水管理は
少なくとも20年は
ずっと母がやっていて
誰も積極的に
はい私が代わります
と言わないので
今でも母のままだ。

だってわかんないし

というのが
夫にも私にもある。

でも最近は
夜に田んぼに行くときは
車で一緒に行くようになった。


雨が降り出して
稲光が鋭く夜を切り裂く中を
母が車から降りて
板がしっかりささるように
ビニールをまいて
水口に差し込む。

夜の田んぼって
なんだかほんとにこわい。

真っ暗だし
草陰がいっぱいあって
不如意に生き物に会いそうだし

特に水口は
深い用水路と隣り合わせていたりして
やだ。

私は車に乗ったままで
車のライトで
母の手元を照らす係。

いつまでも母にさせていて
申し訳ないなと思うけど
かといって
これを今すぐできるかというと
微妙。

だから
夜だったら
一緒に来るからね。

ごめんね。

おうどな企画

2012年05月18日
蓑谷地区スポーツ振興会
30周年記念イベントとして

24時間ソフトボール大会

が開催されることとなりました。

30周年と銘打たれていますが
確か数年前にも企画されていました。

でも
いいでしょう?

24時間ソフトボールなんて。

意味があるようなないような
ばかばかしさが
たまらないでしょう?

委嘱状として配られた
選手名簿一覧表のタカには

「蓑谷を盛り上げよう!
 あなたがいないと始まらない!」

って書いてあります。
球技はめっちゃ苦手ですが
あなたがいないと始まらないって書いてあるので
行こうかしら。

その上にはわざわざ手書きで「お待ちしています」

って書いてくださっていて。





このひと手間がスンバらしいのよねえ。

5月26日(土)城南スタジアム
  27日(日)城端小グラウンド

おひまだったら
冷やかしの声など
ひと言おかけくださいね。

フェイスブックのおもしろいとこ

2012年05月18日
フェイスブックだと
友達リクエスト
というのがあって

リクエストされたりしたりして
友達になると
その人が書き込むと
友達全部に配信されて
ひとりでに情報が伝わる。


フェイスブック内で
私は娘と友達になっていたところ

ある日
娘の同級生の男の子から
友達リクエストが来た。

うれしいに決まってンじゃん。

その子がまたよく書き込む子で
バイトしたり
飲みに行ったり
友達と遊びに行ったり
悩んだりっていうのを

楽しみに読んでいた。

若いゆえの悩みを見ると
ずっと昔を思い出させ
おばさんの胸をくすぐる。

でも
おばさんが書き込むのもなあと

いいねボタンを押すことはあっても
あんまり書き込みはしないように
気をつけてきた。

でも
この間
その子が富山に帰ってきて
1週間ほど過ごして
今から東京に帰りますと
書き込みがあった。

夜11時半
夜行高速バスに乗ってから
書いたんだと思う。

娘と重なって
思わず

ちゃんと食べるもん食べて
元気でがんばってね

と書き込みしてしまった。

若いっていいよね。
まぶしくてうらやましい。

そんな
娘の同級生友達が
最近では6人になってうれしいです。

ここはここで楽しいし
あそこはあそこで楽しい。
そういうことです。


兄の悲恋

2012年05月19日
糸ちゃんに比べて
梅ちゃんはおっとりしてて
でも何となく見ちゃいますですよ。

梅ちゃんのお兄さん役の
小出恵介が上手くて感心してたんですが

今週から
本格的に
お兄ちゃんの恋が。

互いに好き合っているのに
彼女は実力者の愛人に。

失意のお兄ちゃん。

がおー!
これこそドラマだー!

ぐふふふ
俄然おもしろくなってきました。

隣家のお父さんの片岡鶴太郎さんの
細い体つきが
いかにもあの時代の人のようで
いいですね。
役に合わせて体を作り上げて
いらっしゃるんでしょうね。
すばらしいです。

倍賞美津子がおばあさん役。

時代は変わっているんだなあ…。

あと1曲何にしよう

2012年05月19日
7月7日の城端地区敬老会の出し物の
お世話をさせていただきます。
ありがとうございます。

なるべくご覧くださる方が
わかりやすい曲にしたいと思うので

「東京ブギウギ」はすぐ決まった。

ユーチューブで
使えそうな映像があったので。

であと1曲だよね。

何にしよう。
東京ブギウギは賑やかな曲なので
わりとしっとり目でいこうか。

民謡とか
演歌とか。

かといって民謡も
ぱっと思いつかないしなー。

「岸壁の母」
曲はいいと思うんだけど
振り付け見つからず。

「いつでも夢を」
「津軽海峡冬景色」
見つからず。

「夢芝居」
どれもむずかし過ぎ。

「天城越え」
どれも色っぽくてむずかし過ぎ。

「ひばりの花笠道中」
ちょっとちがう。

「井波木遣り唄」
「魚津 せりこみ蝶六」

踊りの楽しさと
自分たちの力量と
あと衣装とか
いろいろ考えると
どれも考えちゃう。

で結局、

元に戻ってきて
何にしたかは
プログラムでご覧くださいね〜。

電話してやって

2012年05月19日
友人が公文の先生をしている。

うちの娘も通っていた。

彼女の話し方がけだるい雰囲気で
いまだにうちの娘が
時々まねをする。

話し方はけだるいが
おもしろいし
子どもからの信頼は篤い。

うちの娘と同級生だった男の子の
妹も通っていて

先日

「先生、お兄ちゃんに電話して」

と言われたらしい。

お兄ちゃんは
娘と同様
就カツの真っ最中。
やっぱりなかなか思うようにいかず
苦しんでいるらしい。

でも

「電話して」

ってなかなか言われないよ。

妹は
先生がおにいちゃんの
力になると思えたんだろうね。

子どもの目から見て
お兄ちゃんの力になると
思われてるところが
すごいなと思うんだよ。

誰かの力になれるって
すごいことだし
ステキなことだよね。

求められるって
すごいことだよね。

かっこいいなあと思ったから
忘れないうちに書いておこうと思って。

女の中に男がひとり

2012年05月20日
今日は
富山市である女性団体の総会があって
出かけてきた。

けっこう大きな団体で
顧問に県知事の名があったりして
開会の時には
壇上の一列目は
スーツ姿の役人の皆さんが
ずらっとお並びになる。



議案に入る前に

来賓の皆様には
壇をお降りになって

ご多用中なので
お帰りになります。

でも今日はお一人
残って
議事を聞いていらっしゃいました。




ホワイトボードに頭が入り込んでいる
その方です。

敬意を表して
写真を撮らせていただきました。

この会は
富山県婦翔会といって
県の女性の翼参加者は全員強制的に入会となり
そのシステム自体
長い間非難されながらも
そのままの状態でしたが

結成30年の一昨年に見直しがあり
自由参加となりました。

600人の会員が
400人になりました。

ご覧のように
前方の席には空席も目立ち
新しく入る人もいないので
もともと高齢団体だったのが
だんだんと超高齢団体になりつつあります。

もうこうなったら
残った人で
行くとこまで行くしかないですね。

かんがえてみりゃあ
そんな団体いっぱいあるよなあ…。

ぶるぶる!
まあそういうことで

講演は
元北日本新聞の辻沢賢信氏
タイトルは
「鎖国を開けた越中人」

ジョン万次郎みたいな越中の人のお話で
大変おもしろかったです。

また書きたいと思います。

久しぶりにあったキジマさんが
仕事に疲れたら
ブログを読むと言ってくれて
うれしかった。

バカな話をまた書こう。

深い案内状

2012年05月21日
名古屋時代の
知り合い以上友達未満ぐらいの
芸術家から
作品展の案内が来た。

ハガキ表の
作品展会場の地図の横に

太いペンで

「最後の個展にします」

と書かれていて

その下に細いペンで

「やっと気づきました」

と付け足して書かれていた。

彼はわたしより年上だ。
わたしはもうすぐ55なので
すでに60近いはず。

わざわざ
「やっと気づきました」
なんて
書かなくたって
いいのに。

自虐ネタが笑えて
切ない。

名古屋なので遠いので
今まで案内をもらっても
なかなか行けなかったけど
今度は行こう。

6月のカレンダーを見る。


毒蛇を受け取るな

2012年05月22日
ずいあんさんのブログ

を拝見した。
続けてお身内を亡くされた
心中察するにあまりあるが

それにしても
フジテレビPM1:30からの
ドラマの悪役のような
すごい言葉を言える人が入るものだと
ここまで来ると
感心してしまう。

心が弱っているときは
なおさらに言葉が突き刺さることがある。


このような文章に出会ったのでご紹介しよう。

 お釈迦様は、
悪口は毒蛇と思え。受け取るな
と言っています。
相手がどんなにひどいことを言っても、言われた方が悪口を受け取らなければ、悪口を言った本人が持ち帰るしかありません。
 つまり、何を言われても本人が気にしなければ、その言葉には何の意味もないということです。
 相手の悪口にはたくさんのマイナスのエネルギーが含まれています。
 ですから、そんな言葉をまともに受けとめてはいけません。
(中略)
 誰かから批判されても、「これが自分らしさだ」「自分はこれでいい」と思うことができれば、マイナスのエネルギーを受け取ったことにはならないのです。
 すると、悪口を言う人たちは、自分が投げたはずのマイナスのエネルギーが自分に戻ってきてしまうので、大きなダメージを受けることになります。

「折れない心をつくる」 植西聡 青春出版社


そう言っていても
いざその立場になれば
そう思えるか
私も自信がありませんが

でも毒蛇を持って帰ってもらう絵を想像して
バリアーを張っちゃいましょう。

本人はまったく気づいていないけど
首にヘビが絡んでいるのを
想像したりして。

おっと
自分がそうならないように
気を付けないとね。

巻き付いてないか
おもわず首をなでてみる。

経済人「松田聖子」

2012年05月22日
「経営は哲学なり」野中郁次郎 ナカニシヤ出版

松下幸之助とかホンダとか
経営の話でいつも出てくる人も
たくさん出てきたけど

経営者としてのジャイアント馬場や
経営者としての小柴昌俊(ノーベル賞の先生)

どの道も
成功には
経営者としての手腕が必要なんだね。

松田聖子も出てきた。

20、21世紀の総括をすれば
松田聖子は精気を代表する女性経営者として
名を連ねるはずだと筆者は言う。

 松田聖子は、そのそうそうたるメンバーのなかに堂々と登場していることだろう。二十世紀から二十一世紀へと大きく変容した日本社会と日本経済にもっとも影響を与えた女性の1人として。その選考理由は、ビートルズが巨額なレコードセールスによる英国経済への貢献に対してエリザベス女王から勲章が与えられたのと同じではない。なぜなら彼女は日本史上、もっとも大きな楽曲セールスを達成した歌手ではないからだ。もちろん、彼女は日本を代表する巨大企業の経営者でもなければ、日本の経済政策の舵取りを行ったわけでない。しかし、彼女によって日本女性の行動様式や人生設計、勤労意識は大きな変化を遂げた。その功績は現代の二宮尊徳と呼んでも過言ではないほどの日本を変えた偉大な経済人なのである。
(中略)
 歌手や女優としてセルフ・プロデュースに長けた人は少なからず存在する。たとえば、マドンナは松田聖子よりも歌手としては大きな成功を収めている。しかし、松田聖子は、芸能人としての松田聖子だけでなく、現代の働く女性であり自立した女性の代表としてのプライベートまで含めた「松田聖子」を創りだしているのである。彼女のように、いまの自分を創ったのは自分だとはっきりいえる人は、どれほどいるだろうか。

「経営は哲学なり」野中郁次郎 ナカニシヤ出版


確かに
三十年以上に渡っての
聖子ちゃんの影響力の大きさは
思いつくほかの女性タレントを
はるかにしのぐ。

りっぱな経済人と言えるだろうね。

聖子ちゃんがコマーシャルしてる
富士フイルムの化粧品
すっごいいいらしいですよ。
高いらしいけど。

全部「らしい」情報なのが残念ですが。

短い話がいっぱいの形の本で
読みやすかったです。

図書館にありますよ。

どーも君

2012年05月23日
この間も書いたけど
スパムメールが入ってきて
昔のブログを読み返すと
けっこうがんばって書いていて

それに比べて
今は何だか薄っぺらいっていうか
ふっと吹くと
倒れてしまうような内容ばかりのような
気もしますが
これも薄っぺらいひとつで

よく通る道で
ふと笑っているような顔を見かけて
車を停めて

写真を撮りました。

NHKのどーも君に
似てるような気がして。




役に立てるっていいね

2012年05月23日
郵便局へ向って行ったら
南町の交差点で
学校帰りの女の子が2人
道路脇の側溝のグレージングの上に
しゃがみこんでいる。

道路にはみ出していて
危ないなと
目を凝らして見ると

グレージング、あの網ですね、
そこからぴょこっと傘の柄の持ち手が
少し顔を出している。

とにかく困っているふうに見えたので
そばに行ってみると

持ち手がわずかに外に出ているが
中でジャンプ傘が
開いてしまっていて
取り出せない。

そのうち下校してきた
他の子どもたちも寄ってきて
小さな男の子が
網を持ち上げようとするが

グレージングは4隅が
しっかりボルトで固定してあって
動かない。


「このままでは無理なので
 おばさんが今から役場に行って
 話をしてきます」

子どもたちに言って
幸いにもすぐそばにあった
役場の窓口で事情を話したら
つないでくださって
すぐに現場に駆けつけてくださった。

わたしは
そのまま用事に行って
帰りがけに通ってみたら
すでに傘もこどもたちもいなくなっていて
役場の人が
グレージングを締めておいでました。

すぐ駆けつけてくださった
「すぐ」の感じが
とても良かったと思います。

少しだけど
わたしはもっと少しだけど
困っている子どもたちの役に立てました。

誰かの役に立てるって
うれしいですね。



「切り替え」と「感謝」

2012年05月24日
この時期なので
例によってマーマレードを差し上げたら
うちに咲いている花です、

とこのように美しい花をいただいた。




ある銀行のうちの会社の担当を
していただいている方で

いつも気配りのすばらしい方です。

話していて楽しい方なので
仕事が片づくと
いつも少し話をします。

今日はマイ娘の就カツのことから
子どもの進路に際する
親のあり方のような話になっていきました。

結局
子どもの進路は
親が決められるわけではないので
自分で決められないことは
悩んでもしょうがないよね
っていうところに落ちついたんですが

その方が
年輩のお客様から
うかがった話として

人生を上手く乗り切るコツは
「切り替え」と「感謝」

だと言われたそうです。

思い通りにならないことにあたったとき
いかに早く気持ちを切り替えられるか

それが大事だということ。

当たり前と言えばそうですが
この間から
そう思うことがいろいろあったので
実際にやるのはむずかしい。

でもやっぱり
それが大事だと思いますよ、今は。

その方はいつも
「感謝」していらっしゃるそうで
年を重ねては
やはりそうありたいと思いました。

ということで
この花に
「切り替え」と「感謝」を
しみ込ませて
通る度にありがたく眺めています。

城端蒔絵16世 小原さんの講演会

2012年05月24日
来週の木曜日

城端教育振興会の総会が開かれます。

今年で5回目になります。

総会のあとの講演ですが

一昨年より
城端を牽引する若き企業家に
講演をお願いしています。

一昨年はPAワークスの菊池専務。
吉野中学校長の教え子でいらしたというご縁で
なかなか聞けないお話を伺えました。
さすがPAワークス、
地元の会社の方とは思えませんでした。
東京の人みたいでした。
すっげー、と思っているうちに終わりました。

去年は
千華園の石村修子さん

お花にかける情熱に
多くの人が感動していました。
そのあと修子さんは
中学校でも講演
お願いしてホントに良かったと思いました。

で、
今年は…

城端蒔絵16世 小原好喬さんに

お願いしました。

最近では北日本新聞の「新聞少年」の広告でも
よくお見かけしますが

はっきり言ってイケメンです。

城端蒔絵の後継者として
伝統を守り
且つ
新しいジャンルの仕事にも挑んでおられる

楽しいお話が伺えると
今から楽しみです。

PM8:00頃からの開始となります。
みなさん
ぜひお越しくださいね。


タイトル
  「城端蒔絵 −伝統の継承と新たなる挑戦−」
講師  城端蒔絵16世 小原好喬    

冷蔵庫が壊れると

2012年05月25日
夕方帰ってきて

冷蔵庫から牛乳を取り出して飲む。

ぬるいな

と思ったが気にせず
夕飯の用意に取りかかり
再び冷蔵庫から肉を取り出すと

ぬるい。

あわてて
冷蔵庫の中のあれやこれを触ってみると
全部ぬるい。

冷蔵庫の中のものがぬるいって
「怖ろしい」って感じです。



地元の電気屋さん
コーケンさんに電話して
中を見てもらうことに。



中を点検するために
冷蔵庫から
品物を取り出すことになります。

あのときの
卵豆腐、
あのときの
チーズ、
あのときの
佃煮
あのときの
ヨーグルト

ぐははははは

ということで

写真はお見せできません。

でも
レトルト真空パックは
よくもっていて

おそるおそる
取り出して食べてみた
ニシンの甘露煮は
全然大丈夫でした。

夕飯が
一品増えて
よかったです。

めでたしめでたし
ということで。

石を投げる仕事

2012年05月25日
昼に茶の間に行くと
次長課長の河本が
今までとまったく違った
緊張した表情で
インタビューに答える顔が
大写しになっていた。

河本親子は張本人として
それをネットで取り上げ
あーするべき
こーするべき
と書いていた
2人の国会議員も話題になっていた。

その取り上げ方についても
話題になっているらしい。

キリストの有名なお話で
(うろ覚えで間違いだらけかもしれないが)
娼婦をしていたマグダラのマリアが
皆に糾弾され広場に引きずり出される。
皆が石を投げていたところ
キリストが
「悪いことをしていない人だけ投げなさい」
みたいなことを言ったら
誰も投げられなくなった

というのを聞いたことがある。

私は河本親子の不備を
あげつらう義務は全くないので
悪いことかもしれないけど
ちょっとかわいそうだな
と思いながらテレビを見ているだけですむ。

でも
政治家は
悪いことは悪い
というお仕事だから
そうやって
あそこが悪い
ここが悪い
と言わなければならない。

だから
大変なお仕事です。

ご苦労様です。

経済動物

2012年05月26日
今日は
鶏舎のお仕事に携わる方に
お話を聞いた。

卵を産むニワトリは
2年の寿命。

品種改良で
ほぼ毎日
あの狭いゲージの中で卵を産む。

2年たったら
他の業者に引き取られ
ドッグフードの材料に。

これは雌の場合で
雄は
雌雄の区別が付けられた瞬間に
終わり。
飼料となるそう。

ちなみに
私たちが食べている鶏肉は
もっと若くて
生後60日のニワトリの肉とのこと。

だから
2ヶ月の命。


救われないのは
卵の値段が上がらず
卵生産業者も
いっぱいいっぱいなこと。

食料自給は
国の大切な政策です。
どうかよろしくお願いします。

かわいそうなニワトリたちだけど
それは良い悪いじゃない。

卵の安値が
日本の人口増加の時代に
どれだけ生活を支えてきてくれたことか
今だって
安売りの中でも
卵は
魅力的で効果がある。

私たちにできるのは
感謝だけ。

そうやって命を閉じていく
動物たちに感謝して

でも
やっぱり肉も卵も食べたいので
本格的なてこ入れ
お願いします。

食べ物は大事です。

敬老会の出欠

2012年05月27日
わりにめんどうな
注文方法だったちふれ化粧品の
とりまとめが終わったとホッとしているところへ
すぐに敬老会の出欠の
とりまとめの依頼が来ました。

うちの班は10件ありますが
うちの父を含め
亡くなった方がおおく
75歳の後期高齢者がいらっしゃる
お宅は3件のみ。

3件の3組のご夫婦とも
欠席とのこと。
膝や腰の都合で思うように動けない方もあり
そういうことです。

8班は婦人会員がいないので
支部長の私が回りました。
4人いらっしゃいましたが
1人は施設入所。
あとの3人もご都合悪いとのことでした。

ふう。
やっぱりちょっと
曲がり角に来ているのかなあ。

でも
絶好のお天気で
美しい風景。




美しい景色を維持するのには
それなりの労力が。

まだありますよね。

美しいお庭を見せていただいて
ありがとうございます。


悩みは突然やってくる

2012年05月28日
人はどうして
こんなに傷つきやすいのだろう。

人のちょっとした言葉遣いに
言い回しに
悪意を探し出して
そして
自分を傷つける。

私はいったい何なんだろう。

という時も。

今だけど。



渡辺和子さんの本を開く。

 悩みは、嫉妬に似ていると私は思っています。初めは小さかった悩みも、そこにばかり目をやっていると、どんどん雪だるまのようにふくらんでいく。そして、転がりながら小さな悩みさえもくっつけて、自分ではどうしようもないほど大きくなっていく。そうなる前に、もう一度客観的に自分自身を眺めてみることです。これまで持っていたものを失う。それは悲しいことです。しかし失ったものばかりを嘆いていても前には進みません。ふがいない自分としっかり向き合い、そして仲良く生きていくことです。周りにはたくさんの人がいます。でも、二十四時間ずっと一緒にいるのは自分だけ。その自分を嫌うことなく大切にしてあげなくてはいけない。悩みをかかえている自分もまた、いとおしく思うことです。

「置かれた場所で咲きなさい」
ノートルダム清心学園理事長 渡辺和子 幻冬社


どんなときにも
自分を嫌いになってはいけない

誰が褒めてくれなくても

自分だけは

よくやってるじゃん

と言ってあげよう
そういう自分でいたいと

思い直しました。

名前を言えない

2012年05月28日
きのうは

「日本フェミニストカウンセリング学会 全国大会」

のお手伝いに富山市に行って来ました。

お手伝いと言っても
ワークショップの部屋に行って
もう皆さんすでに説明を受けている
弁当の受け取り方をお話しして
座っているだけなのですが。

私の部屋は

「朝鮮人差別、部落差別など社会的差別による心理的影響をフェミニストカウンセリングの視点から考察する」

ワークショップでした。

お集まりになったのは
5人でした。

一人の方のお話です。

高速バスで朝早く富山について
居場所がないので
ライトレールに乗って
時間を潰そうと思った。
バスにおばあさんが乗っていて
自分のことをいろいろ話される。

話されるだけならいいけど
そのうち
その人のことを聞いてくるようになる。

彼女は日本名でなく
韓国の国の名前を使っているので
名前を聞かれると
言おうか言うまいか
迷った。

だからまず
知らない人と話をして
名前を聞かれることを
とても恐れているということ。

小さい時からずっと。

選挙権がないとか
就けない仕事があるとか
そういうことのずっと前に

名前を聞かれることが怖い

というのは

それこそ

「自分は何なのだ」

という問いかけをずっとしてきた方々ばかりで

ここにお見えになっている方々は
それなりの方法で自尊心を回復し

話もおもしろく
聡明で

深刻ながらも
笑い飛ばす雰囲気があり

書けない話もいっぱい聞けて
お得感がありました。

普通に生きてます

2012年05月29日
きのうのフェミカンの全国大会は

CAP(児童への暴力防止プログラム)
つながりの関係で
お手伝いさせていただいた。

もともとは
すすめる方があって
昔富山県の男女共同参画広報紙「DUO」の
編集委員に応募して
2年間
計8回の発行だったが
楽しい2年間だった。

その時お世話をしてくださった
女性青少年課の係長だった
見るからにキレて
ステキだった方を
去年か今年人事異動で写真付きでお見かけした。

部長さんだったと思う。

編集委員は4人だったけど
そのうちの1人のkさんは
そののちこつこつと
勉強を積み重ね
数年前に
フェミニストカウンセラーの
資格を取った。

県内では4人目だったか
それくらいだったと思う。

着実に積み重ね
まぶしくなっていく人がいる。


きのうのフェミカンの会場で
久しぶりにお目にかかった方がいた。


「はれあたまさん
 今どうしてるのー?」

と言われ

「生きてます。普通に」

と答えた。

よく考えたら
私もどうしてらっしゃるんですかー、と
聞き直すべきだったかもしれないが

たぶんわたしと一緒で
普通に
生きていらっしゃって
それ以上
聞きたいことがなかったので
そのままになってしまった。

ふつうだけど
それなりに何とかやっているし
その方も
何とかやっていらっしゃる顔をしてみえた。

若い時は
うらやましかったなー。
がんばって登ってる人が。
今はあんまりそういう気持ちが無くなって
らくちんだ。

とがっていた頃の知り合いと会って
今の自分が
ずいぶんらくちんなところにきていることがわかって
良かったと思いました。


「笑顔」は観光資源

2012年05月30日
母は北日本新聞の
「読者の広場」だけは読むと言って
(ジャイアンツが勝った日はスポーツ欄も)

今日
城端のことが書いてあったと
見せてくれた。

城端に好感を持つ
    
    奈良県 ○○○○(無職 65歳)

 城端曳山会館にやってきた。JRの城端駅からは坂道が続く。足が不自由なのでつえを使うため、ずいぶんと手間取った。妻に助けられてやっと到着した。
 会館の女性係員は親切に教えてくれる。展示されている曳山3基は見事な細工で、食い入るように見た。会館の裏が有名な坂道風景だと聞き、裏に回って記念撮影した。
 玄関側の通りを挟んだところに、お菓子屋さんがある。「がや焼きは最高」と言う富山県出身の柴田理恵さんが、テレビで話していた店だ。
 おかみさんは話し上手で、柴田さんが来られたときの話もしてくれた。「硬いですよ。味はいいですよ」を信じて買い求めたのだが、本当に癖になるほどうまい。
 タクシーを呼んで、水車の里を巡り、小京都と称される通りへ向かった。城端で会った方々の優しい人柄に好感を持った。懐かしい気分にさせてくれる里だった。

 北日本新聞5/30 読者の広場



城端なので
だいたいどこか、誰か、
わかりますよね。

杖を使って歩いて
ようこそ曳山会館まで。
遠かったとも言わず
(駅で降りた人が楽に
 町中まで来られるようには
 ならないのかなあ。
 と思っちゃいますよ)

城端の
いいところばかりに
目を向けていただいて
本当にありがたいです。

がや焼きを送りたくなります。

「笑顔が観光資源」
と聞いたことがあります。

町を通るとき
町ゆく人が暗い顔をして下を向いているより
笑顔で
手なんか振ってもらえると
町の印象が
全然違う。

だから
観光バスを見たら
おたくの男の子を見たら
おばさまグループを見たら
まよわず
ニコッと笑って
プラス
手を振る、
こんにちは、
ようこそ、

そのほほえみが
まわりまわって
私たちを豊かにしてくれるはず、

と信じて

観光バスに
手を振りましょうね!


元気な種

2012年05月30日
十分な世話がなく
何度か枯れかけた
月下美人の鉢がある。

その鉢に
4月に草が生え始めた。

それが今は
こんなにきれいな花が咲いている。




植えたのじゃないのに。

考えてみたら
去年
おはな坊さんに
この花をいただいて
横の鉢でずっと咲いていたのだった。

その種が
月下美人の鉢の上にのっかって
このように美しい花が咲いたのだ。

丈夫な苗は
丈夫な種を作るのだなあ。

ちゃんと別の鉢に
植え替えてあげようと思いながら
もう1週間ぐらい経っている。

ごめんごめん。

ごめんと言えば
おととい
不用意なことを書いたので
心配して
何人か連絡をいただいた。

申し訳ないです。

時間は偉大で
その問題もだんだんと見る角度が変わってきて。

ほんのきのうにも
まだ若い、惜しい惜しい方が
お亡くなりになったと聞いた。

人生は短い。

いいことを思い、
いいことに時間を使いたい。

その方向で
考えたいと思います。
ありがとうございます。



限りなく城端を愛す

2012年05月31日
小原さんは
城端蒔絵、
白漆の技法が
一子相伝
(秘伝として受け継ぐものだけに教えられる)
の小原家に生まれて
家業を継いでいらっしゃいます。

今日
その小原さんの講演をうかがいました。

先祖が
曳山祭の文化に深く関わっている
と知っているこの青年は
先祖を、曳山を、城端を
こよなく愛し
どうやって
城端を、城端の文化を
守っていくか

こんなに考えていらっしゃるんだと
その懸命さが

人の心を打ちます。

さっき書いた
開高健さんの言葉じゃないですけど

「若いときは全力で走れ」

全力で走っている若者を見て
感動です。

小原さんは
おじいちゃん子だとおっしゃっていました。

お仕事を素直に受け継がれたのも
おじいちゃんの影響が大きいよう。

おじいちゃん、おばあちゃん
大事です。

教育資源としてのじじばば、
その価値がもっと評価されても
いいと思うなあ

豪胆な経営者

2012年05月31日
「安藤忠雄 仕事を作る」日本経済新聞社

がおもしろかった。

だいたい
学校へ行かず
独力で勉強するって
私の中では
人類ピラミッドの頂点にいる
人達だと思うが

安藤忠雄さんの
若き日の学び方は
映画化されてもおかしくないと思う。

破天荒で
求めて止まない生き方は
魅力的だ。


豪胆な人は豪胆な人と
次々に出会っていくのだが
サントリーの佐治敬三の話が
豪快でかっこよかったので書きたいと思う。

 佐治さんは、私のことは何も聞かず、ただ「人間としておもしろそうだから」という理由であちこち連れて行ってくださった。お会いしてから十数年たったころ、「おまえ建築家らしいな」という。「知らなかったのですか」と問い返すと、「いちいち学歴や職業など聞いておれん。一生懸命生きとるかどうか、それだけや」と言われた。一度だけ、佐治さんと開高健さんがご一緒されているときにお会いしたことがある。開高さんの「若者は全力で走れ」という一言は、今も深く心に残っている。
 その後、佐治さんから七千坪の美術館の設計を頼みたいというお話があった。当時の私は、最大でも三百坪程度の建物しかつくったことがなかった。依頼に来られる前に、「お前のつくったものを一つ見せろ」と言われるので住吉の長屋にご案内したら、「狭いな、寒いな、不便やな」とだけ言ってさっさとお帰りになった。
 これでこの話は終わったのかと思っていたら、翌日、連絡があり、私の事務所に行きたいとおっしゃる。そして、「やはり、お前に頼む」と、正式に依頼された。散々文句を言っていたのにといぶかしんだが、「あの住宅には勇気がある。全力でつくっているのがいい」とのことだった。
 建築は規模が大きくなると、設計から完成まで5年以上の歳月を要する。仕事をともにしようとする相手が、この先5年間もつかどうかを、自分の目で確かめに来ているのだ。物事の決定は他人に委ねない。必ず自分で判断する。私が出会った優れた経営者たちに共通した特徴だった。
 
 「安藤忠雄 仕事をつくる」
          日本経済新聞社


十数年も飲みに連れ歩いて
はじめて職業を聞くなんて
かっこいいですよね。

「人間としておもしろそうだから」

かっこいいわー。

言う方も
言われる方も。

ということで
そういう子が育てばいいなと
今日は教育振興会の総会に行って来ます。
作者 : はれあたま

 かなり生きてきて、でも、生きてきた中で今が一番楽しい気がしています。ブログに参加することでもっと楽しくなればいいなと思ってます。

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