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はれあたまダイアリー

いつも楽しく読ませていただいてきました。ちょっと自分でもやってみようかと思いました。

胸が熱くなる

2012年10月01日
万華鏡 ?249は

「地鉄くろべ沿線駅舎」

ちょうど真ん中の
ホッチキスのとじ目がきてるページの

黒部川扇状地を
電車が走る写真

背景の山々
砺波とはちょっと違う散居村

その中を
小さな電車が走る。

広がりのある美しい風景と電車と。

私たちが生きてきた時間が
この一枚に
ぎゅっと詰まっているように思えて
涙が出てくる。

2枚めくって
新幹線の黒部駅舎の外側の組立鉄骨をくぐる
電車も
刈り取り前の稲穂のじゅうたんとの
取り合わせが
いい。

いつもすばらしいですけど
今回の写真は
ぐっときます。

ぜひお手にとってご覧下さいね。


もうひとつ
三味線のお稽古で
おわら保存会のCDを聞かせていただく。
なんていうの、
色っぽくて
瞬間に世界が出来上がるんです。
おわら保存会だから
外にもお仕事をお持ちの方が
ここまで素晴らしい世界をお作りになるとは。
すげー。

秋が深まってきたせいもあるのでしょうか。

胸にじんじんひびいてくる
季節ですね。

無駄な心配

2012年10月01日
娘が
1日に帰ってくる用事があって
前日の30日に
ダンスの試合に出るので
その夕方からしか帰れないので
いつものように
高速バスで1日の朝着く予定だったのが

台風が来るので
少しでも早めに帰った方がいいのではと
30日の夕方から
JRで帰ってくることにしていた。

ところが
台風がどんぴしゃりと押し寄せてきて
あさから
サンダーバードは止まっちゃうし
帰れるんだろうかと

お茶会の間中
心配していた。

お弁当を食べながら
そのことを姉弟子に話していて

もし今日が無理なら
明日あさイチの飛行機で
来ればいいのかな

とわたしが言ったら

何いっとるの
台風にいちばん弱いのが
飛行機で次に弱いのがJR
バスがいちばん強いがいよ。
バスの方がいいかもしれんよ。

と言われて
そうか
そういう順番か

と改めて気が付いた。

午後は雨が強くなってくるし
新幹線で越後湯沢まで来られたとして
そこまで迎えに行けばいいんだろうか

今から思えば無茶なことを考えていた。

落ちついて考えれば
台風の場合は
寝坊と違って
ちゃんと通る理由だし
来られなかったとしても
そんなに心配することはなかったのに

娘のこととなると
無駄な心配をしてしまう。

そんなに心配せんでもいいがにね

とつぶやいたら
姉弟子は

なーん、子どものことはいつまでたっても
心配になるよ


結局
JRをやめて
再び高速バスにして
バスはちゃんと動き
今朝富山に着いたようです。

あとで考えると
なんでもないのに
よけいな心配をいっぱいしながら
私の人生は
過ぎていきます。

短い命

2012年10月02日
城端のホクギン前に咲いている朝顔。

今までの朝顔と種類が違うようで
今が見頃の朝顔です。




丹精込めていらっしゃるのがよくわかる
美しい花です。

朝顔は一日だけ。
短い時間を精いっぱい開いています。

20を2つ過ぎた
うちの娘も今が咲き頃で

帰ってくるたびに
化粧する時間が長くなるような気がする。

いつだったか
娘と話していて
同じサークルの子に
ぶりっこだと言われたとかいうので

そんなことを気にしてはいけない。
そうやって女の子は
牽制しあうものなので
どんどんぶりっこやって
色目を使って
まわりじゅうから
好きだって言われるように
がんばりなさい

と励ましたが
あまり
成果は出ていないらしい。

とにかく
短い間を咲き誇る
季節であります。



森絵都の世界

2012年10月02日
今まで短編集を二冊読んだが
一話一話の中身が濃くて
もちろんおもしろくて

二冊とも図書館で借りたのだが

「若い人に贈る読書のすすめ」

のシールが貼ってあったような気がするが
これも
そのシールが貼ってある。

「いつかパラソルの下で」森絵都 角川書店

写真を撮ってないんですが装丁もステキ。

森絵都の長編 いや 中編?

角川書店はいい仕事してるのだ。
こうやって本の紹介を書いてきていて
どことは言わないが
本屋さんの傾向には気付いてきた。
やっぱり目先狙いの出版やさんはある。
それに比べて
地道に頑張ってる気がする角川書店。

今までの森絵都のお話も好きだったけど
この話がいちばん好き。

おもしろくて
どこかではがはがは声を出して笑ってしまったが
押さえるところは
しっかり押さえられていて。

極度に厳しい父親に育てられたことから
世間に違和感を持つ
主人公。
厳格な父親が事故で突然亡くなって
しばらくして
ある日父親の浮気が発覚する。
戸惑いながら
父の過去を振り返る旅に出る
主人公と兄弟たち。
彼らが探り当てる「父」と人生とは何なのか。

みたいな感じで話は進みます。

終わり近くの押さえ所を一つ。

 愛しても、愛しても、私自身はこの世から愛されていないような、そんな気が心のどこかでいつもしていた。
 受け入れても、受け入れても、私自身は受け入れられていないような気がしていた。

 けれどもそれは私が父の娘であるせいではなく、ヤスの孫であるせいでもなく、ましてやサトミさんの子孫であるせいでもなく、自分自身のせいですらなく、なべて生きるというのは元来、そういうことなのかもしれない。
 誰の娘であろうと、どんな血を引こうと、濡れようが濡れまいが、イカが好きでも嫌いでも、人は等しく孤独で、人生は泥沼だ。愛しても愛しても愛されなかったり、受け入れても受け入れても受け入れられなかったり。それが生きるということで、命ある限り、誰もそこから逃れることはできない−。


愛しても愛されない。
受け入れても受け入れられない。

それこそが人生。
生きているという証。

「人は等しく孤独で、人生は泥沼だ」

好きだなあ、このフレーズ。

軽やかに笑わせながら
そんな大事なことを
教えてくれるお話でした。

「死ぬ」のが監督の仕事

2012年10月03日
きのう遅くに
テレビをつけたら
日ハムの3年ぶりの優勝を告げている。

栗山さんはヤクルト出身で
イケメンだし
なんか軽そうだし
マスコミ関係には向いていると思ったが
監督業はどうだろう?
とイケメンゆえに訝っていた。

ところがダルが抜けたにも関わらず
3年ぶりの優勝という
実績を残したのはすごいよね。

プロは
実績だものね。

ビールかけが終わって
インタビューに答える栗山監督

就任時に
「監督になれと言うのは『死ね』ということですね」
と言った話が出てきた。

「死ぬ」というのは
自分を殺してしまうということ。
自分を捨てて0にして
選手のことだけを考える、
それが監督業だとクリヤマさんは語っていたのだ。

たしかに
代表とか
トップとかいうのは
そういうものかもしれない。

わたしも踊りのグループの長になった時
自分の意見でみんなを引っ張らなければと
そっちの方に力を入れたが
思ったほどみんなはついてきてくれない。
むしろ
後方に回ってお膳立て係りになってやった方が
意外にみんなはわかってくれるものなのだ。

あ、今書いていて
とある政治団体が浮かんだけど
それを話すとまた遠回りになっちゃうので。

とにかく
栗山監督は選手のことだけを考え
優勝に導いた。

今日の北日本新聞は 

 今期の強さの要因に関し、島田代表や球団関係者は「監督の選手への働きかけが大きい」と口をそろえる。

と栗山監督を取り上げている。

だがインタビューに出ていた監督は
自分に厳しくて

「まだ死んでいない」

と言っていた。

監督になって以来
野球のことばかり考えていて
何を食べてもおいしいと思わないし
優勝といってもうれしいというよりほっとするだけ

とも語っていた。
監督業の重圧に真正面から
向かい合っていて
素直でいい感じだ。

イケメンなのに
独身でストイックな栗山氏。

イケメンなので
ここにも登場というわけで。

CSもがんばってくださいね。

訪問先探しの苦労

2012年10月03日
10月6日は
蓑谷の秋の祭礼の日
獅子舞が出ます。

昔は
   結婚祝い
   誕生祝い
   新築祝い


この3本柱でそう苦労はなかっただろうが

今は3つとも激減しているので
獅子舞を舞う場所の確保に
御苦労がある。

   事業所

はもちろんのこと
「長」のつく
役職絡みでは

   区長
   中山間地委員長
   生産組合長
   獅子方保存会長
   防犯組合長
   蓑谷北野森林組合長

   
そんなのあったんだ
みたいな組合の長も含まれ

さらに長がつかない委員でも

   自治振興会委員

が来て
祝い事では新築祝いだけでなく

   改築祝い
   塗装祝い


塗装祝いまであるんだよ。
それに
   獅子取り卒業

も訪問先になっていて
自分らで花を打って
大変だよね。
ご苦労様です。

それでも

結婚祝い … 5件
出産祝い … 2件

と複数件ありました。

今年は
天国で
笛の音を聞く
父ちゃん。






  

小学生のわたし

2012年10月04日
今日は
老人会の県の会合で
麦屋節を踊ってきた母の
労をねぎらい
みんなでっていっても3人だけど
乾杯。

母は民舞をそれなりにやってきたが
むぎやの笠踊りはやったことがなく
それが今度の老人会の県のアトラクションで
踊ることになって
ここ10日間ほど
毎晩稽古に出かけていた。

城端というだけで
麦屋節は昔から踊っていると思われると
プレッシャーも大きく
それなりによくがんばっていた。

それが終わり
ホッとしている母
そんな日は
昔語りの話がよく出たりする。

母は十六で嫁に来て
十九で私を産んで
その当時日本抵抗器に勤めていた。

「おしめかついで
 色は黒いし痩せとるし
 頭はちじょちじょやし
 ほんまにかわいらしなかったわ。
 『風邪ひきゃ弱るがおらながじゃ』
 言うてばあちゃんが言わっしゃるから
 いっぱい着せて」



おしめかついで

のあとに

わたしの形容詞が来て
文章は正しくないが
母の大変さ切なさは伝わる。

父に似て
きかん気で
痩せこけて色が黒くて頭が天然パーで
ばあちゃんはしっかりしてるし
父ちゃんは父ちゃんだし

ご苦労様でした。

小さい時の写真が見つからず
小学校の時の写真。




山田花子に似てない?

みんなちがってみんないい

2012年10月05日
娘が帰ってきた時
運転免許の話になった。

来年から働き始めるとして
運転免許は必需品だ。

同級生の子たちだって
たいがいはもう免許を取っている。

ところが娘は
免許を取ることにちっとも
気が進まないようだ。
できるだけ
運転せずに済ませたいと考えていて

運転がだーい好きな私にしてみれば
信じられない。

当たり前だけど
親子でも
好きなもの、好きなこと、違うのだ。

私はほぼ一人しか
子どもを育てていないので
小さい頃は
自分の好きなことが
娘は嫌いだったり
どちらかというと外向きの私に比べて
娘は大人しく
はがゆくてしょうがない時期があった。

そういうところばかり見えて
先輩ママに
「もうちょっと○○ちゃんのいいところ
 見てあげんな」

と言われても意味不明だった。
でもいろいろ失敗を重ね
娘がわたしと違う人間だということを
だんだんと受け入れられるようになった
(と、思っている)

いいところだけを見ていると
子育ては
ずいぶん楽になるものだと
子育てが終わる頃になって
気付く。

みんなちがってみんないい。

今は
娘にはそう思えるのだが
横にいる夫に
思いにくい時があるのはなぜだろう。

人生の階段は続く。

ミョウガにとりつかれる

2012年10月05日
フェイスブックには
秋の立山付近の美しい写真がアップされている。
今年は紅葉が当たり年らしいですね。

立山に行けない私は
ミョウガの林に潜る。




しゃがんで
ミョウガの木の間に身を潜める。
ミョウガのほのかな爽やかな香りがしてきて
涼しいミョウガの木立は
最高の癒し場所になっている。

とりに出ていくところを
母に見が見て

「ミョウガに取り憑かれとる」

と言った。
ほんとにそれくらい
今年は
毎日
よくミョウガをとりに出た。

また
とってもとっても
出てくるミョウガにびっくりもしている。

めっけ。




今日の収穫




フジバカマがちょうどいい感じ




イヌマキの実も赤くなってきた
これ赤いところは食べられますよ




取り憑かれたミョウガ取りも
もうすぐ終わりです。

ありがとう
ミョウガ君。

微妙なリクエスト

2012年10月06日
フェイスブックは
友達になりたい人にリクエストを出して
OKがもらえると
友達になって
互いの書いた記事が見られるようになる
という仕組みだ。

私は最近は
リクエストを出すことはあまりないが
もらった時は
なるべく断らないことにしている。

だが
今の時期は微妙なのだ。

選挙を控えて
立候補した方から
リクエストが来ると
これは票のためのリクエストだろうか
と穿ってみてしまいます。

だから
立候補された方が
会ったことのない市内の人に
リクエストを出されるのは
逆効果になることもあるので
選挙が終わってから
あるいは
実際に会われた方に
限られた方がいいかもしれません。

今年から大選挙区になって
いろんな方からのアプローチが増えましたね。

選挙っていうのは
とてもおもしろいお祭りらしい。
自分や身内のことでなければ
「票を読む」というのは
とても楽しいゲームらしいのだ。

この時期に来て
とても生き生きしてきた
人たちがいらっしゃいます。

うちの在所は
誰も立候補されないので
とても静かでいいです。

静かな地区の田んぼの野辺に
彼岸花が咲いています。



朽ちかけのヒマワリ

2012年10月06日
婦人会の配りもので
班を歩く。




朽ちかけのヒマワリに
トンボが留まる。

朽ちかけのヒマワリは
オブジェになる。







花の時とは
別のおもしろさがありますよね?

大昔
小学校の教員をしていた時
2年生の担任をしていた。

カリキュラムの中に
植物の細密画を描く授業があり
そのときに
花が終わった
種だけのヒマワリ、
この写真のヒマワリの少し手前のを
子どもたちに描かせた。

わたしは結構おもしろいと思ったが
ある先生から

子どもに描かせるのは
子どもが成長期にあるので
もっと勢いのある盛りの時期の
花の方がいい

と言われて
尊敬する先生だったし
その時は
そうなのかなと思っていた。

でもこうやって
朽ちていくヒマワリを見ると
やっぱり何か
すごい味わいがある。
花の時にはない
迫力がある。
形とか色とかとてもおもしろい。

今になって
これも悪くないんじゃないでしょうか
と言える。

もう30年も前のことなのに
どうして?
と思ったことはよく覚えてるもんだと
それにも我ながら
感心しちゃいますけどね。



力を合わせて

2012年10月07日
きのう獅子舞が来る直前になって
座敷の引き戸がよしずの夏用のままに
なっていることに気がついて
うちの人が
取り替えてくれた。

今日
短期的に
すごい雨が降って
玄関を見ると
正規でないルートから
雨がこぼれ落ちている。




樋にゴミが詰まって
流れなくなってるんだと思う。

お母ちゃんと
板金屋さんに頼む相談をした。

お父ちゃんがいなくなって
つきあいとか
家のメンテナンスとか
やっぱり
お母ちゃんが一番良く知っていて
頼りにしているけど

みんなで
力を出し合って
できることをやるっていう
そういう感じだ。

きのうは
引き戸もそうだけど
軸も夏牡丹を描いたのが
そのままになっているのに気付いて
あわてて
とにかく季節のわからないのに
取り替えた。

座敷とか
軸とか
獅子舞とか
きのうは
父の思い出が残る中に
はさまって

なんで死んじゃったんだろうねえ

と思いながら
懐かしみました。

祭りは何のために

2012年10月07日
きのうは村祭りで
獅子舞が出た




よく考えてみると
獅子舞は昔は
人数が多いことから
長男しか入れてあげない
という閉鎖的な
いじわる系システムだったが

今は人手不足で
男子なら誰でもOKだし
地方の笛は女の子がやってるし
オープンでいい感じだ。

人手不足になって
いいこともあるのだ。

今から30年ぐらいだから
ずいぶん前だけど
大学時代を東北で過ごした人で
有名なお祭りがあるところだったが
お祭りの日は
お祭りにかこつけて
「野合」のようなことが
その当時でもあったような
話を聞いた。

考えてみれば
お祭りは「やる」ための
ものだったかもしれない。
昔は長男しか結婚できなかったし
一生嫁がもらえない人も
たくさんいたはずだ。
やりたい一身で
祭りめがけて男達ががんばったからこそ
これだけ祭り文化が
残っているのでないだろうか。

きのうの村の獅子舞は
子どもたちや若い人がたくさん参加していて
うれしかった。




ただ
若い女性が少ないのが残念だ。

男達の勇壮な姿を見せるべき
未婚の初々しい女性がほしい。

なんか理由を作って
若い女性も獅子舞に入ってもらう
ことはできないものかねえ。

祭りは
やるためにあるべきだ


「べき」を使ってみました。

野球のユニフォーム

2012年10月08日
いいお天気で
洗濯物を干す。

山盛りの洗濯物を
洗濯カゴに入れて
二階の物干しへ行く。

洗濯カゴの中に
鮮やかなブルーの何かがあるのに気付く。

あ、野球のストッキングだ。
ほじくってみると
野球のユニフォームもある。

いつの間に
野球をしていたんだろう。
地域の草刈りとか
時々朝早く出かけていくことがあったが
その中に野球もあったんだろうか。

というぐらい
お互いの最近の日常を
あまり知らないことに
改めて気付かされます。

まあ私も
言ったり言わなかったりなので
お互い元気で外に出られれば
それでいいです。

今日の午後も
出かけてきていい?とは聞きましたが
どこへ行くかは言わずに
黒部まで行って来ました。

この前は
野球のユニフォームの
ズボンの膝が
干す段になって
泥の汚れが残っているのがわかって
手洗いをした。

今回は
膝もそんなに汚れていないので
やわやわと動く程度だったんだろう。

まあ、元気で動けるうちは
がんばってください。
何にも言わないけど
応援してます。



ノーベル賞めっちゃうれしいし

2012年10月08日
ニュースが
領土問題になると
チャンネルを変えていた。

だから
しょっちゅう変えていた。

だって
どう見たって
今まで領土を植民地化されたり
いろんな目に会ってきてる国の皆さんに比べ
日本は
やっぱりぼっこくて
これから先
うまくやっていけるかと
心配になってきて
見ていられなかったのだ。

そこへ
このノーベル賞のニュースでしょ。

まあうれしいったらありゃしない。
久しぶりに
チャンネル変える心配をしないで
じっくり
ニュースを見ましたよ。

去年は候補に挙がっていながら
残念だったけど
世界中が認める実績だから

若くて
かっこいい
医学研究者が
日本人だなんて
超うれしいし。

誰に言いたいかっていうと
近隣諸国の皆さんです。

ねえすごいでしょ
ノーベル賞だよ。

へちまださんはノーベルテレビ見てて
ぞろ目逃したって書いていらっしゃるから
多分同じ気持ちだと思います。

っていう
今日の日でした。

「成功」はスタートなんだよね

2012年10月09日
山中教授も言ってらしたけど
ノーベル賞は
新たなるスタートなんだよね。

賞を獲ったり
お金を儲けたり

それはとてもうらやましいことのように
見えるけど

「成功」というのは
その先に新たな新しい苦難の道への階段を
作るだけの
それだけの
ことなのかもしれないよ。

だから
今の生活が満たされているとしたら
それを本能的に察知して
望まない人がいても
当たり前なんだ。

苦難の道でもかまいませんとも。
わたしはそこへ進みますよ。

と覚悟できる人の前に

「成功」は姿を現す。

そして成功のあとに続く
困難な階段を上り始めるのだ。

苦難の道を
歩き始めた
山中教授に乾杯。

乾杯っていうのは
今日
お茶のお稽古で
先生とさんざん
山中教授っていい男ですよねーと言ってきて
お茶で乾杯した感じです。

さあ
私たちも
目の前の道を歩いていきましょう。

え?今?

2012年10月09日
という思わせぶりなタイトルを
つけてしまったが

先日婦人会の配り物で
班回りをしていて
今は
花々の美しい季節なことに
気がついた。

花も過ごしやすい時期が
いいよね。

野菊




でツユクサ




ツユクサっていう名前は
梅雨の時期に咲くのかと思いきや

田んぼの土手を青く彩っている。

そして
ダリア




今にも寒い雨が降り出しそうな
どんよりとした
空の下に

無駄に赤い
ダリアが
咲き誇る。

まぶしく目にとび込む赤。

この花のようにありたいような
そうでないような。

「なんといい話」に応募しました

2012年10月10日
今日が〆切でした。

「なんといい話」




先日から
ブルーナイトさん、
あさぎりさんも
「なんといい話」の応募について
ブログに書いていらっしゃいましたね。

〆切が遠くの時は
書けるような気がするんですよ。

かんたんかんたん♪
みたいな感じで。

ところが
〆切が近づいてきて
まず
「なんと」に絡む
何かをさがすのがむずかしい。

それに
自分をどう絡めるのか
むずかしい。

去年父が亡くなって
せっかく父が亡くなったから
あら、
せっかくというのは変だね、
とにかく
父が思い出に残るような
何かを書き残したいと思いましたが
「父」と「なんと」が
どうにも
うまく絡められず
断念。

でも
一編を
応募しました。

発表は
12月だということです。

入賞した人には
直接通知するっていうことなんで
そこは
ノーベル賞と一緒ですね。

ふるさと賞の
一角をねらう
はれあたまです(*^_^*)




家の姫りんごが
落ち始めています。

野菜の値段

2012年10月10日
この間
生産者コーナーの
わりに大きめのキャベツが140円だったので
買ってきた。

今まで
炒め物と
コロッケの付け合わせと

2回使ったが
何しろ年寄り3人なので
まだまだ食べでがある。

立派なキャベツが
140円だよ。

時給750円として
140円は
11.19分分の賃金にしか
ならない値段だ。

キャベツの苗を買って
あるいは種から
植えて肥料をやって
草を取って
水をやって
出荷するように
きれいに包装して
140円。

たまに雨降りや日照りで
野菜の収穫が減って値段があがると
スーパーのインタビューなんかで
主婦の方が

「高くて手が出ません。
 何とかしてほしいです」

とおっしゃるが
野菜の高いのはたかがしれている。

農家の
安くて何とかしてほしい方が
よほど大変だと思います。

言ってもせんないことを
書いてしまいましたが
野菜の値段に
いつも理不尽さを感じます。

おいしい野菜を作ってくださる
みなさん
ありがとうございます。

フジバカマのむらさきから




ホトトギスのむらさきへ




落ちついたステキな色で
秋を演出しています。

たべられるきのみ

2012年10月11日
うちのまわりに
死んだばあちゃんが
イヌマキを
いっぱい植えていった。

常緑樹で
マツの葉より
太くて
それでも細い葉っぱなのだが
そんなにぱっとしない
木だ。

この木の名前を知ったのは
絵本のおかげだ。

たべられるきのみ

きれいな表紙でしょう?

娘が保育所のときに毎月買っていた
かがくのともという
福音館の保育園児向け雑誌の
一冊だった。

その中の人気のある本が
絵本になってこうやって
残っているので
やっぱりうちだけじゃなくて
人気があったんだ。

娘が寝る時に
何冊かの絵本を変わりばんこに読んだ。

この「たべられるきのみ」は
私も娘も大好きで
寝がけの本によく選ばれた。

あけびや桑は知っていたけど

サルナシ、ハマナス、ヤマボウシ

「食べられる」っていうのは
とても興味を湧かせた。

その中のひとつに
イヌマキがあって




二段になっていて
むらさきの実は食べられるが
その先の青い実は毒だというのも
どきどきした。

実際に食べてみた。
甘いが
また食べたいかというと微妙な味で
それは
ヤマボウシも一緒でしたね。

今はシーズンで
イヌマキの実が
いっぱいなっている。

娘と一緒に
布団の中で
絵本を見ていたときから
ずいぶん経ったけど
実を見る度に思い出す
思い出は昔のままだ。

多分死ぬまで毎年
ずっと
保育園の娘を思い出しながら
この実を見るんだろうな。

過去の常識

2012年10月11日
今 万華鏡の関係で
黒四ダムについていろいろとです。

黒四ダムの竣工は
今から五〇年前になります。
すでに半世紀も経っているんですね。

黒四ダムの総工費は513億円
延べ1000万人に及ぶ労働力
殉職者171名

え、殉職者171名?

今の時代から考えると
考えられない数字だ。

でも
「今」の常識をそのまま引き当てることは
できない。

ということを
この間も書いたけど

「こんな歴史に誰がした」
 日本史教科書を総点検する 渡部昇一 谷沢永一著
           クレスト社


の中にこんなことが書いてありました。

谷沢 
 そもそも歴史というものは、その時代の社会常識を把握する。そして、その時点の常識に立ち戻って、出来事を評価するというのが本当です。
 私が、国文学の師である中村幸彦先生から口を酸っぱくして言われたのはそのことでした。
 「過去の常識に遡ることはどれほどむずかしいことか。しかし過去の常識を掴んだ者だけが学者なんだよ。それ以外の者は評論家なんだ。谷沢君、評論家になっちゃいけないよ。学者になりなさい」

渡部
 過去の歴史の悪口を書くのなら、誰にでもできる。しかし、それでは歴史に学ぶということにはならないし、ましてや歴史家がやることではない。ところが、その手の「歴史学者」が横行したのが戦後の日本でした。
 余談になるかもしれませんが、たとえば江戸時代の日本が封建的で遅れていたということを言うのは簡単です。極端な話、小学生だって作文できる。しかし、江戸時代において、どれだけ日本が優れていたか、どれだけ日本がユニークであったか、そのことを発見するのが歴史家の仕事でしょう。そのような観点で江戸時代のことを書いた学者が戦後、どれだけいるか。これは絶望的なほどに少ない。


この本は自虐的日本史教科書を
批判するために書かれている本で
頷けるところも
そうでないところもありますが


でも
今の基準で
過去のことを話すのは
「浅い」気がするな
でもって
今まで
一面的に批判に走る
そんなことが
結構まかり通ってきた気もするし


何のこと言ってるか
わからないでしょう?

私もわからなくなってきたので
もう寝ます。
濃くて少し疲れた日でした。

お休みなさい。

 

ストップウォッチが苦手だ

2012年10月12日
明日は
南砺市連合婦人会の運動会だ。

婦人会ならではの
几帳面さで
事前に係の打ち合わせ会合があり
私は審判係を引き受けたので
先月の9月29日夜にあった
係の説明会に行ってきた。

各地区に別れ
8チームでの競技だが
順位を決めるのに
ストップウォッチを使うのだ。

そこまでやらんでも
見た目でわからんかな
と思うのだが
揉めると困るので
ストップウォッチを使うらしい。

私は
ストップウォッチが苦手だ。
ボタンが何カ所かにあって
そのボタンの役割が把握できない。

止めようと思って
ボタンを押してもちっとも止まらなかったり
止めたくないのに止まったり
結局わけがわからなくなって
やり直し
という印象がストップウォッチに
張り付いている。

審判係は
二人でひと組なのだが
あいにくこの前の説明会は
もう一人の方は
急な葬儀が入り、通夜で欠席だった。

欠席だった人に
ストップウォッチを押しつけるのは
ちょっとひどくないか。

どうしよう。

私が
間違えてストップウォッチを押して
競技者の皆さんが
私を糾弾する
そういう図しか浮かばない。

審判、
ぜんざい、
原稿、
ISO

わたしにとって
南アルプス級の嶺々が続きます。

がんばります。

老後に夫は必要か

2012年10月12日
仕事の用事で砺波まで行って
ついでに
ひと月半に一度の
母の通院の送り迎えもした。

砺波総合病院の9時の玄関は
高齢者を降ろす車で
ごった返す。

駐車場もいっぱいだし。

賑わいがあります。

帰り道
主婦向け情報番組の
テレビの音だけ聞いていると

「老後に必要なもの」

の順位が言われていて

1位はダントツでお金 400票近く
2位は友達
3位は趣味

「夫」
は3票で
「エンディングノート」は5票で
夫を上回り
「勇気」は「夫」と同票で3票。

「夫」が
「お金」や「趣味」と
同列に比べられるのは
これまでも見てきたが

「エンディングノート」と
同列になると
やはり悲しいものがある。

だいたい
「夫」を
必要か必要でないかの項目にしても
意味がない。

必要であってもなくても
いるのだもの。

いる以上はいる範囲で
前向きに考えるより他にないではないか。

あ、
結局
ひどいこと言っちゃってるって
そういうことなのかなあ。

自分の巣は
なるべく居心地よく
しておきたいものね。

だから
必要ですよ。
よろしくお願いします。


「忙しい人に頼む」

2012年10月13日
明日
城端小学校でぜんざいを売ります。
食べに来てくださいね。




去年はJAの旅行と重なって
マエダさんとマキちゃんにぜんざいのピンチヒッターを頼んだ。

その時のことを

「忙しい人に頼む」

というタイトルで去年書いている。

「頼みやすい人」は「忙しい人」に
なるので
考えてみれば必然的なことです。

今日は
南砺市婦人会のレクリエーション大会
無事にストップウォッチもこなせてよかったのですが
マエダさんも来ていました。

私は今年は蓑谷婦人会の支部長なので
参加は必須なのですが
マエダさんは以前は城端の代表もやった人ですが
今年はヒラ走りなので
本来は来る必要がないのに
出られない支部長に代わって
来ていました。

あ、マエダさんが来るんだと
わたしもちょっとうれしかったです。

マエダさんは
ゆかたーず代表のあのマエダさんです。

去年はぜんざい
今年は婦人会レクリエーション大会

「忙しい人に頼め」

いじめる夢を見た

2012年10月13日
人を
いじめる夢を見た。

夢の中で
すごい顔で
その人にイヤなことを言っていた。

夢の中で
すでに
え、私はそんなことするはずないだろう
これは夢のはずだ

と思うのだが
夢の中では
どこから夢でどこから現実か
区別がつかず
夢であるように
祈っていたのだが

目が覚めて
やっぱり夢で
心から
ホッとした。

がんばっている人が
いっぱいいる。

大好きなつもりでも
心のどこかに
他人の成功や能力を妬む
気持ちがあるんだと
気付いて愕然となりますね。

でも
あの手塚治虫でさえ
大御所となったのちにも
石ノ森正太郎などの若手の才能に
いつもおびえていらしたというから

みんなそうなのだ。

多分。

そんな自分を
何とかなだめ
不機嫌にならず
毎日を暮らすことが
マイ人生なんだよね。

とにかくほんとに夢でよかったので
明日からまたがんばります。

いじめやイヤな顔は
夢の中だけ。

にしたい。




直径1mになろうかという
今どきの白菜。

天皇陛下といるような気持ち

2012年10月14日
ぜんざい作りは
城端教育振興会という
うさん臭い名前の団体が
やっている。

わたしは「おばさん」だが
ほかは「おじさん」で
中には少し「おじいさん」クラスの人もいる。
まあ、それはいいとして

頭数が少ないかもしれないと
私は
若い人の中に混じるのを気後れしている母も
茶碗を洗うのに頼んで来てもらった。

そんな母に
メンバーのへちまださんは
「あんたおいでんにゃ話にならんわ」

引っ込んでいる母の気持ちをほぐしてくださったし
ベオさんも気さくに声をかけてくださったと
喜んでいた。

8時半に集合したが
10時半の販売まで
間がある間
受付のへちまださんのそばに行ったら
コーヒーをご馳走になり世間話に花が咲く。

でもって
先日城端に横綱白鵬が来た話になった。
へちまださんは
その日ずっと白鵬関と
いっしょだったとのことで

まっでおもしい話を聞きましたが
残念ながらここには書けません。

ガハハハ…。

ただ
ひとつだけ書きますが

横綱と一緒にいると
周りの人がみんな
注目するそうです。
当たり前ですけどね。

その注目度はハンパでないらしい。

でもって
それほど注目される横綱の横にいて

「天皇陛下と一緒におるような気持ちになったわ」

とおっしゃっていました。

タニマチの気持ちがようわかるわ…。

とにかくおもしろかったので
知りたい方は
直接へちまださんにおたずね下さい。

ぜんざいの紅白餅

2012年10月14日
きのう予告しましたように
今日は小学校のぜんざいを作りに
行って来ました。

学校へ来る途中
知っているお母さんを見かけて
声をかけたら
「お孫さんを見にですか?」
と言われた。

まあ、
孫が小学校にいても
不思議ではない年齢ですが。

まだ孫はいません。

ということで
今年はぜんざいの中に入れる餅を
紅白にしてくださいました。
餅はうどんの横で
蒸して作るんです。
つきたてのお餅おいしいです。

「赤の餅と白の餅で
 大きさが違うね」

「赤の方が大きいと
 奥さんの方が強くて
 白の方が大きいと
 男の方が強い
 なんて
 餅占いになるね」

餅は男性陣の係で
紅白の餅をちぎって丸めながらの
おしゃべりが聞こえてきます。

あずきで餅が隠れているので
食べてみてどっちが大きいかで
占うという他愛もない話です。

紅白の餅で
占うっていうのは
かわいらしいですね。

でも
そういうファンタジーを聞くと
こわしたくなるのはなぜでしょう。

「女の人の方が強いにキマッとるないけ。
 男の人が強い家なんてないよ。
 それがうまくいくコツやないけ」

はいそのとおりと
餅丸め組の苦笑いで
その話は終わってしまったが

奥さんが自由に見え
奥さんが強そうに見えるなら
その状況を許している
ものすごいステキなご主人です。

という風にいえばよかった。

今度そう言おう。




「艶」の世界

2012年10月15日
先日書きましたが

「長唄と笛の演奏会」

は今日でした。

三味線の長谷川先生から
かぶりつきで
指の動きをしっかり見るように
と言われていましたが

仲間のウメハラさんやマサミちゃんが
指示通りにいちばん前に陣取っていて
わたしもその横、
いちばん前に座りました。

長唄は
直線で音が届くのでなく
たゆたって
煙がたなびくように
こちらに届いてくるように思えます。

包まれる感じです。

あまりに包まれて
途中ちょっとこっくりしてしまいました。

どうして
あんな艶っぽい声がでるんでしょうか。

玉三郎さんが離されない
というのもわかる気がします。

長唄って
Hのための
Hを婉曲に表現した
とにかく
Hそのものだわ、

と思いました。

三味線は
わたしの受容体が育っていないので
長谷川先生と
どっちが上手まではわかりませんでした。

幕間に
福野からおいでている
知り合いの方に気がついて
お声をおかけしたら

「こんなにすばらしい演奏会なのに
 どうしてもっとおいでないんでしょうかね」

と言われて
叱られているような気がしました。

本当にわたしも
もっと大勢の方に聞いてほしいと思いましたよ。

三味線の社中の仲間で
モノトーンの鮫小紋の
粋な出で立ちの村上さんもいました。

楽しみ上手です。

今は地方にいても
極上の「非日常」がちょくちょく楽しめます。

いい時代です。

かっこいい塩谷瞬

2012年10月15日
きのうの夜
芸能人の対談番組で
塩谷瞬がスピリチュアルの江原さんと
対談をしていた。

そそられて歯を磨きながら
見ていたが
塩谷瞬はなかなか
ステキだった。

例の二股騒動時には
メソメソと泣く姿が何度もテレビに映り

なぜ
男前の富永愛が
このような人とつき合っていたのか

でも男前な女の人が
べそべそ男性にひっかかることも
なきにしもあらずなので
そういうパターンかと思っていた。

だが
江原さんと話をして
うなづく塩谷瞬の横顔は
とてもステキだ。

何ていうのか
顔の造作がきれいなのもあるが
目に力があって
引き込まれる。

もっともっと見たくなる。

富永愛の
気持ちがわかった気がした。

っていうことで
今日もがんばりましょう!



少女のプレゼント

2012年10月16日
町中のスーパー、彩菜屋さんで
買い物をして
レジをしてもらっている時

小学校1年生ぐらいの
女の子がレジのところに
飛び込んできた。

手には赤いプラタナスの葉が
そう、
20枚ぐらいはあったかも。

レジの方の娘さんなのか
ポリ袋をもらって
袋に入れようとしている。

「きれいだね〜」
と声をかけたら
「あげる」

と言って
一枚分けてくれた。

うまい。

こういうことって
できるようで
なかなかできないことだよ。

自分の大切なものを
一枚分けるって。

全然知らないおばさんに。

おばさんは
とてもうれしかった。ですよ。

この女の子は
これからもうまく
周りの人とつながって
生きていくんだろうな。
そういう子が
これからの日本を支えていくんだろうな。






美魔女

2012年10月16日
小春日和というには
まだ早いですが

秋のうららかな日が続いています。

ぜんざいを作りに行って
小学校の傍らのお宅の
紫陽花が美しい。




美しい盛りはずいぶん前に終わったはずだけど
微妙な色合いが
何とも言えず
まだまだ色気たっぷりだ。

そういえば
美魔女コンテストなどという大会が企画され
40、50代の
うそ、と思うような
女性たちが
テレビに映るステージに
いっぱい並んでいた。

年相応に
年齢を重ねているものにとっては
このような企画はいい迷惑だが
美魔女
美肌
美、美、美
のこのブームは
まだまだ続きそうだしなあ。

私なんか
生活習慣病にひっかかる
すれすれの値を改善しようとするだけで
せいいっぱいです。

っていうことで
今日の夕飯も
気持ちご飯控えめにしようと思います。

気持ち、
気持ちね。

青じそ終了

2012年10月17日



これは数日前の青ジソだが
きのう
母に引っこ抜かれて
今は無くなってしまった。

おにぎりを作る時
シソの葉を
2、3枚とってきて
おにぎり用ふりかけと一緒に
ごはんに混ぜると
香りがよくなって
栄養的にもいいように思え

だからそうしないと
損するような気がして

おにぎりを作る時は
時間がなくても
まずシソの葉を畑までとりに走って
そうでないと
始まらなかった。

そういう
シソと私の蜜月が終わってしまった。

考えてみれば
10月半ばだ。

去年は父が死にそうだったし
南砺市B級グルメ大会を控えて
今頃はずいぶんあわただしかったような
気がする。

今年は父もなくなっていないし
B級グルメ大会もないのだが
それなりに用事が入り込み
毎日があわあわと過ぎていく。

年をとる毎に
忙しくなるような気がするが
気のせいだろうか。

でも忙しい日に感謝して
今日も
おいしく
ビールを飲もう。

年増の大化け

2012年10月17日
オオヤマレンゲ




という白い清楚なモクレン科の
花があります。

4月から5月でしょうか。

清楚なので
茶花にもよく使われます。

それが
花が終わって
ずっと静かなのですが
今頃になって
俄然目立ち始めるのです。




次第に赤が濃くなり
毒々しいほどの色になっていきます。

一個一個
種がばらばらになっていって

「悪い?」

ってかんじで
主張しまくりです。

どうも
今の自分の年代と
重ねてしまいます。

もう人に何をいわれてもいいのよ
やりたいようにやるからね
今のうちにやることやっとかなきゃ

みたいな主張。

わたしは
ここまで行っているのか

自分ではわかりません。

あ、別にいいです。
教えてもらわなくても。

っていうことで
明日は晴れそうですよ。
お休みなさい。

31プロジェクト

2012年10月18日
先頃、SMAPの慎吾ちゃんでリメイクされた
「黒部の太陽」
舞台化もされて
最近また見直されつつある。

「黒部の太陽」の
イメージが強く

トンネル掘るのが大変だったんだよね

という印象しかないとも言えた。

先日
万華鏡の取材で
黒四ダムについて改めて
いろいろ教えていただき
もう
得したとしか言いようがない。

先頃
日本で
IMF・世界銀行総会が開かれて
話題になっていたが

黒四と世界銀行には
深い関わりがあるのだ。

黒四を作った関西電力は
当時資本金135億

そして黒四の予算は350億
まったく足りないところを
世界銀行から3700万?の資金を借りて
七年の工事の歳月の後
ダムを完成した。

日本が
世界銀行から借りたプロジェクトは
31あって
火力、水力発電、
製鉄所、
東海道新幹線、
高速道路網、

日本が復興を果たすための
エネルギーや交通関係の
大きなインフラ整備に
世界銀行にとってもお世話になっていたのだ。

日本は優秀な返還国で
今は基金を提供する側の国だ。

黒四ダムは
最初は世界銀行の技術者の手によって
デザインされた。

工事が進むうちに
岩盤の具合がわかってたり
いろいろな条件が加わり
16の設計変更が行われた。

イタリアやフランスで
アーチ式ダムの崩壊が続き
186mという
黒四ダムの高さを
懸念する世銀側から
ダムを150mにしろとの勧告がきた。

さあ、
関電はどう対処したのか。

続きは万華鏡で
ご覧下さい。

とどまらない渇き

2012年10月18日
ブログを始めて以来

カウントは気になります。

のぞけるときはのぞきます。

でもって

フェイスブックにも入って

フェイスブックにも書き込んで

しょっちゅう
のぞきます。

フェイスブックは書き込むと
誰かが「いいねボタン」を押してくれると
自分のページに赤いぽっちがついて
あ、誰かイイネを押してくれましたよ

とお知らせが来るのです。

もう寝なくちゃいけない
寝がけに書き込むこともあります。

早く寝ればいいのに

よし、だれか
イイネを押してくれて
赤いボタンがつくのを見届けてから寝よう

と何回も開いて
ひたすら赤いボタンが付くのを待ちます。

一人イイネボタンを
押してくれたのを見た瞬間、

よし、もうひとり押してくれるのを
見てから寝よう。

その間にブログのカウントも確認して…。

そうやって
パソコンの前にすわる
意味のない時間が
増えています。

ブログの時は
ブログだけで満足だったのに

次から次へと
飽き足らなくなっていく。

欲望は
キリのないものですねー。


戸別補償費の出所

2012年10月19日
今日は
県知事立候補のお一人の
個人演説会に行って来た。

右側には
衆議院議員四人がお並びになり
左側には
JA関係者がごっそりと。

さすがに
衆議院議員の皆さんは
はなしがおじょうずだ。

それぞれ
前の人と話がかぶらないように
上手に県知事候補の業績をお話しになる。

政権が変わって
とくに
農業政策は往生こいた
という話があった。

それで思い出すのは
今年の冬にJAのなんかの会合で
役場の農政課の人が
言われたことだった。

その会合で
誰かが用水路の手直しが必要になっている
と言われた時に
役場の課長さんは

民主党政権になって
土地改良費が63%カットされた。
カット分が
戸別補償費に回っている


とのことだった。

ずっと民主党を応援していたので
悲しいことはいっぱいあったが
これはショックだった。

確かに戸別補償費を
新たに捻出するのは大変なことで
どこかを削って
当てねばならないには違いないが
土地改良費とは思わなかった。

農地は絶えず補修が必要だ。
それをカットして
あぶく銭に回すなんて
なんと目先のみえない
政策だろう。

と思った覚えがあります。

富山県の現知事は
色々算段をして
土地改良費を捻出されたと
国会議員の誰かが
おっしゃっていました。

っていうことで
帰り道のバスは
巨人×駐日の試合をやってて
3−1で勝ってるところから見て
降りる時には
高橋よしのぶのホームランで
4−4の同点になったところで着いて
残念になりました。


ここまで来たら
選挙は早いほうがいいよね。
そう思います。


やりたい仕事

2012年10月19日
この間
NHKの「サラメシ」という番組を見ていた。

サラリーマンのお昼ご飯で
サラメシ
なのだが

あるケーキ屋さんが出てきて
二階はまかないを作ってくれる
元従業員のお母さんがいて
お昼ご飯を作っておいでた。

シャケのフライ、
ほうれん草の胡麻和え、
イカの南蛮風炒めとか

値段を考え
栄養を考え

とても健康的なお総菜でできた献立で

食べている従業員の人は
みんな喜んでいる。

ああこんな仕事をしてみたい。

安い素材で
ちまちまやって
みんなに喜んでもらえて…

でもよく考えてみると
やってるじゃないの。

食べる人は二人だけど
それなりに喜んでもらえるし。

なのに
「今日夕飯いらない」
って言われると
なぜあんなにうれしいんだろう。

でも
食べてくれる人がいないと
絶対作らなくなるよね。
栄養価だって
食べる人を何とかしようと思うから
けっこういろいろ考えるわけで。

そのおこぼれで
わたしも色々と食べられる。

だから
食べてくれる人に感謝。

っていう理屈は
わかりました。

こねくり回してないで
ほんとに感謝しないとね。

廊下に舞い込んできた葉っぱ。




「シッ!」

2012年10月20日
今日は
ユカターズの
なんまぶ優勝おめでとうありがとう旅行で
京都に来ています。

絶好の行楽日和。

特急に乗ったら
ビールを飲もうと決めていて
それもやり

京都についてからは
宇治に向かいました。

とにかくいい天気で最高でした。

夜は定期観光バスで
祇園の踊りや日本文化のショーを見に。

狂言や舞妓さんの踊り
文楽も最高でした。

ただ
最初にあった
お茶とお花のデモンストレーションが
ちょっと意に沿わなく
ぶーたれていたら
前の席のとても素敵な
ボブカットの外人さんに
「シッ!」
と注意されて
とても恥ずかしかったっていう
そういうことです。

不平や不満を言う声は
知らず知らずのうちに大きくなって
いるんですね。

はい、
恥ずかしかったです。

これから部屋で
みんなで
もうひと話しようと思うので
今日はこれで終わり。

明日は
大原へ向かいます。

企画担当者

2012年10月21日
きのうは
サンダーバードに乗ったら
ビールを飲もうと決めていて
グビグビいかさしてもらいましたが




今日の京都散策については
私が考えるから
とか言っちゃったもので

バスで大原に行く行程とか

大原へ行く参道に
ストールとか手ぬぐいとか
漬け物とか
ドレッシングとか
小物類とか
思った以上に魅惑的な出店が
いっぱい並んでいて

バスの時間が心配になったり

帰りに八瀬で降りて

瑠璃光院に行ったんですが




瑠璃光院は
ガイドブックに載っていない寺ですが
京都の方からいいと聞いたので
行くことにしたんですが
ほんとに喜んでもらえるか
心配でしたし。

でも全くの杞憂で
本当に素晴らしい景観でした。

定期観光バスもいいですが
自分たちで考えて
バスや地下鉄を乗り継いで
観光するのはハプニング満載で
エピソード記憶と結びつき
忘れがたい体験となります。

きのうのように
シッと注意を受けたり
今日の大原までのバスが満員で
1時間近く立ちっぱなしだったり

ついついお店に引き込まれ
あれやこれやと
品定めをしたり

男の人と一緒だと
こうはいかんよねー

と女を満喫して帰ってきました。


朝食と笑顔

2012年10月21日
今回はご褒美旅行なので
ちょっといいホテルに泊まった。

さっき朝ごはんを食べ終わったところだけど
いいホテルは

朝食と
サービスマンの笑顔がぜんぜん違う。

どの人もにこやかな笑顔で
めっちゃ感じいい。

でもって
朝食は
フォアグラがあるし
いくらはあるし
スウィーツはおいしいしで
今まで
とまった中で
いちばんおいしい朝食だとの
評価で
一致しました。

おいしい朝食の写真は帰ってから。

おいしいぞ。
京都センチュリーホテル。

九つと十

2012年10月22日
きのうの瑠璃光院で
たまたま住職でしょうか、
僧姿のお坊さんがお見えになり
建物について
詳しくお話を聞くことができました。

庇の上を走る10mの北山杉
玄関の鞍馬石
赤松の皮を一枚剥いだ床柱
一本一本面取りをしてある障子の桟

ただ見るだけでは
全然気がつけないところを伺えて
得した気分でした。

「この寺は昭和初期に建てられたんですが
 内部の造作もそのままに残っている寺は
 そうありませんよ」

とのことで

瑠璃光院は
平成十七年から
季節に限って一般公開されているそうですが

一般公開されたその最初の年に
九十前後のお年寄りが二人見えて
しげしげと
中をチェックするようにゆっくりと
ご覧になっていたそうです。

それで
声をおかけしてみると
この寺を作る時に参加されたという
大工さんだったそうです。

お二人がいくつの時だったかを尋ねると
「九つと十」
九歳と十歳の時。

小学校も行かないうちに
奉公に出され
叱られ、殴られた思い出が
この寺に詰まっているとのことで

お二人は
この寺が変わりなく昔のまま残っていることに
感謝して寺を後になさったそうです。

九つで道が決まり
社会に出て修業する時代

三十近くなっても
道が決まらず
自分探しをする人がいっぱいいる時代

人の
持って生まれた力が
発揮できるのは
どの時代なのでしょうか。

瑠璃光院の庭は全て自然木。
植えた木は一本もないとのこと。

苔の手入れが大変とのことで
手で雑草を抜くと苔が剥がれるので
一本一本竹のピンセットを使われるとか、
夏は朝晩の水やりが欠かせないとか、
落ち葉の季節も機械で飛ばすと
苔も剥がれるので
全部手作業であるとか

パッと見
自然がそのままそこにあるのですが
美しいものには
それなりのケアがあるのだと

ということで
今日も時々
静寂な庭を思い出して
仕事をしています。




妻を美醜で選ばない

2012年10月22日
3連勝してまさかと思ったが
やはりまさかはなかった。

でも実力はジャイアンツが圧倒的だったし
きのうは
ドラゴンズの監督とコーチの不仲が
新聞にまで載ってしまった。

前任の落合監督は
コーチのせいになど絶対しなかった。

以前の日本シリーズの
山井のパーフェクト試合目前の交代にしても
いろいろ言われたが一言も人のせいにはしなかった。

投手陣の采配は一切森コーチがやっていた
というのは
落合がドラゴンズを首になってから
わかったことでした。

まあ普通の監督は
コーチのせいにしませんけどね。
そういう監督は日本シリーズに行ってはいけません。

私が落合を好きになったのは
「妻選び」にある。

どんなにいい人でも
きれいな奥さんだとわかると
あ、この人は結局
こういう人を選ぶのね

一度にずーっと遠くに行ってしまうように思える。

その点
落合はいい。

野村監督も好きだ。

それにしても
両夫人とも
亭主育てがうまい。

わたしは全然駄目だったな。
でも両夫人より少し若いから
そんなこと言わずに
がんばってみようかな、
でもやっぱりだめかな

などと
ドラゴンズの敗戦で
自らの妻力のなさを
感じる結果になってしまったのは
なぜでしょう。

ロングブレスダイエット

2012年10月22日
ありがたいことに
ゆかたーずのメンバーは
私のブログを
読んでくれていて

ときどき
ブログに書いてあったことなんかも
話してくれて
うれしい限りだ。

きのう
京都からの帰り電車の中で
ビールを飲んで
うとうとしていたら

「はれあたまさん
 まだロングブレスダイエット
 続けとるの?」

だいたい
ぜんぜん痩せてないことは
見た目でわかっているし
改めて聞くか、
とも思ったが

「やっとるよ」

と答える。

実は続けています。
一日一回しかできない日もあるし
やっても三回だったり
おざなりだったりしますが

痩せるためというより
下腹にぐっと力を入れると
気持ちがいいのだ。

気分もぎゅっと引き締まる。
ちゃんとやったら
確かにいいと思う。

ただ
食べるわ飲むわが過ぎると
追いつかない。

食べなきゃやせるし
食べれば太る

ほんとにシンプルに
それだけのことなんですよね。

一泊二日一緒にすると
体の線もだんだんわかってくる。

盗み見してみると
みんなけっこうほっそりしていた。

一昨日きのうとずいぶん飲んだので
今週一週間は
少し節制しようかな
ってここに書いても
ちっとも歯止めにならない
最近です。

さあ、夕飯夕飯…。



選挙佳境

2012年10月23日
21日の公示から3日目

蓑谷地区からは
立候補する人がおらず
楽でいいね
的な話が多かったのだが

今日は城端地区の方の個人演説会があって
行って来た。

城端地区からお出になるのは3人

旧町単位では
最も少ない候補者で
他は5〜7人の候補者があるとのこと。
すでに町単位にこだわる時期ではないし
そのために大選挙区になったのだし
何の問題もないのだが

こうやって演説会でいろんな話を聞いていると
やっぱり3人ていうのは淋しいと思った。

議員さんは一体なにをやっておられるのか
普通に暮らしていても
活動がほとんど見えないが
市民の声を聞くために
細やかな努力をしていらっしゃることもわかった。

議員なんていらないんじゃないの?
なんて
思っちゃってたけど

そうでもないとわかった
個人演説会でした。

駐車場や入り口に立つ
候補者の地元協力者の皆さんの表情は
もしかして
最初は動員で仕方なしだったかもしれないけど
今は力が入ってて
当選をめざしますオーラが出てて
熱が入ってきてました。

がんばってください!

応援してます!



胎教

2012年10月23日
きのうは
三味線のお稽古で
2週間ぶりにさわる三味線は

バチを持つ手が
手首が曲がらず
なかなか弦に当たらない。

スカスカと
空振りばかりの練習となった。

休憩の時に
この間の長唄の会の裏話とか
また
楽しい話をたくさんしてくださる。

それにしても
歌舞伎の世界は
世襲がうまくいっている
という話になる。

尾上さん、市川さん、中村さん
どのうちも
若手の活躍がめざましい。

政治家の世襲とは
だいぶ違う。

「おなかの中から音を聞いて育つからね」

確かに
歌舞伎は音があって
おなかの中にいる時から
歌舞伎の世界に育つわけで
胎教がばっちりなのだ。

私たちの三味線の先生
ハセガワ先生が
三味線のおけいこを始められたのは
昭和四〇年とのこと。
先生の先生のお宅には
生まれたばかりの赤ちゃんがおいでて

時には
兄弟子と
代わりばんこに
だっこしながら
お稽古をされたこともあったという。

その赤ちゃんが
4、5さいのとき
大人が三味線の音あわせをして
それを聞いていたその子が
「おとちご」(音が違う)

と言ったといいます。

小さい時から聞いていて
音感がすでに育っているんですね。

っていうことで
三才までというより
その前の胎教が
もっと大きく
その子の一生を左右するのかもしれませんね。

って子育てが
まったく関係なくなってから
わかるという
よくある話でした。

けっこう足がはやいブログのネタ

2012年10月24日
昨日
たこ楽で

「6コ入りのたこ焼きひとつください」

と言った。

お店の人は
顔を上げずに

「はーい」

と返事をして

たこ焼きを串に刺して
船に詰める。

ソースをかけ
マヨネーズの段になってやっと
客の顔を見て

「あーっっ」

と言った。

つけてもらえるものは
なんでもお願いしているので
もちろんマヨネーズを頼んで

お店の人は
工程を進めながら

「ネタ帳にはちゃんとあるんですよ。
 でもなかなか更新できなくてねー。
 そのうちに腐っちゃうんですよー」

と言っていた。

確かにそうなのだ。

ブロガーとして
私もカメラは随時持ち歩き
ちょっとでも気になる素材が見つかれば
パシャパシャと撮る。

けっこう気に入った写真だったりする。

ところが
2、3日経つと

なんかもうそんな気分じゃなくなったり
写真が色あせて見えたり

意外に足がはやく
間に合わないことが多いのだ。

わかるわかる
と言いながら
たこ楽を後にする。

けさ
ブログをひらくと
新着記事に
たこ楽のお店の人のブログがあって

わたしは
少し仕事をしたのかもしれないと
自分を褒めました。






1枚しかない

2012年10月24日
うちは
少し高いところにあるので
うららかな昼
畑に立つと
南砺の平野を走り回る選挙カーの
ウグイス嬢の声が
あちこちから聞こえてくる。

仕事場の前のスーパー農道も
何台も通り過ぎていった。

市会議員の選挙カーは
本人が乗っていらっしゃることも多いし
ついつい窓のそばまで行って
とにかく皆さんに手を振る

というのが
この前までの選挙だったが

今回は大選挙区になって
先回までに比べ
通る選挙カーがずいぶん増えた。

まったく馴染みのない方も
いらっしゃるので
あまり無邪気に手を触れなくなってしまった。

地元の人も縁続きで
他の地域の方を応援される
電話もかかってきたりで
票の流動化が伺える。

初めての大選挙区で
手探りの中で
みんな必死で
真剣で
どの人にも入れてあげたくなる。

だが
投票できるのは

一票だけ。

一人だけ。

すっきりと
いい仕組みだよね


青空を見ながら
思いました。

野村満花城 生誕125周年記念茶会

2012年10月25日
以前に

満花城さんの茶碗

というのを書いたことがありました。

今年は生誕125周年を記念して
城端別院で
茶会が開かれます。

11月24日(土)には
ギャラリー丸友(13:30〜) で
満花城さんの生き証人
尾崎さんのギャラリートークもあります。

満花城さんの生き証人は
尾崎さんお一人です。
尾崎さんもとてもステキなお話しをされる方で
美術ファンは
必見、必聴です。

11月25日(日)は
善徳寺で茶会です。
もちろん満花城さんの道具を使っての
茶会です。

一席限定20人

1席目 8:30〜 ※全席予約のみ      
2席目 9:20〜
3席目10:10〜
4席目11:00〜
5席目11:50〜
6席目12:40〜
7席目13:30〜
8席目14:20〜

本席  吉村知子(古儀茶道藪内流)
立礼席 岩城宗未(表千家)

で点心は

万惣さんです。

万惣さんの若きご主人が
満花城さんについて
このように書いておいでです。

満花城は全国に誇れる茶人です
作品もすべて全国どこに出しても恥ずかしくない美くしいものです
(中略)
全国に発信したい満花城の美はまさに「無垢」です
芸術は優しさや厳しさetc を突き詰めれば
ある程度の美には到達するかもしれませんが、
無垢なる美にはめったにお目にかかれません。
どこまでも清らかな満花城の作品を全国に
紹介したいな。

        「懐石万惣ブログ」より


野村満花城を
知ってほしい、
覚えていてほしい、
次代につなげていきたい、

思いが結集しての記念茶会です。

ぜひ足をお運び下さい。

詳しくは
万惣さんのページにてご確認下さい。











 

読み間違い

2012年10月25日
さっき
ヤフーのスポーツページのトップに

「レアルがドルトに敗戦」

と書いてあった。

パッと見て

「レアなアダルト」

とと

わたしの目が読んでしまい
改めて見返したら
違うことがわかった。

おっさんでもあるまいし。
あ、この表現は
おっさんを差別的に
扱っているでしょうか。
ごめんなさい。

このように
性的な意味に読み違えて
恥ずかしくなることが
けっこうよくあります。

人というのは
つまり
「食」と「性」
だと
何かで読みましたが
やはりそうかもしれません。


秋のうららかな日。
ゆるすぎる話ですみません。









家父長的な人

2012年10月26日
さっきも
9時のニュースで
石原さんのインタビューを見ました。

「原発や消費税など些細な問題だ、
 もっと大事なことを見失ってはいけない」

みたいなことを言われて

かっけー!(かっこいー!)

原発0もちゃんと数字を詰めないと
ファンタジーだとか

消費税は必要とか

石原さんの言うとおりだと思います。

ただ

考えの合わない人を
ばっさりと
人前で切り落とす
あの言い方が
馴染みません。

敵味方がはっきりしてる
っていうか

ぜったい
味方には入れてもらえないな

って
石原さんを見る度に思うんです。

家父長制アレルギーかな。


明日は父の一周忌の法事です。

家父長的な父とは
ずっといがみ合っていましたが

今はただ淋しいだけです。

早く
懐かしいと言えるようになりたい。

言い返せない人

2012年10月26日
何かの講演を聞いた時に

沖縄返還に伴い
繊維製品の自由化が決まった
と聞いた。

以来
国内の繊維産業は斜陽の道をたどる。
城端は繊維の町だったので
その斜陽化を目の当たりにしてきた。

だが
それに代えてでも
沖縄の返還が大事だった
という説明は
わからないでもない。

今回の尖閣問題で
失ったものということでは
内田樹の中国離れについて
おもしろかった。

ニュースで見ていると
日銀の今後予測が東北以外が
すべて下方修正されるのは
リーマンショック以来だという。

損はしても誰も得する人がいない
という
今回の尖閣問題を
提起した人が
石原さんだが

テレビニュースでは
肯定的な意見が多くピックアップされ
流されている。

テレビに流される部分は
話の筋は通っているし
説得力がある。

なんとなく
そう思わせるように
マスコミも動いている。

「言い返せない人」

が次々出てくる
そういう時代が
これからしばらく続くのかもしれませんね。


すねたメガネ

2012年10月27日
24日の水曜日
婦人会の定例会の
プリザーブドフラワー作りの時は

細かい仕事なので
ちゃんとしていた。

メガネを。

しかし
それっきり
消息不明です。

25日は
なくなったメガネの
少し度の合わなくなった
前のメガネをしていた。

でも見にくいので
きのう
新しいメガネを買ってきた。

しょっちゅうないないと言っているので
メガネチェーンをつけたら
とまほろばちゃんからも言われていたので
チェーンもつけてもらって




新しいメガネは
レンズに傷がなく
めっちゃすっきり見える。

あまりにすてきで
出し入れして傷つくといやだし
もったいなくなって

今日は
以前のメガネでがまんしようと
今思えば
わけのわからないことを
考えて

度の合わない方のメガネをしていた。

そしたら
何かの拍子に落としてしまって

レンズが片方取れてしまった。

私が
新しいメガネで浮かれているのを
古いメガネが僻んで
いいもんね、わたしなんていらないもんね
とレンズをはずしてしまったように
思えた。

ものでさえ僻むのだ。
生きている植物
動物ならなおさらのこと。

愛を惜しまず暮らしなさいと
メガネに教えられる。




鮮やかなハナミズキの実

一周忌が終わった

2012年10月27日
三時からのお経で
丁寧に読経していただき
少し足がしびれましたが
四時半から御膳となり
七時には散会となりました。

考えてみれば
お寺さんに来ていただいて
親戚の皆さんに
仕出しで頼んだご飯を
食べてもらうだけのことなのに
どうしてこんなに緊張してたんだろう。

父がいた時には
全て父に任せて
父の言うとおりに
少し
やっていればよかった。

父がいなくなった後を
自信のない三人が
よたよたと

でも何とか
終わった。

娘は
翌日にダンスの大会があって
結局帰って来られなかったが
メールが届いて
うちの人も母も
喜んでいた。

家長的で抑圧的で
うざい父だったが
父なりに
家族の幸せを
いつも考えていた人だということが
死んでから
よくわかるのである。

押しつけがましい愛情が
ただただ
懐かしいばかりだ。

娘も同じ気持ちで
メールをくれたのだと思う。

娘の人生の中でも
とくに愛してくれた
スペシャルな人だ。

散会が七時だったので
そのあと
余ったビールだとか
日本酒だとか
よく飲んだ。

酩酊して書くブログ。




惹き付ける「釜ケ崎」

2012年10月28日
 部屋の隅に積みあげられたタンス代わりの段ボール箱。その頂上の一箱から松ちゃんがチェーンのついた懐中時計を引っ張りだした。黒ずんだ銀色のあちこちに錆が浮き、文字盤を守るガラスは割れている。
「それ、うちがもろてもかまへん?」
「あかん」
松ちゃんは言下に撥ねつけた。
「その男が遺したもんは、あるたけわしがもらうことになっとる。看取る代わりに、遺品はもらう。それが約束や」
「なんで。そんなんもろてどうするの」
「売る」
「売る?」
「路上で売って次の病人の介護に使うんじゃ」
 その一言で結子の目から険が消えた。
「そうか。次のおっちゃんのためならしゃあないわ」
「そうやない、死んでいく人間自身のためや」
 恥ずかしながらこのとき、僕は松ちゃんがしてきたことの意味を悟った。
「おのれの遺品が誰かのためになる思うたら、人間、なんぼか安心して死んでいける。どないな人生送ってきたかて、最後は人の役にたてた思うて、大手振ってあの世に行けるんや」

       「この女」森絵都 筑摩書房

舞台が釜ヶ崎だと
それだけで
そそられます。

常識に縛られず
奔放でしたたかな
主人公の結子に
憧れながら
読みました。

大阪の話っておもしろいです。




お金がかかる文化勲章

2012年10月28日
法事の御膳になって
頼みにしているのは
叔父である。

叔父の声はよく通るし
話はおもしろいし
宴席では
圧倒的だ。

石崎光瑶の絵の話になって
何百万、何千万
と叔父が言うので
え、そんなに高いが、と驚く人がいたが
叔父が説明していた。

石崎光瑶はほそみちさんのブログで
よく拝見していたので
私もふむふむと聞いていた。

美術品とか
政治の話とか
酒の席なので
話はあっちへ飛びこっちへ飛び
おもしろいのだけど

そのうち
叙勲の話になった。

叔父は
叙勲を受けると
1000万必要なのだという。
500万は
祝賀会のお礼の引き出物、
200万は園遊会に着ていく
奥さんの着物

園遊会の着物は200万以下では
だめらしい。
そういえば
この間の園遊会の
レスリングの吉田沙保里さん、
柔道の松本薫さんの
振り袖もとても高価そうだった。

あと東京での滞在費とか
いろいろ
含めると
全部で1000万ぐらい
かかるのだという。

そうかもしれない
でも
そこまででないかもしれない

と親戚一同は
深く追求することなく
そのまま持ち帰るのだ。

でも
叔父が
座を賑わせてくれて
本当にありがたく思っています。

叔父は
焼き物をやっていて
この前叔父の家の
法事の引き出物にあった花瓶に
花を活けました。




叔父ちゃん
ありがとう。

マフラーの仕事

2012年10月29日
最近
鏡を覗いて
いちばん気になるのは

首のしわ

だ。

ここにアイロンをかけられたらいいのに。

でも
それは熱そうなので

マフラーをさがして
首に巻く。

マフラーは
首を隠し、
かつお腹に向きそうな視線を
上部に持ってくるという
優れものだと

少し前から
お腹と首の問題と
向き合わねばならなくなったことから
気付いて
重宝させてもらっている。

マフラー
いいですよ。

今は夏でも
マフラー巻いてても
何とも思われないし。


困るのが
着物だ。

着物は
V字で首元をすっきり見せるので
隠しようがない。

その時はその時で
首のシワを
楽しむしかない。

楽しんで
ピースの綾部さんみたいな人が
現れてくれるのを待とう。

南砺市の綾部さんは
いずこ。

説明

2012年10月29日
これは悪口ではない。

単に自分の立場を説明しているだけ。


でもあとで
すっきりしないのは
なぜだろう。

プロの仕事

2012年10月30日
新しい車になって
音がはっきりしているから
テレビの音をつけながら
運転していることが多い。

先日の日曜日
NHKを入れていたら
途中からシニアゴルフオープンの
中継になった。

ゴルフはやれないし
興味もなかったのだが
チャンネルを変えるのが面倒で
そのままだったのだ。

で、
びっくりしたのは
クラブを振る
スウィングの音だ。

テレビで見ている時にはわからなかったが
音だけ聞いていると

スウィングの音の
重量感
スピード

すごい振りだ

ゴルファーのひとふりひとふりが
知恵と技と力の結集であると
感じられた。

プロというのは
すごいものだ。

プロと言えば
先日
城端中学校で
城端の実業家、神口氏から
城端中学校の
子どもたちの活動へ役立ててくださいと
多大なご寄付を頂き

その贈呈式があった。

実業でお金を稼ぎ
子どもたちのために寄附をする
人間のプロだ。

子どもたちは
神口さんの話を
ちゃんと聞いてくれただろうか。

思いが子どもたちに届くことを祈る。




寄贈を記念して
広田修氏の書が体育館に掲げられた。
素晴らしい書で
うっとりして帰ってきた。

一閑人

2012年10月30日
茶の道具に
「蓋置き(ふたおき)」
というのがあります。

釜のお湯が沸き
お茶を入れる間
熱い釜の蓋を乗せておく
五センチ四方ほどのものです。

竹を切ったものだったり
焼き物、真鍮、素材は様々ですが

形も様々です。
その中の
形の名前のひとつに

「一閑人(いっかんじん)」

というのがあるのを
今日初めてお稽古で知りました。


一人のヒマな人

ヒマな人は井戸を覗いています。







野村満花城作です。

満花城のこの作品は
言われぬユーモラスな雰囲気と
のどかな雰囲気を漂わせています。

いろいろあって
くさくさしていた

というのが最近の私ですが

お稽古事をすると
そういう自分を
どこか遠くに
客観的に眺めている。
くさくさしている自分と
少し離れることができます。

だからずっと続いてきたのかな。

この蓋置きは
今度の野村満花城生誕125周年記念茶会

の道具のひとつになるとのこと。

ぜひ実物をご覧下さい。

吉村先生が満花城顕彰茶会のために
したためられた一文を
載せさせていただきます。

野村満花城さんを偲ぶお茶会へのお誘い

 明治から昭和に掛けて満花城さんを中心に城端に展開された文化は、鄙(ひな)には稀な奥深く煌めく美しさを湛えたものであったようです。
 富田渓山、細野燕台、室生犀星、北大路魯山人、河東碧梧桐、中塚一碧楼、棟方志功などなど枚挙に暇がないくらいの文人墨客が満花城さんを訪ねて来城した記録があります。
 昭和62年に生誕100年の記念茶会が催され、数年後には作品集が編纂出版されその遺徳が顕彰されました。満花城さんの作品はそのすべてが品格に溢れていて見る者の心を癒し慰めてくれるようです。
 満花城さんを風化させ忘れないように、次の世代に語り継いでもらうために、生誕125周年に当たり顕彰茶会を開くことになりました。是非ご参会いただいて共に満花城さんを偲びたいと思います。
  
   平成24年秋 吉日 
           野村満花城顕彰会世話人一同


作法など
わからなくてもまったく問題ありません。


是非皆様お越し下さい。

旅行センターで

2012年10月31日
JAの旅行センターへ
東京行きのチケットを取りにいった。

カウンター前の椅子には
すでにお客さんがあった。

センター長のマツモトさんが
端に座る男性の方を

「お父さんがここに来られた時に
 いつもお父さんと一緒に
 話をされていた方ですよ」

と紹介してくださった。

父が元気な時は
町のあちこちをふらふらとでかけて
あそこにより
ここによりしていた。

農協関係とか
蓑谷の人間なので
蓑谷関係の人がいらっしゃるところとか
そういうとこが
多かったようだが。

そうか、ここでも
お世話になっていたのか。

「いっつもこの前に座って
 話をしていて
 そのうちに(JAの)常務を呼びだして」

相手が仕事中とか
そういうことをまったく頓着せず
呼びたい人をすぐ呼び出す父だったからなあ。

主たる用事がなくても
気軽に寄れる
旅行センターはいいですよね。

父の話をしていただいて
おいしいコーヒーをよばれて
旅行センターを後にしました。

お父さんごめんなさい

2012年10月31日
ある家に柿の木が一本あった。

渋柿なので
ほしがきを作ろうと
年輩妻は年輩夫に
柿をもいでくれと頼む。

年輩夫は快く引き受けてくれて
もいでくれた。

ところが残念なことに
まん中のヘタに続く枝が残っていない
柿が多くあった。

あそこは
柿と柿を糸でつないで
干すための重要な枝部分なのだ。
それくらいわからんのかいなと
ほんに男の仕事はと
年輩妻は
夫の仕事を嘆いていた。

妻の兄弟で集まって
干し柿作業が始まる。
ヘタの枝のない柿について
年輩妻は姉妹に
夫の仕事をくどく。

しかし
年輩妻の姉は

あらー、串に刺して干せば
いいないけ

なるほど。

ヘタ先の枝がなくとも
如何様にでもなったのだと
年輩妻は
夫を少しこき下ろしすぎたかと
反省するのだ。

という話をこの間聞きました。

なかなか
好きな話でした。



作者 : はれあたま

 かなり生きてきて、でも、生きてきた中で今が一番楽しい気がしています。ブログに参加することでもっと楽しくなればいいなと思ってます。

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